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Superstar



昨日を無限にやり直せるのなら、何度だって戦うのに。




Superstar




新たに導入された戦闘機のコールサインは、スーパースターに決まった。



半年前、隣国の度重なる領空侵犯に腹を立てた司令部が打ち上げたミサイルは、ふたつの国を隔てる海に落下した。落下地点と隣国一の港が近かったこと、もともとあまり良好な関係でなかったことが災いして、戦争が始まった。



配備を翌年に控えていた新型の戦闘機は、予定を大幅に早め、希望に満ちたコールサインを与えられて基地にやってきた。もちろん、僕の所属する飛行隊にも。




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主に領海上空での対艦攻撃を得意とする新型は、様々な兵器を搭載する。だから、パイロットとは別に、それ以外の攻撃や機器の操作を行う隊員が後席に乗る。もちろん、僕みたいな新米のしょぼいパイロットには、前席も後席も到底つとめられない大事な役だ。


飛行隊は全部で5人。今まではみんな単座の戦闘機で、5機の編隊を組んでいたけど、新型が入ったことで4機になる。新型が最後尾につくダイヤモンド。僕の位置は新型の反対側、つまり最前。一番新人で一番軽い機体に乗っている僕は、切り込み隊長ってわけだ。


配備される飛行隊が決まるまで、食堂では新型を誰が操縦するのか?という話題でもちきりだった。僕の所属する隊だと公表されてからは、そんな話は誰もしなくなってしまった。だって、決まりきっているから。僕の隊には、ずっとバディを組んできた、二人の先輩がいる。




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新型の前席で操縦桿を握るのは、北国生まれの色白な先輩。その人の出身地は軍事施設が密集する半島で、ずいぶん長いあいだ文明と切り離されて生きてきた地域らしい。だから、軍に入るまでコンピュータを体に取り込んだことがなくて、電子回線は使えないけど声と言葉が使える。アヴェンズでない限り触れることのないデッドメディアにも触れたことがあるという、今時珍しい純粋な人間だ。


後席で攻撃を担当するのは、前席の先輩と同い年だけど、この飛行隊で隊長の次に飛行時間の長いエースパイロット。寡黙な人で、笑ったところなんか見たことがないけど、任務を終えたあとのほっとした表情は人間らしくて僕は好きだったりする。



新型の初めての任務の日は、早朝の出発だった。隊長の前に隊員が並ぶ。ブリーフィングを済ませ、それぞれが甲板に並ぶ自機に乗り込んでいく。新型1機と単座が3機。刺さるような潮風の冷たさに、顔が引き締まった。横に並ぶふたりも、少しは緊張していたのかもしれない。


硬い表情のまま新型の前で立ち止まる後席の彼の肩を、前席の彼が叩いて、リラックスしろよ、そう告げた。ふたりは僕より先に新型に乗り込んだ。慌てて僕も自分の機体に滑り込む。インカムの中から前席の彼の笑い声が聞こえる。



ふだん、任務のために艦をたつとき、僕は不安に押しつぶされそうになる。もし今日が、最後の日になったら?骨は集まる?故郷の母に手紙は届く?新聞や国営放送の殉死者リストに名前がのる?それを見て、安全な場所にいてニュースを見ている誰かが、戦争をしてるんだって実感してくれる?



でも、新型がいたその日、不思議と不安な気分にはならなかった。先頭を飛んでいるのに安心感があった。

「ハロー、スーパースター。もうすぐ作戦空域に入る」

「オーケー、スパイダー。Are you ready to strikes back??」

生身の言葉がインカムから聞こえる。彼の笑い声といっしょに。リラックスしろよ、スパイダー、と、はじめてコールサインを呼ばれた時を思い出す。彼はあの時も笑っていた。


背中から抱きしめられているような安心感に身を委ねながら、作戦空域を突っ切る。レーダーに映る機影がどんどん消えていく。まるで重さなんてないかのように華麗に翻り、次々と敵機を撃墜していく姿は、まさにスーパースターだった。




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それでも、昨日はやってきた。




「機体回復を断念。ベイルアウトする」



新型の初めての出撃からすでに数ヶ月が経ち、今回の作戦がうまくいけば空は制したと言っても過言ではない、とブリーフィングで隊長が言ったその日。隊長が墜とされたその日。新型に向かって、数え切れない敵機が突っ込んできたその日。翼を大きく損傷した新型の、絶望的な姿を口を開けて見ていた僕の耳に飛び込んできたのは、前席の彼の声だった。


ベイルアウト。緊急脱出。その言葉の意味を理解する前に、すごい音を立てて後席の射出座席が吹っ飛んだ。遠く打ち上げられていく彼のことを、僕は息も忘れて見ていた。後席の彼は気を失っているのか、なんの通信も届かなかった。そして気づいた。前席が射出されていないことに。


「聞こえるか?スパイダー」

「俺はいま、どれくらいの高度にいる?」


初めて、あの生身の声でコールサインを呼ばれた時と同じくらい、緊張した。だって、低すぎる。もう、ベイルアウトしたって、間に合わない。


「スパイダー。君はずいぶん高いところにいるね」

「俺の片割れの、スーパースターに伝えてくれ」


僕は無意識に彼を追っていたみたいだった。高度が足りないと鳴り止まないアラームのせいで、彼が何を言ったかは聞き取れなかった。彼は?彼はどうする?無我夢中で彼の名を、新型のコールサインを叫ぶ。煙をあげて落ちて行く機体を目に焼き付ける。青い迷彩の翼、ノーズアートのハートマーク、後席の無い広い操縦席。すべてが間違いなく、新型の、スーパースターのものだった。



何も聞こえない静かな空に、そのコールサインを叫び続けた。終わらせてくれと名付けられた、希望が託されたその名を叫び続けた。呼び続ければ、ビーコンが返ってくるような気がした。




それは、叶わなかったけど。




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医務室のベッドの上で目を覚ました後席の彼は、何も言わなくてもすべてわかっているみたいだった。もちろん、バディがもういないということも。スパイダー、と呼びかけられて、うつむいていた僕は顔をあげた。



あいつは最後に、なんて言ってた?



その言葉に、息が詰まった。悔しくて視界が揺れる。アラームで聞こえなかった。ビーコンもなかった。応答しなかった。単語を区切り区切り、情けなく泣きながら伝える。僕の有様を見て、彼は自嘲するように笑って、そして、ぽつりぽつりと語り始めた。




俺たちがこうして空を飛んでいる映像を、守るべき祖国の奴らはオンラインニュースで見るんだ。国営放送がお情け程度に流してくれる殉死者名を、ゲームでもしながら横目で見るんだ。まるで、フィクションのドラマか何かを見ているのと同じように。


海に消えて戻って来なかった友人が、顔も何もわからないくらいぐちゃぐちゃになって、IDタグでやっと誰だかわかった友人が、たくさんいる。馬鹿みたいだ、ってあいつに言ったら、そんなもんさ、野垂れようぜって馬鹿みたいに笑うんだ。スパイダー、あいつにおかえりって言ってやりたかった。前みたいに。新型に乗る前みたいに。いや、新型に乗る前まで戻らなくてもいい。

昨日に戻りたい。せめて最後の言葉をこの耳で聞きたい。いや、何機突っ込んできても全部撃ち落としてみせる。一緒に母艦に戻りたい。




昨日を無限にやり直せるのなら、何度だって戦うのに。




彼は、スーパースターの片割れは、確かに泣いていた。まるで、純粋な人間のように。




見ていられなくなって、僕はしずかに席を立って医務室を出た。無限にやり直す。まるでゲームみたいに。彼の最後の言葉が聞けるまで。そしたら、セーブデータを消す。彼がもうすでにいないことを、なかったことにする。そうしてまた一からやり直す。甲板へと続く階段を登って、早朝の刺さるような潮風の冷たさに顔をしかめる。





リラックスしろよ、彼の声が聞こえた。






Superstar





Superstar / avengers in sci-fi

またやってしまった。すごく好きな曲です。初めて歌詞を見て聴いた時から、戦闘機のパイロットたちの妄想を繰り広げていました。来世があるなら、パイロットにはなれなくてもいいから(マイナスのGが超絶苦手)マーシャラーがやりたい。







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