ヴォルデモートの分霊箱とコーリング
2025年は年明けからしばらく金曜ロードショーがハリーポッター祭りのようです。
毎度のことですが後半のみの一挙放送という事でどうにも設定を忘れている、話の流れがよくわからないという方も少なくないのではないのでしょうか。という訳で、今回は後半から突如ポップアップしてきた謎のアイテム・ヴォルデモートの「分霊箱」についての解説と個人的な考察をしようと思います。
※面倒な方は本題部分のみお読みください。前半は分霊箱の説明です。
・後半突如ポップアップしたアイテム「分霊箱」
ハリー・ポッターシリーズも後半の第6巻「ハリー・ポッターと謎のプリンス」で突如その存在が明かされた「分霊箱」という謎のアイテム。
それまではヴォルデモートが生前残した厄介事に、主人公ハリーが巻き込まれるようなストーリーでした。
しかし、そうした厄介事の裏に関わっていたのが実はこの「分霊箱」という謎の魔法アイテムだったのです。
…と言われてもそんなアイテムあるならもっと前から出してよ。ドラクエなら冒険の最初にまず説明されるよ。しかもこれ6つ(正確には7つ)あるってマジ?そしてあと1巻でこの話終わる予定なの??
ラスト1巻でドラゴンボール全部集めろってそんな無茶な。
…これが初めて6巻を読み終わった私の感想でした…なんだか日本の漫画ならこの分霊箱探しだけで長編1本書きそうなのに、後半に全部詰め込むのはお国柄の違いだろうかと思案しましたね。
・分霊箱とは具体的になんなのか
さて、この分霊箱という道具は何かと言いますと「制作した魔法使いの魂を分割して納める魔法の箱」です。本来1つの肉体に1つであるはずの魂を分割し、片割れを「分霊箱」となる物の中に納める事で肉体が破壊されても魂は完全に破壊されず半不死身となる魔術です。
そして、この道具の制作方法ですが「一切の良心の呵責もない殺人」によってのみ、コレを作ろうとした魔法使いの魂を引き裂いて分霊箱となる物に定着させる事ができるのです。
…つまり、分霊箱を作る数だけ人を殺す必要がある。6つもの分霊箱を作った魔法使いは後にも先にもヴォルデモート卿ただ一人でしょう。彼は前人未到の「魂を6分割する」恐ろしい魔法を完遂させていたのです。マグルだとしてもサイコパスと認定されるでしょう。しかも彼は最強の魔法数字である「7」にこだわって分霊箱を作ったため、単純にヴォルデモート卿含め7つの魂を破壊しないと本人を倒せないRPGの厄介ラスボス仕様に自身を作り替えていたわけです。マジでこのハ○面倒くせぇ。
マグルアレルギーの癖に発想が王道RPGゲームそのものなところに血は争えないと感じる。汚いドラゴンボールを作るな。呼び出されるのが神龍じゃなくフリーザ寄りなの最悪すぎる。
…話を戻しましょう。
ハリーポッター本編で登場した分霊箱は以下です。
・トム・リドルの日記(ヴォルデモート卿の日記)
・スリザリンのロケット
・ハッフルパフのティーカップ
・レイブンクローのティアラ
・ゴーントの指輪(スリザリンの末裔の指輪)
・ナギニ(大蛇)
・???
ナギニだけは物ではなく生物ですが、それ以外は魔法界において古くいわれのある品々が主に分霊箱として選ばれています(日本人の感覚だとまるで怪談話の呪物ですね。)
分霊箱そのものは、極端な話、その辺の石ころや空き缶でもかまわないそう。現実世界で実体がある物はほぼ該当するようなので、例えば壊れたUSBやフロッピーディスク、ファミコンでもかまわないのでしょう。
本来の役目を考えればなるべく目立たない、なんて事ない物にした方が安全に魂は守られるような気もします。しかし、ヴォルデモート卿は非常に目立ちたがりの権威主義者なので、自らの魂の器もそれに相応しい物にこだわりました。
自らの偉大さを裏付けるために魔法界で古く重要な品々を自らの分霊箱としたのでした。
・本題: マグルにとっての分霊箱 物を捨てる事とコーリング
ここからが本題となります。実は、この人の魂の一部が宿る「分霊箱」と似たような現象と文化が私達普通の人間=マグルの世界にもあるのではないかと考えています。
もちろん、ヴォルデモートのように殺人を犯す事はありません。ただ、日本でも昔から「物に人の魂が宿る」言い伝えは広く存在しています。
代表的な物では髪が伸びる日本人形でしょう。誰か、あるいは持ち主の念が入った人形は動いたり髪が伸びたりする。よく聞く怪談です。
そして、現代ですと半ば都市伝説化した「大事にしていたフィギュア、鉄道模型などコレクションを妻に捨てられて無気力になった夫」の話は誰もが一度は見たことがあるのではないでしょうか。
大事にしていたコレクションを勝手に処分され鬱状態になる者もいれば、怒り狂って警察沙汰になる者もいると言われる話です。
私は部屋の整理をしたくて片付け本を読み漁っていたことがあります。有名なこんまりさんの本も読みました。その際に全く違う複数の著者が必ず書いていたのが「他人のものを勝手に捨ててはいけない、そうするとその人はますますその物に執着するようになる」という一文でした。
そのような片付け本の中でも、特に興味深い事例が「ガラクタ捨てれば自分が見える-風水整理術入門ー」(カレン・キングストン著)に記されています。
この本について簡単にご紹介しますと、こんまり先生が「ときめく片付け」を大流行させるはるか前、断捨離で日本人が「物を捨てる」事に目覚めるよりも前の1993年に世界的ベストセラーとなった元祖片付け本です。
著者のカレン・キングストンは当時では珍しかった非アジア人の風水師です。ハリーポッターの作者JKローリングと同じくイギリス人の女性で、長くバリ島に移住していました。
彼女は著書の中で、自身が住むバリ島の不思議な風習について紹介しています。それが、この記事の本題でありタイトルにもある「コーリング(呼び戻し)」と呼ばれる儀式です。
詳しい内容は彼女の本を読んでいただきたいですが(片付け本としてとても役に立つのでお勧めです)、簡単に要約すると「人は生きているうちに、自己の一部を失っていく。特に大きな事故やトラウマを背負うと魂の力が弱まり命に関わることもある。そうなったときバリでは魂が弱まった本人と僧侶がその原因になった場所(事故、事件の現場)に戻り、儀式を行いその場を清め、自分が失った魂の一部を呼び戻す。」
これがバリ島の儀式「コーリング」です。
そして、カレン曰く、この儀式をしなくともガラクタを捨てることで「コーリング」と同じように魂の呼び戻しが出来るそうです。自分がもう好きではなくなったもの、理由もなく持っているものを捨てることでそれに執着していた魂の一部が自分の元に戻って来るそうです。
「場所」と「物」の違いはありますが魂を呼び戻す点では同じであり、やはり「物に魂の一部が宿る」という意識は広い文化圏であるのです。
さて、これらの事例から先述した「妻にコレクションを捨てられ抑うつ・無気力になる夫」を見ると彼らにとってコレクションとは無意識に作り出した「分霊箱」であり、それを自分以外の他人に捨てられるという事は無断で魂の一部を破壊される…精神の死に近い体験なのではないかと思います。
誰しも子供時代に一度は大切にしていた人形やおもちゃを誰かに捨てられた経験があると思います。その時捨てられたものは自分で捨てた物より強く記憶に残り、悲しい気持ちが長引かなかったでしょうか?
自分の魂の一部とも言える強い執着がある物を捨て、魂が呼び戻され、その後生きやすくなるのはあくまでそれを自分で捨てるんだと決意した場合のみ。
自分自身が物への執着心を捨てればそれは「コーリング(魂の呼び戻し)」の儀式ですが、他人が無断で執着のあるものを捨てるのは、魂を呼び戻すどころか持ち主の魂を破壊し永遠に呼び戻す事が出来なくなる最悪の行為の可能性があります。
コレクションがなくなり無気力になったり、以前とは別人のように変わってしまった人々は魂の一部が戻らなくなったのではないでしょうか。
そんな不完全な状態ですから当然抑うつ的にもなるし、情緒不安定で怒りや悲しみも抑えられないし、精神病のような症状が現れるのかもしれません。
最後には6つの分霊箱を破壊され、肉体が完全に消滅したヴォルデモートの末路は、あまりに象徴的な姿です。
私達の精神は想像以上に特定の物と強く結びついているのかもしれません。
自ら魂を引き裂いてまで分霊箱を作り出したヴォルデモート程ではなくとも。昔からの「物を大事にしなさい」という教えも、ある意味「物に宿る自分の魂も含めて大事にしなさい」という事なのかもしれません。
・補足:ヴォルデモートと分霊箱
・ナギニ
さて、自身の魂を無意識ではなく本当に7分割してしまったヴォルデモートはどうなったのでしょう。
彼は魂を細切れにしすぎて分霊箱が破壊された事にも気づかなくなってしまいました。しかし、そんな彼でも目の前で破壊されて激怒した分霊箱があります。蛇の「ナギニ」です。
他の由緒正しいが寄せ集めの品である分霊箱とは違い、ナギニだけはヴォルデモート自ら肌身離さずそばに置いた唯一の分霊箱でした。蛇語使いであるヴォルデモートと意思疎通できる唯一の生物。そして彼自身の魂の一部すら預けていた文字どおり一心同体の存在でした。
あのダンブルドアをして「ヴォルデモートが何かを好きになることがあるとすれば、それはあの蛇じゃと思う」と言わしめた存在です。
いくらなにも感じないとはいえ、流石に特別な分霊箱であったナギニが目の前で破壊されれば、ヴォルデモートの魂も多少痛んだのかもしれません。
最悪の魔法使いではありましたが、ナギニにとっては最も理想的な主人であったでしょう。
・亡霊との戦い
分霊箱というアイテムの出現によって物語自体がヴォルデモートとの戦い、というよりもかつてトム・リドルだった強力な亡霊との戦いに印象が変わったような気がします。悪霊と言っても良いかもしれません。
それまでのハリーの物語も、思えば生前のヴォルデモートが仕掛けていた分霊箱や引き裂かれた魂の一部が引き起こした事件を解決するような流れでした。4巻でヴォルデモートは再度受肉して復活しますが生前の完璧な姿とは言い難く、人間には程遠い見た目です。あけすけな言い方をすればゾンビに似た生き物になっていたのでしょう。
本人はそれを「死を超越した」と表現していますが、傍から見れば不完全で往生際の悪い悪霊です。自ら魂をズタズタに破壊し、肉体と魂の繋がりも弱め、全盛期の完全な姿には遠く及ばない状態でこの世に縋り付いている。その姿は不死身の魔法使いではなく亡霊そのものでしょう。
ハリーが最後にヴォルデモートをトムと呼ぶのも、不死の恐ろしい魔法使いを倒すのではなくトム・リドルだった魂をなんとか救うためでした。
そして、どんなに強くとも亡霊は亡霊でしかなく、最後には生きている多くのちっぽけな人間達の力によって打ち倒されます。
ハリーポッターもまた、暗く巨大な力に、生きた人間が勇気で打ち勝つ優れた人間賛歌の物語なのだと思います。
※ナギニについてここではハリーポッター本編の情報のみで記事を書いています
※今更ですが本年は巳年、蛇の年ということでヴォルデモート卿、スリザリンの皆様おめでとうございます