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小説 あなたは悪辣な恋人 8
大学時代からの親友、則子に連絡をしクリスマスに入籍する事を話すと電話の向こうで呆れていた。
「なぁ純子、あんたはその男の何が好きなんや?さっきから聞いてるけど、借金あるわ、中卒の職人で、嘘つきやし背も低い。さっぱり何がええのかわからんわ。自分から不幸に飛び込むのもう良い加減やめや。聞いてるこっちがしんどいで」
相変わらず大阪人は、遠慮を知らない人種なんだから。話す相手を間違えたと電話を切りたくなるが、則子に櫻木と言う人を理解して欲しい。
『感性が好きかな。あとは空気感とか』
「は?あんたいくつよ?感性とか空気感で結婚決めるってアホやろ」
『あと清潔感もいい』
「清潔は当たり前やん!汚い男は西成だけで沢山や。もっと他の理由は無いんかい。
私が聞いて納得する事や。例えば、親が山でも持ってるとか会社経営とか、そんなんが欲しい。感性とか空気感なんて形として見えない物好きになってどないすんねん」
『じゃあね、初めて会った時から顔が好みだった。これじゃダメ?』
「ダメやな、次」
『この前ね、もうすぐハロウィンだからって、かぼちゃのランプを買って来てくれたの。そんな小さな事が可愛くてたまらなくなる。これって母性本能なのかな?いつも胸がキュンとするの』
「それはあかんで。母性本能くすぐる男はタチが悪い。女はイケメンより可愛い男に惚れた方が厄介なんや。そんでもって歳下なら母性本能が邪魔して、離れられなくなる。13も歳の離れた男に惚れてほんま純子も難儀な女やわ」
「私のこの気持ちは感情ではなく本能なのかもね。本能で泰孝を愛している」
「はいはい、ごちそうさま。アホらしい。あんたの目が早く覚める事願いながら、そろそろ寝るわ。ほなな」
私は33歳と言う年齢に焦り、結婚と言う2文字に踊らされ、則子の言う通り、良い歳をして夢ばかりを見ていた。
結婚する前は両目を開けしっかりと相手を見て結婚したら片目を閉じる。
そんなどこかで聞いたアドバイスもすっかり忘れ、自分で両目が開かないように瞼強く閉じ、櫻木を見ようとしていない。結婚というシチュエーションがもたらす、ひと時だけの幸せに酔っていた。この幸せはもう間も無く消え去る儚い物だと考えられない愚かさが哀しい。
夢に描く結婚生活には、借金が無い方が良いと、少しづつ貯めていた100万の定期預金を解約し櫻木が借りていた消費者金融3社に、婚約者である私が代位弁済することを説明し全額を振込んだ。
私が肩代わりした事で、櫻木の信用情報に傷がついてしまったが、若いうちにヘンな借金をさせないためにも当面はそれで良いとすっかり姉さん女房気取りだった。
だが私の夢とは反対に櫻木からの連絡が気のせいか減っている。
日に2度あった電話が2日に1度になり、会いに来る間隔も以前よりあいている。
気のせいだと思うが借金を返した後だけに不安に襲われ、櫻木に単刀直入に聞いてみるが、気のせいとしか言わない。確かに、変わらず連絡が来ているし、姿を消しているわけではない。休みの日は私の家で過ごしているから考えすぎなんだと自分の直感に目を逸らした。
クリスマスイブまで1週間に迫り、ようやくウエディングドレスをイメージした上下白のパンツスーツを見つけ、白なんて、そうそう着れる物ではないが、特別な装いだからと奮発する。
市役所へ行き婚姻届をもらい自分の分は全てサインをした。結婚後は私のマンションに暮らす事になっているので部屋の片付けを大急ぎで済ませた。あとはクリスマスまで肌を整えないと。2人だけの結婚だけど私の大切な記念日だもの。
両親への報告は、近々結婚するかも知れないと伝えたのだが、相変わらず弟の事で頭がいっぱいで私の事に興味がないのだろう好きにしたらいいとそれだけだった。
結婚は自分で決める物だからそれで良い。櫻木も喪中なので、遠くに住む父親から落ち着いたら2人で顔を出せば良いと言われたそうだし。
結婚の用意が全て整い、私は幸せな未来に期待を膨らませていく。
続く
Photographer
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