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小説 あなたは悪辣な恋人 11
男が射精した後、女に興味が無くなるように、女も好きでもない男との時間は、絶頂を迎えてしまえば、もう用なんかない。
事が終わると、男と女が性欲を捨てるだけの薄汚く陳腐な部屋にウンザリする。私もよくもこんな場所で知らない男に身体を与えたものだ。
中島も表面上は優しい男に思えたが、タダで女を抱けたんだから優しくもなる。
「まりな、連絡先どうする?俺は交換しても構わないよ。寂しい時はまた連絡してくれて良いし」
「これで終わりましょう。後腐れがないのが、お互いのためだから」
「そう…。わかったよ。じゃ、支払い済んでるから俺帰るけど大丈夫?」
「私も、着替えて出るから大丈夫」
「わかった。じゃあ、ここでね」
「さよなら」
「ありがとう」
ラブホテルを出ると、キャバクラのホステス達が呼び込みをしている。ひとりで出て来た私を馬鹿にした顔で見ていたが、クリスマスに自分の客も呼べず店の外に立たされたこの女達も、私と同じ惨めな女だと一瞥し通り過ぎた。
間もなく今日が終わる。何も考えず眠りたい。明日の事は明日また考えよう。
自宅マンションに到着すると、見慣れた背中に驚き、慌てて踵を返しその場を離れようするも気づかれた。
「純子、遅かったな。どこ行ってたんだ?」
「関係ないでしょう。何しに来たの。
帰ってよ。顔も見たくない」
「そう言うなって。だって仕方ないだろ?結婚するのやっぱ早いって思ったんだからさ。俺も言い方が悪かったよ。謝るからさ」
「もう終わりなのになんで来てるの?なんなの?」
「俺は別れるなんて言ってない。今日は結婚しないと言っただけだ」
これ以上ないほど櫻木を睨み付けると涙が溢れ止まらない。
「とりあえず部屋行こう。な?」
自分を地獄に突き落とした男だと言うのに来てくれたが嬉しいような気持ちになってしまう。
『だってクリスマスに来てくれたじゃない。夜中なのに外で待っていてくれた』
私の心は、こんなにも屈辱的で到底受け入れ難い状況にも関わらず、櫻木の良い所を自分に言い聞かせ許そうと必死だ。
櫻木の顔を見るまでは、別れを強く決意していたのに、今は他の男と寝た事を気づかれてしまうのではないかと、不安が頭を過り慌ててシャワーを浴びている。
熱いお湯に打たれながら、さっきまで中島と熱く繋がり愛液を垂れ流した自分の膣に指を入れ、余韻を消すように必死で洗う自分が情け無くて涙が込み上げてくる。
櫻木から嫌われたって構わないはずなのに…
幼い頃から弟の面倒を見ないと親から嫌われてしまうと、自分を押し込め我慢に我慢を重ねて成長した。その結果、嫌われる事に恐怖を感じるようになり、いつも本心が言えないでいる。
そんな私でも20代の頃は、別れを受け入れ前へ進んで行く力があった。だが歳を重ねれば重ねるほど失恋の痛みに苦しみ、男性に対して執着や未練に取り憑かれ別れが耐え難い。
女の中でも、きっと30代の独身女は特に不自由で哀しい。
まだ自分にチャンスがあると信じる目の前の希望と、出産という女だけが経験出来る幸せのタイムリミットに挟まれ、心が凝り固まり自由を失う。その先の40.50代と進んだら、どこか開き直れるものを今はまだそれも早すぎる。
そんな状況が私をさらなる弱い女にし、櫻木のような身勝手な男でも、はいさようならと切る事が出来ない。
次の男が現れるまでは…
弱さは、そんな狡さも生み出し私の心を緊縛し、がんじがらめの奴隷に仕上げてしまった。
もう、どこへも行けないのだろうか。
全てわかっているはずなのに、紛い物の愛に縋いていく道しか目の前に見えない。
続く