【創作】散歩
ばあさんが死んでからというもの、2人で過ごしたこの家もずいぶんと散らかってしまった
今では娘が週に1度、わしの様子を見るついでに家の片付けをしに来てくれている
そして、片付けが終わる頃に散歩に連れ出してくれる習慣になっていた
ばあさんがいた頃は、2人でよく散歩に出掛けた
春になれば、桜の咲く川沿いへ
夏になれば、小さな噴水のある公園へ
秋になれば、イチョウ並木が綺麗な遊歩道へ
冬になれば、イルミネーションで華やかな駅前へ
そしてもうひとつ、ばあさんのお気に入りの場所があった
家から少し離れた高台だ
そこにはベンチがひとつあるだけで、特別なにかあるわけではない
2人でベンチに座り、景色を眺めた
それだけだったが、ばあさんはいつも嬉しそうな顔をしていた
娘が片付ける姿を眺めながら、そんなことを考えていたら、なぜか急にその高台が気になった
ばあさんが死んでからは1度も行っていない
娘との散歩はいつも娘について歩くだけだった
歩くのに杖が必要なわしのことを思って、散歩のコースを考えてくれていた
そんな娘には申し訳ないと思いながらも、わしは初めて
行きたい場所がある
と娘に言った
その道のりを話すと、娘は反対した
わしの足では行けないと
けれど、どうしても行きたかった
ばあさんがそこで待っとる
そんなことはあり得ないのに、そう言ってしまった
ばあさんが生きているかのように
娘は少し憐れむような顔をした
ばあさんと歩いた道を、ゆっくりと辿っていった
娘も後ろについて歩いてくれた
細い道を通り、急な坂道を登っていった
そしてまっすぐ伸びた道の先に、ばあさんと2人で座ったベンチがあった
誰も使っていなかったのか、ベンチは少し汚れていた
わしは、軽く手で汚れを払い落とし、いつもの場所に座った
そこには、ばあさんと見た景色がひろがっていた
なにもせず、目の前の景色をながめた
ばあさんの笑った顔が見たくなった
誰もいないとわかっているのに、ばあさんの座っていた方を見た
すると突然強い風が吹き、周りの木々を大きく揺らした
目の前を舞ったひとひらの葉が、わしの隣に舞い降りた
ああ、来れて本当によかった
[BGM∶老夫婦/星野源]
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