リバタリアニズム解説シリーズ(1):社会主義、右派、左派
みなさん、こんにちは。
今回からリバタリアニズムを解説・紹介するシリーズを始めたいと思います。
第1回は、リバタリアニズムには様々な(政治的)立場があることを紹介します。具体的には、リバタリアン社会主義、右派リバタリアニズム、左派リバタリアニズム、の3つです。
言い出しっぺ:ジョゼフ・デジャック
各々の立場を紹介する前に、そもそも誰が”リバタリアン”なる言葉を提唱したのかについて、軽く触れておきます。
リバタリアニズムと言えば、自由主義、資本主義等の思想や立場に類するものであるとイメージされがちですが、リバタリアンの言葉を生み出したのは、フランス生まれのアナキストであり革命家であったジョゼフ・デジャック Joseph Dejacqu (1821-1864) です。有名なアナキストのピエール・ジョゼフ・プルードンに対して、男尊女卑的であると批判したことで有名な人です。
当時のフランスでは、反アナキスト法によるアナキストの弾圧の回避のため、また、「アナーキー」そのものが持つネガティブなイメージを回避するために、デジャックは「リバタリアン」なる言葉を生み出しました。
詳しくは、An Anarchist FAQ のセクション1.3 "Why is anarchism also called libertarian socialism?"( http://anarchistfaq.org/afaq/sectionA.html#seca13 )を御覧ください。
もっと遡ると、libertarianism は決定論に対する自由意志を提唱する哲学的な立場を意味する言葉として用いられてきた(用いられている)のですが、ここでは省きます。
ともかく、リバタリアンの始まりは(無政府)社会主義にあったということです。国家社会主義ではないです。
リバタリアン社会主義
”リバタリアン社会主義”という単語は、政治に関心がある人でも聞いたことがないかもしれませんが、上述のデジャックの例のように、”アナキズム”と互換性があります。”リバタリアン社会主義”、”アナキズム”。この2つの単語を見てイメージが変わるとすれば、デジャックの戦略は成功していると言えるでしょう。
リバタリアン社会主義(者)の特徴は、すべての権威 authority (政府であれ非政府であれ、独裁であれデモクラシーであれ)が本質的に危険であり、圧政に向かうと信じている点にあります(Widerquist 2008: 1)。また、以下のような特徴が挙げられます。
リバタリアン社会主義の主要な原理は、すべての人はともに自由を謳歌するための平等な権利を持たねばならない。また、この原理は不平等な財産権への反抗に至る(Widerquist 2008: 2)。
リバタリアン社会主義は「社会主義」なので、(資本主義的な)財産権に対しては疑義的を通り越して、真っ向から反対します。また「リバタリアン(ここではアナーキーと互換性あり)」なので当然政府の存在も反対です。
筆者(前川)の直観ですが、緑の党や、スペイン内戦時の人民政府のような左派的な何かにおける文脈で「リバタリアン」なる言葉があったとき、それは後述する右派リバタリアニズムではなく、リバタリアン社会主義(あるいは左派リバタリアニズム)を指していることが多いです。
日本で(ひょっとしたらアメリカも)リバタリアン、リバタリアニズムと言えば無条件的に自由主義や資本主義に親しい、あるいはそのものであると感じる人も多いことでしょう。しかし、リバタリアン社会主義の存在を知らないと、すんなり理解できないこと(例:政府は不要、大企業反対、ベイルアウト反対等)もあるかと思います。たぶん。
極めて個人的な意見ですが、右派リバタリアニズム(リバタリアン資本主義?)においても、リバタリアン社会主義の残り香があるのだと思います。
右派リバタリアニズム
次は右派リバタリアニズムです。
こちらは、私的所有権を積極的に擁護する立場になります。
右派リバタリアンは、強力な私的所有権や、ごく小規模に、あるいはまったく財産の再分配を伴わずに、規制のない市場経済を擁護する(Widerquist 2008: 2)。
おそらくですが、日本で入手可能なリバタリアニズム文献の多くが、この右派リバタリアニズムに分類されると思います。そのため、比較的身近なリバタリアニズムだと思います。
この立場の正当化は主に義務論(自然権)によるものと、帰結主義によるものがあります。
前者は、普遍的な権利を提唱する点が特徴であり、自由そのものを本質的に擁護します。
後者は、自由な(あるいはリバタリアンな)制度であれば、より人類は幸せになるよね、と道具的に擁護する立場です。
人間には私的所有権(自己所有権)があり、労働の果実もその人の正当な財産で~と続くのが、ジョン・ロックやネオロッキアン(新ロック主義者?)の人たちです。ロバート・ノージック、マレー・ロスバードらが有名でしょうか。
一方、帰結主義的な擁護者としては、多くの(古典的)自由主義経済学者(例:ハイエク等)や、無政府資本主義者で功利主義者のデイヴィッド・フリードマン(ミルトン・フリードマンの息子)が挙げられます。
ただし、ハイエクらの立場をリバタリアニズムに分類すべきかどうかについては、論争があります。この辺は別の記事で解説すると思います。
やはり別の記事で紹介することになるかと思いますが、(アメリカでは)政治において保守主義者と結託することもしばしばです。
日本では、リバタリアンが少ないので、両者が政治的に共闘した事例を私は知りません。
要は、資本主義を認めつつ、「自由はいいよね」という立場の人たちです。
左派リバタリアニズム
おそらく”アナキズム”、”(右派)リバタリアニズム”以上に聞き慣れない立場だと思います。
Widerquistは Peter Valentine (2000) の " Left-Libertarianism - A Primer. Left-Libertarianism and its Critics: The Contemporary Debate. H. Steiner, ed. New York: Palgrave, 1-22" を参考に、
左派リバタリアンは、すべての個人は強力な自己所有権をもつという信念と、自然の資源に対する、ある種の所有権の平等主義的権利の信念を組み合わせる。彼ら/彼女らは、自由であるための平等な権利は、自然の資源(あるいは自然の資源の所有権)への平等なアクセスの権利を含むと考えるリバタリアン社会主義者と信念を共有する…、しかし、彼ら/彼女らはより個人主義的な解決策を提起する。財産権の私的所有権の廃止を望むよりも、左派リバタリアンは自然の資源の私的保持を平等化したいと考えており、少なくとも、すべての個人が自然の資源の便益への平等な権利を持つことを確実にする何らかの方法で、資源の資源の私的所有への課税を考えている(Widerquist 2008: 4)。
と、述べています。
長いのでかいつまむと、
「自己所有権は大事だし、自然の資源(土地、生き物、鉱石等)の利用に不平等があってはならないよね。でも資本主義の廃止はちょっとね…。」
という立場です。
右派リバタリアンは、労働した人がその土地・モノを手に入れる(労働混入説)と理解しがちであるため、土地や財産は個々人の自由な交換に任せておけばよい、と考えがちです(一部、条件をつけて規制する考えもある。)
一方で、左派リバタリアンは、「土地って誰か特定の人のモノではなくて、本来、みんな(人類)のモノでは?」と理解しがちであるため、誰しもがアアクセスできるようにと考えます。
このため、ヒレル・スタイナーは『権利論』にて、「地球基金」を創設し、各人への平等な分前を正当化します(余談:私が『権利論』を読んだ限り、資本主義の廃止を謳う内容は見あたりませんでした。)
概ね、ベーシック・インカムのようなものでしょうか。
スタイナー以外の有名な論者では、ヘンリー・ジョージや、フィリップ・ヴァン・パリースらが挙げられます。
まとめ:色々な立場がある
今回はリバタリアニズムを、リバタリアン社会主義、右派リバタリアニズム、左派リバタリアニズムの3つに基づいて分類、紹介しました。
当然、リバタリアニズムや、それと関係する立場はこの3つだけでなく、新官房学・暗黒啓蒙・新反動主義・加速主義のような最近流行りのものから、サイバー・リバタリアニズムのようなものもあります。
いずれにせよ、政府をあまり信用しておらず、自由(ただし、意味は各々の立場で微妙に異なる)が大事!という共通点があります。やはり「自由意思」に基づく考えからでしょうか。
また、今回はあまり述べることができませんでしたが、リバタリアニズムはアメリカニズムとは言い難い側面があります。リバタリアン社会主義や左派リバタリアニズムを含めると、むしろ政治的にはヨーロッパの方が盛んなのではないかとすら、個人的に、思えます(例:緑の政治、アナキストの直接行動等。)
この辺も、いつか記事にしたいです。
それでは、また次回の記事でお会いしましょう。
(文:前川範行)
参考文献
Widerquist, Karl (2008) "Libertarianism", in O'Hara P (ed.) International Encyclopedia of Public Policy: Governance in a Global Age, Vol. 3. Perth: GPERU, pp.338-51.
同論文は、https://works.bepress.com/widerquist/8/ より閲覧可能です
An Anarchist FAQ( http://anarchistfaq.org/afaq/index.html )
実は日本語版もあります ( http://www.ne.jp/asahi/anarchy/anarchy/faq/ )