『龍の遺産』 No.14
第二章 「『龍が覚醒(めざめ)る』
車から四人が飛び出してきた。原田が正面の階段を駆け上る風人を見上げる。ここは愛川町の中津川沿いにある修験者の山「ハ菅山」にあるハ菅神社。仲間の一人が声をかけている。
「追い詰めそうだぞ。ちょうどいい、人の来ない神社に追い込んだぞ」
目の前には「おみ坂」と言われる300ある階段があり、途中から女坂、男坂に分かれているほどの急こう配だ。風人にとってはこの程度の階段は毎日の日課の裏山への道より楽だ。しかし、原田たちにとっては、日々の生活で怠けている身体には、相当な負担になる。
風人は他の人に迷惑をかけたくないために、人の来ない、いない時間帯に彼らをここに誘い込んだ。
風人は、一気に駆け上がれるが、4人が付いて来れる程度のスピードに落としながら階段を上がっていった。
遡ること数時間前、風人は意を決して行動に出る事を決心した。これ以上、先生や仲間に不安な思いをさせたくない。仲間に恐怖心を与えることがないように、これは仲間たちのために自分が解決すると決めた。既にイメージは出来上がっている。自分の跡をつけて車で来るなら4人と想定した。この手の仕事に慣れている圓●たちと一緒に相手を誘い出し、釘をさすことにした。先日から自分の行動を監視している連中がいることを知っている。調査と称してどこかへ彼らを誘い出そうと決めた。彼らは必ず付いてくると確信している。それがここハ菅神社だ。
圓●さんに連中の予備知識をもらっている。登ってくる連中のリーダーは原田というボクサー崩れ。他の三人はまだ若い、それなりに札付きのチンピラのようだ。
圓●さんたちは、ここら辺のどこかにいるのだろう。自分一人でこの問題を片づけようと思っていたが・・・・・・
彼らの情報を教えてもらった時には、圓●さんたちは、自分の目論みを瞬時に分かってしまったようだ。
もちろん風人にも姿は見えないが、気配だけは感じる。この話をした時、圓●たちはどうしても自分たちも加えろと言ってきかない。彼らなりの始末のつけかたがあるようだ。原田に対しては特に自分たちでという気持ちがあるようだ。原田と他の三人を切り離し、自分はこの三人の戦闘意欲を削げば言いだけと自分に言い聞かせた。
風人は長い階段を登り、本堂がある境内に登り着いた。階段の正面には横10m以上の本堂が現れた。その正面の向拝には三頭の龍がいる。正面を向いた龍と左右に振り分けられた2頭の龍。そしてその前には広い境内が広がっている。遅れる事数十秒、4人が男坂を登ってきた。息が切れている。肩で息をしている。風人があきれ果てように三人を見た。
「そんな体力では駄目ですよ。このぐらいの坂で」
原田から返答が来ない。まだゼイゼイ言っている。若い三人は、息が落ち着き始め風人の前に横に並んだ。
「原田さん、こいつ、俺たちだけで十分ですよ。そこで見ていください」
やっと呼吸が落ち着き、原田が三人に向かって・・・・・・
「あまり痛めるなよ。後で聞きたいことがあるから、しゃべれる程度にしておけ!」
風人は逃げ腰のように見せかけて数歩下がり始め、原田から距離を取りはじめた。
夕暮れにかかり、本堂向拝の三態の龍の彫り物に斜めから陽が差し込んで、この争いを静かに眺めているように思えた
原田は高みの見物を決め込んだ。三対一の戦いを余裕を持って静かに見守っていた。
突然後ろから「お前の相手は俺たちだ」
突然の声掛けに驚いて振り返った。まったく前と同じように近づいた気配も感じることはなかった。
圓●たち三人が、前と同じように佇んでいた。
圓●は少し怒っていた。三人が原田を睨みつけた。
圓●が声を発した。
「性懲りもなく反省も無く、同じことを繰り返すんだな。小野田とか言ったな社長は、社員教育がなってないと伝えろ。まあこれを指示したのは小野田だろうがな」
「まったく、本業だけを地道にやっていればいいのに、こんなことに首を突っ込んでも何にも無いし、何も出ないよ。どこを探しても・・・・・・」
圓●の挑発に、抑えていた普段の本性の原田が出てきた。
「前は社長が手を出すなと言ったので、我慢していたが、今日は俺の意思で、お前たち三人をここに這いつくばらせる。俺はこれでも4回戦までいったボクサーだ。素人とは違うから心してろ!」
全部の受け答えは圓●がした。四■と菱◆は、いつもの事と平然として、原田と圓●のやり取りを眺めてる。
「能書きはそれだけか? 4回戦まで行ったのは褒めてやるよ。頑張ったみたいだな。しかし、それだけで終わったのか? それだけの資質しかなかっただけだな、4回戦ボーイ」
その言葉が終わらないうちに原田は静から動への変化、さすがに元プロボクサーだ、間髪入れず右ストレートを圓●の横にいた菱◆の顔を目がけて撃ち込んできた。一番強敵だと思ってやつをぶちのめせば、優位に立てることを知っているとっさの判断だ。
しかし、圓たちはその動きを完全に読んでいた。躊躇なく一瞬で三人同時に前に出た。菱◆は撃ち込んできた拳を両手で抱きかかえるように受け、そして腕に巻き込んだ、四■は原田の両足に向かってタックル、また圓●は、原田の少し左前に飛び出し右腕で首を抱えた。彼らしか出来ない「三位(さんみ)一体(いったい)」の技だ。三人の動きには何の迷いも躊躇も無く、少しのもブレもない、息ぴったり、同時に動いて、相手を拘束する。子供のころから一緒の三人だから出来る技だ。
一瞬で倒された原田は、身動きも出来ず、そのまま菱◆に結束バンドで両手両足を結ばれ転がされた。原田を見下ろしている圓●が
「四■、声を上げられるとうるさいから、手ぬぐいで口をふさいでおいて」汚い物を見るように圓●が手を左右に振って
「さあゆっくりと風人を見よう」
まったく風人を手助けする気持ちは全くないようだ。信頼しているのか楽しんでいるのか・・・・・・
境内の境の林を背にして風人は立っている。三人は原田が一瞬で転がされているのはまだ知らない。
圓●たちのように、同時に攻撃をかけられ程の技術もない。一人づつの攻撃になるはずだと風人は判断した。
風人は、圓●たちの戦いを冷静に観察していた。「すごく面白い技を持っているな。僕もあれを使われたら防ぎようがないな。あぶないかも知れない」目の前の三人を無視して、圓●たちの事を見ていた。
三人は間隔を空けて横並び、距離を狭めてきた。最初の攻撃は右の若い男の前蹴り、遅れて左の男の右フックが来た。この二つを下がって避けて受け流す。気持ちを正面の男に置いて前に出た。
両脇の二人は風人が下がったのでそのまま下がるのかと思っていた。
正面の男は、向かってくる風人に慌てて殴りかかった。風人は沈み込んだ。男は風人を見失い身体ごと宙に投げ出され、そして背中から落ちた。一瞬の出来事だ。
残りの二人は倒れて起き上がれない仲間を眺め、慌てて身構えた。
「私は何もしていません。勝手に自分で飛んで転がっただけです。見たとおりです」
二人はお互いを見て、まだ二人いると自分たちを鼓舞して、同時に攻撃を仕掛けてきた。風人はその攻撃を下がって避けたり、払って避けたりしている。
四■と菱◆は、風人が風に中で風に逆らわらず舞っている蝶ような姿だと思った。
「あいつ(風人)には全部見えているようだな」
「相手しているあの二人、そろそろ疲れてきたようだ。どうする?」
圓●たちは、風人の所に近づき、「風人、そろそろ終わりにしよう!」
肩で息をしている二人に向かって
「お前たち、分かっただろう。このままずっと続けるつもり。原田さんとやらはあそこで寝ているよ。持って帰って!!」
「俺たちは運ばないから、お前たちで車まで運んで。お前たちまで転がっていたら誰が原田さんとやらを運ぶんだ。誰かに見られたらまずいのはお前たちじゃないか」
息も絶え絶えの二人はお互いを見合って、納得したようにうなずいた。気絶しているもうの男はやっと目を覚まし。うなり声を上げながらゆっくりと起き上がった。
「男坂はキツイから、三人で女坂で運んで。縛ったのは解けないから、戻ってから切って」
「それから社長に、御用金、徳川の埋蔵金なんか戯言で、何も出ないし、ここら辺には無いと伝えろ!!」
何事もなかったかのように、風人と圓●たちは、男坂を下って行った。
≪龍≫
今度は怒りを通り越し、帰って来た四人を見つめるだけの小野田だった。三人の後ろには北島が控えていた。先ほど、まずは北島からの報告があった。淡々としゃべる北島に対しても、いつもは冷静沈着だと褒めていたのだが、今日は彼の報告も耳障りだ。
「原田からの報告で、その若者を追い詰めて、問い詰めようとしたけれど、結局、彼の仲間を現われて、失敗に終わったとのことです」
「それから、彼らからの伝言で「、御用金なんかは戯言で、何も出ないし、ここら辺には無いのであきらめろ」とのことです。 報告は以上です」
小野田は、北島の報告を俯いたまま聞き、しばらくしてから顔を上げた。其の間、原田たちは微動だもせず、小野田の一挙一動に眼を凝らしていた。小野田が静かに、
「北島、前に来い。ここまでやって引き下がれと言うことか! 奴らがまだ動いていると言うことは、まだ何かがあると言うことじゃないか? ましてや神奈川中央がこれからも特集記事を出す予定があるようだし、決して眉唾もんじゃないことだとまだ俺は思ってる」
「小野田さん、いいですか?」 原田が言いにくそうに・・・・・・
「俺がいままで出会った連中ですが、私もそれなりの感覚で、こいつはこうだとか、これなら問題なく勝てるとかが分かりますが、こいつらまったく薄気味悪く、得体の知れない連中です。殴っても殴り返す訳でもなく、殴っても当たらない、ただ避けるだけ。逃げても追いかけてくる訳でもなく・・・・・・」
後ろを振り返って、仲間の三人に同意を求め、三人とも頷いて答えた。
「俺が言いたいのは、こいつら今の時代ではなく、異次元? 過去から来たような連中です。だからこの江戸時代の御用金のような話で、そいつらがそこら辺から現れたんじゃないかと思って・・・・・・」
他の三人もこの不可解な連中に対して、どう説明してよいか分からない。
小野田は少し考えて立っている連中に向かって
「と言うことは、俺たちに手を引けと言っているんだ。それは そいつらがまだ手を引いていないと言うことを意味するんだ」
「分かった、それほどすんなりと行かないことが分かっただけでも、一歩前に前進だ」
ここまでは、小野田は理解ある上司面だったが・・・・・・、
「原田とお前ら三人、当分俺の前に顔を出すな。俺が奴らに落とし前をつけるまで」
今いる社員は小野田の本当の恐ろしさを誰も知らない。3年間、一緒にいる北島さへも知らない。気の優しい社長を演じてきた小野田だが、このままでは示しがつかないと判断した。静かに一言・・・・・・・
「頭を使うやつと体を使うやつが世の中にはいる。どっちが偉いというわけではないが、頭の悪い奴は悪いなりに一つだけの能力、体力でもいい、伸ばすように努力する。お前たちはどっちだ? 少なくとも今はどっちも無い。だから俺の前に当分、面を出すな」
「北島は話があるので残ってろ」
「いままでの流れをまとめて、俺に分かり易く説明してくれ。複雑なようで、これは単純な事じゃないかと俺は思ってる。欲のない連中がいて、素人の木彫りの研究連中がいて、新聞屋が居るだけの構図だと思ってる。金目当ては俺たちだけだ。欲が深い方が勝ち残る。綺麗ごとを並べる連中に思い知らせてやる。奴らが調べた跡をなぞれば見えてくる。それを分かり易く報告してくれ。待ってる」
椅子から立ち上がり、窓際まで行き、たばこに火をつけた。北島にはああ言ったが、まだ具体的な策は浮かんでこない。北島の報告を待ってからにしよう。
≪龍≫
神宮寺はやはり気になって、再び訪れた。訪れる一週間まえに秋本さん(鳥屋諏訪神社の惣代)に連絡を入れてある。今回は風人と二人だ。今日も天気に恵まれているが、午後から天気が崩れる予報になっている。今日は車が無く、JR橋本駅からバスで訪れた。風人にとってはこの方が気に入っている。
神宮寺が風人に「多分、社殿の中の本殿を見せてくれると思うよ。連絡を入れてあるから、楽しみにしていて」
神宮寺は風人とバスを降りて歩きながら前回訪れた時の様子を伝えた。
「楽しみです。写真では本殿全体に彫り物が施されていましたよね。向拝柱の昇り龍、身近で見てみたいです。」
バス停からそれほど距離はない。秋本さんが社務所で待っていた。風人を紹介し、早速社殿へ案内してくれた。
「神宮寺さん、大変熱心ですね。ここの本殿の彫り物は本に良い物ですか? 私にはまったく分かりませんが・・・・・・」
「ええ~小ぶりですが、繊細の彫り物が施されていて、素晴らしい物です。私にもどなたが彫ったのか分かりませんが彫り師の技量がうかがえます」 秋本さんが思い出したように・・・・・・
「ここも小ぶりな本殿ですが、もうひとまわり小さい本殿が、確か宮ケ瀬湖に沈んでいる熊野神社に収められていました。どうなったかな~?」
「本当ですか? 棟札か写真か何か残ってませんか? 」
「どうだったかな~ ちょっと待っててくださいよ。あるとしたらこの社務所内にあるかも知れない。関係者が完成した際、社殿前で撮った写真や本殿の写真があったような気がします」
秋本さんは返事を待たずに、社務所へ引き返した。
「風人くん、少し希望が見えてきましたね。ここと同じ彫師による作品だとすれば、今日詳しく見させていただければ、何か分かるかも知れませんね」
風人には先生の声は届いていたが、風人には不思議な感覚が芽生え始めていた。社殿は樹齢何百年という欅に守られ、背には小高い山ある。社殿は宮ケ瀬を向いている。 神宮寺は静かにたたずんでいる風人を見て、声をかけず少し離れてみていた。何か感じているんだろう。 ここには言葉で表現にできないが、風人には感じ、聞ける何かが存在しているのかも知れない。
しばらくして、秋本さんが手に古いセピア色の写真を持って戻ってきた。「モノクロの写真がありましたよ。3枚ほど。懐かしいね、うちの爺さんが映っている。これが当時の宮司さん、その横がここを建てた棟梁だと思う。棟上げ式の写真だな。ここら辺は、半原に宮大工がいたが、この棟梁は、
大山からの棟梁だな。ここの半原大工とは違う法被を着ているよ」
「ということは、ここ鳥屋の諏訪神社も大山大工さんが建てた・・・・・・と言うことですか?」
「そうかも知れないね。多分、そうだと思う。棟札には半原の宮大工の名が無かった」
もう1枚は完成した社殿の前の集合写真だ。裏には何も書いてない。もう1枚が肝心の本殿を正面から撮った写真だった。ここ鳥屋の諏訪神社の本殿とそっくりだ。
違いは懸魚(げぎょ)などの彫り物が鳳凰(ほうおう)などになっているだけだ。目当ての向拝柱の昇り龍は一緒だ。これは同じ彫師の作だと確認した。風人も覗き込んで、納得顔神宮寺を見た。
「それからこの写真では分かりにくいですが、専門的な言葉は知りませんが、本殿の扉がこれでは開閉出来ませんね。普通観音開きになっていて、
取っ手が付いていますよね。これには全く無いように見えます。」
「確かに、そう見えますね。後ろからご神体を入れるのですかね?」
「とにかく、こちらの本殿を見せてもらいましょう。秋本さん、お願いしてもいいですか?」
「それからこの写真三枚、お借りしてもよろしいでしょうか。すぐにコピーを取ってお返しします」
「大丈夫ですよ。後で私の自宅宛てに送ってくれれば結構です」
三人はそろって社殿への階段を上がっていった。 途中で秋本さんが・・・・・・
「そういえば、神宮寺さんが前回いらした時に、ここら辺にいた人、厚木の方ですが、貴方がたに大変興味があるようで、素性を聞かれましたよ。また、2~3日前、あなた方が再びいらっしゃることを伝えたら、その時はあまり興味を示さなかったですがね。知り合いですか?」
神宮寺は、少し考え首を横に振った。そして、風人に向かって・・・・・・「注意した方が良いかも知れないね。多分、例の関係の人が嗅ぎまわっていたのかもしれないね」
風人は「今日は、ここと塩川の滝を見るだけですよね。午後、雨になりそうなので、早めに終えて戻りましょう」
秋本さんに社殿の扉を開けていただき、中へ入った。前回の時は予備知識がなく、漠然とした調査だった。 今日は風人と一緒なので、写真を多く撮り、詳しく観察した。
鳥屋の諏訪神社の本殿の扉は普通の社殿と同じよう正面から開閉できるようになっている。何故、宮ケ瀬湖に沈んでいる熊野神社の社殿はご神体を収めるための扉がないのか・・・・・・?あとでゆっくりと写真を見てみよう。神宮寺は秋本さんに・・・・・・
「いろいろ勉強になりました。あとでお借りした写真をお送りします。ありがとうございました」
「神宮寺さんたちはバスで来られたんですか? これからどちらに行かれます?もし良ければ途中まで送りますよ」
ありがたい言葉に甘えて先生たちは、宮ケ瀬湖のバス停がある所まで送っていただいた。車をおりてから風人は地図を見ながら・・・・・・
「ここからだと半原までバスが出ているので、助かりましたね。またこれから行く「塩川の滝」の近くにバス停ありますので、ここで軽く食事をしてから、出かけましょう。それから先ほどの鳥屋の諏訪神社ですが、僕が今まで感じてなかった新しい物を感じました。表現できませんが、悪い雰囲気ではなく? 不思議な気?が僕の中に感じました。不思議な場所ですね」
「やはり何かあるのかな? 風人が感じるのだから・・・・・・」
「それからこれから向かう塩川の滝ですが、年に一度4月の巳の日、滝の上にある「江の島淵」の水が塩辛くなるそうですよ。これが江の島と繋がっていると言われる謂れかも知れませんね」
食事を終え、半原行きのバスに乗って、「塩川の滝」を目指した。すでに圓●たちが下調べをしているが、ここも気になる場所だ。中津川から南沢へ、そして滝沢となる。そこに今日の目的地「塩川の滝」がある。もちろん二人はここの言い伝え、伝説は知っている。ここの他、まだ数か所、同じような話が残っていると言うことは、あながち嘘とは言えないかも知れない。隠すにはうってつけの場所だ。奥まって、川沿い、人がほとんど来ない。江戸末期ならもっと山深く入らなければならない場所になる。
バス停から二人で川沿いに歩いた。空模様が怪しくなってきた。二人とも歩くことは苦にならない。車の多く通る道から外れ、気持ちの良い道だ。30分ほど歩いたところで、塩川神社の前にある駐車場に出る。そこで行き止まりとなる。車で来るとここまでだ。二人には滝の音が聞こえてきたが、まずは塩川神社に参拝し、滝の方へ足を向けた。
ここは少しひんやりし、マイナスイオンを浴び、気持ちが洗われる。ここでは人工的な音は聞こえない。しかし、それも長続きはしなかった。後ろを振り返ると車が駐車場に入ってくるところだ。ここにはそぐわない外国の高級車が止まった。先生は眼で気にするなと風人に合図を送り、滝への橋に向かった。橋の中ほどで立ち止まり、滝を眺めた。驚くほど大きい滝ではないが、身近で見上げるように見ることが出来るのでそれなりに迫力がある。二人は声をかけるでなくめいめいの仕事を始めた。風人は橋から下に降り、滝の淵まで近づいた。
先生は遠くから全体を眺め、自分がここに隠すならどこだ? 答えを探している。ここに来る前から、菱◆から「滝の左側から登ると、上流に「江ノ島淵」があると教えられている。先生は高いところはNG,風人の役目なので、滝の上まで登り、写真を撮って戻ってきた。二人で一緒に駐車場のある場所まで戻ってきた。そこには滝も見に行かず、車にもたれて煙草を吸っている中年の男がいた。二人を待っていたようで、吸いかけの煙草を捨てて、足で踏みつけた。
「何か見つかりましたか? 先生たち」
「先日はどうも、ご挨拶が遅れまして。私、小野田興業の小野田と言います」
「先日、社員があなたがたに大変お世話になったようで・・・・・・」
神宮寺は特に話すこともないので、軽く会釈して通り過ぎようとした。
「神宮寺先生! それはないでしょう。こちらが挨拶しているのに」
「特に知り合いでもないですし、知り合いになりたいとも思っておりませんので、失礼します」
車の横を通り過ぎようとした時、運転席が開き、もう一人が出てきた。
「少しお話、いいですか? 北島と言います」
風人と目を合わせ、仕方ないと立ち止まった。小野田が近づいてきて先生の前に立った。
「例の件をいろいろと噂レベルで聞いています。私どもにも少し情報を流してくれませんか?それ相応のお礼はさせていただきます。 ここもその件で来たんですか? ここに何かあるんですか?」
神宮寺はあきれ返って「本当に聞きたいのでしたら事務所まで来て、教えてくださいとか言えないんですか? 待ち伏せなどをして、教えてもらう態度ではありませんね」
風人が先生の話に引き継いで・・・・・・
「先日、貴方の会社の方にお話ししましたよ。伝わってますよね。そんな夢物語のような話は無いです。私たちは神社仏閣の彫り物を調査研究をしている団体で、今日も塩川神社へ来ただけです」
小野田が手を横にひらひらさせて・・・・・・、
「そんな返事を聞きたくて、ここで待ってた訳ではないので、本音で話しましょうよ」
段々、本性が出てきた。北島が今度は風人に向かって・・・・・・
「前回は、うちの若い社員とこの先のハ菅神社であったそうですね。その時の伝言ですか? ちゃんと伺ってますよ。しかしそのまま鵜呑みはしませんよ。子供じゃないんだから」
「どう解釈しようとあなた方の勝手です。私たちはスケジュールを立てて、寺社の彫り物、特に龍の彫り物を調べているだけですから、今日はここら辺の調査に来ただけですから」
「それから自分たちで努力もしないで、このような形で、待ち伏せして聞くんですか?いつも」
今度は小野田が風人に向かって・・・・・・
「お前か! うちの若い者を可愛がってくれたのは」
風人は「貴方からお前に変わりましたね。その内に貴様になりますか?」
「脅かしても何も出ませんよ。もし質問があるなら後日、ご連絡ください。私たちのことは知っているようですから」
会話が途切れた。
小野田が相手を風人に決めたようだ。
「おい、貴様、下手に出ていりゃいい気になりやがって」
「本性が出ましたね。最初の丁寧な言葉づかい、あなたには似合いませんよ」
聞こえるのは滝の音だけ。先生も覚悟を決めたようだ。しかし、風人は先生は歳も歳だから安全なところに避難させなければと考えた。
「北島、お前はこの手の仕事は不得手だから、そこの先生と一緒に見てろ、手を出すな。まずはこの若造の身体に聞いてみる。社員をかわいがってくれたお礼も兼ねて」
「小野田さん、手なんか出しませんよ。私はここだけで勝負していますから」と自分の頭を指差して・・・・・・これなら先生は安心だ。先ほどから見ているが、小野田はそれなりの修羅場をくぐって来ているのが分かる。段々と気合が入ってきているのも分かる。 まったく面倒臭い。自分度々こんなことに巻き込まれるとは……情けない気持ちになってきた。
初めてだ。風人が争いに巻き込まれて立ち会うのを見るのは。まったく普段と変わらない。自然体で立っている。小野田の気迫に飲み込まれそうだ。「お前、何かやってたのか? 俺は琉球空手、沖縄空手をやっていた。練習場所は丁度こんな場所だった。下が土で、そばに滝があった。毎日毎日砂浜を走り、滝に打たれ、練習をした」
「貴方の生い立ちには興味はありません。よく話す人ですね。社員の方もおしゃべりでしたが・・・・・・。社風ですか? とにかくこんなこと止めませんか? 無駄です。 こんなことから何も生まれません」
「お前は自分がぶちのめされて転がることは、まったく考えていないようだな。その自信は何処から来るんだ? 教えてくれよ」
「まだおしゃべりするんですか、もうすぐ雨が降りはじめますよ。何もなかったことにして、止めましょう」
先ほどまで、泣くのを耐えていた空から、雨がぽつぽつと降り始めた。それを合図に、小野田が前に出てけりを繰り出した。さすがに自慢するだけのことがあるシャープで早いけり技を立て続けに繰り出してくる。
まともに受けたらそれなりにダメージがある。風人はあまり下がらないが、躰全体でまともに受けない。攻撃されたところだけ、動かして避けているようだ。しばらくすると小野田は日ごろの不摂生のせいで徐々にスピードが無くなってきた。見ている二人には、小野田が勝手に仕掛けて勝手に疲れてきたように見えた。風人といえば、最初に立っていた場所からあまり動いていない。せいぜい2m程度の範囲だ。
あいつらが言っていたのはこれか! 若い社員が言っていた「殴っても当たらない。蹴っても避けていないように当たらない」こんなやついるのか。ひ弱そうで華奢な体だが、しなやかな筋肉を持っているのは分かる。小野田は風人の膝下を狙った鋭い回し蹴りを出した。
小野田の得意技だ。歩けなくしてからじっくりやっつけるのが小野田の流儀。この技だと相手は下がれなくなるし、飛ぶこともできなくなり避けれなくなる必殺技だ。しかし、今、地面に転がっているのは自分だ。回し蹴りを仕掛けた時、軸足を軽く叩かれた感触はあったが・・・・・・
小野田はまだ何が起こったのか分からず呆然としている。
奴は同じところに立っている。雨脚が強くなってきた。地面に転がっている自分の足元に水たまりが出来始めている。小野田は起き上がる前に首を上げ、空を見上げた。顔に雨粒があたった。そして、小野田は静かに起き上がって静かに一言、
「北島、帰るぞ」
風人に背を向けて、無言で車に乗った。車は静かに来た道を戻って行った。風人は何もなかったかのように、ザックからレインウェアを取り出し、着始める「先生、雨具は持ってますか。傘は?」
神宮寺はカバンから傘を出し、ひらいた。二人はバス停までの道をゆっくりと雨の中の緑深い山並みの景色を楽しみながら歩いた。神宮寺は前を見ながら誰に語りかけているかのようにつぶやいた。
「君は不思議な人だな~。あらためて今日思った。私が君の一番好きなところは人を傷つけない事だ。身体はもちろん、精神的にも最低限度で留める。彼、小野田さんは今頃、車の中で何も考えずぼーとしていると思うよ。これが君が肉体的に痛めつけたら、憎しみが生まれ、その後憎しみの連鎖が生まれる。多分、小野田さんは、このまま二度とこのようなことはしないと思うよ」
先生は出来事を振り返りながら、自論を展開していたが、風人はと言うと、バスの時間が気にしてる。1本逃すと雨の降りしきる中で1時間以上待たなくてはならない。先生には悪いがその方が気になる。風人にはすでにさっきの出来事は過去のことになっていた。もう頭の中には一そのことは欠けらもない。
≪龍≫
宮ケ瀬から戻ってから一週間が過ぎた。先生は神奈川中央新聞のデスクから連絡を受けた。神宮寺は青木さんを介して定期的に、資料を神奈川中央新聞に提供している。神奈川中央新聞は、第二部「江戸城と宮ケ瀬半原大工」の特集の連載を開始した。
初回は宝探しにならないような慎重を期した内容になっている。第二回から愛川町の周辺の龍の寺社と龍にまつわる言い伝えや伝説・昔話を加えて少しだけ、江戸幕府の御用金の行方の話を入れて、読者に興味を抱かせる内容にしている。問題の宮ケ瀬湖に沈んでいる旧熊野神社の扱いだだが、現在は水嵩が増し、湖底に沈み、以前のようにまったく見えなくなっている。
もしそれに関連した内容の記事を掲載した時、まさか水に潜る人はいなと思うが・・・・・・
湖のそばに近づく人がいるかもしれないことを心配している。
この新聞で紹介したお蔭で徐々に人気になり、周辺を散策しながら、神社やお寺を訪ねる人が増えたらしい。良い兆候だ。
今日は久しぶりに仲間が集まる。望月さんと青木さんも加わり、総勢7人だ。神宮寺の事務所が入っている会議室での報告会になる。
風人とは事前に話し合い、愛川町の塩川の滝での出来事は、二人だけの中に仕舞って置くことことにした。圓●たちも愛川町のハ菅神社のことは、決して話さない。今日は今まで調べたことをまとめた話になり。その他は、神宮寺先生の推測などを交えて、報告することになった。
話がそろそろ終わりとなるころ、誰かが会議室のドアをノックした。静かに警戒しながら、覗き込んだ男、小野田興業の北島だ。恐縮した様子で・・・・・・案内の女性に促されて会議室へ入ってきた。
「すいません、ご迷惑を顧みず、小野田から頼まれて訪ねてきました。ちょっとよろしいですか?」
望月さんもそうだが、北島に会ったのは神宮寺先生と風人だけだった。すこし戸惑いながら先生は、会議室に入るように促し、他の仲間に紹介した。皆、小野田興業との関係は知っているので、北島が現れた意図を探っている。特に青木さんは、会社から情報を得ようとしていたのを知っている。
北島が先生に向かって・・・・・・
「先日は、大変ご迷惑をお掛けしました。そのお詫びも兼ねて、お伺いしました。また、小野田からの伝言もあります。」
皆は何の話なのか他の仲間が怪訝な顔をしている。
風人が少し前に出た。
「北島さん、小野田さんは・・・・・・?」ちょっと心配顔で・・・・・・
北島は「特に問題はありません。あれ以来ちょっと人が変わったような感じですが・・・・・・」
風人が説明した「皆さんには報告していませんが、私と神宮寺先生が小野田さんとこちらにいらっしゃる北島さんと先週お会いしまして、いろいろ今後の事で話し合いをしました。その時のお返事を今日、持ってこられたようです」
北島は、すぐに理解した。他の人たちに、先週と原田たちとのことを伝えていないと。
「昨日、小野田に呼ばれ、俺の伝言を神宮寺先生たちに伝えてほしいと言われました。ここで話しても構いませんか?」
神宮寺は、特に隠す必要が無いと思い
「どうぞ、お話しください。私と彼は横でお聞きします」 先生と風人は2~3歩下がり、話始めるのを待った。
「小野田からの伝言をお伝えする前に、この件に我々が首を突っ込んだのは、私のせいでして、ご存じだと思いますが。小野田興業は厚木近辺のお寺や神社と関係が深く、先代、先先代以前からの付き合いです。私が神奈川中央新聞さんの土曜日の記事を小野田に見せたのが始まりでした。この4~5年は本業の金融業を中心で商売してましたが、この世の中の状況で何か新しいことはないかと探していたところ、私の持ってきた話に乗ったのが始まりです。神社やお寺との縁もあり、土地勘もありますが、情報もなく、知識もなく、手っ取り早くやるにはこんな手段を取るしかなかったんです。しかし、先週の神宮寺先生の話を伺い、また、その歴史背景も伺い、今さら時間と費用をかけて追いかけることは無駄だと判断した次第です。そのことをお伝えしにきました」
北島は風人の方に向き直って・・・・・・
「これはあなたに向けての小野田からの伝言です」
「同じ武道、古武道の精神を目指し、鍛練したのにどうして道を間違ってしまったのか、今からでは遅いかも知れませんが、貴方の立ち振る舞いを見て、もう一度最初に立ち戻ってみたいと思いますとのことです」
北島がみんなに向かって「いろいろご迷惑をお掛けしました。今後は一切、ご迷惑をお掛けすることはありませんので」と頭を下げた。
神宮寺と風人は、その伝言内容を理解した。そして、圓●たちもその後、何があったのかを理解した。望月さんと青木さんはまだ戸惑っている。
神宮寺先生が「北島さん、ご伝言と小野田さんの気持ち、確かに受け取りました。後日、まだ小野田さんは断片的にしか今回の事は知らないと思いますので、お聞きになりたいのならば説明に伺いますとお伝えしてください」
≪瑠≫
ここ愛川町では、十年に一度ぐらい 必ず台風か大雨が降り、山の斜面から水が噴き出たり、崩れることが度々あった。ご多分に漏れず中津川の支流の川や沢でも水があふれ、崖を削っている。滝沢にある「塩川の滝」も昔からこのようなことが何回も繰り返されている。
塩川の滝の上流にある「江の島淵」に沈んでいる木箱もその度に大水の勢いで徐々に揺すぶられ削られて行った。そしてある時、木箱に割き目が出来、少しづつだが木箱の中の袋から中身がこぼれ出してきた。金色の砂のような物がこぼれ出て、それが少しづつ流れ滝壺に落ち、また、その滝から沢を流れ、中津川の浅瀬に広がって行った。長い年月をかけて・・・・・・
とある小春日和の土曜日ののどかな昼下がり。相模川から分かれる中津川の少し上流。ここの場所は、川の流れは速くなくゆったりとしている。川の瀬が魚の鱗のように水面がキラキラ光っている。瀬音が気持ちいいリズムを奏でている。風もあまりなく、陽だまりの岸辺の水は温かい。
川辺に遊びに来た家族。お婆ちゃんとお母さん、そして幼子。川辺で水をすくって遊んでいる幼子。 近くでそれを笑顔で見守る母と祖母。
「バーバー! ママ! お砂が金色に光ってる。きれい!!ちょっと来て見て」幼稚園に入ったばかりの女の子。手ですくった砂を眺めている。
そこにはキラキラ光る金色の砂が一粒二粒混ざっている。ママとお婆ちゃんは、子供が手ですくった水が太陽でキラキラ光っていると勘違いしていると思って、二人はあまり興味を抱かない。離れたところから・・・・・
「キラキラ光るきれいなお砂を見つけて良かったね」
何回か砂をすくいあげると、そこには数多くの金色に光る砂粒が現われた。子供のその小さな手の指の隙間から金色に光る砂粒がこぼれ落ちていく。
あたかも高部屋神社の龍の眼からこぼれ落ちていった砂金のように・・・・・・
※冒頭の写真:愛川町塩川神社
【第二章・本文中の龍の寺社】
①宮ケ瀬熊野神社 ーー 神奈川県愛甲郡清川村宮ケ瀬 979-25
②鳥屋諏訪神社 ーー 神奈川県相模原市緑区鳥屋 1140
③青山神社(御朱印)ーー 神奈川県相模原市緑区青山 1013
④龍福寺(拈華関)ーー 神奈川県愛甲郡愛川町中津 408
⑤勝楽寺 ーー 神奈川県愛甲郡愛川町田代 2061
⑥飯山観音/長谷寺(御朱印)ーー 神奈川県厚木市飯山 5605
⑦龍蔵神社 ーー 神奈川県厚木市飯山 5474
⑧江島神社(御朱印)ーー 神奈川県藤沢市江の島 2-3-8
⑨青蓮寺 ーー 神奈川県相模原市緑区日蓮 1634
⑩ハ菅神社 ーー 神奈川県愛甲郡愛川町ハ菅山 139
⑪中野神社(御朱印)ーー 神奈川県相模原市緑区中野 206
⑫大山寺(御朱印)ーー 神奈川県伊勢原市大山 724
⑬第六天神社(御朱印)ーー 神奈川県茅ケ崎市十間坂 3-17-18
⑭八王子神社 ーー 神奈川県茅ケ崎市本村 4-13-40
⑮小網諏訪神社 ーー 神奈川県相模原市緑区太井 50603
⑯角田八幡宮 ーー 神奈川県愛甲郡愛川町角田 2371
⑰ 高部屋神社(御朱印)ーー 神奈川県伊勢原市下粕屋 2202
【第二章・本文中の龍伝説と昔話】
1) 飯山温泉の「白龍伝説」と龍蔵神社・・・厚木市
2) 「雨乞い龍」・・・清川村
3) 箱根九頭龍伝説・・・南足柄市
4) 江の島「五頭龍伝説」・・・藤沢市
5) 愛川町の洞窟・・・愛川町
6) 塩川瀧の由来・・・愛川町
7) 由都加波(湯出川)の昔話・・清川村
8) 富士山風穴伝説・・・静岡県
9) 愛川町八菅山覚養院洞窟伝説・・・愛川町
10) 弁天社と弁天淵・・・(愛川町)
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