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「結婚間近にふられましたが、幸せは思いがけず突然やってくる。……いやほんと、予想以上の展開だよ!?」 第11話(完結)
(第一話はこちらです)
赤い顔のリチャードと、千本鳥居をくぐっていく。
周囲を朱色の鳥居に囲まれて、リチャードの顔はますます赤く見える。
ほんとうに熱が出てきたとかじゃないよね、と気にしつつ、すこし歩くと、鳥居が途切れ、広い場につながっているのが見えた。
奥院だ。
『ここが奥院よ。ここでもお詣りしましょう』
奥院は、本殿よりずっと小さい。
けれど山中にあるせいか、神聖な感じがする。
リチャードも同じように感じているのか、本殿でお詣りした時よりも、真剣にお詣りしているみたいだ。
長い間、手を合わせていた。
そっとあたりを見まわしても、博昭たちの姿はなかった。
博昭たちも、私とまた会うのは嫌だろうから、さっさと先に行くか、戻るかしたのだろう。
博昭と一緒にいた女の子は、せっかく綺麗に着物を着ていたのに、せかしてしまったなら申し訳ないな、と思う。
だけど、彼らとまた鉢合わせになるのは、私も嫌なので、奥院でもゆっくりすごしたい。
『お守り、見ていいかしら』
『もちろん。……わぁ、いろいろあるんだね』
『ええ。本殿と一緒のものもあるけれど、奥院でしかいただけないものもあるのよ』
『カナエは、どれにするの?』
『うーん、どうしようかしら』
実は見るだけのつもりだったなんて、言い出しにくくなってしまった。
お守りって、ふだんはいただかないんだけど、初詣だし、たまにはひとついただいてもいいか。
『迷っているなら、これにしないか? その、お揃いで。記念に』
考え込んでいると、リチャードが白狐のストラップみたいなお守りを示してくる。
『記念にって……』
白狐のお守りは、白い狐のぬいぐるみのようなものがついていて、かわいい。
リチャードとお揃いとか、記念にとか言われると、お守りってそういうものじゃないだろうと思うけど、たしかに好きな小説家にぐうぜん出会うなんてめったにあることじゃない。
記念にお守りをいただくというのも、ありかもしれない。
幸運のお守りにもなりそうだ。
お守りの御利益を見ると、開運と厄除け。
万人向けのものだ。
これなら、リチャードにも不要ってことはないだろう。
『そうね。じゃぁ、いただきましょうか』
そう言うと、リチャードは『やった』と声をあげる。
もしかすると、自分のブログにでものせるつもりなのかしら。
お守りをいただいて満足げなリチャードは、次に、その奥にある行列に興味をしめした。
『カナエ、あれは何? なんで並んでいるの?』
『あれは、おもかる石っていう……。あの石燈籠に願い事をして、上の石を持ちあげるの。軽ければその願いはかない、重ければその願いはかなわないって言われているのよ』
『へぇ。……やってみていいかな』
リチャードが、真剣な表情で訊く。
数人が列になって順番を待っていたが、大した人数でもない。
もう少し博昭たちとの行動時間をずらしたかったから、渡りに船だ。
『もちろんよ』
列に並んですこし待つと、リチャードの番になった。
リチャードはひどく真剣に、願い事をしている。
そして深呼吸すると、ぐっと上の丸い石を持ち上げた。
ふわりと高く、石は持ち上げられた。
思わず拍手する。
以前、私が試したときはけっこう重かったのだけど、やはり男性は力があるのだろうか。
リチャード自身、想定よりずいぶん軽かったようで、驚いたように手の中の石を見つめていた。
それをそっとおろして、列を抜ける。
『カナエ! いまの見た? すごく軽かったんだ!』
興奮したように、リチャードが大きな声で叫ぶ。
『見ていたわ。軽々って感じだったわね。なにをお願いしたの? 次回作のヒット?』
あんなの運試しのようなものだと思うが、うれしそうなリチャードに水をさすつもりはない。
にこにこと笑って問うと、リチャードはかぁっと赤くなった。
一瞬で、耳まで真っ赤だ。何気なく聞いただけだったので、この反応には私のほうがうろたえた。
『……戻りましょうか』
何事もなかったかのように、踵を返す。
さっきからリチャードは赤面してばかりだと思っていたけど、今の反応は……。
どきどきと、胸が高鳴る。
それを、気づかないふりをして。
帰り道へ歩いていくと、リチャードに手をつかまれた。
『君ともっと親しくなりたいって、願ったんだ』
「え……っ」
『会ったばかりなのに、こんなふうに思うなんて、自分でもおかしいと思う。けど、君が気になってしかたないんだ。目が離せない。ここで別れて、終わりになんてしたくない。まだ君は、さっきの男が好きなのかもしれないけど。……友達からでいいんだ。俺と、また会ってくれないか?』
必死な顔で、リチャードが言う。
真意を探るようにじっと見つめていると、リチャードの顔はますます赤くなる。
そのうえ、たらたらと汗まで流し始めた。
びっくりした。
けれど、本気ではあるようだ。
さっきの博昭とのやりとりを見られていたから、同情から出た言葉なら、お断りだ。
でも。
出会ったばかりの人だ。
私は、気になって仕方ないなんて言われるほどの美人ではない。
さっきの博昭とのやりとりのせいで、ヒロイックな気分になっているんじゃないかって疑いもある。
でも、私は彼の書いた作品を知っている。
彼の作品は、緻密な取材に基づく金融ミステリ。
特徴は、魅力的なキャラクター。
そして、なにより。作品の世界全体に流れる、人間に対するあたたかなまなざし。
作品イコール彼の人品とは思わないけれど、彼の人格の一面でもあると思う。
その彼が、こんなに真剣に私と親しくなりたいと言ってくれているのだ。友達としてなら、断る理由はなかった。
恋とか、そういうのは、まだいらない。
さっき博昭と再会して、つくづく思った。
もうしばらく、恋なんて、私にはいらない。
立ち直ったつもりだったけれど、まだまだ心は傷ついているみたいだ。
信じて愛した人にまた、あっさり捨てられるかもしれないと考えるだけで、誰かを好きになることが怖い。
けれど、友達として、また会うくらいなら何の問題もない。
あんなお話を書いた人と友達になれるなら、こっちからお願いしたいくらいだ。
リチャードは、私にちょっと色めいた気持ちを持っているようだけど、どうせすぐイギリスに帰るのだ。
会うことがなくなれば、そんな想いはすぐ消えるだろう。
『いいわよ』
『本当に? じゃぁ、名前と、連絡先とか聞いてもいい?』
リチャードがスマホをとりだして、おずおずと聞く。
『もちろん。というか私、名前も名乗っていなかったっけ』
いわれてみれば、名乗った記憶がない。
リチャードには早々に名乗らせていたのに、失礼すぎる。
あぁ、でも最初に声をかけてきたときは、後を追いかけてくる変な男だと思っていたから名乗りそびれていたかもしれない。
それに、リチャードが私の名前を呼んでいたから、言ったつもりになっていた。
だけど、リチャードが私の名前を呼び始めたのは、博昭に会ってからだ。
博昭が「香苗」と呼んでいたから、それに乗ったのだろう。
博昭の前で、恋人のふりをするために、さりげなく。
私は改めて、この大柄な英国人に向き合った。
リチャードも姿勢を正して、私のほうを向いた。
晴れ渡った空のような、青い瞳が私を見つめている。
そこに宿るのは、緊張と、期待。
『木野内香苗です。改めまして、よろしくね』
『はいっ』
そう言って、嬉しそうに笑うリチャードはやっぱりどこか子犬のようで。まっすぐに、私のことを見つめている。
もしかすると、私はこの人のことを好きになってしまうかもしれない。
そんな予感がした。
まぁ、実際は親しくなるどころか、あれよあれよと流されているうちに結婚して子供も生まれ。
二年後には、親子三人になって。ここにお礼をお伝えするために来ることになるなんて、私もリチャードも、この時は思ってもみなかったのだけれど。
幸せは、思いがけず突然やってくる。……いやほんと、予想以上の急展開だよ!?
【完】