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首の差で

久しぶりに会えた友人から、10年以上前の一つの恋の話を聞いた。短く切ない悲恋のお話、結婚したての彼とは不倫であったこと、12時間以上もかけ彼に会いに行き、それが短く熱い恋愛の最後になったこと、好きな気持ちのまま別れを決めたこと、etc…その切ないエピソードの全ての気持ちが痛いほど分かって、私も過去の恋愛の切なさと重なる部分が多くて共感しきりだったのだけど、「実はね…」と告白してくれたお相手の名前を聞いて、穏やかに息をのんだ。

男と女の関係のコマが
進んだり進まなかったり
進められたり進められなかったりって
出会うタイミングの小さな違いとか、その時置かれてるお互いの個人的な事情の少しの違いとか、実はそんな大きな差じゃなく、首の差程度の違いなんだなと話を聞きながら思った。でも、首の差でも、一歩そのコマを進めたか進めなかったでその後の人生のエピソードは大きく変わる。

その男性と私は仕事で出会い、圧倒的なスキルに目を奪われ彼が導き出すゴールの魅力に、まだ若い私が尊敬と好意を感じるのはあっという間。同じような興味を彼も私に抱いたから自然に話が盛り上がったし、2人の間の空気が仕事仲間ではなく男女の湿り気を帯びた空気に変化するのも必然といえるくらいにあっという間だった。それでも、私にはその時恋人がいたし、彼にも長い付き合いからおそらく結婚することになる、という彼女がいると聞いて、彼とのコマを、衝動的に進めるべきではないというのが私の中のその時の答えだった。

それでも、プロジェクト打ち上げで隣同士に座っていた時に不意に触れ合ってしまった指と指は、触れ合った瞬間なぜかお互い同じくらいドキドキしてることが伝わってきて、みんなと話しながら後ろでそのまま手を繋いだんだったよね。でもやっぱり惹かれる心とは裏腹に、これ以上進んじゃダメって理性がサインを出していたから、このまま何も言葉にしないままお別れするのが正解、何も始まってないからまだ大丈夫ってその時の私は考えていた。

それなのに帰り道の東京駅の丸の内線のホーム、彼は「俺、このままだと結婚しちゃうよ、いいの?結婚してフランス行っちゃうんだよ」と言い終えるとすぐ、私の意志も確認せず半ば強引に抱き寄せ唇を奪った。185センチもある彼の抱擁は思いの外強く、抱きすくめられた身体は簡単には逃れられなかったし、酔った勢いのこんな強引で色気のないキス嫌だ!って思いながらも受け入れてしまったのは、紛れもなくその人に強く惹かれる私がそこにいたから。

翌日から何度も電話をくれる彼に、簡単に先に進むべきじゃない、と諭していたのは、彼より私は年上で少し冷静だったから。半ば結婚が決まっているような彼女がいながら、まだ大して何も知らない私のことをそんなにも衝動的に好きになってしまう彼に、恋愛としての危うさも感じたし、全てが強引な彼の自信にも危うさを感じたし、何より女の直感で、彼の彼女は彼を手放さない気がした。でも気持ちをストレートに何度も伝えてくれるうちに、徐々に私も真剣に考えてみようかと少し考えが変化しつつある中、
彼がなぜか相談してしまった女性のお局さまに、「梦來ちゃんのことは諦めなさい。あんた程度の男じゃまだ手に負えない」などと吹き込まれ、勝手にその恋路は塞がれることとなり、私の預かり知らぬところで彼は私を諦めることとなる。そのお局さまが彼に言った言葉を知るのは少し後になってから。


彼女の懐かしく切ない恋愛の話がトリガーになって、私も頭の奥にしまいこまれていたその人のことを一気に思い出した。同じ男性に対して全く違う思い出。私と彼は惹かれ合いはしたけれど、首の差でコマを進めなかったから、結局それは恋愛とも呼べない程度の一時の熱のようなものだったけど、片や彼女の恋愛は深い切なさと痛みを伴っていて、でも多分それを上回る楽しさや喜びを彼と共有していて、今でもお互いの中に深く強く存在している。

友人の恋が始まった時は、友人には別れたい彼がいたのだそう。そういう首の差の事情を聞くと、自分では狙えない出会いのタイミングも含め、その首の差くらいの些細な違いそのものが運命だとも思える。一歩コマを進めることで変化する2人の関係も、一コマ進むごとに心に生じる様々な気持ちも、きっかけは首の差でも、そこからいくつコマが進んだかでたどり着く場所も思い出の大きさも深さも全然違う。

同じ男性のことを思い出し想いを馳せながら、1人は思い出を声にして語り、私は思い出を心の中でだけそっと反芻した。彼がその時付き合ってた彼女は彼とそのまま結婚して今でも結婚生活は続いている。それも首の差。

https://youtu.be/8dStp5hq294