アメリカで生まれた語義【日曜英語史クイズ7】
クイズ
英単語のなかには、アメリカという新たな環境に置かれたために、既存の語に新たな語義が付け加えられたものがあります。次にその例を挙げました。ただし誤っているものが一つあるのですが、それはどれでしょうか?
corn「穀物」+米で「トウモロコシ」
mad 「発狂している」+米で「怒っている」
store 「倉庫」+米で「店」
board「乗船する」+米で「乗車する」
X での回答
多くの方から回答、リポストいただきました。ありがとうございました!
クイズの答え
正答は2【mad 「怒っている」はアメリカで生まれた新たな語義ではない】でした!
現在、mad 「怒っている」の語義は主に北米の口語で用いられており、いかにもアメリカ的な率直でカジュアルな表現という印象があります。
しかしこれはアメリカで生まれた語義ではなくイギリスに発するものです。mad「怒っている」は1400年以前から用いられており、ジェームズ1世の命による『欽定訳聖書』 (1611) などにも使用が見られる由緒正しい?ものです。現在ではイギリスの標準英語では廃れて地域方言とみなされる一方、北米で保存されている古い語義というわけです。
正解率12%と4つのうち選択率が最も低かったということで、あまり知られていない事実なのでしょうね(私も作問しながら「知らなかった!」「へー」を心の中で連呼しました)。きっと事実であった他の3語についても新発見をお届けするものと思います。
順に見ていきましょう。
1. corn「穀物」+米で「トウモロコシ」
事実です。
「トウモロコシ」を表す語はイギリスに maize がありました。しかし新大陸に渡った人々はこの語ではなく、古くから「穀物」の意味で用いられてきた corn を使いました。
初出は1608年となっています。イギリス人の新大陸への入植は1607年から始まりましたので、早くから使われていたのですね。おそらくまだ自分たちでは栽培できなかったことでしょう。先住民族の手によって栽培されたであろうトウモロコシが英語話者にとって「大切な穀物」という意義があったと推察されます。入植最初期の人々が言葉を発する白い息まで見えるようです。
なお現在も語の使い分けには下のような英米差があります。
3. store 「倉庫」+米で「店」
事実です。
入植が進んでも、物資を運ぶ手段は未発達でした。そのため商店は倉庫を兼ねて営まれ、「倉庫」を意味する store は「商店」の語義が加わりました。暮らしの環境が新たな語義を生み出しました。町の情景が彷彿として現れるようです。store「店」は1731年初出です。
現在 store と shop の用法は英米差があり、その使い分けも混沌としているように見えますが、語義が生まれた経緯を知ると、アメリカでは主に store が、イギリスでは主に shop が用いられている背景を理解できます。
4. board「乗船する」+米で「乗車する」
事実です。
board は、それまで「船に乗る」の意味で用いられていました。それがアメリカで19世紀半ば以降、水上交通以外の乗り物にも用いられていきます。board「鉄道、車両、飛行機に乗る」は1869年初出、副詞 aboard のほうがやや早く1840年初出です。
この単語は、どのようにして新たな語義を獲得し、定着したのでしょうか?想像が掻き立てられます。
1. アメリカで、鉄道など新たに出現した乗り物に人々が aboard を比喩的に使い始める
2. 国内で使用が広まる
3. アメリカの鉄道産業、自動車産業の拡大とともに国外にも使用が広まる
これはあくまで私の想像です。このあたりの事情についてご存じの方がいらっしゃいましたら、お知らせいただくと嬉しいです。
なお、現在は英米差なく使われているようです。
今回は新たな経験に出会った人々が単語を拡張して使用する様子に注目しました。
参考:若田部博哉『英語史ⅢB』(1985) pp.216, 218, 220., 竹林滋他『アメリカ英語概説』(1996) p.92