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虹の橋の彼方へ

久しぶりのお散歩だったから
いつものコースに加えて
たしか砂浜も漁港も歩いて
少し疲れた日だったね
でもあなたはいつも通り
誰よりも活発だった
家に戻れば
ソファのお気に入りの場所で
気ままに前足を舐めたり
ついでに私の足を舐めたり
それに飽きたら
私の太ももにあごを乗せてウトウトする
私の1番のストーカーで
私が他の子を撫でていると
割り込んで私の膝に足をかけて猛アピール
テンションが上がると
頭を押し付け全身を擦りつけてくる
背中や腰を撫でると止まらない
あなたのそのしぐさが
面白くて 可愛くて
私はずっと撫で続ける
いつもの光景

あれからしばらくして
体調が少しずつ悪くなって
ご飯も食べなくなって
私は何でもいいからフードを買いあさった
朝にサークルを開ける時
仕事から帰って夕方サークルを開ける時
あなたはいつもの野太い声で吠える
体をよろめかせながら
体力も食欲もないはずなのに
私はひどく安心する
あなたの声を
近所迷惑だからと叱ってきたのに
横になると
起き上がる力が足りなくて
ひっくり返るようになった
散歩で疲れただけだ
言い聞かせている私がいた
日に日に悪くなっていく状況を
私は受け入れていなかった
あなたは私を目で追いかけている
「もう入院はしないで家で一緒にいます」
皮下点滴セットをもらい
病院帰りの車から降りる
あなたはキャリーバッグの中で
乾いた鼻を蠢かす
わかったよ 散歩するんだね
キャリーからあなたをそっと抱え
地面に足をつける
だらりとした脚は
地面についたとたん
力が入った
しっかりと立った
手を離し
私が数歩離れると
あの日のお散歩のように
私の方へゆっくりと
まっすぐに
たどり着いた
揺れる草木の音
枝を立つ鳥のさえずり
毛並みをあおぐ風
たった2週間前と同じ景色に
あなたは必死にしがみつくように
私のもとに足を運ばせた
そしていつもみたいに私を見上げた
抱きしめると
手足の力が抜けた
その日の夜は
まだ寝返りができていたね
朝には難儀そうにうつ伏せで
私を監視することもできず
抱けば
だらんと垂直に下に垂れ落ちて
私は慌ててクッションごと
両手で
扱い注意の壊れ物を抱えるように
お気に入りのソファにそっとあなたを置いた
午前中の仕事を
祈るように終わらせて
部屋に帰ると
あなたは頭と手足を小刻みに揺らした
私が帰ってきたこと
気配で気づいたんだね
私が顔を埋めて体を撫でると
前足を少し動かした
撫でてほしいの?
撫でる
足を動かす
撫でる
足を動かす
3回目は動かせなかった
1時間後 
呼吸がさらに浅く早くなった
私はソファに横になり
あなたが冬の日によく私の胸の上で
暖をとるように居座っていたときの
姿勢をとった
手足は冷たいけど
体はちゃんと暖かい
少し軽くなったけど重みを感じる
顎を上げながら息をしている
呼吸に雑音が混じる
苦しそうな表情を
私は近くで見つめる
そばにいて
そんな声が聞こえて
大丈夫 大丈夫
私はであなたの顔 
体をずっとさする
足が痙攣を始めた
ピクピク ピクン
時々力が入って硬くなったり
前後にバタバタしたり
私の緊張と比例するように
それが激しくなっていく
大丈夫 大丈夫
あなたの名前を呼び続けた
あなたは首や頭も
痙攣と硬直を繰り返す
もう私を映さない
見開いた瞳
意識が遠のいている
全身を海老反りに曲げた
喉に力の入る音が響いた
見たことのない可動の体が
私の胸の上で
天に昇るように両手をついた瞬間
呼吸が止まった
あなたの体はスローモーションのように
脱力しながら私の上に突っ伏した
私はあなたの名前を呼びながら
体を揺する
心臓の鼓動が
私の指に触れた
か弱くて遅くて
途切れないように必死で揺さぶったけど
いくつか波を打ったら
もう戻らなかった
私はずっと
あなたを抱きしめていた

あなたが私の胸で旅立つことができたことを
心から安堵している
あなたがいなくなってしまった
とてつもない喪失感に打ちのめされている
良かったね
と言いながら
深い悲しみは常に付きまとって離れない
このどうにも整理できない感情こそ
ペットロスというものなのか
教えてくれてありがとう
そばにいてくれてありがとう
うちに来てくれてありがとう
めいっぱいの愛と幸せをありがとう
まだしばらくは
悲しみにどっぷり浸かることにするよ

最後まで読んで頂きありがとうございました。


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