![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/120856506/rectangle_large_type_2_d7ecc2be3e24fe9b5bcfbd2369061e8b.png?width=1200)
Photo by
yamong
505号室からの展望 空色杯応募作品
「私はいま、事件の現場に来ています」
まどろみから目覚め、ダブルベッドの枕元に半開きになっているノートパソコンを上まで開ける。何も打たれていない白い画面が立ち上がる。
なぜ幸せで、凡庸なのだろう。
恵まれて育ち、優しい夫を得て、中の上程度の暮らしをしている。容姿も自分調べではそのレベルだ。
友も穏やかで犬も懐き、周りには想定内の事件しか起きない。
悩みは一つだけ。文才がないことだ。太宰や梶井みたいに破れかぶれで、賢治みたいに純な文章が書きたいのに。
箔をつけよう。
私はパソコンをぱちんと閉じて胸に抱えた。陽の差すリビングの出窓を押し開く。夫がローンを組んだ中層マンションの最上階に私は住んでいる。
窓から両手をぬっと突き出し、私は最新のノートパソコンを手ばなした。お座りをした犬が首を傾げる。
「んぐッ」
と喉に詰まるような声がして、複数の悲鳴が上がった。深呼吸を繰り返して鼓動を鎮めている内に、テレビリポーターがマイクで喋る声が聞こえてくる。サイレンの音が近づく。
私はこれを望んでいたのか、いなかったのか。
夫好みの部屋着姿のまま、もふもふの羽毛布団に潜り、私はまどろみに落ちる。