『龍の遺産』 No.12
第二章 『龍が覚醒(めざめ)る』
週5回のバイト、一日、昼と夜のバイトをかけもちし、自宅戻りはいつも
8時過ぎだ。週二回の休みには、溜まった家事を済ませからの読書と勉強が日課。しかし、風人は普段の日でも、夜1時間、明け方1時間の別の日課がある。夜は住んでいるアパートの裏山に入り、独自の修行をしている。
暗闇・・・・・・月の光のみ。馴れた裏山まで続く道を駆け上がり、登り切ったら一呼吸おいてから、ゆっくりと竹林に分け入る。すべてが闇の中。
風人はその中を普通の速度で歩く。
ぶつからない。徐々に早歩きになり、竹の間をすり抜ける。突然、振り返りもせず後ろ歩きで、今来た道を戻りはじめる。徐々に速くなり、また前に進む。最後は風のように竹林を走り抜ける。わずか1時間だが、額から汗が滲んでくる。研ぎ澄まされた緊張の中でも濃縮した時間。そして夜明け前に起きて、最初は夜と同じように裏山を駆け上がる。同じように一呼吸おいてから竹林に入る。
しかし、夜のように駆け回ったりはしない。竹林の中央に出来た? 風人が修業したため出来た小さな空間。わずか2~3mほどの円形の場所。静かに座禅を組む。聞こえるのは風の音と目覚めた鳥のさえずりのみ。動の時も静の時も、自分がすべての自然の中であるべき姿を全身で受け止めているようだ。誰が言ったのか・・・風の人(風人)。
少しづつ朝日の温かさが感じてくる。新しい一日が生まれてくる。風人は静かに座禅を解いて立ち上がる。
神宮寺先生はずっと気にかかっていることがある。まだ漠然としているので、誰にも話をしていないもう一つの推測。これから神奈川中央新聞さんと一緒に相模湾河口近くの寺社を調査する予定だが。その前に一度、まだ漠然としかまとまっていないので、一人で出かけてみようと心に決めた。それは今まで東海道、矢倉沢往還などの表街道のみを注視してきたが、甲州街道は・・・・・宮ケ瀬湖の相模原市に組み込まれた、現在の緑区の地域は
調べる必要があると感じている。まだ未調査だが、資料を取り寄せたり、ネット検索などで調べている。津久井湖周辺、相模湖周辺、藤野町など甲州街道沿いの寺社には、半原
大工の作品が残っている。やはり調査の対象としなければ・・・・・・
神宮寺は、まずは自分だけで主な所を調査し、それなりの感触を得たら、皆の協力を得ようと考えた。一番暇なのは自分。一人で気楽に散策してみようと思い立ち、JR横浜線の
橋本駅に降り立った。先ずは宮ケ瀬湖周辺から見て回りと思い。宮ケ瀬湖方面行のバスに乗る。車内で地図を拡げ、最初の目的地を宮ケ瀬湖に近い鳥屋周辺の3~4ヶ所の寺社からと決めてあった。
≪龍≫
小野田興業の事務所。小野田が電話口で・・・・・・
「それでは後程伺います。よろしく!」 小野田はデスクの電話を置いた。
「やっとつかまったよ。おい!北島、お前も来い」。最初にこれに目を付けた部下に車を出すように言った。
「爺さん、暇なくせして、年中いない。やっとだよ、やっと」
「まあ電話口でもまだ元気そうな感じだったし、話しもしっかりしたし、
その点だけは良かった」
「小野田さん、どこで待ち合わせしたんですか? 自宅では無いような内容でしたね」
「すまん、とりあえず鳥屋の諏訪神社に行ってくれ。そこで午前中、何やらの打ち合わせをやっているそうだ」
北島はナビをセットして、ここから約40~50分かかると確認して、
「小野田さん、11時前には着けますよ」
「分かった」
神宮寺、終点のバス停、鳥屋で降り、周辺の寺社(神明社・東陽寺など)を観てバス路線を
橋本方面へ戻るように歩いた。次は鳥屋の諏訪神社へ・・・・・・と向かった。山が近い。
紅葉の季節の宮ケ瀬湖周辺とその近辺の山々の美しい景色を想像しながら歩いた。
このようなことを始めて早10年になったが、今日のような景色を見ながら散策できるのは、特権だと思っている。初めての土地を歩き、歩いて分かるその土地の歴史を知ることにより、今まで見えなかった世界が現れる。あまり知られていないこの「宮彫りと」いう宮大工が残した日本の宝を探して
掘り出すようで毎日が新鮮だ。今歩いている宮ケ瀬湖からほど近い相模原市の一角だが、ここにも宮彫り師が彫った作品が必ず残っている。それに出会えることを信じている。
小野田の車は道がすいていて50分かからずに鳥屋の諏訪神社へ着いた。車を境内に止めると社務所内で4~5人が話し込んでいる。車から降りた小野田は近づきながら
「すいません、厚木の小野田と言います。秋本さん、おいでになります?」
その中から一人立ち上がって近づいてきた。
「あ~あ、先ほど電話で話した人ですか? 私が秋本です」
小野田、名刺を取り出し「お忙しいところすいません」
「今日は、社殿の裏山の整備の件で、話し合いをしていたところです。もう終わりですから大丈夫ですよ」
階段を上がった所にある社殿の背に小高い山が見える。社殿を守っているように。
「今日、お伺いしたのは、先日、宮ケ瀬湖で沈んでいる熊野神社が現れまして、例の干ばつが続いたお蔭で、赤い鳥居が見え始め、徐々に社殿が見えるようになってきました。
それについて調べたいことがありましてね、厚木の飯山地区の長老にお聞きしまして、それから青山神社さん、中野神社の宮司さんなどを訪ね、やっと秋本さんにたどり着いたわけです」
「それはそれは大変でしたね。知っての通り、この辺の神社の後見人が居なくなり、宮司のなり手を少なくなり、中野神社の宮司もここら辺の神社10ヵ所ぐらい兼務しているんじゃないですか? ここ諏訪神社もそうですよ」
「宮ケ瀬の熊野神社はどなたが・・・・・・?」
「中野神社の宮司は兼務していなかったことは確かですが・・・・・・」
「どうだったかな? だいぶ昔、何処かの神社と合祀したことは覚えているんだけど・・・・・・ 」
少し考え込んでいたが、首を横に振りながら・・・・・・
「私は宮ケ瀬湖に沈んでいる熊野神社の惣代といっても年に数回呼ばれるだけでしたので、あまりよく憶えておらんですよ。他の人は全員、亡くなってしまいましたし」
「でも湖に沈められると決まった時は、呼ばれたなあ~。確か、宮司もいたな~。すでに亡くなってしまったが。 なんやら社殿は壊さず、そのまま沈めるかどうか? 本殿はどうするとかの話しが出たことは覚えています。
どうなったのかな? 結論はその時に出なかった気がしますよ」
小野田がその先を聞きたく・・・・・・
「本殿は、まだそのまま? 水の中? ですか?」
「やあ~その後の話は分かりません。宮司の預かりになったかも知れませんし、何処かの神社納められ祀られたかも知れません」
「その宮司は既にいらっしゃらないのですよね?」
「そうです。当時は私が一番若く、今86ですので、全員、亡くなってしまいましたよ」
小野田は本題の話を持ち出した。
「可能性としたら、熊野神社の本殿が今でも湖の中にあるか、何処かの神社に祀られてそこの本殿と一緒に合祀されているかもしれない?と言うことですね」
「多分そうだと思いますよ」
「ところで本殿はどのくらいの大きさでしたか?」
小野田も両手を広げて見せる。「一間、一間半?」
「一間(1・8m)程度でしたね。高さが二間半(4m)ほどです」
小野田が想像していたより少し小ぶりの本殿だ。そこに御用金が収まっているのか?
そこに無ければ、どこに隠したのかを示す物がそのにあるのか?
その後、秋本さんにその後の熊野神社の話を聞いたが、新しい熊野神社の話ばかりなので、お礼を言って引き揚げようとした時、
小野田の眼の中に、拝殿に参拝している人が見えた。なかなか週末でもないのに、まして午前中に訪れる人は珍しい。
参拝後も境内を隈なく見て回っている。単なる観光客でもなさそうだ。寺社の研究でもしている人に見える。社務所へ向かっていく。今別れた秋本さんに挨拶をして、何かを訪ねている様子。秋本さんが仲間の人に一声をかけて、二人で拝殿へ向かっていった。
今頃誰だ? 興味が湧いた。少し離れて後をついていく。
秋本さんは、拝殿の扉の鍵を開け、訪問者を拝殿内に招きいれた。小野田は参拝しながら、中の様子を観察した。二人で本殿の周りを見ながら、何か話している。本殿の向拝柱には昇龍が彫られており、なかなか緻密な彫りの作品になっている。かなり古そうだ。
かなり真剣に写真を撮っている。しばらくして二人が出てきた。
参拝者が秋本さんに向かって
「お忙しい中、ありがとうございました。大変貴重な作品とお話を聞かせていただきありがとうございました。彫り師さんの銘はありませんでしたが、名工の作ですね」
秋本さんはもらった名刺を見ながら、
いつでもご連絡ください。今度はお仲間の皆さんとおいでください」
二人は社殿前で別れ、その参拝者は階段を下り、横を通る時、小野田に軽く会釈をして境内から出て行った。
小野田は秋本さんに近づき、
「秋本さん! あの人はどなたですか?」
秋本さんの手にある名刺を覗き見しながら・・・・・・
「このあたりの寺社をめぐっていらして、寺社の彫り物に興味があると言うので、本殿に龍の彫り物がありますよと言ったら、是非見せて欲しいと言われたので、お見せしました。
普段はお見せ出来ないのですが、今日は皆がいるので、開けることできますので」
「他に何か言ってませんでした?」
「特別何も。そういえば小野田さんと同じく宮ケ瀬湖に沈んでいる熊野神社の事を聞かれました。社殿に彫り物はあるのかとか本殿もこのような(鳥屋の諏訪神社)の彫り物が施してあるのかとかを聞かれました」
「他には?」
「小野田さん、何を知りたいのですか? 今会ったばかりの人ですよ」
ちょっと怪訝な表情を浮かべ、小野田を見た。
「すいません! 珍しいなとふと思ったもので、同じことを調べている人がいるなんて、とにかく今日は、ありがとうございました。」と慌てて車の方に向かった。
北島、車を出しながら小野田に聞いた
「何か収穫、ありました?」
小野田はそれに答えず、考え込んでいる。
神奈川中央新聞の関係者かな? 単なる寺社めぐりの老人かな?
「事務所に戻ったら神奈川中央新聞の例の特集記事の協力者か研究者なのか分からないが、いたら調べてくれないか? 記事を書いているのは記者だが、専門的に分野だから調査研究している連中が必ず居るはずだ。新聞に載ってないか?」
「分かりました。すぐに調べてみます。」
北島は本厚木の会社に戻ったら調べようと思った。
小野田は、この話がかなり現実味を帯びてきて、やはりあの熊野神社には何かあるんだと思い始めた。もうちょっと探ってみよう。しかし、ほとんどの関係者が亡くなっているので、
どこから手を付けてよいのか分からない。とにかく神奈川中央新聞から情報を得ようと決めた。
神宮寺は鳥屋の諏訪神社にはあまり期待をしていなかったが、今日は運が向いているようだ。事前に下調べしたが彫り物の事は載って無かった。誰も
興味を持たないから、当然と言えば当然だが。かなり古く1530年に今の場所に建立され、1775年に再建されたと伝えられている。丁度関係者がいらして、拝殿内まで見ることが出来たし、本殿には小ぶりだが、しっかりと彫り物が施してあり、特に向拝柱の昇龍は立派だ。幸先がいい。これから
青山神社、中野神社などを訪ねようとバス停まで歩き始めた。やはりここら辺を調査する必要があることを確信した。次は津久井湖、宮ケ瀬湖周辺の調査の時は、メンバーの協力を仰ごうと思った。
神奈川中央新聞。青木記者とデスクが向かい合って話をしている。すぐ横には田中さんが書記の役割で耳を傾かている。
「神宮寺先生が先日、宮ケ瀬湖の相模原寄りの鳥屋地区、青山地区を一人で調査に出かけたそうです。先生の考えの中には東海道、大山街道は主流だけれど、甲州街道沿いも調べなければ、片手落ちの気持ちのようです。それで先日、電話がありまして、相模原市緑区内、昔の津久井町、藤岡町にも半原大工の作品があるそうです。やはりこれも実際に調査してみなければとおっしゃってます」
「どんどん広がって、面白くなるな。本当に江戸幕府の御用金が見つかったら、どうする?」
「デスク! まだ「たられば」の話ではないですよ。その時はその時で考えましょう」
「今は、次の土曜日の特集号は例の線(江戸幕府と半原宮大工)で決まりですが、その後を膨らませないと読書は付いて来ませんよ。私としたら、ちょっとだけ宮ケ瀬湖の熊野神社を盛り込んでもいいかなと思っていますが、どうでしょう?」
「まだ何も分かっていないのにか? 例の「龍の防人」とかいうグループに代々伝わる程度の話なのに・・・・・・」
「読者の想像力をちょっとだけ掻き立てる程度の内容を加える程度です」
「任せるが、神宮寺先生に一回、見てもらえ。それであればお前に任せる」
二人は顔を少し近づけて小声で・・・・・・。
「じゃデスク、先生と打ち合わしてきます。新しい情報があるかも知れませんので」言って、出て行った。
二人の横にいた田中さんがデスクに顔を向かて
「デスク、あまり書きたてると、大騒ぎになりますよ。訳の分からない宝さがし状態になったらどうするんですか」
「まあ、神宮寺先生のチェックが入るから大丈夫だろう」
田中は少し納得できない様子で自分の席に戻って行った。
≪龍≫
定例となった居酒屋での打ち合わせ。圓●がいつものように口火を切った。
「先生たちから何か情報が届いた?」
四■「先日、神奈川中央新聞と一緒に宮ケ瀬の調査に出かけたようです。先生からまだ資料を整理しているところですが、調査範囲が少し広がったと言ってました」
来週にでも一緒に行ける仲間とまたでかけるそうです」
「本当に行動的な人だな。どこに行くって言ってた?」
「次回は相模川河口近くの寺社の調査とか・・・・・・それからこの調査が終わったら、一回集まろうとおっしゃっていました」
「とにかく俺たちは黒子に徹しよう! こちらから渡せる情報はあるのか?」
「メールの最後の方で、江の島に関して書いてある書物や言い伝えがあるかどうか、問い合わせが来ています。」 居酒屋のテーブルにPCを立ち上げ、覗きながら話をしているのを見ると、何処かのIT企業の社員の会合に見える。
「で、先生たちはどこへ行くって?」
菱◆と一緒に小鍋を突っついている。無口は菱◆は、二人の会話に加わらず、黙々と
焼酎、つまみと交互に繰り返して口に運んでいる。
「あまり多くは書いてありませんが、半原大工の作品がある寺社を調べるようです」
突然、圓●が・・・・・・
ちょっと声を荒げて、黙々と食べている菱◆に向かって
「おい菱◆、それ、俺の分だからな、全部食べるなよ」
いつもの慣例の鍋物の中身の取り合いだ。なんでいつも子供の喧嘩みたいなことが始まるんだろう? 四■、呆れ顔で二人を見ている。
「圓●姉さん、聞いてます? とにかくお二人さんの予定を教えて下さい。先生に送りますので、二人の日程に合わせて調整してもらいましょう」
突然鍋から離れ、菱◆が・・・「あれどうなった? 伊勢原の神社、何って名前だっけ?」
「高部屋神社のこと?」
「そうその神社、あそこで紙が見つかったよな。訳の分からない文字で書かれたやつ。何って書いてあったんだ? あの先生たち、何か言ってたか?」
「神奈川中央新聞の関係の専門家にお願いしてもらったみたい。三行あって、一行目は、日付、二行目は方位、三行目は数量らしいことは分かったみたい。方向は現在の宮ケ瀬湖方面と江の島方面の二通りを指しているらしい」
「と言うことは、三行目は砂金の量と言うことだ。多分そうだろう?」
「さあ、まだ分からないことだらけ、先生たちに頑張ってもらって、その在りかを見つけてもらおう」
四■がタブレットを見ながら・・・・・・
「丁度神宮寺先生からメールが今来た。こんな時間まで頑張っているんだなあ」
開いて読んでいる。「何々、今週初めに気になっていた相模原市緑区へ龍探しに行って来ました。宮ケ瀬湖近くの鳥屋地区に興味ある神社を見つけたのと、そのほか青山地区などの寺社。青山神社、中野神社などに龍を見つけたと書いてありますよ。それからいろいろ意見交換をしたいので、連絡くださいと書いてあります」
「相模川の河口調査に相模原市の調査や相模原市までの調査、あんな少人数で大丈夫か? 今度の打ち合わせの時、表に出ない部分を助しよう。もともと俺たちがやることだろう? 四■、菱◆の予定を聞いて、三人のスケジュール調整をしてくれ」
「まずは、どこまで調査が進んでいて、推測での憶測でも構わないが、本丸が何処か?2~3ヶ所に絞り込まれて要れば・・・・・・動きやすいな」 手伝う気持ちになっている。
≪龍≫
「神奈川中央新聞の例の土曜日の特集記事を新しい展開で載せるそうです」
小野田に言われて調べに行っていた北島が、社内の知り合いに昼飯をごちそうして聞いた話を持ち込んできた。
「何か、かなり詳しく調査をしているようで、初回は全体の今後の展開を
掲載し、その次からは、かなり突っ込んだ内容になるそうです。小さい声で「宮ケ瀬九龍」が何たらかんたらとかが聞こえてきたそうですよ。それから最初からこれにかかわっているのは、大学の先生とかではなく、これを研究している趣味のグループがいて、それに神奈川中央新聞が目を付けたということらしいです」
「新聞の最後に、協力:探龍倶楽部と書いてある団体だそうです。横浜あたりにあるそうです。調べます?」
「宮ケ瀬周辺にそんなに龍関係の物?があるのか? 」
「小野田さんに聞かれると思って調べました。この宮ケ瀬湖周辺には約30ぐらい寺社があります。
もう少し拡げると、津久井湖、相模湖まで拡げると50ぐらいあります。そのグループの調査が何処までを宮ケ瀬周辺と言っているのかわかりませんが、またどのくらい龍の彫り物がある寺社があるのかは分かりません」
「それから彫り物の龍だけを調べている訳ではないようで、言い伝え、昔話、伝説なども調べているようです」 小野田、頭をかかえ、「俺たちだけでは、手に負えないな」
「かと言って、こんな与太話に乗ってくれる知り合いもいないし、とにかく人手を増やそう・・・・・・おい!一人ぐらい暇している奴、いないか? 北島、お前に預ける」
「小野田さん、暇しているやつそこら辺にゴロゴロいますよ、私の後ろにもいますよ」
競馬新聞を大ぴっらに拡げている若いやつが、声が聞こえたらしく首だけを小野田の方に向けた。例の金魚の糞の一人だ。
腕っぷしだけが自慢の2年ほど前に入って若者だ。名前は確か原田とか言った。小野田が手招きした。
「何か言いました?」
新聞を机に置いて、小野田の所まで来た。
「今日から北島を手伝え、当分は彼の指示通り動けばいい。行ってよし」 手でごみを払うようにひらひらさせた。話したのはたったそれだけ。北島には指示を与えた。
「まずは、その団体を調べろ。それから宮ケ瀬湖に沈んでいる旧熊野神社の写真と建築図面を手に入れろ。昔は建割絵図(たてわりえず)と言ったらしい。俺も勉強しているんだよ。地割図(じわりず)は知っているよな、平面図だ。俺たちが祭りの時にやる場所決めや割り振りに使う図面の事だ。
これも神社に係っていた言葉だったとは知らなかったよ」
≪龍≫
久し振りに神宮寺先生の事務所にメンバーと圓●らの三人が集まった。
神宮寺先生が圓●たちに向かって
「わざわざすいません! お元気でした。望月さんからは圓●さんが元気な事は伺ってました。少し整理しなければいけなくなり、皆さんに集まっていただきました。今回は、神奈川中央さん抜きで・・・・・・それから手元用の資料は作成してありません。」
風人が先生の後を拾って・・・・・・
「まだ推測の段階なので、先生と私とで話し合ってそうしました。青木さんが入るとまだ未確定なのに、どうしても新聞記事にしたい!となって勇み足になりそうなので、今回は我々だけでと言うことにしました」
「風人くんが言った通り、憶測で広まった時のことを考え、資料その他は無しでお願いします」
先生から望月さんにはメールで概略だけは伝えてあるが、圓●たちには今日が初めてだ。
「以前に集まっていただいた時に、江の島と宮ケ瀬との繋がりをお話しましたが、それの裏付け調査を近々行う予定です。圓●さんのお爺さんからの話の「宮ケ瀬九龍」を踏まえ、私なりの解釈をしましたら「江の島と宮ケ瀬」の関係が出てきました。それに付随するような事案のありましたので、近々、調査する予定ですが、これもまだ私の単なる思い込みかも知れませんが、一つ一つそれを調べて判断しなければなりません。先日、一人で宮ケ瀬湖の相模原市緑区を歩いてきました。私の頭の中にはどうしても厚木市、愛川町、清川村方面ばかり眼がいってましたので、甲州街道に沿っている津久井湖、相模湖方面が置き去りになり気になっておりました。半原大工の施工した寺社や宮彫りの龍は、この甲州街道沿いにも多々あります。このエリアも調査対象でして、これを調査した後、皆さんのご意見をと思っていましたが、ある程度お話をしておいた方が今後役立つと思っております。
前置きが長くなりましたが、発端の出来事、宮ケ瀬湖に出てきた神社、旧熊野神社についてお話しします」
自分のPC(パソコン)の画面をみんなに見えるように少しずらし。風人が撮った写真をスライドモードにして、十数枚流す。
「これが宮ケ瀬湖に沈んでいた旧熊野神社です。少し社殿は水面下なので分かりづらいかもしれませんが・・・・・・向拝の龍があるのが分かると思います。もう一度写真を見てください。少し拡大させて見ますね。何か他とは違う点があるのが分かりますか?」
一同、再度PC画面を見る。 望月さんがやはり気付いた。
「向拝の龍が正面を向いていますね。これは珍しいですね。私も2~3ヶ所しか見たことありません」
圓●たちは、その意味が分からない。お互いに顔を見合わせ、もう一度画面を見る。
「ほとんどの寺社の向拝にあります龍の彫り物は右か左を向いています。彫る木の板の条件もあると思いますが、腕の良い彫り師さんであれば、正面を向いている龍はどんな厚さでも彫ることが出来ますが、この旧熊野神社の向拝の龍の厚さは多分多くて一尺弱だと思います。やはり腕の良い木彫り師さんが彫ったものだと考えられます。」
「私はまだ自分の考えがまとまっていませんが、やはりこの旧熊野神社がある程度のカギを握っているのではないかと今は思っています。これから調査する相模川河口の寺社は物資運び込むための倉庫として考えておりましたが、建立された年代が明治以降が多く、適した寺社がまだ見つかっておりません。」
「それを見つけることが今回の調査でもありますし、もし、見つからなければこの仮説は無理があると言うことになります。それが分かるだけでも有意義な調査だと思っています」
四■が自分のPCで今現在の宮ケ瀬湖のライブ映像を見ながら、
「前回も見せていただいた旧熊野神社ですが、今、先日の雨で水位が少し上がってますね。鳥居がちょっとしか出ていません」宮ケ瀬ダム関係のホームページを見ながら・・・・・・
「多分、これから見えなくなるかもしれません」
神宮寺は四■のPCを覗き込んで確認した。
「と言うことは、写真データはこれだけしかないと言うことになりますね。いつまた見れるか分からないと言うことになります」
「先生はなぜまた、最初に興味を持ったこの旧熊野神社に戻ったのですか? その龍の彫り物に関係があるのですか?」
「いままで調査の対象外でした宮ケ瀬湖の相模原市の今では緑区に統合されていますが、津久井湖、相模湖周辺を少しを調査しましたら、一つの仮説が浮かびました。それはここ半原地区を中心と考えた場合、甲州街道、矢倉沢往還(大山街道含む)、東海道を守りの中心となることです。江の島への備えもここが主たるものではなくても、ある程度可能です。例えば物資の補給とか兵の補強とか」
「やはりここを中心に考えた方が正解かも知れない・・・・・・・先日の相模原市の甲州街道川の鳥屋や青山周辺を調査して感じました」
圓●「その調査の折、何か新しい発見か 感じるものがあったのですか?」
「まだ漠然とした答えしかありませんが、宮ケ瀬湖に一番近い鳥屋の諏訪神社へ行った時のことです。やはりこの地区でも過疎化が進み、神社もそのあおりを受けています。その鳥屋諏訪神社も相模原市中野にあります中野神社の宮司が兼務されており、そこの
宮司も周りの10ヶ所以上の寺社の宮司も兼務しております。実際、神社を維持管理するのは惣代ですので、ちょうど鳥屋の諏訪神社を訪ねた時、惣代さんの集まりがあり、運よく話を聞くことが出来ました。」
今までにない話の展開に、皆が引き込まれて行った。
「その方の話ですと、その方と言うのは秋本さんとおっしゃって、地元のまとめ役のような
立場のひとでした。昔のこともよく憶えていて旧熊野神社のことも知っていました」
「すいません。その前に鳥屋諏訪神社の話をしなくてはいけませんね。諏訪神社自体は
1241年に村の鎮守として建立され、1530年に現在の場所に移ったとされています。
そして1775年に再建されたと棟札に書かれてるそうです。かなり古い神社ですね。私は運よく、その秋本さんのご好意で本殿を見ることが出来ました。それは小ぶりですが、立派な本殿で、正面の向拝柱には昇り龍は彫られており、本殿全体に彫り物が施されていました。」
「その時、秋本さんが、旧熊野神社にも同じぐらいの同じような本殿が収められていたと思いだしてくれました。それと熊野神社が湖に沈める際に会合が持たれ、それに参加したとのことでした。一番若くて端っこに座って、話を聞いていたそうです。その先を聞きたいと思っていたら、新しく建てる熊野神社の話になり、秋本さんが中心になり建てたと
自慢話になりましたが、話の腰を折るわけにもいかず、それからずっとその話を聞かされました」
望月さんが心配顔で
「結局、聞けたのですか?」
「もちろん、どこまで話しましたっけ? そうそうその会合で熊野神社自体を移築する案が出たらしいのですが、社殿があまりに古く、それは断念したそうです。最後に本殿をどうするかと社殿の彫り物、向拝の龍とか木鼻の獅子など話になったそうです。惣代の長老が、既に亡くなっていますが、その時、絶対に取り外してはならない、先祖代々からそういわれているといいだしたそうで、結局そのまま湖の中へとなったそうです。また、本殿ですが、
その場では結論が出ずに、宮司の預かりとなったような気がするとおっしゃっていました。」
「その後、その本殿は、結局どうなったんですか?」
「秋本さんは、その後の話は聞いていなくて、はっきりと覚えていないそうです。今頃、湖の底か、それともどこかに移ってしまったのかが、謎です」
望月さんが、戸惑いながら、
「どこかの神社に合祀になったら分かるはずですよね。社史に残りますよね。それを探す必要がありますね」
「もし、近くの他の神社に合祀されていれば秋本さんは知っていたはずです。謎ですね」
圓●「ところで向拝の龍が正面を向いている話の続きは・・・・・・」
「そうでしたね。これは風人くんといろいろ考えたことですが、龍が見ている方向に意味があるのではないか? と思ったのです。そこでネット上の地図を拡大し、旧熊野神社の社殿を重ね、龍が見ている方向を誤差を含め描いてみました。これがそうです」
先生のPCに地図がアップされた。それはやはり半原地区を示しており、かなり広い範囲だが多少絞られていた。その範囲内にある寺社は中津川沿いの六つの寺社だった。
三つの寺社には龍の彫り物が無いのが分かっていた。
残りの勝楽寺(しょうらくじ)、龍福寺(りゅうふくじ)、ハ菅(はすげ)神社(じんじゃ)がその範囲に入っている。やはり言い伝え通り、龍の彫り物があり、龍に関する言い伝えがあり、半原大工の建築物だ。また注目すべきは、
どれも中津川のすぐそばに位置している。これは何を表すのか? 少なからず中津川を下れば相模川に合流する。そして相模湾に流れ込むことが分かる。
「私が以前に相模川河口付近の寺社と言いましたが、実地調査前に調べましたら、半原大工が建てた寺社のほとんどが、明治に入ってからの建物でした。かろうじて一つだけ見つけましたが、相模川から少し離れており、私自身が立てた仮説が怪しくなってきました。やはり、宮ケ瀬湖周辺に集中していたかもと軌道修正しております」
風人が「先生! とにかく全部調べてみてからの最終判断にしましょう!」
その時、圓●が仲間の二人を見てから、神宮寺に向かって切り出した。
「その調査、私たちでは出来ませんか? この頃、仲間で話してまして、
本来ならば我々の仕事かも知れないと・・・・・・。 ずっと守ってきたこの使命を、今の世の中では昔のようには守れないと言うことが分かってきました。早めに見つけ、対応が必要だと前回の横浜、横須賀で分かりました。今回もすでに無いかも知れませんが、無いと言うことが分かることも今後の対応にプラスになります。先生の資料をお借りして、調べてきます。
同じ言葉を繰り返すようですが、私ども表に出ることは出来ません。調査して報告します」
神宮寺は、 風人と目を合わせてから、お互いに頷き、園●に向かって
「そういうことであれば、ご協力をよろしくお願いします。こちらも人手が足りず困っておりましたので助かります。神奈川中央新聞さんには私の方から、伝えておきます。
それからくれぐれも注意してください。この間のような連中が出てくるかもしれませんので」
「それから今日の話はここだけの話に留めて置いてください。念押しみたいですが、新聞に載ると、どのような事が起きるか想像できません。それから圓●さんと近い望月さんに
直接連絡係をお願いします。調べる寺社の資料は後で送ります」
「私たちは調査が終了しましたら、四■から先生へまとめて報告をします。あとで四■宛に送っていただけますか?」
一つ一つ、消去していかなければ思い込みだけでの行動では、途中からの修正は難しい。
宮ケ瀬湖に偶然、出現した熊野神社、我々に何をして欲しいのだろうか? 「龍の防人」の圓●たちのためにも、龍をこのまま静かに人知れずにこのまま眠らせてあげたいと思った。
神宮寺先生の事務所で打ち合わせがあった日の数日前・・・・・・
小野田が出社してすぐ、部下の二人、北島と原田が小野田の前に来た。
「お早うございます。こいつを横浜にある例の団体、探龍倶楽部を覗かせに行かせたんですが、面白いことが分かってきました。結構、こいつ機転がきくやつで、意外と使い勝手がいいです。」
横で褒められて、原田、まんざらでもない顔をしてる。
「お前から直に小野田さんに報告しろ」
「小野田さん、先週、例の団体が所属している施設に行って来ました。市の公共の施設なので、見学者としていけば、何にも言われませんでした。あの団体は10年以上活動していて、それなりに実績があるそうです。どこにも属さず、趣味の延長で独自の調査研究をしているそうです。
月一程度、訪問者があり会議室を利用しているそうです。来週にも会議室を予約してあるそうですので、その時に出向いて、様子を伺ってきます」
「お前、そんなに具体的に聞いたのか? 怪しまれなかったのか?」
「特に何も、ホームページで見て、興味がある団体が中にあるのでと受付に聞いただけです」
「それで何が分かった」
「構成は通常は4~5人が出入りしているそうですが、近頃、活発に活動していて、若い人が2~3人出入りし、ミーティングを持っているそうです。代表は神宮寺といい、退職後、その手の調査研究をしているそうです」
「これだけの調査をするにはそれなりの人数がいるな。その若い連中はアルバイトか?」
「多分、違うと思います。仲間のような感じだと言っていました。活動に共感した連中かも知れませんね」
小野田、少し考えて段取りを話始めた。
「神奈川中央新聞は引き続き北島が情報収集をして、原田、お前はその若い連中を調べて報告してくれ。その連中の方が、簡単に情報が得られそうだ。まずは丁重に話を聞かせていただくんだぞ。腕っぷしに物を言わせるな。暴力はご法度だ。最初はな」
いつものような意味の含んだ言い方で、小野田の眼は笑ってなく絶対に手ぶらで帰ってくるなと言っている。
≪龍≫
打ち合わせが終わり、神宮寺先生の事務所をでた圓●たち三人。見張っていた原田はその後をつけた。ずっと見張られたことに気付かず、また後をつけられていることを気付かずに思えていたが・・・・・・
圓●たち三人は普通に話しながら駅へ向かっていた。本格的な夜になるには少し早い時間。後を付けている原田は、三人が別々に分かれるのを待っている。最初に聞くのはあの若い男だなと決めていた。どこかのIT企業に務めているような線の細いやつだ。ところが三人は一緒に駅前の居酒屋へ入っていった。
「まずいな、こんなに早い時間から酒を飲むのかよ。仕方ないから外で待つか、手ぶらで帰ったら小野田さんにどやされるしな、 原田はすぐには出てこないと判断して、コンビニに食べ物を買いに行った。
居酒屋の中の三人はいつものようにめいめい勝手に頼んで飲み始めた。圓●が、
「四■、菱◆、スケジュール調整をしよう。週末以外はどうにかなるよな? 菱◆、現場入っているか?」
焼き鳥を食べながら「来月から入っている。当分、そうだな始まったら1ケ月は離れられない。」
菱◆は、とび職、足場を組む仕事だ。
「今月中なら2~3日は大丈夫だ。そんなに遠い所ではないよな。平塚、茅ケ崎あたりは」
「一日二日あれば十分だと思う。四■はどうだ?」
「俺はリモートワークが半分ぐらいだから調整出来る。いつでもOK.、連絡くれ」
「それじゃ、来週にでも、早めに片付けよう。 それにしても見つかる可能性が出て来たんじゃないの。あの先生方、結構やるよね。感心する」
圓●がこの件の話の〆として・・・・
「じっちゃんにもう少し聞いてくる。この前は途中でじっちゃんの話をそれはじめたので、中途半端だった。じっちゃんが四■に会いたがってたぞ。
顔を見せてあげろ。」
それからお互いの近況を話始め、夜も更けていった。
1時間半後、外で待っている原田は、しびれを切らして店に入った。見渡すと奴らは隅のテーブルで静かに飲んでいた。三人の近くに席を取り、話を聞こうとしたが、会話がまったく聞こえてこない。
口は少し動いているようだが、お互いに頷きあったり時々笑顔を見せている。
なんだこの連中は・・・・・・原田は店の中に居ても仕方がないと思い、
しばらくして店を出て、彼らの出てくるのを待った。少しするとあのIT企業の社員のような男が一人でて来て、駅とは反対方向へ歩き始めた。
「これはいいぞ。奴の家は近くにあるのかな?」と思い、原田はそのあとを少し離れてあとを付けて始めた。近道をしようとしているのか道からそれて公園に入った。つかさず追いついてそのうしろから・・・・・・、
「ねえ君、ちょっといいかな?」公園を横切っているその男に声をかけた。
普通、こんな場所で夜、声をかけられたら驚いて腰が引ける。しかし、その若い男は立ち止まってゆっくりと振り返って、怪訝そうな顔をして「僕?」首をかしげてる。
「そう、君だよ。ちょっと聞きたいことがあるんだけれど、驚かしてすまないな」
原田は、最初は下手に出た。公園には外灯はあるが、相手の顔色までは分からない。多分怯えているんだ。原田は強気に一歩前に出て、
「何もしないからさ、ちょっと教えて欲しいことがあるんだが、いいか?」
「あなた、ずっと後をつけてましたよね。駅に行く道から、多分事務所を出てからずっとでしょう?」 原田、ちょっと驚いて・・・・・・
「知っていたのか? それなら早い、お前たち三人はあそこの事務所で何をしているんだ?」
「ああそこですか? 三人に質問があるんですか。それじゃ三人一緒に聞いてください」
四■の目線が原田の後ろに流れた。原田がその目線を追って後ろを振り返ったら、圓●と菱◆がいつの間にか佇んでいた。
まったく気づかなかった。いつからいたんだ?こいつら。 原田は少し怯え、慌てて身構えた。
「さっき、何もしないと言ったのは貴方の方ですよ。ところであなたは誰ですか?」
女が初めて声を出した「声をかけて来たのは貴方の方ですよ。自分の方から名乗るのが礼儀ですよ」
原田は三対一の不利な状況に置かれたことをすばやく理解した。ここは素直に素性を明かした方がいいのか、このまま立ち去った方がいいのか、考えた。まだ素性を明かす訳にはいかない。一対三。原田はボクサー崩れで、腕っぷしには自信がある。しかし、まだ最初なので手を出すのは早いと考えた。
三人からはなんの気負いも感じられないし自分に恐れも感じていないようだ。原田自身は周りから暴力の匂いが身体からプンプンすると言われている。しかし、こいつらは今までの連中とは違いすぎる。今日の所はすんなりと手を引いて様子を見た方が無難だと原田は判断した。
「分かった、悪かった。ちょっとした手違いだ。忘れてくれ」と言って前を向いたまま数歩下がり、そして後ろを向いて早足で公園の出口に向かった。追いかけてはこない。まだ頭の中の整理がつかない。なんだあいつらは・・・・・・少し薄気味悪くなってきた。
菱◆があきれたように「あいつ、後ろのテーブルにいたよな。下手くそ。チラチラこっちを見てたら誰でも気が付くよ」
「四■、お前は先生の事務所を出た時から分かっていたのか? 俺は居酒屋でやっと分かった」
「なんか同じ歩調でついてくるのがいるな~と思っていたら、居酒屋までついて来るので、少し注意していたよ」
三人は示し合わせて、原田を公園まで誘い込んだ。最初のおとりは四■で、人の迷惑が掛からない場所まで誘い込む。あとから二人が四■を守るように後をつける。
「俺まだだな~。負けた、お前には負けたよ。俺、もう一度修行し直すよ。ところでこれはまたまた訳の分からない連中が湧いて出てきたということだよな」
三人は、今後の対応を話し合った。
「まずは敵を知れだな。どこの誰だか調べないと次の対策が取れないから、四■、どうにかして調べてくれ。どうして先生の事務所が分かったのか? 我々からではないのは確かだ」
「新聞で興味を持ったかも知れないな。青木さんに聞いてみよう。問い合わせや接触があったかどうか・・・・・・そこからがスタートだな」
圓●が二人を見て・・・・・・
「俺から先生たちに今日のことを連絡を入れておく。また心配事が出来たな」
圓●は厄介ごとが増えたので、面倒くさそうな顔で言った。
圓●から神宮寺宛にメールが来た。数日前に事務所へ来た帰り起きた出来事についてだった。
その件を神奈川中央新聞に関係していると思っているようで、青木さんに確認を取っているとのこと。新聞には確かに、探龍倶楽部の名前が載っているし、ネット検索で住所もたやすくわかる。以前の特集記事(江都湾の防衛)に関しては完結している。
次の特集についての内容はまだ未発表だが・・・・・・何処かの誰かが興味を持ち、それを調べたとしたら・・・・・・
多分、宮ケ瀬の龍の件だ。どこかで噂を聞いたか? またまた訳の分からない輩がごそごそと這い出してきたようだ。静かに調査をさせてくれない。困ったものだ。とにかく、風人と望月さんに注意するようにと連絡を入れなければ・・・・・・
緊張感があふれている小野田興業の小野田の社長室。小野田の前に立っているのは原田。少し後ろに北島が控えている。
「手ぶらか! 原田! 報告をそれだけか、話が聞けなかっただと。尻尾を巻いて帰って来ただと」
原田がいつもの人を小馬鹿にしたような態度はどこかに吹っ飛んでしまい、うなだれている。
「聞き出すことに失敗して、その連中に逆に脅されてすごすごと戻ってきたのか」
「脅された訳ではないです。そうじゃなくて、やつら少し変なんです。なんか得体の知れない、何ていうか今まで出会ったことのない連中なんです。
見た目は普通の若いやつなんですが何というか・・・・・・」語尾の言葉が段々小さくさなった。
小野田、呆れ果てて机に脚を投げ出した、
「北島、これどう思う? もう少し分かるように説明してくれ。お前、報告は受けてるんだろ? お前は頭がいいから、分かりやすくかみ砕いて教えてれ」
後ろに下がっていた北島が原田の横に来て、
「私も報告を受けましたが、内容は今ここで話したのとあまり変わりはありませんが、少しだけ私が感じたことを言ってもいいですか?」
「もちろんだ。こいつが喧嘩をしてボコボコに負けて帰ってきたなら、納得できる」
「喧嘩もしないで、すごすご帰ってきたのが分からない。俺は力づくでも聞いて来いとは言ってないが、こいつの自慢の腕力を使わずに・・・・・・
まあいい。それで」
北島が原田を見ながら北島に話すように促した。
「私は原田は以外と機転が利くことが分かっています。多分、その状況で何が最適な判断かと考えた結果、何もしないで戻ってくることだったんだと思います。その若い三人に原田の行動が全部、見透かされ、先を読まれ、なすすべもなかったんだと思います。
それを原田は何もしない方が良かったと判断したんだと思っています。」
「ということは、具体的にどうゆうことがあったんだ? 今後のためにも聞かせてくれや」
原田が北島の援護を受けて話し出した。
「彼らが事務所を出るところから後を付けようと、かなり距離をおいて後を付けました。人通りもあったので感ずかれる心配はないと思ってたんです。
普通、勘づくはずがないのに、三人の中の一人が、その時から俺の尾行に気づいていたそうです。これは偶然もあると思いますが、もう一つ、そいつらが居酒屋に入って三人が座っているんですが、会話をしないんです。俺、隣と言うか後ろのテーブルにいたんですよ。1時間も時々頷いたり、笑顔を見せるだけで。話し声が聞こえないんですよ。おかしいですよ、あいつら」
小野田が机から脚を降ろして、興味を浮かべた
「ただ酒を飲んでいるだけ? 食べているだけ? 三人とも?」
「食べる時と飲むときは大きな口を開けるんですけど・・・・・・腹話術師みたいです。それからちょっとはずかしいですが、知らず知らずのうちに、奴らの罠にはまって公園に誘い出されたんです。一人が居酒屋を一足先に出て、通りを歩いて行くんで、後をつけてそいつから聞き出そうと思ったら、俺が後を付けているのを分かっていて、公園に誘い込まれました。相手は一人だし、弱そうだったので、脅かしてでも話を聞こうとしたら、いつの間にか残りの二人が俺の後ろに立っているんです。足音もまったくしなかったし・・・・・・
俺だってそれなりに周りを気にしてましたよ。これから脅すんで。 気持ちの悪い連中です。」
「それから奴らはお前をどうしたんだ?」 小野田はまだ半信半疑で聞いた。
「俺の名前とか何処から来たのかとか聞かれましたが、何も話さず・・・・・その場から逃げました」
「そいつら、お前を追っかけてこなかったのか?」 原田、うなずく。
「北島、これどう思う?」
「これで奴らが関係者だと判断出来ると思います。今後もっと気を付けるでしょう。多分、何で後を付けられたのかが分かったと思いますよ。原田が関係者の写真を撮りましたので、見てください。」 プリントアウトされた写真を小野田の前に置いた。一枚づつ見ているうち小野田の手が止まった。
「俺が鳥屋の諏訪神社で会った爺さんだ。こいつが神宮寺か? 神社の彫り物を研究している男か?」 原田がうなずいた。
「これで少しは見えてきた。俺たち、本筋からは外れていないな。北島、
建築図面と写真はどうなった? 諏訪神社の・・・・・・」
「すいません。写真はどうにかなると思っているんですが、図面が・・・・・・いかにせん、かなり昔なので、建てた宮大工にまだあるのか、その宮大工の所に残っているかどうか・・・・・・
建てた大工が生きているかどうか?」
小野寺が呆れ顔で、北島に指を指し、
「もう死んでいるに決まってるだろう! その大工の会社というか事務所が今も残っているかどうかを探すんだ。またその近辺の大工をしらみつぶしに当たってくれ」
あれだけ江戸幕府から信頼され、江戸城の修改築に携わったここ宮ケ瀬の宮大工集団だ、このままその技術を伝えられず、人知れず朽ち果ててしまったのだろうか?消えてしまうのか。しかし、其の中に、今、まだあまり知られず、かたくなに技術を継承している、江戸時代からその技を磨いてる宮大工が存在することを小野田はまだ知らない。
近年、なかなか大きな寺社を建立する機会もなく、修理や改築ばかりの仕事を請け負っていたが、その技はまだ継承されていた。それを小野田たちは本気で探し始めた。
※冒頭の写真:愛川町の勝楽寺山門
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