リバタリアン協会発足について

みなさま、こんにちは。

日本リバタリアン党は、リバタリアン協会 Libertarian Society に組織を改変致しました。

この記事はその経緯と、団体の目的について紹介させていただきます。

組織改変について

昨年、日本リバタリアン党の代表(A氏(仮))が一身上の都合により代表職を辞任し、解散を届け出た後に(後述)組織から脱退しました。

そこで、代表代行希望者を募ったところ、前川(この記事の筆者、大学院生)のみであったため、同氏が実質的に代表を代行する運びとなりました。

日本リバタリアン党は政治団体として政府に届け出ていたため、代表の交代の際には、改めて届け出る必要がありました。しかし、党内において、政治活動を志す者は少なく、前川及び党員は政治団体としての続行は不可能と判断し、解散届を提出しました。

その後、数ヶ月の時間が流れ、2022年1月9日に交流会(リバタリアン協会発足会)を開催し、組織の改変に踏み切りました。

リバタリアン協会について

新しい組織名はリバタリアン協会 Libertarian Society となります。従来のような(政党としての)政治活動を志す路線ではなく、あくまで交流を主軸に据えた団体となります。

団体の目的は、

1.リバタリアンの交流を図ること

2.リバタリアンを増やすこと

3.リバタリアニズムを検討すること

の3つです。

リバタリアンの交流

統計的なデータを持ち合わせておらず、直観的で申し訳ないですが、そもそも(自称)リバタリアンはリベラルやその他政治的立場を表明する人々に比べ、数が少ないことでしょう。さらに言うと、点在している感があります。

このリバタリアン同士のコミュニケーションの必要性は、「ミスター・リバタリアン」と称されるマレー・ロスバードが以下に指摘している通りです。

現在(※1)、リバタリアンの信念は未だに比較的肩身の狭い少数派であり、そのうえ、現状の中で急進的な変化を提案する。したがって、孤独な信念になりがちであり、運動すること、つまり「我々自身との会話」に勢いをつけることは、そのような孤立と戦い、克服することが可能である。現代(※1)の運動は最早古く、多くの離反者を生み出している。離反者の分析によると、ほとんどすべての場合、リバタリアンが孤立しており、仲間や同僚との交流から切り離されていることを示す。共同体と団結心の感覚を用いた大々的な運動は、望み薄で「実現不可能な」理由だとして我々が自由を諦めることに対する最良の対抗手段である。
Rothbard, Murray N. (1978: 375) For a New Liberty: the Libertarian Manifesto, 2nd ed. , Ludwig von Mises Institute.
※1:現在とは、この本が書かれた1970年代を指す。
訳は前川による。

リバタリアニズムの核心の1つである消極的自由(他人からの強制がない限り自由である)は、あなたが孤独に過ごすことを認めますが、孤独な人は情報交換に参与しないため、議論の上で誕生する新たな知識を獲得することが出来ません。さらに、現代の議会政治においては、孤独に過ごす人は(政治家から見て)何もしない人と同義なので、非リバタリアンな政治家(個人としての政治家、あるいは政治そのものが非リバタリアンであると、両方の解釈ができますが、その辺は読者に任せます)を間接的に応援してしまうに至ります。

これは実にもったいないことです。情報交換の場として、そしてリバタリアンなる人が(そこそこ)存在することを世に訴えるため、交流を図ることに着目した次第です。

リバタリアンを増やすこと

リバタリアンが望む社会へ向かうには、一体どのように行為するのでしょうか。革命、議会政治、穏健な政治活動、経済活動、シーステッド(公海上に作った土地あるいは街)…。明確な答えは今のところありません。しかし、いずれを取るにせよ、人の数が少なすぎては話になりません。

なので、リバタリアンを増やそうと思います。どうやって?これまた明確な答えがありませんが、SNS・動画配信・記事(ここ)等による広報や、読書会のような交流、あるいは「運動」がそれにあたるでしょう。要は地道にやるということです。

誰しも生まれた瞬間(自覚的な)リバタリアンだったわけではありません。どこかでそうなったのです。それがこの協会であることも(今後は)否定できません。おそらく。よって、非リバタリアンが協会に参加することは、まったくおかしなことではありません。興味関心を持っていただいただけでも前進ですし、リバタリアンとして目覚める可能性だってあります。

リバタリアニズムの検討

せっかくリバタリアンやリバタリアニズムに興味がある人が集まるのです。リバタリアニズムに関する、著作・論文を検討、学習する場としても活用できます。

これまた直観的で申し訳ないのですが、複数人でリバタリアニズムについて考えること(考えることができる場)は、おそらく日本ではほとんどないことでしょう。リバタリアンは数が少ない上にバラバラなので。

学習、研究によって、従来存在しない解釈や立場が生まれる可能性もあります。是非一緒に学習しましょう。

入会方法

興味を持っていただた方がいましたら、是非ディスコードサーバーにてお待ちしております。
URLはこちらです discord.gg/SpASqQhW6M

2022年1月11日現在、このサーバーには誰でも入れます(ただし、ディスコードの規約を破る行為や、荒らしは勘弁してください。)つまり、社会主義者、保守主義者、リベラル、暗黒啓蒙の支持者、マキャベリアン、ノンポリ、何でもござれです。上記のルールを守る限り、思想信条を理由に排除することはありません。

外国籍の方や、どの政党の党員であっても参加できます。拒む理由がありませんから。

どういう人が参加しているの?

リバタリアンと聞けばエリート的なイメージを持つ、という人がそこそこいるようです。リバタリアン協会参加者は(素性を明かさない者も多いため憶測ですが)、ガチガチのエリートはほとんどいません。多くは素人です。最初は難しいですが、素人でも複数人いれば本は(なんとか)読めます。エリートだって、そうやってエリートになっていくんです。たぶん。なので、自分が無知であるとか、学術から遠い場所にいるとか、そういったことで躊躇う必要はありません。やる気(自由意志)こそが、最も重要な動力源です。

ちなみに私は大学院生ですが、研究者街道を順調に外れております。しかし、(その甲斐あってか?)なんとか協会を立ち上げることが出来ましたし、ほぼ独学ながら(※専攻分野と異なる)、リバタリアン系の著作を読んでいます。

参考までに、参加者のステータスは、大学(院)生、社会人、高校生等、様々なようです。ただ、憶測ですが、若い人が多いような印象も受けます。若くない人、是非来てください。

さいごに

現状、研究者が集まる団体でもなければ、バリバリの政治活動家が集まる団体でもありません。素人団体です。

なんとなく程度の参加でも構いませんし、脱会したくなれば(私は個人的に悲しいですが)そうするのは自由です。皆様が来られることを、心よりお待ちしております。

(文:前川範行)






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