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小学校の音楽で習う「ゆかいな木きん」の作曲者を探してみた

子猿が木靴をはいて丸木橋を渡るというユーモラスな歌詞に、どこか親しみやすく覚えやすいメロディーの「ゆかいな木きん」。小学校の音楽の教科書に長年載っていますが、作曲者は不明です。歌集によっては「アメリカ曲」と書いてあります。

この曲のルーツをたどり、作曲者を探してみました。先に結果を書くと、作曲者は見つかりませんでしたが、原曲は分かりました。

★見出しにかわいいイラストをお借りしました。ありがとうございます!


「ゆかいな木きん」(~1962年)

国会図書館デジタルコレクションで「ゆかいな木きん」を検索すると、この曲が掲載されている一番古い歌集は、1962年出版の『こどものための楽しい童謡ゲーム : チャイルドソング・ゲーム (幼児体育教材集) 』(琴かずえ 著 白眉学芸社)でした。

上記が初出かどうか分かりませんが、だいたいその頃に発表されたのでしょう。作詞者は書いてなくて、「アメリカ曲」とだけありました。

他の資料には「小林純一 作詞、アメリカ曲」と書いてあるものが幾つかあり、JASRACのデータベースには「小林純一 訳詞」とありました。

作詞なのか訳詞なのかよく分かりませんでしたが、まずは訳詞と仮定して、1950~1960年頃のアメリカの歌から探し始めました。が、何も見つかりませんでした。

童話「こざるのはしわたり」(1951年)

もう一度国会図書館デジタルコレクションに戻って調べると、1951年出版の『ひろすけ家庭童話文庫 3 (みみずくとお月さま)』(浜田広介 著, 黒崎義介 等絵, 主婦之友社)という童話集に、「こざるのはしわたり」というお話がありました。

その内容は、小学校に入学する子猿が、母猿と山を下りる途中で丸木橋を渡るというもの。「ゆかいな木きん」によく似ていますが、1つ大きく違うのは、童話には木靴が出てきません。

仮にこの童話を参考にして「ゆかいな木きん」の歌詞が書かれたとすれば、童話に出てこない木靴の部分は、元のアメリカ曲の歌詞を反映しているかもしれない。と思って、キーワードを、木靴・靴屋に絞ってもう一度探してみましたが、やはり何も見つかりませんでした。

なので、歌詞を手掛かりにするのは諦めて、別方面から探すことにしました。

幼年唱歌「海」(1901年)

これまでの事例から、ひょっとしたら日本の歌集に歌詞違いの曲があるかもしれないと思い、見ていくと、1950年出版の『名作唱歌選集』(故田村虎蔵先生記念会 編, 音楽之友社)に、「海」というタイトルで「ゆかいな木きんと同一メロディーの曲が掲載されていました。

「海」?

「ゆかいな木きん」との違いに驚きつつ、初出を調べると、1901(明治34)年出版の『幼年唱歌 : 教科適用』(二編中巻, 納所弁次郎, 田村虎蔵 編,十字屋)に掲載されたのが最初のようでした。

その後、1926(大正15)年出版の『検定唱歌集』(尋常科用, 田村虎蔵 編, 松邑三松堂)にも掲載されていました。「海」は戦前の小学校で長く愛唱されたのでしょう。当時は小学2年生の教材でした。

下の楽譜は『検定唱歌集』(伴奏書)から。右上に小さく「米国風曲」と書いてあります。今となっては少々紛らわしいですが、これは、日本人が作ったアメリカ風の曲という意味ではなくて、アメリカ民謡、アメリカ曲という意味です。

「ゆかいな木きん」もアメリカ曲といわれてきました。「海」もアメリカ。

田村虎蔵 編『検定唱歌集伴奏書』尋常1・2学年用,松邑三松堂,昭和2.
国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1270753 (参照 2024-12-16)

言文一致唱歌のパイオニア

ところで、ちょっと脱線しますが、『幼年唱歌 : 教科適用』、『検定唱歌集』編者の田村虎蔵さんについて少し述べます。

明治時代の唱歌は、当初は堅苦しい古文のような言葉遣いで、小さな子供には難しく、分かりにいものでした。それに対して、分かりやすい言葉遣いと親しみやすい題材を使った、言文一致唱歌の必要性を提唱し、そのパイオニアになったのが田村虎蔵さんです。

代表作は「金太郎」。作詞は「海」と同じで石原和三郎さん("明治唱歌の父")。

「海」の歌詞

当時は非常に新しかったという、言文一致体で書かれた「海」の歌詞を下に引用します。作歌とは、当時の言葉で作詞のこと。

<海 (石原和三郎 作歌)>

1番
あれあれをきべに、しらほが見える、
しらほを見てゐりゃ、足もとへ、
をなみに、めなみ、びちゃびちゃよせる、
あれあれしらほは、もう見えぬ。

2番
あれあれなみまに、かもめがうかぶ、
かもめを見てゐりゃ、みみちかく、
いそべの松が、オルガンならす、
あれあれかもめは、もう見えぬ。

納所弁次郎, 田村虎蔵 編『幼年唱歌 : 教科適用』,十字屋,明34-35.
国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/855773 (参照 2024-12-16)

「をきべにしらほが見える」を漢字にすると、「沖辺に白帆が見える」。

海の沖の辺りに、白い帆をかけた船が見える。その船を見ていたら、足元に次々と波が寄せてきて、波に気を取られているうち、船は見えなくなっていた、というのが1番の内容。

ぱっと見、いかにも明治な、レトロな歌詞ですが、読んでみると情景を思い浮かべやすく、子供が聞いても分かりそうだし、大人が聞いても、何となく心地よい夢のような、古い和歌等にありそうな、味わい深い詩だと思います。

「IN THE BOAT」(1864年)

「海」と「ゆかいな木きん」は、メロディーこそ同じですが、内容は全く違っていました。一体、元の曲はどっちに近かったのか。それとも、どっちとも違う内容だったのか。気になって、さらに調べてみました。

「海」の作曲者について、初期の歌集には下記のように書かれていました。
 ・1901『幼年唱歌 : 教科適用』……未詳
 ・1926『検定唱歌集』……米国風曲

ここから、おそらく「海」の原曲は作曲者未詳のアメリカ曲またはアメリカ民謡で、1901年以前、つまり、19世紀の欧米の歌集に載っているんだろうと思い、Google書籍など見てみたのですが、多すぎて闇雲に探すのは無理でした。

そこで、上記2歌集の編者、田村虎蔵さんが編まれた別の歌集を再点検してみたところ、中学生用の教科書の付録に英語曲が20曲入っていました。それらの出典を確認すると、主に下記のアメリカ歌集から採られていました。

①『The New First Music Reader: Preparatory to Sight-singing, Based Largely Upon C.H. Hohmann』 (Luther Whiting Mason, Ginn & Company, 1889)

②『The song-garden : a series of school music books, progressively arranged : each book complete in itself』 (First book, Lowell Mason, Mason Bros., 1864)

①の著者、ルーサー・ホワイティング・メーソンさんは、明治時代に来日し、文部省音楽取調掛で国家主導の新しい音楽教育立ち上げに協力した、日本で非常に有名な方です。

②の著者、ローウェル・メーソンさんは、ルーサー・ホワイティング・メーソンさんの先生に当たる方で、「米国賛美歌の父」「米国教育音楽の父」と呼ばれているそうです。

①②は子供向けの歌集であると同時に、音楽の先生のための教科書でもあります。東京音楽学校で学んだ田村虎蔵さんも大いに参考にされたのでしょう。ちなみに日本で最初に出た小学唱歌集にも、①からたくさんメロディーが採用されています。

というわけで、①②から「海」の楽譜を探したところ、②にありました。

タイトルは「IN THE BOAT」。作曲者名の記載はなく、結局、作曲者は分かりませんでした。もしかしたらローウェル・メーソンさんご本人かもしれませんが、証拠は見つけられませんでした。

作詞者も不明です。同じ歌詞が別の歌集にも載っていましたが、やはり作詞者名は書かれていませんでした。

Lowell Mason, 『The song-garden』 (First book, p.42, Mason Bros., 1864)

「IN THE BOAT」の歌詞

下記に歌詞を引用しました。ざっくりまとめると、すがすがしい自然の中、幸せいっぱいな人々が、思わず歌いながらボートを漕いでに出るというような内容でしょうか。

「海」の歌詞は、「IN THE BOAT」の訳詞と言えるほどそっくりではありませんが、船や海など、共通する要素もあったことが分かりました。

<IN THE BOAT(作詞者不明)>

1番
Fresh and fair all things are, Flowery fragrance fills the air.
Fresh and fair all things are, Fragrance fills the air.
Merrily our little boat, With the breeze doth gently float.
Fresh and fair all things are, Fragrance fills the air.
2番
Bowers green now are seen, Reddest roses peep between.
Bowers green now are seen, Roses peep between.
Swelling over hill and dale, Music floats upon the gale.
Bowers green now are seen, Roses peep between.
3番
Music's note still doth float, While we row our little boat.
Music's note still doth float, While we row our boat.
Birds are wheeling in the air, All we see is bright and fair.
Music's note still doth float, Sailing in our boat.
4番
Happy we, full of glee, Sailing on the wavy sea.
Happy we, full of glee, Sailing on the sea.
Luna sheds her softest light, Stars arc sparkling, twinkling bright.
Happy we, full of glee, Sailing on the sea.

同上

アメリカ曲なのか?

「IN THE BOAT」が、19世紀アメリカで出版された歌集に掲載されたことは明らかですが、作曲者に関する情報はなく、アメリカ発祥なのかどうか何ともいえません。(だから、最近の音楽の教科書には「作曲者不明」とだけ書かれているのかもしれません。)

でも、だとすると、なぜ田村虎蔵さんはこの曲を「米国風曲」と書いたのでしょうか?

アメリカの歌集に載ってたから?

どうも、そう単純ではなさそうなんですよね。

上述のとおり、田村虎蔵さんは、アメリカの歌集から20曲ほど選んで中学校の教科書に載せているのですが、原典に作曲者等を記載していない曲であっても、「American Air」、「English Air」、「German Air」と、それぞれ、どの国のメロディーなのか書き分けています。この辺りを追究すると、もっと詳しいことが分かるかもしれません。

まとめ

小学校の音楽の教科書に載っている「ゆかいな木きん」と、同一メロディーの唱歌「海」が、明治時代から歌われていた。このメロディーを日本に紹介したのは、「金太郎」を作曲したことで知られる言文一致唱歌のパイオニア、田村虎蔵さんで、原曲は、アメリカで19世紀半ばに出版された学校教育用歌集『The song-garden』(First Book)に掲載されている「IN THE BOAT」だと思われる。作曲者は記載がなく不明。


以上です。ここまで読んでいただきありがとうございました。