物質は記憶に染められる
私はバスを待っていた。
その日はいきなり雨が降り出して、服に雨粒が染み込んだ。
私のお気に入りのリュックに染み込んだ雨粒は、過去に染められた猫のおしっこの匂いを吐き出した。
洗っても、一度染められたものは、その記憶を消さないんだなと思った。洗濯水の洗剤も水道水も、染めの記憶に残る。
でも、だからこそ、一緒に過ごした暮らしは消えないんだなと感じた。
そばにいてくれた時間、見てくれてたから、なんだかんだありながらも、頼ったら守ってくれたりもする。
ふと、首に巻いてたストールを触れた。草木染の手織りのものだった。
フリンジに触れると、制作者の房を切る感じが分かった。「バスッ」と迷いなく切った感覚がした。
ものって、それくらい覚えているのだ。
ふと周りの人を見たら、衣服でも、身だしなみでも、きれいに扱っている人っているな…と感じたし、そういう人ってすごい守護を受けているし、「受けるに値する」扱いを、自分の所有するものや、からだに対してしていると感じた。
私は人並み以上にだらしなくて、丁寧に物を扱えないところがある。
しかし、この体験をした日には、家に返って床を拭かずにはいられなかったな。