いのちのかがやき、いのりのうた
中村佳穂のライブに行った。
小さなイベントの、小さなステージでのフリーライブだった。
ライブが始まる40分ほど前に会場に着くと、思いのほかステージ前や近くの階段みたいになったベンチに人が座って彼女の出番を待っていた。
めっちゃいるやん、と思ったのを覚えている。
彼女の歌と出会ったのは、米津玄師がシェアした『きっとね!』を聞いたときだった。
はじめて聞いたときから心から好きだったかというと正直な話そうではなかったと思う。
まっすぐいいなと思う気持ち以上に、「好きな米津の好きな曲」を私も好きでいたくて、何度も何度も聞いていた。
『きっとね!』を聞いた。『You may they』を聞いた。『アイアム主人公』を聞いた。彼女の歌声は少しずつ私の耳に馴染み、わたしは聞いて、歌って、踊って!なりきって、気づけば「私だけの中村佳穂」になっていた。
1番好きだったのは、YouTubeに残っている『シャロン』だった。
今となっては幻の自主制作アルバムにしか音源がない曲。
中村佳穂のYouTubeの一番最初にアップロードされていて、どんな曲より好きだった。
響くのはピアノと彼女の歌声だけ。
部活で先輩と一緒にいるのが気まずくて、練習場のトイレで縋るように1人この曲を聴いたのを覚えている。
ライブ開始30分前。中村佳穂がステージに上がり、音調整のためのリハーサルが始まった。微かな調節を繰り返して、彼女の音の輪郭が少しずつ鮮明になる。
リハ用にカバーをいくつか歌うと、だんだんと音たちが鍵盤の上で跳ねだし、感覚を掴んだ彼女が笑った。私の愛する音たち。
しばらく調節した彼女が一度ステージを降りたあとも落ち着かなかった。
その後の本ステージが最高だったのは言うまでもない。
大切な思い出がたくさん増えたこと、『シャロン』を目の前で聞けたこと、全部宝物すぎて、言葉にしちゃうのはもったいない。
たとえこの記憶が薄れてしまっても、薄れた姿さえ愛したいと思える。そんなライブだった。
私の憧れる人は音楽がとても好きなのだけれど、あまりそれを語らない。
彼が音楽の記憶を宝物のように扱う気持ちが、今はなんとなく分かる。
言葉にして形が変わるのはもったいないね。
それだけの話。