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中世の文字【日曜英語史クイズ5】

クイズ

中英語期に用いられた 文字に ȝ(yogh /yɔx/ ヨッホ)があります。次の単語は当時 ȝ を含んで綴られていました。ただし1つは違います、それはどれでしょうか?
「今使っていない文字など分かるか!」と言うそこのあなた、ちょっとお待ちを!これはクイズです。どこかにヒントはあります。

  1. night

  2. size

  3. tough

  4. year

X での回答

多くの方にご回答・リポストしていただきました。ありがとうございました。

クイズの答え

 答えは2【size には ȝ(yogh /yɔx/ ヨッホ)が含まれていなかった】でした!

niȝtingale
"The Owl and the Nightingale"
London, British Library, Cotton Caligula A ix

 文字 G は中英語期に ȝ という字形をしていました。ȝ は /j/(硬口蓋摩擦音)と/x/(軟口蓋摩擦音)とを表す文字として使われました。この子音2つを当てた yogh /yɔx/ヨッホ がこの文字の名称です。つまり現代の英単語で/y/と/x/の音を含む語に、ただし/x/の音は消失したためその残滓である綴り gh を含む語に、かつてこの文字が使われていたと推定できるのです。正解のヒントは文字の名称にありました!

 スッキリしていただけたことと思います。
 ところがスッキリは ȝ の醍醐味ではありません。ここから幻惑の文字世界にお付き合いください。
 ではまず ȝ 登場の前後を時間順に示します。

  • ȝ 登場前 : 古英語では文字 Ӡ(現代の g にあたる、頭が平たいのが特徴)が/j/と/g/音を表してました。

  • ȝ の時代:13〜15世紀に文字 Ӡ の変形である ȝ(頭が丸いのが特徴) が/j/音を、別の字体 g が/g/音を受け持ちます。さらに ȝ はそれまで h が受け持っていた/x/音も担います。

  • ȝ の退場 : ȝ に代わって y が/j/音を、gh が/x/音を引き継ぎます(/x/音はいずれ多くの語で消失することになりますが)

 「わけわからん!」ですよね。推移を横に並べてみます。

ȝ 前後の文字変化

 文字の移り変わりに幻惑されます。ȝ はスペリング変化の十字路に浮かんだ抽象画でしょうか。移りゆく現し世の比喩、「所詮この世は ȝ のよう」にも見えてきます。
 これらの文字変化を単語の語形変化に重ねてみましょう。なおクイズで 1. night と 3. tough のどちらかで迷われた方は最終段階の変化に注目してください。長らく同じ綴りと音を共有していたものが、後に分かれることになりました。

  1. niht /x/ → niȝt /x/ → night /x/ →night /x/

  2. size

  3. toh /x/ → touȝ /x/ → tough /x/ → tough /f/

  4. Ӡear /j/ → ȝear /j/ → year /j/

 それでは最後にクイズの答えにした【ȝ の文字を含まなかった size】に関連した逸話です。
 外見上の類似に混乱したスコットランドの人々は ȝ を間違って z(の筆記体を思い浮かべてください)と綴りました。例えば語形 zear(year のこと)などが存在した、ということです。幻惑されたのは私たちだけではなかったということです。
 あれ、単語 size に ȝ は使われていなかった、で私は間違っていませんよね? 分からなくなりかけました。こんな時はえっと、ああ、文字 ȝ を読め、でした。

参考:『英語史入門』橋本功 (2005) pp. 47, 92-96、hellog #1914

hellog より

 関連して、堀田隆一先生のブログ記事を紹介します。

#5708. 2重字 の起源 --- , , , と考え合わせて 前     hellog〜英語史ブログ #5708. 2重字 の起源 --- , , , と考え合わせて[grapheme][graphotactics][orthography][spelling][gh][digraph][h][consonant][silent_letter][diacritical_mark][grapheme][yogh] 2024-12-12  昨日の記事「#5707. 2重字 の起源」 ([2024-12-11-1]) に続き, がいかにして出現したかについて.英語綴字史の古典を著わした Scragg (46--47) に,次のくだりがある.    The use of as a diacritic in and , indicating that and have a pronunciation different from that normally expected of those consonantsa, was not new to English when was introduced from French, for had earlier been used alongside <þ> (cf. footnotes to pp. 2b and 17). Both in French and in English derive from Latin orthography, use of as a diacritic in Latin being made possible by the disappearance of the sounds represented by from the language in the late classical period. As a result of the establishment in English of diacritic in and , other consonant groups were formed on the same pattern. The grapheme has already been discussed (p. 23c). has a rather different history, for it began in Old English as an initial consonantal combination corresponding to /xw/. Assimilation of the group to a single voiceless consonant /ʍ/ had taken place by the late Old English period, and Middle English scribes, associating the sequence for the single phoneme with the use of as a fricative marker in other graphemes, reversed the graphs to .    English scribes' incorporation into their spelling system of the grapheme , and the 'consequential' changes which resulted in the creation of and , were made possible by their knowledge of Anglo-Norman conventions.  この引用文のなかに同著内への参照が何カ所があるが,そちらを参照すると重要な記述がみつかったので,引用者による注記符号に対応させるかたちで以下に参照先の解説文を掲載する. a I.e. as a fricative marker, allowing for the fact that is historically a simplification of . (fn. 2 to p. 46) b Latin had always been recognised as an alternative to thorn by English writers; even before the Norman Conquest, foreign names were spelt with either: Elizabeth or Elizabeþ, Thomas or þomas. (fn. 2 to p. 2) c <ȝ> was also used in Middle English for the two allophones of /j/ which occurred after a vowel: [ç] and [x]. These two sounds gave scribes considerable difficulty in Middle English; among the many graphemes representing them are the Anglo-Norman , the Old English , the new grapheme <ȝ>, and the last two combined as <ȝh>. In the fifteenth century, when the distinction between <ȝ> and became blurred, this combination was written , and this is the sequence which has survived in a great many words in which [ç] and [x] were once heard, or still are in northern dialects, e.g. high, ought, night, bough. (fn. 2 to p. 23)  以上より,今回の話題に関連する重要な点を箇条書きすると,次の通り.  (1) は古英語期にも用いられることがあった  (2) 2重字 と はおおもとはラテン語正書法に由来する  (3) が発音区別符(号) (diacritical_mark) として用いられるようになったのは,古典期後のラテン語で h が無音化し, が解放されたから  (4) 2文字目に をもつ既存の2重字のパターンが,アングロノルマン語の綴字慣習を知っていた英語写字生の手により,他へも拡大した  (5) 2文字目に をもつ2重字は,(h が本来的に摩擦音なので)摩擦音を示す   を含む2重字の起源と発達が徐々に見えてきた.  ・ Scragg, D. G. A History of English Spelling. Manchester: Manchester UP, 1974. [ ツイート!function(d,s,id){var js,fjs=d.getElementsByTagName(s)[0],p=/^http:/.test(d.location)?'http':'https';if(!d.getElementById(id)){js=d.createElement(s);js.id=id;js.src=p+'://platform.twitter.com/widgets.js';fjs.parentNode.insertBefore(js,fjs);}}(document, 'script', 'twitter-wjs'); | 固定リンク | 印刷用ページ ] Powered by WinChalow1.0rc4 based on chalow user.keio.ac.jp

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