植田かおり『古典ギリシア語のしくみ』(白水社、2009年)を読んで。
本書は古典ギリシア語に興味を持った読者が最初に手に取るのにふさわしい本です。古典ギリシア語に興味を持っている読者というのは、聖書を原語で読みたい、プラトンやアリストテレスを原語で読みたい、あるいは翻訳されていない古典ギリシア語のテクストを読みたいなど、すでにある種のモチベーションを抱いていることと思います。そういった様々な動機を掬い上げ、実際の勉強へと橋渡しをしてくれるのが本書といえるでしょう。
古典ギリシア語は読み慣れてくると、文の語順にある程度の法則性はあるものの、英語のような語順による意味の変化がありません。主語と述語が来て一文をなすという近代語の語順に慣れていると、まず主語がないというのに面食らわれるかと思われますし、動詞が来て長々と単語が続いて最後に冠詞と主語(名詞)がようやく出てくるという一文も珍しくはありません。そういった動詞と主語がどんなかかわりにあり、どのような変化をするのか、その特徴を丁寧にしかも簡潔に説明してくれるのが本書の特徴です。
本書はギリシア語の読み方の説明から始まり、名詞や動詞、古典ギリシア語独特の表現を丁寧に紹介していきます。しかし一般的な文法書とは異なり、古典ギリシア語を読みたいと思った読者が読みたいと思うような内容を真っ先に取り上げて説明していくのが特徴的です。中でも印象的なのは、古典ギリシア語を学び始めてしばらくたってもなかなか頭に入ってこなかった形容詞の「述語的位置」が丁寧に説明されていることです。先ほど語順の縛りがないことに言及しましたが、そうした中でも限定的位置を取る場合の注意点とその見破り方が簡潔に書かれています。また他の教科書で十数ページにわたって説明されている内容が見開き二ページで説明されていたりと、とても良くまとめられているので学び直しにも最適な本です。
古典ギリシア語を学ぶことで見えてくる楽しさを伝えてくれる本書は、古典ギリシア語に興味を持った人が手に取りサクッと読み進めるのにも、古典ギリシア語を勉強し始めたけど難しすぎて挫折しそうと落ち込みかけている方が手を伸ばして読むのにもおすすめな本です。古典ギリシア語を楽しむヒントがちりばめられた本書は、文法をある程度勉強をした人にとっても頭の中を整理するのに最適な一冊といえます。すべての古典ギリシア語学習者に配って回りたい、そんな一冊です。
評者が読んだのは2009年の初版でその後2014年に新版が刊行されています。本書の刊行後に堀川宏『しっかり学ぶ初級古典ギリシャ語』が刊行され、この本は「しくみ」を読んだ学習者にとって本格的にギリシア語を読んでみたいなと思う読者に最適な本です。すでにギリシア語学習を始めている方にとっても副読本として頼りになる一冊なので、ご興味のある方はぜひこちらもお手に取って確かめてください。