「帝釈天が仏を糞の山で築いた城に閉じ込めた話」を探す

Wikipediaから削除された帝釈天のエピソード

Wikipediaの烏枢沙摩明王のページに
「 ある時、インドラ(帝釈天)は仏が糞の臭気に弱いと知り、仏を糞の山で築いた城に閉じ込めてしまった。そこに烏枢沙摩が駆けつけると大量の糞を自ら喰らい尽くし、仏を助け出してみせた。この功績により烏枢沙摩は厠の守護者とされるようになったという」って文言があったのですよ。

Wikipedia「烏枢沙摩明王」2016/12/11の版より


(2017/6/5に編集削除)
その出典をずっと探していたのですが、それらしいの見つけました。

そもそも何が気になっていたのか。

・帝釈天が仏を閉じ込める、しかも糞の城の中に。
・烏枢沙摩明王が「糞」を食う
 この二点です。
 どちらも唐突すぎるので、どんな状況だったのかもう少し詳しく知りたい、元の話を知りたいと思ったのです。とてもぶっちゃけて言うと、説話や法話が民話化したり面白アレンジ法話をする方の話が語り継がれてしまったのかと予想してました。

まず帝釈天。


 インドの神々の王で、ヴェーダの時代は武勇神でありヒンドゥー教の時代は雷神と言われます。
 仏教に取り込まれ、梵天とともにお釈迦様の誕生から見守り悟りを開いた時には説法をするべきと説得した護法善神です。
 その帝釈天が、そんなことしますか?
 争ったり戦ったりする間柄でもなさそうなのに。
 そしてどうしても気になるのが「城になるほどどこから調達したんですか誰のですか」です。
 わざわざ臭気があるものとして使うのであれば、魔法でぽいと出したものに効果があるのか、生物由来であるべきか鮮度についてはどうかと気になってしまいます。

そして烏枢沙摩明王。


 元はインドの火神アグニで、ヴェーダの時代はインドラに次いで讃歌が多くささげられ、ヒンドゥー教の時代になっても浄化神、天界に供物を届ける存在です。
 仏教ではアグニは火天として取り込まれますがそれとは別に烏枢沙摩明王としても登場します。
 明王は救いがたい衆生を力づくでも救ったり教化する仏です。が、城一つ分食らうのもその材質にしても力づくが過ぎませんか。
 それほど強大であり不浄をいとわない表現だとしてもインパクトが強すぎてありがたいお話成分が頭に残りません。

 ただこの話、烏枢沙摩明王がトイレの神様であるとすさまじい説得力で最短で説明できるからか、いろんなところで説明に使われていました。
 Wikipediaとほぼ同じ文章で決まって出典の記載がないのでおそらくはコピーしたのでしょう。
 文章が違っているものは、配役もちょっと変わっていたりします。

 元々烏枢沙摩明王を調べていたので、資料もそちら側から探していきました。
 ちょうど前の記事にまとめたのでご興味あったらどうぞ。
 一部を再度語ります。

【『初会金剛頂経』降三世品】

・世尊が一切如来の心呪を取り出した。
・世尊の代理である金剛手が従うように告げた。
・大自在天従わず。
・調伏の指示は世尊、実行は金剛手。諸天と大自在天を心呪で死に至らしめる。(そして生き返らせる)
・金剛手の足の裏か胸から出現した金剛随行鬼が最終的に大自在天と夫人をとらえて裸にしてさらした。
・金剛手に踏み殺された大自在天夫婦は地上に生まれ変わって最終的に如来となった。

 諸天は仏教に取り込まれたヒンドゥー教の神々なので、帝釈天も含まれています。大自在天はシヴァ神。
 世尊(お釈迦様)の指示で帝釈天も含めてみんなのされてしまいました。
 糞については出てきません。

【穢跡金剛説神通大滿陀羅尼法術靈要門】

・涅槃に大衆から釈提桓因(帝釈天の別の呼び名)まで集まって悲しんでいる。
・蠡髻梵王が慢心し、天女と戯れ中で呼び出しに応じない。
・数々の不浄で障壁を作った。この障壁に触れた者はことごとく死んでしまった。
・釈尊の左心から出現した不壞金剛が障壁を指差して大地に変えた。
・蠡髻梵王発心して自ら如来(釈尊)のところへ赴く。

 のされるのは梵王。不浄の障壁があります。
 今まさに涅槃にある釈尊(お釈迦様)が不壊金剛(烏枢沙摩明王)を左心から出して障壁を大地に変えました。
 不浄の障壁とあるけどそれが糞とは言っていません。

【底哩三昧耶不動尊聖者念誦秘密法】


・摩醯首羅が
・慢心して一切の穢汚で四面を囲んだ中に住む。
・無動明王が仏の命を受け、受𩞾金剛を化して捕らえる。
・諸穢は(受𩞾金剛が)食らった。

 摩醯首羅(シヴァ神)がのされます。
 一切の穢汚で四面を囲んだとあるのでこれはもう城と言っていいのではないでしょうか。そして一切なので糞も含まれてはいそうです。誰のかは知りません。
 無動明王(不動明王の別の表記)が受𩞾金剛(烏枢沙摩明王)となって諸穢を食らって摩醯首羅を捕らえました。
 
 降三世品では全員金剛手の心呪一つで全滅させられ大自在天が踏み殺される恐ろしい話だったのですが、穢跡金剛説神通大滿陀羅尼法術靈要門では大事な時に女の子侍らせて何やっとるかーの叱られとなり底哩三昧耶不動尊聖者念誦秘密法では特に理由は語られないけど慢心して引きこもってるのを引きずり出すくらいにマイルドに変形している反面、障壁が具体化して来ます。

もう少しさかのぼってインドに行ってみます。

【ラーマーヤナ】


 シヴァ神はヒマラヤの娘ウマーと結婚し、寵愛しました。
 力のある二人の間の子は強すぎて誰も対抗できないとすべての天人は困って子作りしないでほしいとシヴァ神にお願いしました。
 承諾されたものの、シヴァ神はたまっていたものを大地に放出。
 大地も山も森も満たしたそれを片付けてほしいと神々は火神アグニと風神ヴァーユに依頼し、アグニが精液の海に飛び込んでヴァーユの支援で燃やし、シュヴェータ山と最上の葦原が生まれ、火神からスカンダが生まれました。
 
 シヴァ神特に怒られてませんが頼まれてはいます。
 そして山一つ分の精液を放出し、アグニ神が焼いて片付けています。
 配役は似ていて同じようなことをしているのだけど語る話が全然違いますね。

【パドマプラーナ】

 シヴァ神はパールヴァティーに魅了され、1000年出てこなかったので、神々の要望により火神アグニがオウムの姿で宮殿に侵入した。邪魔が入ったのでシヴァは外に精液を出し、アグニが飲み干して外に吐き出したので湖ができた。(その後いろいろ中略してスカンダ誕生)

 パールヴァティー女神はウマー女神と同一とも別ともされるシヴァ神の妃です。ちなみに降三世品で金剛手に踏まれるのは大自在天と烏摩妃。仏教にはウマー女神の名で伝わっています。
 シヴァ神は妻とお籠り中で用事があるのに出てきません。
 アグニ神精液を湖一杯分飲み干して片付けます。

 以上の二つのエピソードで、シヴァ神の精液が山一つとか湖一つ出てくるのですが、量が多すぎて片づけなければいけないけれど不浄扱いではありません。今回特に語りませんがアスラ王ターラカを倒す戦神スカンダを生み出すために神々が熱望する大事なものなのです。

【マハーバーラタ】

(前略)
 アグニは聖仙ブリグに、「なんでも食らう者になれ」と呪われました。
 自分は神の口であり自分が食べたものは神の食料になるのに、なんでも食うものになったら儀式も神も穢れてしまう、と、アグニは全ての儀式から身を引きましたが、ブラフマーにより、火に触れた時点で全て浄化されているのでなにを食べても清浄であると慰められ、アグニは儀式に戻りました。

 話自体は関係ないのですが、アグニ神がなんでも食らい浄化する者となります。
 なんでもです。清らかなお供え物以外でも神さえ汚すような不浄物でもお構いなく食って清めることができます(正確にはそれまでもできてたのでこの呪いで何の能力も変わってはいません)。
 
 降三世品の金剛手が諸天と大自在天夫婦をのしてしまうエピソードがマイルドになる過程で、インド神話のシヴァ神が放出しアグニ神が片付けるエピソードが差し込まれたんじゃないかなと思ってます。
 
 さて似たエピソードが配役も話のテーマも変わって何度も語られているのだから、冒頭の帝釈天の話もこの変形かなと勝手に解決していたところで見つけました。

仏教民俗学体系 8 俗信と仏教 名著出版

Ⅱ 諸天、諸仏、祖師信仰
烏枢沙摩明王と厠神 飯島吉春 

ここで帝釈天のエピソード出てきてひっくり返りました。
この章もとても面白いのです。が後で!
出典が静軒痴談とわかったので探してきました。

【静軒痴談 巻の下 屎ノ神】


修羅と梵天帝釈天と戦いしとき修羅が不動明王へ援を乞う、その時帝釈はかり思うに仏は甚だ臭気をきらえば、穢れを用いて防ぐべしと糞を以て城を築きいだせり、明王少しも不潔を忌まず其の城を一時に食らい尽くしたり故を以て烏瑟沙摩明王を厠の神となすと

静軒痴談 巻の下 屎ノ神

https://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/i05/i05_00071/i05_00071_0002/i05_00071_0002_p0020.jpg

早稲田大学図書館古典籍総合データベースで原本見られます。

修羅(阿修羅)VS梵天&帝釈天で開始、不動明王が修羅の援護に来たので帝釈天は仏が臭気をきらうことを思い出して糞の城を築いたが明王(ここで不動明王自身か烏枢沙摩明王が召喚されたのかは記載なし)城を食らい尽くしたので帝釈天梵天連合は降参。
 
 …近世の随筆なので、大自在天(シヴァ神)の配役がずれたのかと思い込んでましたが違いますねこれ。
 降三世品の、金剛手に一声でのされた諸天として数えられていた帝釈天と梵天です。
 ということはですよ。
 帝釈天が敵対してた仏はお釈迦様じゃなくて不動明王。
 昔馴染みのお釈迦様を等身大でからかったり嫌がらせで糞の城に閉じ込めたのではなく、神の力を発揮して天罰的に閉じ込めたのではなく。
 人間に対するゴジラ並みに力の差がある不動明王の前で絶体絶命、もてる知識を振り絞って品位もかなぐり捨てて糞の城に閉じ込めてまで抵抗したけれど一声で全滅させられた、ってことではありませんか。
 オキシジェンデストロイヤーセットした直後にがばっと開くゴジラの口の中を見ちゃって目の前が光に満ちたような状況ですよ。シンゴジだと無人在来線爆弾完全に決まってゴジラ転倒、ポンプ車集結、というところでゴジラが口開いていて(なぜゴジラで語る)

終わりに


 帝釈天が糞の城に仏を閉じ込めたくだりが根拠のないものではなかったのがわかったので今回は満足しました。
 寺門静軒先生は随筆を書いては発禁になったり追放されたりした儒学者、特に仏教専門の研究者ではないようなので、静軒痴談を書く前に読んだりきいたりした元本があると思うのです。
 次はその元本が何だったのか探せるといいなあ。

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