中国の創作物における字(あざな)と幼名について

字と名のインフレ

 三国志が好きな人は一度は考えただろう。自分に字を付けるとしたらどんな名前にしようかと、しかし、実のところ中国の創作物ではあまり字は使われていないのだ。それにはいくつか理由がある。

 まず最初にあげられる理由は名のインフレのせいである。
 名のインフレとは私が勝手にそう呼んでいる現象の事で、名の敬意の価値の変化の事である。古代、字は相手に敬意を表す呼び名だった。しかし、時代が下ると、字で呼ぶのなんか馴れ馴れしくないかとか、そもそもいつ使えばいいんだ?いう感覚になっていったのだ。名の価値が下がるという点ではデフレの方がふさわしいけれども、時代が下ると失礼のないようにどんどん呼び名が増えるという点ではインフレともいえるので、ノリで勝手に名のインフレと言っている。
 字は時代によって他の呼び名よりもその敬意の価値と呼んでいい範囲が振り幅が大きい、また、士大夫以外の一般庶民には字があったり無かったりする。

 二つ目の理由として、字を付ける場合は通常、名とそれなりに関連させなければいけないという事だ。下の方に付け方についてのWikipediaの記事とリンクしているので見て欲しい。兄弟が多数いる場合を除いて、基本的に字を付けるにはそれなりの教養が必要な事が分かる。
 歴史上の人物でも、名ならばその親が知的な人物であっても、親の願いや地名、生まれた時に起こった出来事をもとにしていることも多く案外普通だなと感じる人物も多い。しかし、字になると、その人物自身の教養に裏打ちされた字をつけていることが多い。創作物で字を付けるという事は、知的な人物であれば深い古典知識に基づいた教養を感じられる字を付けなければならなくなる。創作者の知的レベルが露呈してしまう。中国ではかなり古典教育に力を入れているのだけれども、歴史に名を残している知的な人物の教養に敵う人はあまりいないだろう。

 最後に、実は字にも時代による流行がある。時代が特定されるような字をつけてしまうと、他の事象にも時代考証が必要になってくる場合がある。
 字は現代にはないものなので、名のように今の時代にもこういう名が存在するという感覚がない。
 日本で例えると平安時代や戦国時代でも男性の名前ならば、現代でもいそうな人物が結構いる。しかし、「備前守」や「上総守」のような呼び名にはなじみがない。それでも、何となくこれは江戸時代っぽいなとか平安時代っぽいと感じるのではないだろうか?
 これは中国の字でも同じことが言えるのだ。この時代の字はこんな感じという固定概念のようなものは多少ではあるが存在している。もし、特定の時代にしかないものを選んでしまうと、○○時代風ではごまかしきれなくなるのだ。

 以上の理由などにより、中国の創作物では字はあまりつけられる事がないのだ。
 まあ、ただ単に登場人物が士大夫じゃないからってだけかもしれないけど。

幼名について

 小名、乳名、奶名といわれ、幼子に両親などが付ける愛称のことで、幼名で呼ぶのは基本的に家族と本当に親しい幼馴染ぐらいのかなり狭い範囲であったため、あまり記録に残っていない。
 歴史的には秦漢あたりから幼名が確立されたらしい。
 それ以前の時代では、記録に残っていないのではっきりとは分からないけれども、春秋時代の人物によくある奇妙な名の付け方、例としては孔子の名の「丘」やその息子の「鯉」などは後の時代の幼名にあたる感覚で付けられている。ここでも名の価値が変わっていることが窺える。
 名のインフレが起こったのは主に士大夫層であったため、一般庶民の場合は幼名、名(諱)、字といっても兄弟の順が分かるものがあったくらいで、幼名がそのまま名になっている人も結構いたようだ。三国志の呂蒙は幼名というか地元での呼び名が「阿蒙」なので、幼名と名が同じだったと思われる。
 庶民の間で幼名と名(諱)が同じであることは、幼名の流行が名の流行として逆流する現象が起こるという事になる。
 名として逆流した例は「小〇」「〇〇」「〇児」で、あまり逆流しなかった例は「阿〇」「〇郎」である。「〇郎」は男性限定で主に隋から宋にかけて流行った幼名で、日本の「太郎」や「一郎」などはここからきている。三国志好きな人なら三国時代に「姓+郎」はイケている男性に対する愛称であることを知っているだろう。それが男児のイケてる幼名として後の時代に流行したのだ。

字と幼名の付け方

 字については知っている人が多いだろうからWikipediaのこの記事でも参考にして欲しい「字 - Wikipedia」。雑に解説すると名(諱)と関連があるか、兄弟の順になっていることが多い。記事にもある通り、たまに諱と字が同じというロックな人物もいる。この記事には触れられていないけれども、女性にも字はある。ただし、あまり記録には残っていない。
 幼名についてもWikipediaのこの記事が分かりやすい「乳名 - Wikipedia」ただ、この記事を読むと五行とか調べなきゃいけないのか!?身構えてしまうかもしれないが、中国の創作物を見る限り、「阿〇」や「〇児」、「小〇」「〇〇」(〇には名が入る)などで済ませている。よくつけられている幼名はあるのだけれども、一般的な日本人からは出てこない発想だったり時代性があるものが多いので割愛する。

これだけは覚えていって

 ここで覚えて欲しい事は一つだけである。幼名を呼ぶのは家族か親しい幼馴染だけであることはどの時代であっても同じであるという事だ。
 日本人は字が好き(偏見)ではあるけれども、中国物っぽい創作物において付けるべきは幼名である。中国の創作物で字がついているものは少ないけれども、幼名がついているものはそれなりにある。幼名を付けるのです。幼名を呼ぶのは幼馴染。これだけでも覚えて欲しい。

#中国の創作物の中国人名

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