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小説 あなたは悪辣な恋人 9


「どうしてなの?なぜ」

「何回も言わせるなよ。明日は行かない」

「だって明日は2人で婚姻届を出すって約束したじゃない!信じられない」

「お願い、来て。どうしてそんな事言うの?」


「無理」

「借金も返したし、貴方のために頑張ったじゃない。どうしてそんな事が出来るの?」

「借金返してくれたのは感謝してるよ。ありがとうございます。でも結婚したくなくなったんだ。別に純子と別れるって言ってないだろ。結婚はしないって言ってるだけ」

「私にプロポーズしたじゃない!結婚しようって、純子に側にいて欲しいって言ったじゃない」

「その時はそう思った。でも今はしたくない。
それだけ」

入籍前日になり、櫻木は突然結婚はしないと言って来た。気が乗らないという理由は説明にならないと何度言っても、結婚するのは今じゃないと私に冷たく言い放つ。

「私を騙したの?」

「別に」

「借金返すために利用したのね」

「もう面倒くさいな。そう思いたければそう思えよ。俺の話し聞いてる?今はしたくないって言ってるだろ」

「じゃあ、いつならしたくなるのよ」

「わかんない。気が向いたら」

「……」

「忙しいから電話切るわ。時間出来たら正月でも顔出すよ。じゃあな」

「待ってよ!待って」

電話の向こうから終話を告げる無機質な音が聞こえ唖然としていた。


櫻木は、何故こんな酷い事が出来るのだろう。前日になって気が向かない、面倒と言う理由で結婚をやめるなんて、どうしてそんな残酷な事をするのか。

悲しいなんて言葉で今の気持ちは表現できない。

青空に手が届きそうな遥か高い場所から突然、突き落とされ、暗い地の底に私の心は無惨に散らばり欠片ひとつ見つけられない。

朝が、あれほど待ち侘びたクリスマスを連れて来たのに、私は絶望に立ち向かう力を失ってしまっていた。独り死に場所を探しにコートを羽織る。

死にたい気持ちと、救って欲しい気持ちの狭間にいる私は、自宅近くのカトリック教会の扉を開けた。

「ごめんなさい。今日はミサがあるから信者さん以外は入れないんです」

「突然申し訳ありません。少しだけで結構ですので礼拝堂に入れませんでしょうか?」

「夜のミサの準備でバタバタしていて。用意の者が大勢いるんです。それでも良いなら」

「そうですか。わかりました」

「またお待ちしていますね」

助けを求めた神にも拒絶された。リアルな温もりを求めるしかないと“女が寂しい時の過ごし方”を携帯で検索すると、「素晴らしい出会いを約束します。マッチング率は80%」とうたう出会い系サイトが出て来た。

教会の前で、あえて神に背を向け、偽名と偽りの年齢で恋人募集の掲示板に書き込みをする。

「まりな、29歳です。クリスマスイブなのに彼氏が居ません。今日そばにいてくれる人なら外見、年齢は問いません。ホテルのみもOK。吉祥寺周辺にいる人連絡ください」

書き込んで1時間もしないうちから、私の携帯にメッセージが止まる事なく送られて来る。

「スリーサイズ教えてください」
「ソフトSMは大丈夫?」
「業者かな?いくらなら良いの?」
「お金とらないなら行けますよ」

聖なる日なのに、こんなにも飢えた男達が多い。そんな獣の気色悪い連中でも、今の私に必要な事が虚しく笑いが込み上げる。

「僕もひとりです。お茶でもどうでしょうか?年齢は46歳の既婚者です」

SEXばかり求める男達の中でも、この男なら後腐れがないだろうと返事をする。

「私は、吉祥寺駅にいます」

「僕は杉並区なのですぐ車で向かいますね。着いたら連絡します。寒いのでカフェにでも入っていてください」

続く


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