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ひしゃく
幽霊たちが虹の上で踊る。虹の上、あそこにお前のばあちゃんがいるんだぞ、とむかし父から聞かされたことがあった。古い家族写真の真ん中でやさしい顔をしていた彼女は僕が物心着く頃には記憶の端っこにもいなかった。彼女は虫のように背中を丸めて庭の池にいる金魚を朝から晩まで見ていたらしい。
けさ、その庭の池で金魚が死んでいるのを見つけた。一匹だけ水面に浮いて、空に向いた片方の目玉がいわし雲の流れるさまをみていた。僕はサンダルをつっかけて、離れにあるひしゃくを持って来ると金魚を池から掬った。ひしゃくが池の水面に触れて輪を作る。小さなひしゃくの中で金魚の赤い背がひっくり返って、鱗で覆われた腹の白さがきらめいた。金魚を入れたひしゃくは生臭いにおいがした。ひしゃくの先から水がしたたり、足元の石畳に円い点を作る。
朝の外はさっぱりとした空気に満ち、風は肌に突き刺すようだった。僕はひしゃくを片手に神社の脇を抜け、横断歩道を渡って、黄色い軒のたばこ屋の角を左折して橋についた。朝のぼんやりとした光でも川の水は滑らかに流れていた。ひしゃくの中身をひっ繰り返すと、じゃばば、と音を立てて金魚は川の流れに吸い込まれていった。
幽霊たちが虹の上で踊る。
金魚はいつかあの橋の上に昇るんだろうか。祖母のおどる橋の上に。
(つながります)