逆成【日曜英語史クイズ10】
クイズ
commute「(定期券で)通勤する」は逆成によって生まれました。逆成とは、普通の順(動詞が先で、後に-er を付けた動作主名詞が作られる sing → singer)の逆順で生まれた、ということです。
下にこの語の歴史を説明しましたが、このうち誤っているものが一つあります。それはどれでしょうか?
commutation は19世紀から英語で使われ始めた
commutation の後に commuter ができた
commuter の後に commute「通勤する」ができた
commute「通勤する」はアメリカで生まれた語義である
X での回答
クイズの答え
正答は1【commutation は19世紀から英語で使われ始めたのではない】でした。
commute「通勤する」の語源は「一緒に無言になる」だろうか?いや、そんなことはあるまい、せいぜい communicate と同根だろう、などと思い巡らせながら調べたのはいつのことだったかは思い出せませんが、結果はいずれでもありませんでした。
それ以上は特に深入りすることもなく放置していた commute ですが、「commute『(定期券で)通勤する』 は commuter から逆成によって19世紀に生まれた」という hellog #108の記事で立ち止まりました。動作主名詞から動詞が生まれる逆成 back formation です。
バック・ファーメーション、何かの作戦名のような響きです。「バック・フォーメーションでいくぞ!」と敵陣から聞こえてきたら、奇手、奇策が繰り出されそうです。
それはともかく commuter「通勤者」から commute「通勤する」が生まれたのだそうです。不自然です。「単語は接尾辞を足して長くなる」の常識に反します。何かワケがありそうですね。
前置きが長くなりましたが、今回は commute「通勤する」誕生の謎を解き明かします。
調べた結果は、時系列としては commutation → commuter → commute「通勤する」の時間順で生まれています。見事なまでの逆成です。
選択肢2「commutation の後に commuter ができた」も、3「commuter の後に commute『通勤する』ができた」も、両方とも事実です。
とはいえやはり納得しがたい事実です。一体どういうことなのでしょうか?
名詞 commutation は中英語期から英語で使われていました。元はラテン語にさかのぼる借用語です。
クイズの正答、1【commutation は19世紀から英語で使われ始めたのではありません】。
そして同じく動詞 commute も中英語期から使わていたのです。
ここで一枚、謎のベールが剥げ落ちます。私たちは commute「通勤する」が逆成によって生まれたなどと聞くと、commute という語形が新たに誕生したと思い込んでしまいがちです。しかしそうではないのです。語形は中英語から存在していたのですから。
そうではなく、おそらく逆成によって既存の語形 commute の新語義「通勤する」が誕生したということなのです。
おっと、悪質な仕掛けのクイズと思われたでしょうか?確かにそう思われても仕方ありませんね。しかし敵の曲者ぶりを伝えるには、このような形が最善策と考えた結果なのです。どうか分かってください。
今は私たちの共通の謎、バック・フォーメンションに向かって進みましょう。
では核心部に迫ります。
commutation, commute の由来はラテン語 commūtāre です。mūtāre の意味は「変える」です(関連語には mutation「突然変異」があります)。以前の私はここで引き返したところですが、今回は違います。
「変える(こと)」から「支払い方法を変える(こと)」に語義変化が生じて、「複数回の支払いを1回で支払う(こと)」となったようです。
そして1848年のアメリカで、commutation-ticket「複数回分の支払いを1回で済ませた乗車券=定期乗車券」 が登場します。逆成の歯車が動き始めた瞬間です。そこから commuter「定期乗車券の購買者、保持者」 が1865年に生まれ、そして逆成によって commute「定期乗車券を利用して職場を行き来する=通勤する」という語義が1889年に生まれた、というわけです。
4「commute『通勤する』はアメリカで生まれた語義である」も事実なのです。
なお、commuter → commute の親子関係ではなく、commutation (-ticket) → commuter, commute の親子関係という見方もあります(若田部博哉『英語史ⅢB』1985)。
お分かりいただいたでしょうか。バック・フォーメーションには警戒せよ、です。