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あの日、武道館で~僕は発達障害の彼女に、恋をする。
・キャッチコピー
『あの日、武道館で~僕は発達障害の彼女に、恋をする。』
・あらすじ
白石恵、25歳は、発達障害を持つ女性。人生で初めて、ひとりで電車に乗り、大好きなロックバンド『L』のライブに参加するが、想像以上の音の迫力に、頭痛を起こし、椅子に座り込む。その時、声を掛けたのが、桐島健(たける)。2人は、終演後、武道館の大階段で、休憩し、一緒に途中まで帰る。それから、恵と健は、メールでやりとりを始める。健は、恵の発達障害を知らない。不思議な恵のメールの返信に、戸惑いながら、恵自身に惹かれていく健。そして、3ヶ月後、健が恵をデートに誘った。帰り道、恵から、発達障害を聞かされた健。しかし、思いは変わらない。健は恵への思いを伝えるが、恵には、『愛している』という感情を理解できない。時間をかけて、思いを伝える健。恵も、自分なりに健の思いを懸命に考え、受け入れる。健の両親に会った恵だが、無理解な両親の言葉に傷つき、発達障害の自分は不釣り合いだと、健との別れを選ぶのだった。
・第一話
よく晴れた、ある土曜日。
白石恵は、白い生成のシャツにスカート、茶色のショートブーツ姿で、ある場所にいた。
日本武道館、その大階段の前で、ひとり、熱心に空を見上げている。
今日は、ロックバンド『L』のライブ。黒の服に身を包んだ若者で、大階段前は溢れている。
そんな中、白い服を着て、空を見上げる恵をみな、怪訝そうな顔で見て行く。
スタッフに誘導され、武道館に入った恵は、席に着くなり、耳栓をし、こっそりと精神安定剤を飲んだ。恵なりの工夫だった。
客電が落ち、ライブが始まる。
想像以上の音の迫力に、恵は頭痛を起こし、座席に座り込んだ。
すると、頭上から、「大丈夫ですか?」と声がした。
ノロノロとそちらを向く。暗くて顔が見えない。
「…大丈夫です」
俯いたまま答えた恵は、結局、そのまま終演を迎えた。
すると、先程と同じ声がした。
一人の男性が、恵の様子を見ていた。
大丈夫です、と返しても、大丈夫そうに見えない、と言う男性。
男性の誘導で、恵は武道館を出た。
落ち着いた恵は、男性が、桐島健という若者だと知る。
お礼がしたい、と言う恵に、健は慌てて固辞し、恵のスマホを借りる。
メールアドレスを交換し、二人は、途中まで、電車で一緒に帰った。
その頃、白石家では、恵の両親が、一本の電話を待っていた。
今夜一晩、恵を預けた、母・真弓の兄、誠一からの電話だ。
ワンコールで、電話に出た真弓は、誠一から、恵は落ち着いているが、ライブはダメだった、もう行かない、と話していることを聞く。
大好きなバンドのライブもだめか。
父・省吾と共に、気落ちする真弓。
今は、明日の恵の帰宅を待つ他なかった。
・第二話
翌日、帰宅した恵。
「ママ、私、ダメだった。途中で頭が痛くなって…、ずっと座って観てたの。みんな立ってるのに」
悲しげに伝える恵。真弓は、初めて一人で電車に乗って、武道館まで行けたことを褒めた。
沈んだ様子の恵は、すぐに自室に入っていった。
そして、決まった動作で、順序で、荷物を片付けると、スマホに向かった。送信先は、健だ。
『桐島健様 昨日は、ありがとうございました。無事、自宅に着きました』
「送信」と呟きながら、ボタンを押す。
それだけ送ると、ベッドへ潜り込んだ。
仕事の合間、健のスマホに、着信のバナーが浮かんだ。恵からだ。
読んだ健は、面食らう。これだけ?
しかし、どこか不器用そうな印象を持った、恵らしいメッセージだとも思い、フッと笑った。
『白石恵様 無事、帰れて良かったです。また、武道館で会いましょう』
健も、短い返信をした。
それ以来、恵と健は、メールでのやりとりを続けた。
『生まれ変わったら、何になりたいですか?』
恵からのメールに、少し悩んだ健だが、すぐ、
『猫。可愛がってもらえるから』
と返す。すると、
『猫は、長生きします。ずっと、可愛がってもらえます』
と、恵からの返信。らしい返信に、健は笑いながら、
『じゃあ、猫だな。ずっと可愛がってもらいたいし』
恵との、不思議なやりとり。
いつしか健は、恵自身に興味と愛しさを感じるようになる。
ある日のこと。
「よう、健、彼女が出来たんだって?」
職場の中庭で、昼食をとっていた健に、先輩の中嶋が声を掛けてきた。
「彼女じゃなくて、メル友ですよ」
「この時代に、メル友かぁ?」
「本当ですよ。初めて会ってから、3ヶ月、メールだけなんですから」
「結構な純愛だねぇ。好きなんだろう?」
問いかけられた健は、ふと俯いて答えた。
「正直、分からないんですよね。そういう感情みたいなものもあるけど、彼女ちょっと普通と違うっていうか」
健の話を聞いた中嶋は、ある一つの障害を口にした。
「発達障害ってやつじゃねえか?その子」
「発達障害?」
「うちの坊主のクラスに、いるのよ。こだわりが強かったり、大きな音が我慢出来ねぇらしい。その子、良く、空の話をするんだろ?ライブの音もダメとなりゃ、疑うのもアリじゃねぇか?」
「確かに、そうかもしれません。だとしたら、何で彼女は、それを言ってくれないのか…」
「お前に嫌われたくないからだろ」
「俺は、そんなことで嫌わないですよ」
「そんなことって言うが、大変らしいぞ。実際は。お前は、メールでしか、その子を知らない。会ってみたらどうだ」
中嶋の言葉に、健は、恵を水族館へと誘う。
しかし、恵からの返信は、
『ガラスが割れたら怖いから、嫌です』
少し悩む健。そうだ、と、机の引き出しを開け、ある場所のパンフレットを取り出す。
『植物園は?』
数分後、恵からの返信は、
『行きます』
数日後、いつもの生成りの服を着て、外出時に必ず持つバッグ、という姿で、リビングに現れた、恵。
真弓は、驚いて恵に言う。
「どこに行くの?ママ、聞いてないわよ」
「桐島さんと、植物園」
「桐島さん?」
聞いた事のない名前に、真弓は恵に歩み寄る。
「どなた?男性なの、女性なの?」
「男性」
「恵、男性と二人でお出かけするって、どういうことか、分かっているの?」
「桐島さんはメール友達。友達と出かけたら、いけない?」
今まで、恵がこんなことを言った事はなかった。どうやって知り合ったのか。友達などこれまで一人も出来なかった恵に、何が起きたのか。
真弓の疑問をよそに、恵は玄関へ向かう。
「待ちなさい恵、ママも行くから、」
真弓が、急いで身支度をする間に、恵は出かけてしまった。
慌てて後を追いかけた真弓だが、そこに恵の姿はなかった。
真弓は、すぐに省吾へ電話を掛けた。
植物園に着いた恵と健は、ゆっくりと、園内を回った。
綺麗な花の前で、数分、恵が立ち止まるからだ。
淡く微笑みながら、花を眺める恵の横顔は、綺麗で、健は、いつまでも待っていられた。
帰り道、健の車で、最寄り駅へと向かう。
あと少しで着く、という時、助手席の恵が、車を路肩に停めて欲しい、と言った。
「どうしたの?気分でも悪い?」
気遣う健に、恵は首を振った。そして、
「私、桐島さんに言わなきゃいけないことがあるの」
「え?」
「私、発達障害なの」
あぁ、やっぱり。健は、冷静に返した。
「知ってたよ」
「どうして?」
「会社の先輩に、教えてもらったんだ。恵さんのこと、話したら、発達障害じゃないか、って」
「そう…」
恵は、落胆したように俯く。
「もう、…メールしたら、ダメなの?」
「俺は続けたい。こうして、時々は会いたい。恵さんのこと、好きだから」
「私のこと、好き?」
「うん。好き…、違うな、愛してる」
健の告白にも、恵の心は、響かない。
「愛してるって、分からない」
「そっか…。でもさ、これからもメールしたり、会ったり、ゆっくり伝えていくよ。俺の気持ち」
「うん…」
「さ、帰ろう。お母さんが心配する」
健が、ハンドルを握ると、恵は頷いて、シートにきちんと姿勢を正して、座り直した。
帰宅すると、真弓と省吾が、同時にソファから立ち上がった。
「恵!」
省吾の、聞いた事のない、厳しい声に、恵は肩をすくめて驚く。
「キリシマって誰だ。どうやって知り合った?」
「ライブで…」
「ずっと、メールでやりとりしてたのか?」
「そう…、3ヶ月」
「男性と二人で会うのがどういうことか、分かってるのか!」
「桐島さんは、変なことしない…。私を愛してくれてる」
「愛してる?そんなの、信じられるか!」
「私には分からないの、愛してるってことが。そうしたら、ゆっくりやっていこうって」
「恵、そんな言葉、信じちゃだめよ」
省吾の剣幕に、怯えた恵に、真弓が優しく諭す。
「あなたに恋愛は、無理なの。メールはいいけど、会うのは今日だけにしなさい、ね?」
「どうして無理なの?」
怯えながらも、恵は足元を見つめながら言う。
「分かりたい。桐島さんは、いい人。今までの誰とも違う」
「とにかく、もう会うのはやめなさい」
それだけ言って、省吾は部屋を出て行く。
真弓は、初めて素直に頷かなかった、恵の気持ちを思い、そっとため息をついた。
それからも、恵と健は、メールを続けた。
恵の気持ちに変化があり、健を『必要な人』と認識する。
4ヶ月後、健は、恵を両親に紹介する。
しかし、健の両親は、恵の障害を、しきりに口にし、二人の交際を暗に反対した。
傷つく恵、思わず家を飛び出す。後を追いかける健。
「恵さん!」
「私じゃだめなの」
「俺が説得するから、」
私じゃだめなの、と、何度も繰り返す恵。
健が何を言っても、やめない。
恵を抱きしめる健。それしか出来ない。
尚も、言い続ける恵。
「恵さん…」
「パパとママも反対してる、私じゃだめなの」
更に強く抱きしめる健。
「俺は、恵さんじゃなきゃ、」
「私じゃだめなの、分かって」
その言葉に、ゆっくりと体を離す健。
「…メール、やめることないよ。友達に戻ろう」
「私と桐島さん、メール友達」
「うん。友達」
「それはだめ」
「どうして?」
「思いが溢れるから。きっとまた、好きになる」
鞄から、スマホを出し、健に渡す恵。
「桐島さんのアドレス、消してください」
恵の覚悟を悟った健、言われた通りにする。
自分のスマホから、恵のアドレスを消す健。
「さよなら」
歩き出す恵を、ただ見つめる健。自然と涙が零れる。
足元を見つめ、振り返ることなく歩く恵。
「さよなら」
呟く健。一つの恋が終わった。
了