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小説 あなたは悪辣な恋人 20
目が覚めると、自分ではさほど飲んでいたつもりは無いのに、昨夜のマッカランが残っていて頭が酷く痛い。
酒の失敗はしていないはずなのに、二日酔いは罪悪感を連れて来るから嫌いだ。
眠りから覚めると現実への不安に襲われ、これからどうしようと考えれば考えるほど絶望的な気持ちになる。
鞄の中でスマホのバイブが鳴っている。もう、こんな時に誰よもう。
「泰孝…この人と今は話しをしたくない」
バイブは切れるとまた鳴り出し止まらずイライラして出てしまう。
「なに?なんの用?」
『俺の周りを嗅ぎ回るな』
「嗅ぎ回るって随分と失礼な言い方ね。そんなに愛されてるとでも思ってるの?図々しい」
『昨日、あいつにあったんだろう?BARで」
「健二さん?ええ会ったわよ。偶然入ったBARでね。あとは酔って覚えてない。
あ、ひとつだけ覚えていたわ。
貴方に2人も子供がいるって事。
それは忘れてなかった。
銀柳街の友達のお店も覚えているわね」
『ルイに会いに行くつもりか?』
「貴方の出方次第ではね。いつまで嘘で固めてるつもり?嘘なんかいつかバレるのよ。惨めじゃない?バレた後が」
『何も惨めじゃないね。お前こそ惨めだろ。
いい年して年下の男の周囲をコソコソ聞いて歩いて。
自分に自信ないのかよ。ないよな、それじゃ。
結婚も出来ず30過ぎて寂しいからって男の嘘に簡単に騙され…』
持っていたスマホを思いっきり壁に叩きつけるとスマホは勢いよく床に転がっていく。
手に取ると電源は落ちていた。
もう終わり。そう心に決めると今までの怒りと共に虚しさに襲われ声にならない呻き声と涙が溢れた。
泰孝の言う通り。
あの人を愛してなんかいなかった。
苦しいくらい孤独だから縋っていただけ。
それを泰孝に見透かされ私は思うように操られ。
それも本当は全てわかっていた。
独りになるのが怖かった。怖かったから。
床に転がり触れ伏して泣いた。肩を抱いてくれる人も背中を優しく撫でてくれる人もいない。
知らない都会の小さな部屋で泣くしか出来ない自分。
立ち上がる勇気も力も無く天井を見つめていた。
子供の頃、毎日同じ夢を見た。
背後から何者かに追われて必死に走っていると遠い向こうにゴールテープが見える。
あのゴールまで走れば助けてもらえる。そう思った私は泣きながら走り続けた。
ゴールには見た事がない男性が立っていて、ゴールテープを切った瞬間、私を優しく抱きしめてくれた。
その時以上の安心感を私は味わった事がない。
あの男性は知らない人だったが、子供の私はいつか私の前に現れる旦那様ではないのかと考えた事もある。
あゝ神様。
願いが叶うならあのゴールにいた優しい男性を私のもとへ今すぐ連れて来て下さい。
でなければ私はここで首を吊りそうです。
続く
Photographer
Instagram @very_wind