『龍の遺産』 No.9
第一章 『龍を探せ!!』
春というには少し早い1月下旬、まだ冬が居座っているが、確実にすぐそばまで春が来ている。正月の騒がしさも落ち着き、寺社も静かな時期だ。梅と雛祭りが来るまでの束の間の休息だ。コンクリートの路面を冷たい風に追い立てられるように、カサカサと落ち葉があわてて逃げていき、逃げ場が無くなり、道路の片隅に積み重なっている。冷たい風が下の方から這い上がってくる東名高速道路のパーキングエリアの駐車場の片隅。街頭の灯りがあまり届かない場所。二人の男がその落ち葉を踏みしめながら煙草を吸って、一人の男の到着を待っていた。
そこに時間通り高速バスが入ってきた。
龍二が腕時計を見ながら・・・・・・「時間通りだ」つぶやく。
バスから人が吐き出されてきた。最後に龍一がゆっくりと降りてきて、周りを見て、龍二と龍三を見つけて近づいてきた。龍一は自分たちの長の所に出掛けていた。
「親父からの伝言だ。しっかりとやり遂げろとのことだ」
「今夜はまどろっこしいことは抜きで、痛めてでも、知っていることを吐かせる」
「例の幕府の御用金とやらが、一体何カ所に分散して隠してあるか、横須賀では、すでに大分前に見つけられて無くなっていた。親父が言うには、戦争(第二次大戦)で軍が見つけて、鉄砲や玉になってしまったらしいと。彼らも真っ先に手掛けたのは横須賀だ。まだ調査を終了していないのは、何カ所かあるのだろう」
「あいつに聞けば、ある程度分かる。望月というばあさんでは、あまり情報がないだろう」
「龍二、やつの家は分かっているのか。連中の中で一人暮らしは奴だけだ。三人がかりなら失敗はしない。」
三人は支度をしながら会話をしている。龍二は、野球のバットケースから
木刀を出しながら・・・・・・
「奴は少し変わり者だから、ちょっと離れたところで生活している。ここから車で1時間ほどかな。周りはほとんど雑木林だから、少しぐらいの音は大丈夫だ。ほかのアパート住人はあまりお互いを干渉していない」
「さあ行くぞ。俺には5年越しの恨みがある。今日、その恨みを晴らす。
殺すなよ、聞き出せなくなるし、あとが面倒だ。あばらの骨の2~3本ぐらい折ってやれ」
三人は車に乗り込み、本線に向かった。夜の8時を過ぎた。
神宮寺は自宅で資料を整理していた。今回の横須賀の調査は、自分たちが間違っていなかったことを証明できたが、すでに幕府の御用金はなかった。此処だと思った見つけた洞窟には、何も残っていなかったし、その片鱗もなかったが、神宮寺はここが御用金の隠し場所だと確信していた。
第二次大戦中、防空壕として掘った洞窟で偶然発見し、軍の財産として没収し、活用したと思っている。まだいくつあるのだろう?
自分の推測としては、内房、外房、愛川町の半原地区、大山周辺、湯河原、伊豆半島が候補地だ。当時の諸外国からの圧力に屈しないための防衛網は、最低、このエリアに拠点を置いて、対抗しなければならないと思っている。
ふと神宮寺は思い出した。そういえば今日事務所にいた時、風人の友人と名乗る人から、風人の住所を聞いてきたな。彼は携帯を持っていないので、連絡には苦労する。友人なら携帯を持っていないことは知っているはず。そういえば風人の友人が電話してきたのは初めてだ。
とは言っても明日、事務所に来るまで連絡が取れない。少し心配になってきた。
神宮寺は青木さんの会社へ電話を入れた。もちろん夜8時過ぎなので、誰も出ない。
こんな時間だから、仕方なく留守電にメッセージを残した。
風人、今日のバイトが終わり、買い物をしたので、ぎりぎり最終のバスに間に合った。
今日一日、先生たちと連絡を取れなかった。忙しい一日だった。
風人が降りるバス停のすぐそばに、今どき珍しい公衆電話ボックスある。
明日の予定を知らせるためとみんなの留守電を聞くために電話ボックスに入った。自分たちだけが聞ける留守電に、先生のメッセージの他もう1本が入っていた。先生からは「風人くん、お疲れ様です。今日、君の友人という人から電話がありました。住所を教えて欲しいとのだったので、君の住所を教えました。いけなかったかなあ。後から気付いて、普通、電話番号を教えてというはずだよね。とにかくそんな電話が夕方ありました。明日、また会いましょう」
こんな辺鄙なところにいる僕の住所を知りたいやつは誰かな? すこし考えたが誰も浮かんでこない。
もう1本は挨拶抜きで始まった「今日の夕方、龍一の事務所がざわついていた。運転手と龍二、龍三が出かけて行った。今までの流れから想像するとお前の所に挨拶に行くんじゃないの? あんだけコケにされたら龍一たちだって・・・・・・」
「俺(圓●)、はか弱い女だから(笑い)何も手助け出来ないから、仲間の菱◆を向かわせた。まだ会ったことはないと思うが、俺(圓●)なんかよりけっこう役に立つと思うよ。菱◆が勝手に風人くんを見つけるから、適当に使ってくれ。
気を付けろよ」留守電話はこれまた突然終わった。
風人は電話ボックスを出て、立ち立ち止まり、考えた。圓●なりに心配してくれている。彼らは本当にここまで来るのだろうか?来たとしたら1対3では、分が悪すぎる。
「面倒くさいな。どうしていつもこうなるんだろう。面倒が向こうから勝手にやってくる」
バス停から歩いて10分ほどの所に住まいがある。
歩き始めてから少し経った頃、突然、頭に浮かんできた。
風人は龍の眼のことを考えていた時だった。龍一の眼、どこかで見た眼だと思っていたが・・・・・・
――「思い出した!! あの眼。あいつだ。鴨川のホテルでの男の眼と5年以上経過した例の出来事の男の眼の二つが同じ眼なのを突然思い出した。「同じ眼だ。それで僕を見る目が怒りくるったような眼になっていたんだ」風人は鴨川のホテルの男の風貌を思い出していたが、5年前の華奢な男とはかなり違い、ひとまわり大きくなっていた。でも同じやつだ。
このような状況になると風人は、決断が速い。すぐに行動に移った。
「奴がくる。5年前の恨みで? それと鴨川のホテルで邪魔したことも加わって・・・・・・
―――「何故いまごろ?」
偶然なのか、鴨川のホテルで会ったのは・・・・・・、疑問が湧いてくる。しかし今はそれを考えている時ではない。時を置かずして今晩来るかもしれない。
アパートにいるとほかの人に迷惑がかかりそうだから外におびき出そう。
三人で来るか?
いや、鴨川のホテルの時は、少なくとも2人以上はいたはずだから。ということは3~4人は想定しておいた方がいい。結論が出た。
アパートに近づいた時、玄関脇からひょいと男が出てきた。
「菱◆です。圓●姐さんから、手伝えと言われ・・・・・」
「何でも言ってください。手伝います」
照れたように軽く挨拶をしてきた
「風人です。お待たせしたようで・・・・・・」
「話は聞いてますか? そんなわけでお力を借ります」
二人で部屋入り、風人は少し前に考えた自分の計画を話し、対処方法を菱◆に伝えた。
まずは冷静に考えなければならない。
警察に電話、まだ何も起こっていないのに対応してくれるかどうか分からない。
彼らは車で来るだろう。冷静に考えられるようになってきた。菱◆に何か頼めることがあるか。話を聞くと鳶職とのこと。またそれなりに修行を積んでいる。風人一人では、3人同時に対応出来ない。一人一人にしてから相手することにした。
彼らの気持ちになって考えてみよう。初めての土地なので土地勘がない。
車をどこに駐車させるか?その前にこの近辺を確認するため、周囲を1~2回程度は廻るはずだ。それから僕のアパートが見えるところに車を止め、様子を見る。
次に奴らの一人が降りて、僕が部屋(1階の角にある)にいるかどうか、また、一人かどうか調べるだろう。調べ終わったら、人数によるが配置を決める。ここなら正面に二人、横に一人は置くだろう。窓から逃げださないように・・・・・・
裏は高い崖になっていて頂上は竹林なので、そこに入って崖を降りるのは至難の業だ。
もう一人いるならば、車の中で待機だな。すぐに退去できるようにだ。
敵の武器は? もし殺すつもりならこんなに手間をかけない。痛めて情報を取ろうという考えだ。
3対1、4対1なら大丈夫と過信している。持って来ているとしても木刀程度だろう。しかし、あいつ(龍一)はナイフのような物は持っていると思う。いざというときには躊躇なく使い、投げるだろう。鴨川のホテルの時を思い出した。
菱◆に自分の計画を話した。彼はあまり話さない。ずっとうなずいて聞いている。風人、クロゼットから山歩き用の道具を取り出した。ザック、懐中電灯、ロープ、テグス、ナイフ、手ぬぐい、ガムテープ、手袋、ニット帽、ズボンはすそが木などに引っかからないように紐で結ぶ。すべてをザックに入れ、肩にかけた。奴らが来るとしたら、夜中だろう。あと2時間ほどある。外の準備をしよう。二人で外に出た。
夜の帳が完全に降りて、あたりが真っ暗になった。灯りは遠くの街頭とアパートの玄関の小さな入口だけを照らす灯りだけだ。
風人と菱◆は裏山に続く道へ懐中電灯1本で入っていった。1時間ほどして、風人だけ戻ってきた。準備はできた。後は待つだけだ。
これは僕だけの戦いだったけど。先生たちと圓●たちをも巻き込んでしまった。しかし、彼ら(圓●たち)にとっても身内の後始末もあるのだろう。
先生たちだけには迷惑はかけたくない。車が見えたら行動に移そう。
奴らに思い通りにはいかないことを教えてあげる。
≪龍≫
風人の住むアパートは、繁華街から少し離れた場所に建っている、バスも8時台が1本で最終だ。なぜこんな辺鄙(へんぴ)なところに立てたのかわからないが、風人は気に入っている。
自然に囲まれて、仕事とのオンオフが出来る。裏山には時々入って、一人稽古をしている。竹林は恰好の練習場所だ。
アパートと言っても6部屋のみ。他の住人は、近くに仕事場がある人ばかりだが、朝が早い、皆10時ごろには寝てしまう。10時を過ぎるとアパートの前の道を、誰も通らないし、ましてや真夜中の12時には、車さへめったに通らない。
部屋の明かりは消してある。間もなく夜中の12時を迎える。車のライトが横切る。
しばらくしてまた1台の車が通り過ぎる。同じ車だ。アパートの入口から少し離れた所に停車し、ヘッドライトが消える。
龍一が「ここだな、間違いないな」
「一階だと。住所を聞いた時、103、左の角部屋だと言っていた」
「何回も繰り返すようだが、間違っても殺すな、殺すと聞き出せなくなるし、あとが面倒だ。おれは恨みがあるが、ここは抑えて、あばらの2~3本程度で我慢する。
段取りは分かっているな。龍三は先に行って、奴の部屋を探し、一人で居るかどうか確認しろ。龍二は俺と一緒に龍三の合図を待って、俺の後ろから付いてこい」
三人は頭からスキー帽をかぶり眼だけ出す。顔全体を隠す。
車のドアが開き、ルームランプが車中の四人を浮かび上がらせた。一人が静かに降りてきて、風人のアパートに向かって静かに歩き始めた。車からは
アパートまでは少し距離があり、ほんのわずかしか見えない。龍三の姿が段々見えなくなった。
風人、窓から双眼鏡で一部始終眺めていた。
風人は、大きく息を吸って心で声を出した。
『さあ、始めるぞ』
突然、アパートの入口から誰か出てきた。入口の小さな灯りでそいつの顔が浮かび上がった。
―――奴だ、今頃なんで出てきた?
おどおど周りを見渡している。距離は20mほどもない、歩いてくる俺に気付いたようだ。眼が合ったとたん、慌てて反対側の山への続く道へと逃げ出した。
龍三は車の方へ眼をやったが遠すぎる。声を出すわけには行かない。ここはおれ一人で十分だ。ひ弱そうなやつ、なんてことはない。
少し痛めつけてから、車へ引きずって行こう!!そう判断した龍三、奴を追いかけ始めた。
龍一は、車のフロントガラス越しに龍三を見ていただが、
「何があったんだ? 龍三のやつ、急に見えなくなったぞ。連絡してみろ?」
繋がらない携帯に慌てて、龍一と龍二は、車から降りて、アパートに向かった。
そのころ風人は一気に山道を駆け上がって行った。懐中電灯が無くても全く心配ないが、後ろから追いかけて来るやつが僕を見失わないように、目印としてライトを点けていた。
後ろから喘ぎながら登ってくる音が聞こえる。これからは少し下りだ。あまり離れてしまうと奴は仲間を呼びに行くかも知れない。
風人は何かにつまずいた振りをして、距離を詰めさせた。
しめた、奴がつまずいたぞ。力を振り絞って残りの上り坂を登り切った。
奴は何処へ行った? この脇道か!脇道に入ったら5~6m先の正面にライトが見えた。龍三は、急いでライトを追いかけるようにして2~3歩踏み出した時、何かに足を取られた。前方へ倒れ込みそうになった、倒れず踏ん張って立ち止まった所に、後ろから「ブ~ン」の音と一緒に何かが後頭部にぶつかった。記憶をそこまでだった。
龍三は、前方へ投げ出され声も出せずに記憶が飛んだ。
龍三の立っていたところのそのすぐ後ろに風人が立っている。手には太い竹の棒が一本。
「まずは一人。テグスが張ってあったのは見えないよな。こんなに暗いし足元まで気が回らないよな」
気絶した男に近づき、膝をおって状態を確認。手足をガムテープで縛り上げながら、風人は独り言で
「声を出されたら困るから、口も塞いでおくか、ちょっとの間だけど、我慢して、目が覚めたら頭に大きなこぶができているかもしれないけど」
脇の藪に引きずって隠した。まあ当分は目を覚まさないだろうけど・・・・・
そして、前方に張りだした木の枝にひっかけてある懐中電灯を取りに行った。
アパートまでたどり着いた二人は、いなくなった龍三を探すため、別行動をとる。
「どうなっているんだ。俺は中に入ってあいつの部屋を見てくる。龍二は、アパートをひとまわり見て来い。状況を把握しよう。ここで落ち合う、いいな」
龍一は、まずは窓越しにカーテンの隙間から中を覗いたが、人がいる気配がない。次に玄関から入り、部屋の入口にたどり着いた。中からの物音はしない。待った。
龍二は、暗闇を足音を立てずに、アパートの周りを探っていると、そこに裏山から静かに周りの警戒しながらおどおどしながら降りてくる風人の姿がちらっと木々の隙間から見えた。
残りの二人の現在の居所を早く見つけなければいけない。おびき出して一人づつと考えていたら、ふいに後ろから空気を切り裂く音と唸り声が一緒に・・・・・・
木刀が袈裟懸けに振り下ろされてきた。
風人の体が勝手に反応した。何も考えずに前に飛ぶ、転がる。立ち上がる。木刀を右手に下げた男、顔を隠してる連中の一人だ。舌打ちが聞こえ・・・・・・
小声で「ちえ、外したか。今度はそうはいかね~」
男は、今度は木刀を右に引き寄せ脇構え、腰を少し落とし。構え直して向かってくる。風人、今度は避けきれないかも知れない。
すばやくうしろへ逃げる。今度も同じ裏山に通じる道へ向かって一目散に駆け上がる。
闇の中で一瞬、うなり声が聞こえてきた。龍一が急いで玄関から外に出た時は、誰もいなかった。龍二もどこかに消えた。
風人はまた裏山へ続く道を走った。後ろから迫ってくる。こいつはさっきの奴とは違う、相当鍛えている。このままでは追いつかれ、後ろから木刀で叩かれる。風人、後ろを見ずに竹林に飛び込んだ。
少しだけ息を弾ませた声で龍二は、
「そんなところに逃げ込んでも無駄だ。仕留める」
どうせ逃げるだけの男だ。慌てずにゆっくりと追い詰めようと龍二は思った。
風人は、弱腰に見せながら竹林に誘い込んだ。驕る(おごる)相手、竹林の中では木刀を横に振れない。突くか振り下ろすしかない。相手は鋭く振り下ろしてきた。後ろに下がる。突いてくる。また退去(さが)る。また突いてくる。
「おい、もう後(あと)は無いぞ。崖だ。もう後ろには下がれないぞ」
風人が振り返るとアパートが下に見えている。風人は一呼吸置いてから・・・・
「おい、僕がなぜ、ここまで逃げてきたが分かりますか? 逃げたのでなく、君をここまで誘い込んだんです」
「何、訳の分からないことをほざくんじゃねえよ。時間稼ぎか? 時間切れなんだよ。アバラ骨2~3本、もらうぜ」
それ以上風人に何も言わさずに、龍二が右肩に木刀を担いで踏み込んで来た。木刀が唸りをあげて振り下ろされる。
その時、踏み込んで来た右足の足元の地面が、突然竹の落ち葉と一緒に吹き上がった。龍二の右足首にロープに絡みつき、一瞬で4~5m近く空に引き上げられ上下に揺られて。地上から2mぐらいのところに浮いて止まった。3~4本の竹のしなりを利用して、罠が仕掛けられていた。逆さまに吊り上げられた龍二、「ガアー、頭に血が、血が昇る~~」顔が真っ赤になってきた。
「降ろしてくれ!!」振り回していた木刀が彼の手から離れ、地面に落ちた。
竹林の中から菱◆が手ぬぐいで顔を隠して、出てきた。とび職の彼には、こんな仕掛けは朝飯前だ。
風人に計画を打ち明けられてから、ほんの小1時間かからずに作り上げた。相手の体重、身長などを計算しての仕掛けだ。すぐには死なないけれど、
気絶するまでにそんなに時間を要しない。
「菱◆さん、後は頼めますか? このままではもしかしたら死んでしまいますから・・・・・・」
菱◆がちょっと笑顔で、
「そう簡単には死なないよ。でも分かった、気絶したら外して、このロープで巻いて竹林の中へ放り込んでおくよ。残った下の奴は手ごわいぞ。注意しろ。俺のアドバイス忘れるな!俺は表には出られないからここで消える」「分ってる。ありがとう。助かった」
龍二の叫び声が裏山の方から聞こえた。
「あいつを甘く見るんじゃねえと言っただろう。一人で始末しようとするからだ・・・・・・」
龍一は、龍二がこの戦闘から離脱したことをこれで確信した。
「と言うことは、龍三も何処かに転がされているな」
「やっぱり、おれと奴とで決着をつけろと言うことだな」
龍一は裏山では自分が不利と言うことは分かっていたが、時間がない。
時間が経過するほど、奴にとって有利に働く。どうするか・・・・・・
しかし焦りは禁物だ。
奴を裏山から降ろし、ここでの勝負だったら勝算がある。どうやって引きずりおろすか? 俺にはこのために磨いた技がある。離れての勝負だ。龍一、周りを見渡して見る。自分が隠れているアパートの角とは反対側の角に、アパートの玄関の灯りでかすかに陰が動いた。誰かいる。
龍一は、裏に回る。あの女だ。西の防人のリーダーの女だ。そうかあいつらが教えたのか! 俺たちが来ることを・・・・・・
事務所を見張ってたのか。龍二たちが出かけるところを見られて後を付けられたのか」
後ろからそっと近づく、圓●の首筋に静かにナイフを当てる。
「動くな!お前が教えたのかよ・・・・・・動くなよ、下手に動くと動脈が切れるぞ。その顔に傷がつくぞ」
「よくやってくれるよな、同業者だろ? なんであいつらの肩を持つんだ」圓●が振りかえようと顔を動かすと、
「おっとっと!動くとあぶないぜ、首を刺すぜ。動くな、声も出すな、分かったな!」
「両手を後ろに回せ、ゆっくりとな」龍一、結束バンドで手を縛る。
「そのまままっすぐ前へ歩け。玄関の所まで歩け」
圓●は自分はうかつに・・・・・・前ばかり気にしていた。後ろ手に縛られ、小突かれ背中を押された。
車の中で待っていればよかったと・・・・・・いまさら後悔しても始まらない
龍一は待った。この状況をどこかで奴が見るまで・・・・・・
こんなことが起こっているとは信じられないほど静かに夜が更けてゆく。
風の音だけがかすかに聞こえる。闇の中で、だれも声も出さずに・・・・・裏山から静かに降り来ていた風人。アパートの玄関前に二人佇んでいるのが見えた。
圓●だ。後ろにいるのが龍一か? 状況をすぐに理解した。捕まっている。他にだれもいないようだ。奴は僕が来るのを待っているようだ。あきらめの悪い、往生際の悪い連中だ。人質を取るなんて・・・・・・。
歩みを止めず、裏山へ続く道からアパートの玄関の方に向かった。
≪龍≫
少し前・・・・・・
圓●は、かなり離れた所に車と止め、菱◆を送りだしてから少しかなりの時間が経った。
心配になってきた。龍一たちが自分たちの目論みが失敗に終わったのは、風人のおかけだと思い報復に出て来てる。所詮、逆恨みだが、何処かに誰かにぶつけないと治まらないらしい。
「四■、大丈夫かな、上手くいってるかな~~。心配になってきた。龍一たちの実力を知っているので、あの男の子(風人)が心配になってきた」
四■が圓●に注意をした。
「俺が行ってもあまり役に立たないし、圓●は行っちゃだめだ。おれより足手まといになるぞ」
「分かってるよ。でもちょっと様子見だけで行ってくる」四■の制止も聞かずドアを開けて出て行った。
車の中の待っている四■は、ずいぶん長く圓●からの連絡もなく不安にかられてきた。彼も心配になり、車から降り、アパートのある方向に一人向かった。午前一時・・・・・・
「もう顔を隠すことはないですよ。思い出しましたから。あの時の人ですよね。それと鴨川のホテルでも会いましたよね。顔を隠していたので、分かりませんでした。それとずいぶんと躰も大きくなり・・・・・・」
龍一はやっと時が訪れたと・・・・・・
「やっと思い出したかい、長いご無沙汰だったなあ。あのお陰で5年も喰らってしまった。中での時間、お前のことを忘れたことはなかった。また会えてうれしいよ」
龍一はスキー帽を剥ぎ取る。
「その人(圓●)はもう関係ないので、放してください。あなたのやり方らしくないですよ」お互いの間の距離、10m弱。
「俺らしくない? お前は俺の何を知ってるんだ。俺の仲間をどうした? どこに隠した? 連れて来い」
「困ったな、二人とも動けないと思いますし、一人は気絶してしまっています。もちろん、死んでなんかいませんが・・・・・・」
「お前、何した! 俺の兄弟に」
「彼らが私に暴力をふるったんですよ。一人の人には追いかけまわされ、もう一人の人には木刀で殴りかかられ、突かれたりしたんですよ。二人ともこの裏山の竹藪の中で寝てます。当分、起きないと思います」、
圓●は龍一に首をおさえらて身動きが出来ない。二人が過去に因縁があったのを、初めて知った。このままでは私のお蔭で風人が不利だ。どうにかしないと思ったが、片手を首に回され、ナイフを首に当てられている。
背中で龍一の声を聴いているうち、爺ちゃんが修行で教えてくれた言葉を思い出していた。
『力を抜け、躰全体の力を抜くんだ。人の体は重い、決して片手では支えきれない。本当に力が抜けたら、相手はあわててしっかりと支えようとして力を入れる。その時、躰を丸め、相手と一緒に自分を前に投げだすんだ』
圓●、突然全身の力を抜いた。「ああ~~」声を出して腰から落ちた。気絶した振りをした。
龍一は慌てた。急に重くなり、支えられなくなり、起こそうとしてナイフを持つ右手をわきの下に入れた瞬間を、圓●は見逃さなかった。腰を深く沈め、ナイフを持っている右手首をしっかりと握り、身体ごと一緒に前方へ放り出した。一緒に投げ出された龍一は、圓●より前方に投げ出され、肩から落ちて転がり膝をついて、振り返った。
それを見ていた風人が
「よくよく転がるのが好きな人ですね。会うたびに転がっている」
龍一には、風人の言葉は届かず・・・・・・
「てめえ、やりやがったな」圓●を睨みつける。
圓●というと、肩で息をし、膝をついている。もう動けないと言うように気力を使い果たし疲労困憊状態。圓●と龍一とは3m、風人と龍一との距離は6m。風人は自分の方に気をひきつけないと思い・・・・・・、
「貴方の相手はこっちだ。さっき君は聞き逃したようだからもう一度言うよ。本当に転がるのが好きな人ですね。5年前も転がり、鴨川のホテルの2階から飛び降りて、転がり、今日もまたですね。もう一回転がります?」
風人の挑発に龍一が乗った。龍一がゆっくりと立ち上がり、風人と向き合う。
女を楯とし、5年前の恨みを晴らそうとする男とどこまでも自然体のひ弱そうな男の間にナイフが落ちている。玄関の小さな灯りで鈍く光っている。
前触れなく同時に動いた。龍一、ナイフを取りに行くと見せて、走りながらズボンの後ろポケットから隠してあったもう一本のナイフを素早く取り出した。風人は落ちているナイフに一瞬目がいっていたので、気づかない。
今まで外したことがない下からのナイフ投げ、外しようがない距離。龍一の手からナイフが離れ、風人の胸に吸い込まれていった。
しかし、風人の動きは止まらない。龍一の横を風が通り過ぎようとしていた。止まらない風人に龍一は慌ててなぐりかかろうと出した右手をしっかりと掴まれ、身体があいつの肩に乗せられ前方に放り投げられた。一連の動作に無駄がなく、風に乗ったかのよう・・・・・・空を舞い、龍一は投げ出され背中から落ち、転がり、そして動かなくなった。
――――「本当に転がるのが好きな人だな」・・・・
圓●を探しに来た四■、アパートの陰から様子をうかがっていたところ、
捕まった圓●を助けるどころの話ではなくなって、途中から目が離せなくなった。龍一が圓●に投げ出され、風人にナイフが投げられ、走る風人と一瞬のすれ違いざまに、龍一が投げ飛ばされ、動かなくなった。
一連の流れが一瞬のうちに終わった。
圓●が唖然とした顔で、風人を見ている。風人の胸にナイフが深々と刺さっている。
四■が近づいて、圓●を立ち上がらせた。風人が自分の胸に刺さってるナイフを見て、
「ああこれね。」と言って着ているウィンドブレーカーのファスナーを開いた。そこには杉板がガムテープで巻きつけて会った。
「菱◆さんが、四■から聞いていて、龍一はナイフ投げが得意だから、ナイフを投げてきた時の用心のためと言って、巻いてくれた」
圓●と四■、顔を見合わせる。風人が杉板を外しながら・・・・・・、
「菱◆さんとはあの裏山まで一緒だったけど、消えると言って帰りました」
風人が改まった言い方で、圓●に向かって
「それから、留守電、ありがとう。どうにか間に合った」
「彼らの運転手がそこらへんにいると思うので、呼んで一緒に運ばせよう。手伝ってくれる?」
三人は、裏山からロープにぐるぐる巻きにされた二人を運んで、彼らの車に積み込んだ。
龍一はまだ気絶から覚めていない。運転手と一緒にワンボックスカーの後部座席に寝かした。
風人が運転手に向かって・・・・・・
「彼が眼が覚めたら伝えてほしい。警察には届けない代わりに、もう二度と、我々の邪魔をしないと約束して欲しいと。彼も刑務所にはもう戻りたくはないはずだ。それから鴨川で盗んだタブレット、神奈川中央新聞に返すようにと伝えて欲しい」
返事がないまま、車が静かに出て行った。
圓●が改まった感じで、「これで貸し借りなしだな」
風人が真面目な顔で「貸し借りなんかありました? 僕は何も意識していないよ」
「貴方たち、これで探すのを止めるの? もう探さないの?」
幕府の御用金の隠し場所らしき所を浦賀と三浦で2ケ所発見したが、すでに消失していたというより見つけられ使用されたようだ。多分、大戦時に見つかり、軍用金として使われたようだが、まだ分からないまま・・・・・・
このほかこの方面にいくつあるのか? まだ分からない。
「神宮寺先生と話をしまして、このまま継続して調査をしよう!!との結論です。もう分かってくれたと思いますが、私たちは、御用金自体にはあまり興味はありません。それに偶然か必然的か分かりませんが、それに携わった「宮彫り師」の作品や翻弄された宮彫り師たちの運命に興味があります。見つけたら連絡を入れますよ」
風人は二人を交互に見て・・・・・・、
「また連絡を取り合いましょう」と言って、アパートの方へ歩いて行った。時計を見ると午前2時半。夜明けまでにはまだまだだ。圓●たちもこれで終わるとは思っていない。まだこの関係が続きそうと感じていた。
神宮寺先生のグループには、まだ未調査ややり残したことが多々ある。三崎の海南神社と城ケ島海南神社の存在意義。
今回の出来事の発端となった神奈川県の県央の寺社「高部屋神社」の謎の紙切れとその周辺調査。まだまだやることは山積み。
千葉方面の調査がまだ未調査が多い。
本当にまだ見つけられていない幕府の御用金・軍備品があるのだろうか?
150年もの間、手つかずに眠っているものが見つけられるのだろうか・・・・・・
興味と探究心が沸々と湧いてくる。そして本幹に流れる北斎の我々に対しての挑戦? 初代伊八、初代後藤利兵衛たちの宮彫り師との関係などなどまだまだ調べなければならないことが多い。今まで誰も手を付けなかったことを掘り起こすのだから、焦ってもしょうがない。歳を取るとせっかちになるようだが、これはゆっくりとじっくりと時間をかけて解き明かそうと思った。
そして、神宮寺の頭の中には長い間ず~といまだに手つかずと悶々としている、天才:葛飾北斎と同じ時代を生きた初代伊八、そして時代が時代なら歴史に名を残しただろう西伊豆の名工石田半兵衛(いしだはんべい)とその長男、稀有の天才奇才:石田馬次郎(いしだうまじろう)こと一仙(いちせん)・信秀(のぶひで)・小澤雅楽助)が脳裏を過(よぎ)った。時代に翻弄された名工たち。少しでもその人たちに光を当てたいと切に願った。
一連の騒動が収まり、風人は少し時間が出来たので一人旅に出た。ちょっとした小旅行だが、頭から数奇な運命な宮彫り師たちが離れない。今回は西伊豆。先生が言っていた松崎町へ・・・・・・
千葉の調査で見た初代伊八の作品が焼き付いて、頭から離れない。初代伊八は特別だ。仏師は、仏像に魂と込めると言うけれど、初代伊八は波濤の先まで、命を吹き込んでいる。また、後藤利兵衛は彫った物に限りなく生きている様を目指している。初代伊八は、たった数センチの厚さの板に小さな波と荒れ狂って砕ける大波の波頭を見事に彫り込んでいる。それも奥行きが何キロも先があるように・・・・・・
風人は、先生が数々の龍の宮彫りを見たが、伊豆の松崎町で、石田半兵衛とその長男:一仙(石田馬次郎)の龍を見た時、なぜここに初代伊八の作品が有るのだろうと言わしめたほどの出来栄えの龍がいたと言ってた。その謎の一端でも垣間見れて感じられたら、この旅は意義のあるものになるだろう。いつものように一人で、何にも計画立てず、予定もせず、風の吹くまま、
足の向くまま、僕にはそんな旅がお似合いだ。
神宮寺は、いつものように事務所で、地図を見て、独り言を言いながら・・・・・・
「まだここは調査していないな。もう少し拡大した地図が欲しいな。文字が小さくて見えない。眼鏡はどこだっけ?」ぶつぶつ言ってる。
「今頃、風人のやつ、石田半兵衛と一仙の龍に出会ってるかな?」
神宮寺は窓の外を眺めてた。
春はまだ遠い。
望月さんは、相変わらず休みの日には、龍を探しに車を飛ばしている。「こんなところに龍があった! LINEで写真が山のように届く」そして珍しく土曜日のヨガ教室が続いている。圓●とレッスンが終わった後の一杯のビールが最高の楽しみなようだ。
神奈川中央新聞の青木さんは、約3ヶ月近く続いた土曜日の特集がやっと一段落して、新しい企画を探して飛び回っている。みんなの生活に通常の束の間の静けさが・・・・・・戻って来た。
その頃・・・・・
神奈川県央地区では、1月~2月にかけて雨・雪が少なく、今月に入っても水不足が続き深刻化している。厚木市・相模原市・清川村・愛川町にまたがる宮ケ瀬湖も宮ケ瀬ダムで湖底に沈んだ村が顔を覗かせそうな勢いだ。2000年に完成してから初めてのことだった。その不安が現実になり、宮ケ瀬ダムを作る際に湖底に沈んだ村が徐々に顔を出し始めた。半分以下になりはじめたら道路、家々、村の鎮守の森の赤い鳥居が湖面近くに見えるようになってきた。今まで湖の中で静かに眠っていた、赤い鳥居のある熊野神社。その社殿の向拝の龍が姿を現すのは時間の問題となってきた。
幕末の動乱期にこの山里の田舎の神社に突然幕府の偉い役人たちが大勢立ち寄り、当時の宮司と何か話し合ったと、村の中で噂話として言い伝えられてきた。今日まで代々の宮司にそれが伝えられ、守られてきた。村人の噂では神社の龍に何か特別な秘密があると・・・・・・言われていた。
≪龍≫
「龍の遺産」第一章の龍の寺社
① 飯綱寺(天台宗)---(御朱印あり)
千葉県いすみ市岬町和泉 2933
② 高部屋神社------(御朱印あり)
神奈川県伊勢原市下粕屋 2202
③ 西叶神社-------(御朱印あり)
神奈川県横須賀市西浦賀 1-1-13
④ 禅林寺(曹洞宗)----(御朱印あり)
神奈川県横浜市金沢区釜利谷東 6-4032
⑤ 八雲神社(山ノ内)ーーー(御朱印不明)
神奈川県鎌倉市山ノ内 585
⑥ 龍本寺(日蓮宗)-----(御朱印あり)
神奈川県横須賀市深田台 10
⑦ 真福寺(浄土宗)-----(御朱印あり)
神奈川県横須賀市吉井 1-4-40
⑧ 光福寺(日蓮宗)-----(御朱印不明)
千葉県いすみ市大野 1107
⑨ 長福寺(天台宗)-----(御朱印不明)
千葉県いすみ市下布施 757
⑩ 行元寺(天台宗)-----(御朱印あり)
千葉県いすみ市萩原 2136
⑪ 三崎海南神社-------(御朱印)
神奈川県三浦市三崎町 4-12-11
⑫ 城ケ島海南神社-----(御朱印不明)
神奈川県三浦市三崎町 408
⑬ 鶴谷(つるがや)八幡宮ーーー(御朱印あり)
千葉県館山市八幡 68
⑭ 能満寺(曹洞宗)-----(御朱印あり)
神奈川県横須賀市鴨居 2-24-1
⑮ 東福寺(臨済宗建長寺派)-(御朱印あり)
神奈川県横須賀市西浦賀 2-2-1
⑯ 西徳寺(浄土宗)-----(御朱印不明)
神奈川県横須賀市鴨居 2-20-4
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