「結婚間近にふられましたが、幸せは思いがけず突然やってくる。……いやほんと、予想以上の展開だよ!?」 第2話
(第一話はこちらです)
「別れたい」と博昭に言われたのは、2月に入ってすぐのことだった。
年末年始の休み明けは、なんとなく仕事が溜まってしまい、忙しかった。博昭とも、予定が合わなくて、なかなか会えなかった。
だけどこの時期は毎年、ふたりとも忙しくて会えないことも多かった。
付き合いたてでもない社会人だから、そんなのはよくあることだ。
なんだかんだと連絡はちょこちょこ交わしていたし、送りあうメッセージの中で、博昭はいつもどおりに見えた。
私はなんの疑いももたず、仕事が終えた後は、ひとりで家でごはんを食べながら、雑誌やネットで結婚式の情報を集める日を過ごしていた。
どこの式場が素敵だとか、どこの式場のごはんが美味しいらしいとか、そんなことを博昭にも言ったりしていた。
後で考えると、その時から博昭の様子はおかしかったのだ。
私の話に、相づちをうつだけだったり、送ったメッセージの返事が遅かったり、後で考えれば、心当たりはいくらでも見つかった。
だけど、その時はぜんぜん気づかなかった。
うかれていたのかもしれない。
4年間、博昭とつきあっていて、彼と結婚することを、何度も妄想していた。
その夢が、もうすぐ現実になるのだと、信じていたから。
博昭に「どうしても直接会って話がしたい」と言われたのが、1月の末。残業続きで疲れていたけど、めずらしく強引に約束を取りつけようとする博昭に、ちょっとときめいて、2月にはいってすぐの休日の予定を空けた。
そんなに私に会いたいのかな、なんて、きゅんとして。
当日は「まだ寝たい」って訴える体をごまかして、はやおきして、髪も巻いて、メイクも丁寧に仕上げて、新しく買ったワンピースを着て。
めいっぱいかわいくして、いそいそと待ち合わせ場所に向かって。
待ち合わせのカフェで、久しぶりの博昭に会って数分後。
「会うのは久々だね」って声を弾ませて言う私に、博昭は言った。
「ごめん。他に好きな子ができた。別れてほしい」
深々と、下げられる頭。
言われた、言葉。
私の思考は、凍りついた。
正直、わけがわからなかった。
たちの悪い冗談かと思った。
博昭がそんなことするわけないのに、彼の友達が結婚式に流す動画のためにって仕込んだネタかな、なんて考えてしまった。
だけど数分待っても、博昭は頭を下げたままで。
え、これってほんとうのこと?
なんて、鈍すぎる私はようやく気がついて。
「どういうこと……?」
震える声で、博昭に訊くのが精いっぱいだった。
博昭は、それが誠意だと思ってだろう。
とつとつと私に説明してくれた。
クリスマスに、会社の後輩に告白されたこと。
その一生懸命な様子に、恋人がいると言い出せなかったこと。
告白は断ったものの、それから何度か会うようになり、彼女を好きになってしまったこと。
……私のことは、今でも大切には思っているけれど、もう「好き」ではないこと。
彼女と付き合いたい、ということ。
私とは、結婚できないということ。
「うそでしょ……?」
反射的に言ったけど、うそじゃないことはわかっていた。
だって、博昭の表情も、声も、真剣そのもので。
12月、私に「結婚したい」と言ってくれた時と、同じ重みをもっていたから。
「え……? だって、私と結婚したいって言ってくれたじゃない。それからまだ2か月もたってないよね? 4年も付き合っていたんだよ、私たち。それなのに……っ」
「ごめん。謝ってすむことじゃないのは、わかっている。だけど、本気なんだ。彼女のことが、好きだ。どうしても、彼女と一緒にいたい。香苗には、悪いと思っている。だけど、彼女のことを諦められない」
きっぱりと、博昭は言った。
迷いのない態度だった。
私は泣いたし、すがったし、別れるなんて嫌だと叫んだ。
だけど、頭の中では、こういうきっぱりした態度をとる時の博昭は、どんなことをしても気持ちを変えないということを思い出していた。
博昭は、ふだんは穏やかで、私にあわせて譲ってくれることも多かった。
だけど、はっきりと自分で決めたことを、相手の懇願で覆すようなことはしない。
そういうしっかりしたところも好きだったけど、このときばかりは、そんな博昭が恨めしかった。
博昭が心を決めた以上、私にはどうしようもなかった。
どんなに泣いても、すがっても、博昭は申し訳なさそうにするばかりで、その気持ちは揺るがなかった。
もう博昭は、私との未来を望んでいないんだと、はっきり思い知らされただけだった。
私にできるのは、別れを受け入れることだけだった。
第3話に続きます。