消費者契約法:適格消費者団体による差止請求(USJと消費者支援機構関西の訴訟を題材にして)
本稿のねらい
2023年7月21日、適格消費者団体である「消費者支援機構関西」(以下「KC's」という)が合同会社ユー・エス・ジェイの運営するユニバーサル・スタジオ・ジャパン(以下「USJ」という)の「WEBチケットストア利用規約」に消費者契約法に違反する条項があるとして当該条項の修正・削除等を求めた差止請求訴訟(以下「本訴訟」という)の第一審判決が言い渡され、KC'sの請求が棄却されたとのことである。
本稿では、本訴訟の内容について触れながら、消費者契約法上の差止請求やチケット転売禁止に関する議論についても触れる。
差止請求については2006(平成18)年消費者契約法改正により導入され、2007(平成19)年6月から施行されている制度であるが、あまり知られていないように思われるため、本訴訟を題材として説明を試みる次第である。
多くのB2C企業にとっては他人事ではないため、他山の石として、各自利用規約の精査を行うことが望まれる。(とはいえ、本訴訟のように不合理に絡まれてはやむを得ないが)
消費者契約法上の差止請求
(1) 消費者契約法上の差止請求の趣旨
(2) 消費者契約法上の差止請求の流れ
(3) 消費者契約法上の差止請求の対象となる行為や条項
(4) 消費者契約法第10条
この消費者契約法第10条の要件は次の2つに分けることが一般的である。
法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であること
民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものであること
第一要件は、当事者間の特約が優先し、当事者がその規定と異なる意思を表示しない場合に限り適用される規定である「任意規定」に比して、消費者の権利を制限し、又は義務を加重する条項であることを意味する。
したがって、第一要件を検討する際には、何が当該条項が適用される場面における任意規定なのかを特定することが必要である。
第二要件は、信義則に反して消費者の利益を一方的に害することを意味する。この考慮要素は次のとおりである。
本訴訟の経緯
(1) 本訴訟の争点
KC'sによれば、2016年9月に消費者から次のような情報提供(苦情)があったとのことである。
この苦情は2つの要素を内在している。
つまり、第1に、チケットの転売・キャンセルができない点は、おそらく、合同会社ユー・エス・ジェイの利用規約の一部条項が消費者契約法第10条の消費者の利益を一方的に害する条項として無効ではないか、第2に、「入場前のキャンセルで100%の損害があるのか」という点は、おそらく、合同会社ユー・エス・ジェイの利用規約の一部条項が消費者契約法第9条第1項第1号の消費者が支払う損害賠償額を予定する条項であり、通常生ずべき「平均的な損害の額を超えるもの」として無効ではないか、という苦情であろうかと思われる。
KC'sは、この苦情を受けて合同会社ユー・エス・ジェイの利用規約のうち、「WEBチケットストア利用規約」(以下「本利用規約」という)の第3条第1項と第8条第1項の規定が消費者契約法第10条に違反し不当であるとして、修正・削除等を求めた。(以下、本利用規約第3条第1項と第8条第1項につき2018年12月5日付けのKC's「申入書」から引用するが、本稿執筆時点の本利用規約でも同じ内容である)
<本利用規約第3条第1項>
<本利用規約第8条第1項>
KC'sは、これらの規定の趣旨・目的の合理性については全面的に否定するものではないとするが、施設利用にかかる準委任契約は民法上自由に解約できるはずなのに、それを制限し、また、より消費者の権利を制限しない方法が存在するのに、十分精査・検討をせず、徒に消費者の権利を一方的に制限しているものであるとして、これらの規定が消費者契約法第10条に違反し無効と考えているとのことである(KC's「申入書」(2018年12月5日))。
このように、KC'sの主張は、本利用規約の転売制限とキャンセル制限を重く見て、それが消費者契約法第10条に違反し無効であるというものである。
<申入書>
これに対し、合同会社ユー・エス・ジェイの主張は、①チケットは消費者の自由な意思により「販売」されるものであり、民法の売買に関する規定ではそもそも買主側の一方的な都合で解除・解約が可能とはされておらず、本利用規約第3条第1項が民法に比して一方的に消費者の利益を制限していることはない、また、②法令上の解除又は無効事由がある場合にはキャンセルを認めていることから、本利用規約第8条第1項が民法に比して一方的に消費者の利益を制限していることはないというものである。
(本利用規約第3条に関する理由は理由になっていないように思われる)
<回答書>
したがって、本訴訟の争点は、次の3つであると考えられる。
(本当のところは、合同会社ユー・エス・ジェイの答弁書等を見ないとわからないが、それはKC'sのウェブサイトには掲載されておらず、筆者が確認したが限りでは合同会社ユー・エス・ジェイのウェブサイトにも掲載はない)
チケット販売・チケットの法的性質
転売不可を定める本利用規約第3条第1項の消費者契約法第10条違反
キャンセル不可を定める本利用規約第8条第1項の消費者契約法第10条違反
(2) 本訴訟に至った流れ
一般に、KC'sのような適格消費者団体は、消費者契約法に違反する契約条項があると認めた場合でも、直ちに同法の差止請求訴訟を行うことはせず、まずは文書等での話合いから始まり、その後裁判外で申入れを行い、事業者側の回答を待ってから訴訟を提起することが通常の流れである。
本訴訟に関しても、KC'sは2017年4月以降合同会社ユー・エス・ジェイと文書等のやり取りを行い、2018年12月5日付けで合同会社ユー・エス・ジェイに対し「申入書」を送付しており、合同会社ユー・エス・ジェイは2019年1月9日付けで「回答書」を送付している。
その後、2019年9月27日付け「消費者契約法第41条第1項に基づく事前請求書」の送付、同年10月16日、KC'sが合同会社ユー・エス・ジェイに対し本利用規約第3条第1項と第8条第1項を内容とする契約締結の差止めとそれらの規定が掲載されている文書やウェブページの破棄等を求めて本訴訟を提起した。
本訴訟の結果
本稿執筆時点では本訴訟の結果は、報道ベースでしか知り得ないが、大要、次のとおりまとめられる。
<結論>
請求棄却(KC's敗訴)
<理由>
(転売不可に関して:リセールサイトのような仕組みは)「(USJ側に)費用負担を要し、最終的にはそのコストは消費者の負担となる可能性もある」
(キャンセル不可に関して)「誤って購入することがないよう一定の配慮をしている」
本訴訟に関する私見(争点の検討)
上記本訴訟の結果からは、どの事情が結論に影響したのかまではわからないが、上記記事からすると、主な論点は、本利用規約第8条第1項のキャンセル制限ではなく、同第3条第1項の転売制限であろうかと思われる。(キャンセル制限については、基本的にはチケット販売は売買契約であり、民法の基本ルールにおいて買主の自由に解除できないことからKC'sの主張を排斥して終わり)
そこで、本訴訟の争点に関し、筆者なりの検討を行う。
チケット販売・チケットの法的性質
転売不可を定める本利用規約第3条第1項の消費者契約法第10条違反
キャンセル不可を定める本利用規約第8条第1項の消費者契約法第10条違反
(1) チケット販売・チケットの法的性質
チケットの法的性質
USJのようなテーマパーク施設にかかるチケットは、その施設に入場するための証(あかし)、すなわち入場券であり、法的には「証票」という。
この点、テーマパークのチケットを対象とするものではないが、コンサート等のチケットの不正転売を禁止する「チケット不正転売禁止法」における「興行入場券」の定義は「それを提示することにより興行を行う場所に入場することができる証票(これと同等の機能を有する番号、記号その他の符号を含む。)」(同法第2条第2項)である。
この「証票」は、証拠となる札を意味していたようであるが、一定の料金・代金が支払われたことの証拠をも意味する。
例えば、現在の資金決済法以前に存在した前払式証票法では、一定の金額に対応する「対価を得て発行される証票等」とされており、既に一定の対価を得ていることを証明するものといえ、消費者はこれを用いて「当該証票等の発行者(中略)から(中略)役務の提供を受ける場合に、これらの代価の弁済のために提示、交付その他の方法により使用することができる」(同法第2条第1項第1号)。
(前払式証票とは、現在の前払式支払手段であり、Suica等の電子マネーはもとより、商品券やギフト券等が該当する)
ちなみに、資金決済法において、「入場券」は前払式支払手段に該当するものの(同法第4条第1号)、「サービス提供者側の事務処理上の必要から発行される整理券的なもの」(国民生活センター)であり規制の必要性が低いとして、同法の適用が除外されている。
したがって、チケット(入場券)は、前払式支払手段であり、既に入場するための対価は支払っていることの証拠となる整理券的な券面又は電子データということになる。
なお、ここまでの説明でわかるように、チケット(入場券)そのものは安っぽい紙(券面)又は単なる電子データであり、多少の意匠や装飾等は凝らされているにしても、数千円〜数万円といった価値はなく、それを利用して入場することにその価値があるのである。
チケット販売の法的性質
一般的に、チケット(入場券)はイベント等の主催者から買うものであり、したがってチケットの取得は売買契約によるものであると考えられていると思われる。
この点、チケット不正転売禁止法においても、あくまでチケットは「販売」されるものであり、また興行主体(イベント等主催者)との「売買契約」を締結して取得するものとされている。(「転売」といっている時点で売買であることは疑う余地がない)
上記のとおり、チケットは、それ自体に価値があるわけではなく、それを利用して入場できることに価値がある。
そのため、チケットの売買契約といっても、それはその券面や電子データを売り買いするものではなく、それを利用して入場できるという権利を売り買いすると考えることになろうかと思われる。
なお、民法上、売買契約の対象は「財産権」とされており、物品等の有体物はもちろん何らかの権利も含まれる(同法第555条)。
この点、KC'sとしても、チケットに関しては、「本件各条項(筆者注:本利用規約第3条第1項と第8条第1項)は、被告(筆者注:合同会社ユー・エス・ジェイ)が不特定かつ多数の消費者に対してチケットを販売する契約(以下「本件チケット売買契約」という。)に適用されるものである」こと、(本件チケット売買契約が)「消費者が被告にチケット代金を支払うことと引き換えにチケットの所有権を取得するという売買契約的な性質」を持つことは認めている(KC's「訴状」(2019年10月16日)7-8頁)。
しかし、KC'sは、「チケットを購入した消費者がチケットを使用してUSJに入場し、被告(筆者注:合同会社ユー・エス・ジェイ)から様々なサービスの提供を受けることができるという役務提供契約的な性質」をも併せもつため、消費者と合同会社ユー・エス・ジェイとの間にはチケットの売買契約と同時に役務提供契約が成立していると主張している((KC's「訴状」(2019年10月16日)8頁))。
果たしてそうだろうか。
つまり、利用権の売買だからといって、常に、利用にかかる役務提供契約(準委任契約)がその売買と同時に成立するのだろうか。
入場券が前払式支払手段であることをどう考えるのだろうか。
消費者と合同会社ユー・エス・ジェイの間に、チケットの売買契約とは別にUSJという施設を利用することの役務提供契約(準委任契約)が成立する可能性があることに異論はない。
しかし、それはあくまでチケットを利用して入場した後、厳密には、消費者がチケットを提示してUSJに入場する時点のことではないだろうか。
この点、JR東日本の場合、「旅客の運送等の契約は、その成立について別段の意思表示があった場合を除き、旅客等が所定の運賃・料金を支払い、乗車券類等その契約に関する証票の交付を受けた時に成立する」(JR東日本「旅客営業規則」第5条第1項)。なお、東京メトロも同様であり(東京メトロ「旅客営業規程」第5条第1項)、鉄道各社同じと思われる。
つまり、消費者が切符やeチケットを購入した時点で、旅客運送にかかる契約も同時に成立することになる。
(なお、Suicaを利用した「ICカード乗車券による個別の運送契約の成立時期は、旅客が駅において乗車の際に自動改札機によってICカード乗車券の改札を受けたとき」(JR東日本「東日本旅客鉄道株式会社ICカード乗車券取扱規則」第20条第1項)とされている。なお、東京メトロも同様であり(東京メトロ「ICカード乗車券取扱規則 」第4条第1項)、鉄道各社同じと思われる。)
これは、鉄道営業法第18条の2による民法第548条の2の特例が認められていることに起因するのではないだろうか。
定型約款(民法第548条の2)の議論の詳細は省略するが、不特定多数の者(マス)を相手方としてビジネスを行う場合、提供されるサービスは画一的であることから、その契約内容も画一的であることが通常であり、かつ、当事者双方の交渉コストの観点からも望ましい。
そこで、契約内容は当事者間で合意するという原則の例外として「定型約款」が存在するが、例外である以上、少なくとも、①定型約款を契約の内容とする旨の合意があるとき(民法第548条の2第1項第1号)又は②定型約款を準備した者があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたとき(同項第2号)に限り、定型約款の内容が契約内容となる。
そのため、仮に、チケット販売(購入)と同時に施設利用に関する役務提供契約(準委任契約)が成立するとすれば、施設利用に関する役務提供契約についての定型約款を準備する者は、その時点で、施設利用に関する定型約款を契約内容とすることの合意を取得するか又はそれを契約内容とすることの表示をしなければならない。
この点、東京ディズニーランド(TDL)を運営する株式会社オリエンタルランドの場合、「テーマパーク利用約款」を用意しているが、チケット購入に関する「利用規約」において引用等されておらず、TDLのチケットを購入する消費者は、少なくともその時点において、テーマパーク利用約款が施設利用に関する役務提供契約の内容になることを合意しておらず、またそれが契約内容になることの表示もされていない。
USJの場合、そもそもUSJの施設利用に関する役務提供契約についての定型約款があるかどうかも定かではないが(「ルールとマナー」が相当?)、本利用規約においてUSJの施設利用に関する役務提供契約についての定型約款は引用されておらず、USJのチケットを購入する消費者は、少なくともその時点において合意や表示を受けていない。
つまり、TDLとUSJは似た状況にあり、仮にチケット販売と同時に施設利用に関する役務提供契約が成立するとなれば、それぞれの施設利用のルールやポリシーを示していないことから、消費者にそれを遵守させることができず問題があるように思われる。
なお、THE MAKING OF Harry Potterを運営するワーナーブラザーズスタジオジャパン合同会社の場合、「チケット購入規約およびスタジオツアー規則」を用意し、消費者によるチケット購入の際に施設利用に関する役務提供契約についての定型約款も表示されており、仮にチケット販売時に同契約が成立しても問題ないと思われる。
他方で、鉄道営業法第18条の2は、相手方への「表示」が困難な取引類型であるとして、民法第548条の2第1項第2号の「表示」とあるのを「表示し、又は公表していた」と読み替えることを許容しており、鉄道各社は、乗車券等チケット販売の際に旅客営業規則等の約款を表示する必要がない。
そのため、鉄道各社は、乗車券等チケット販売時に旅客運送にかかる契約が成立しても一向に問題ない。
このような特例は、他にも道路運送法第87条、海上運送法第32条の2、航空法第134条の3に見られるが、それら以外には認められておらず、したがってUSJ等のテーマパークの施設利用に関する役務提供契約は原則どおり、最低でも定型約款を契約内容とすることの表示が必要である。
契約の性質や内容は当事者間の合理的な意思により決定されるのが原則であるところ、合同会社ユー・エス・ジェイ等テーマパーク運営者としてチケット販売に係る定型約款に施設利用に関する役務提供契約についての定型約款を引用すらしていないのは、その時点で同役務提供契約が成立するとは認識していないことにほかならないのではないだろうか。
USJやTDLは、あくまでテーマパークの入場券としてチケットを販売しており、入場した後、当該テーマパークにて何ができるのか、何をしてもらえるのかサービス内容や条件については何ら特定していないように思われる。
そのような場合に、「消費者に対してUSJにおいて様々なサービス(役務)を提供する(USJにおいて、その施設を利用し、そこで開催されるアトラクションを楽しませるなどのサービスを提供する)ことを約する」ことになるのだろうか。
チケット販売の法的性質を論ずる必要性
ここまで長々とUSJのチケット販売の法的性質について論じてきたが、そもそもこれを論じる必要性はあるのだろうか。
つまり、仮にKC'sの主張のとおり、USJのチケット販売の法的性質として売買契約の要素以外に役務提供契約(準委任契約)の要素があるからといって、結論を左右するのだろうか。
仮にKC'sの主張のとおり、消費者と合同会社ユー・エス・ジェイとの間にはチケットの売買契約と同時に役務提供契約が成立しているとしても、民法上消費者が自由に解約ができるのは役務提供契約のみである。
とはいえ、消費者はチケットを購入している以上、それを提示すれば合同会社ユー・エス・ジェイによる役務提供を受けられ、それ以上に消費者が負う債務はないことから、あえてキャンセル(解約)する必要がない。
したがって、消費者とテーマパーク運営者の間のチケットを巡る契約を、チケットの売買契約と捉える限りにおいて、役務提供契約の要素があるかどうかを議論する必要性はないことになる。
もし、本利用規約第8条第1項のキャンセル不可条項を消費者契約法第10条の俎上に載せたいのであれば、消費者とテーマパーク運営者の間のチケットを巡る契約を役務提供契約一本と構成しなければならない。(チケット不正転売禁止法が壁になる可能性はあるが、報酬前払いとか、チケットは単なる前払式支払手段とか、役務提供契約一本と構成する余地がないとは思われない)
KC'sの主張は、上記のとおり売買契約であることは認めていることから、その意味で主張自体失当ということになると思われる。
(2) 転売不可を定める本利用規約第3条第1項の消費者契約法第10条違反
チケットを転売することは次の3つのことを意味する。
チケットという証票(動産)ないし電子データ(電磁的記録)の譲渡
チケットに表象されている施設の利用権という債権の譲渡
仮にチケット販売と同時に施設の利用に関する役務提供契約が成立するとすれば、同契約上の地位の移転
そのため、チケットの転売を禁止する本利用規約第3条第1項は、これら3つの譲渡又は移転を禁ずるものとなる。
1点目:チケットの譲渡
電子データは無体物であり所有権の対象とならないが(民法第85条、第206条、経済産業省「データの利用権限に関する 契約ガイドライン」1頁)、少なくとも証票(動産)は所有権の対象となり、所有者である消費者は自由に譲渡や処分が可能である(同法第206条)。
しかるに、電子データのみならず証票としてのチケットの譲渡を禁止する本利用規約第3条第1項は、任意規定である民法第206条に比して消費者の権利を制限するものである。
電子データについては、所有権の対象とはならないが、メール等で消費者の排他的支配下にある場所に記録されると思われ、民法第206条が類推適用されるかどうかは別として、本来的に消費者の自由に譲渡可能であると思われる。また、最判平成23年7月15日によれば、「任意規定には、明文の規定のみならず、一般的な法理等も含まれると解するのが相当」とされている。
そのため、本利用規約第3条第1項は、電子データについても、任意規定に比して消費者の権利を制限するものと考えられる。
なお、上記のとおりチケットの売買においてチケットそのものに価値があるのではなく、それを利用して入場できる権利に価値があるところ、証票・電子データを問わず、チケットそのものの譲渡禁止は実質的に意味を持たない。重要なのは、2点目の施設利用権の譲渡禁止である。
2点目:施設利用権の譲渡
債権は、性質上又は法律上譲渡が許されない場合を除き、譲渡可能であることが民法の基本ルールである(民法第466条第1項)。
また、チケットのような証票が無記名証券(民法第520条の20)に該当するのかどうかは定かではないが、仮にそれに該当するとしても、譲渡が可能であることが原則である(民法第520条の13)。
しかるに、本利用規約第3条第1項は施設利用権の譲渡を禁止するものであり、任意規定である民法第466条第1項(又は民法第520条の13)に比して消費者の権利を制限するものである。
なお、世上、債権に「譲渡制限特約」(民法第466条第2項、以前は「譲渡禁止特約」といわれていた)が付されている例も少なくなく、特に銀行に対する預金債権が典型例である(民法第466条の5参照)。
この譲渡制限特約が消費者契約法第10条との関係でどういう立場に置かれるかについては、同条前段の第一要件には該当してしまうことから、多くの場合、同条後段の第二要件にて該当性が否定されることになると思われる。
例えば、銀行の預金債権の譲渡制限特約は、次のような債権者の固定化の必要性により付されているが(中田裕康『債権総論』(第3版) 524頁参照)、基本的に信義則に反するとか合理性が欠けるとはいわれていない(いざとなれば預金を解約して現金で譲渡すればいい)。
債権譲渡に伴う事務手続の煩雑化を避けること
過誤払いのリスクを避けること
債務者が債権者に対して有する反対債権に基づいて相殺をする期待を保護すること
企業等である債務者が自社と取引関係を持つことを望まない第三者への債権移転を防ぐこと
本件では、このような債権者の固定化の必要性というより、不当転売の防止が譲渡制限特約の主たる必要性であると考えられる。
KC'sによれば、合同会社ユー・エス・ジェイは、下記「ユニバーサル・スタジオ・ジャパンはゲストの不利益をなくすため、不正転売の撲滅を目指します」というニュースリリースを出した2015年10月16日に本利用規約を改定し、同第3条第1項の転売禁止条項を追加したとのことである(KC's「訴状」(2019年10月16日)16頁)。
この点、KC'sによれば、不当転売を防止するためには、次の2つの選択肢がある(KC's「訴状」(2019年10月16日)17頁)。
定価を上回る額での転売を禁止する
転売を禁止する他にはリセールサイトを整備するなど不当な転売が行われない環境を整えること
KC'sがこれらを求める背景には、転売禁止条項がキャンセル禁止条項と相俟って、事情変更によりチケットの利用日に利用できない場合に、消費者が丸損することがあるが、多くの場合は利用日の変更(本利用規約第8条第2項・第3項)により救われる。
なお、KC'sは東京オリンピックのチケット規約では上記1.&2.の措置が講じられている旨を挙げるが、オリンピックのような一回性というかその場限りのものは利用日を変更することが難しい(他の人の席を奪うことになる)のに対し、同様のアトラクション等の体験を得られるUSJ等のテーマパークでは利用日を変更することに特段の支障はなく、状況が異なる。
また、上記1.の定価を上回る転売のみを禁止する案は、不当転売防止との関係で実効性に欠けるだろう。定価を上回るかどうかを誰がどう判断するのだろうか。その仕組を構築するだけでも相応のコストがかかり、チケット代に転嫁される以上、ひいては何ら帰責性のない一般の消費者の不利益となる。
さらに、たしかにリセールサイトを整備すれば、不当転売は防止できる可能性がある。しかし、その整備にかかるコストも当然チケット代に転嫁される以上、何ら帰責性のない一般の消費者の不利益となる。
結局、KC'sの主張は、事情変更により利用日又は利用日を変更してもUSJを利用できないという消費者のみを利するものである。
そのような例外的な消費者の利益のみを図るために何ら帰責性のない一般の消費者の利益が害されることが消費者契約法上の差止請求の目的だろうか。
消費者契約法上の差止請求の趣旨は消費者の利益を擁護するところにある以上、何ら帰責性のない一般の消費者の不利益となるような形での条項修正等は認められない。
なお、チケットの不当転売を禁止し罰則まで科す可能性があるチケット不当転売禁止法においてすら、リセールサイトの構築などチケットの譲渡機会を確保することが努力義務とされているのに(同法第5条第2項)、このように事実上リセールサイトの構築を義務付けるかのような主張は適切とは思われない。
したがって、本利用規約第3条第1項が転売を禁止し、その結果として施設利用権の譲渡を制限することは、信義則に違反し消費者の利益を一方的に害することにはならないと考える。
3点目:施設利用に関する役務提供契約上の地位の移転
契約の相手方が承諾することにより、契約上の地位を移転することが可能となる(民法第539条の2)。ここで契約の相手方の承諾が必要とされるのは、契約上の地位の移転が債務引受の要素を伴うことなどを理由とするものとされている。
そのため、本件でも、仮に消費者と合同会社ユー・エス・ジェイの間に、チケット販売と同時に施設の利用に関する役務提供契約が成立するとすれば、消費者が同契約上の地位を移転するには、合同会社ユー・エス・ジェイの承諾が必要となるのが原則である。
しかし、譲渡人と譲受人との間の合意に加えて、常に契約の相手方の承諾が要件として必要とされるわけではない。
例えば、賃貸不動産が譲渡された場合における賃貸人の地位について、通説
と判例(最判昭和46年4月23日民集25巻3号388頁)は、賃借人の承諾は不要であるとしている。
これらを踏まえ、先の債権法改正では「例外として、譲渡の対象とされる契約の性質によって、契約の相手方の承諾を要しない場合がある旨の規定を設けるものとしてはどうか」という意見(民法(債権関係)の改正に関する論点の検討(10)18頁)や、「相手方がその承諾を拒絶することに利益を有しない場合には、相手方の承諾を要しない旨の規定を設けるという考え方がある」(民法(債権関係)の改正に関する中間試案40頁)とされていたが、「賃貸借契約における賃貸人たる地位を譲渡する場面のほかに、契約上の地位の移転について契約の相手方の承諾が不要であるとした最高裁判例は存在せず、学説上も異論なく承認されている例は見当たらない。以上を踏まえ、契約上の地位の移転の要件については、契約の相手方の承諾が必要であることのみを定め、その承諾が不要な場合に関しては解釈に委ねるのが相当である」と(民法(債権関係)の改正に関する要綱案のたたき台(8)16頁)され、結局、民法第539条の2には反映されなかった。
ただし、ここでは重要な示唆があり、契約の相手方が、契約上の地位の移転につき承諾を拒絶することに利益を有するかどうかが承諾の要否のメルクマールとなると考えられる。
また、債務引受けを伴うために契約の相手方の承諾を要するというルールになっていることからすれば、具体的には、契約上の地位の移転を行う当事者の債務が既に履行されている場合や契約上の地位の移転が行われても債務の履行に何ら支障がない場合には、承諾を拒絶する利益がないということになると思われる。
本件では、消費者は役務提供契約にかかる報酬等を前払いしている扱いになり、消費者が合同会社ユー・エス・ジェイに対して負う債務は履行済みであり、合同会社ユー・エス・ジェイには承諾を拒絶する利益がないようにも思える。
しかし、そもそも契約上の地位の移転をあらかじめ禁止しておくことも可能であり(むしろ通常の契約では "No Assignment" として譲渡・移転禁止の定めがある)、その場合、承諾を拒絶する利益がないともいえないのではないだろうか。
本利用規約第3条第1項ではチケットの譲渡禁止のみ定めているが、チケットの譲渡禁止の効果として消費者と合同会社ユー・エス・ジェイとの間の施設利用に関する役務提供契約上の地位移転も禁じられる以上、合同会社ユー・エス・ジェイとしては、承諾を拒絶する利益があると考えられる(民法第539条の2の基本ルールに復帰する)。
したがって、本利用規約第3条第1項により消費者の施設利用に関する役務提供契約上の地位移転の禁止は、任意規定どおりであって、任意規定に比して消費者の権利を制限するとはいえない。
(3) キャンセル不可を定める本利用規約第8条第1項の消費者契約法第10条違反
【私見&KC's】売買契約の要素があると考える場合
消費者と合同会社ユー・エス・ジェイとの間にはチケットの売買契約が成立することになり、売買契約は、成立後、法定解除事由又は約定解除事由(民法第540条以下)がなければ解除できないのが民法の基本ルールである。
なお、法定解除事由又は約定解除事由がない場合でも、チケットを購入した時点の意思表示に瑕疵があれば、錯誤取消し(民法第95条)を検討する余地がある。(チケット購入後の事情の変化があっても錯誤取消しは不可)
本利用規約が適用されるWEB経由での契約の場合、「電子消費者契約に関する民法の特例に関する法律」が適用され、事業者が、PC等の画面を介して、消費者の申込みや承諾の意思表示を行う意思の有無について確認を求める措置を講じた場合又は消費者から事業者に対してそのような確認措置を講ずる必要がない旨の意思の表明があった場合を除き、消費者に重過失があっても錯誤取消しが可能となる(同法第3条)。
上記(1)のとおり、消費者と合同会社ユー・エス・ジェイとの間にチケットの売買契約と同時に役務提供契約が成立することはないと思われるが、仮に同時に成立するとしても、売買契約である以上、結論を左右しない。
したがって、キャンセル不可を定める本利用規約第8条第1項は、任意規定として民法が適用される場合に比して消費者の権利を制限することはなく、かつ、信義則に反して消費者の利益を一方的に害することにはならず、消費者契約法第10条に違反しない。
おそらく本訴訟の判決も、このような判断を下したと思われる。
【あり得る解釈】売買契約の要素がなく役務提供契約一本と構成する場合
施設の利用に関する役務提供契約は、民法の典型契約に当てはめるとすれば準委任契約(民法第656条)であり、委任の規定が準用され、各当事者がいつでも自由に解除できるとする民法第651条第1項により、いつでも自由に契約を解除できるのが民法の基本ルールである。
しかるに、本利用規約第8条第1項がキャンセル不可とするのは、この基本ルールに比し消費者の利益を制限するものである。
その上で、次の要素を考慮すると、本利用規約第8条第1項のキャンセル制限は、信義則に違反するし消費者を一方的に害するものとはいえないと考える。(考慮要素については、上記最判平成23年7月15日と消費者庁「逐条解説」173頁参照)
消費者都合でのキャンセルについて、情報量や交渉力の格差などない
法定の解除事由や無効事由がある場合にはキャンセル可能
仮にキャンセルができず返金がされないとしても、数万円の不利益を被るにとどまる(許容できない不利益ではない)
チケットにも「在庫」があるようであり、多くの日程において売り切れが生じているため、再販売も困難であり、キャンセルがあると合同会社ユー・エス・ジェイに機会損失が生じる可能性がある
キャンセル不可であることは購入決定前の画面にて強調表示されている
仮に自由なキャンセルを許容すれば、不当な転売を容易にし(在庫が在庫でなくなる)、何ら帰責性がない一般の消費者の不利益となる
この点、KC'sによれば、「キャンセル可能な日程をチケット利用日から一定期間遡った時期以前の場合に限定して認める(利用日に近接している時期のキャンセルは認めない)」ことや「キャンセルの時期に応じて相当額のキャンセル料を徴収する(キャンセル日と当該チケットの利用日との間の期間の長短に応じた対応)」ことを条件にキャンセルを認めることが考えられる(KC's「訴状」(2019年10月16日)17頁)とのことである(よくあるキャンセル制限の例である)。
一部に限定されているものの、チケットの利用日の変更は可能とされており(本利用規約第8条第2項・第3項)、消費者に対する一定の配慮はされている。
また、このような緩いキャンセル制限では、「転売屋」に大量に仕入れられてしまい、実効的な不当転売防止策にならない懸念がある上、キャンセル料がかからないぎりぎりまで在庫保有されて一般の消費者が購入できる期間が限定されてしまう。いずれにせよ、何ら帰責性のない一般の消費者にとって不利益となる。
したがって、KC'sの主張は、事実上、不当転売を防止できる別の仕組みを作ることを強制するものであり、妥当であるとは思えない。チケットの不当転売を禁止し罰則まで科す可能性があるチケット不当転売禁止法においてすら、リセールサイトの構築などチケットの譲渡機会を確保することが努力義務とされている(同法第5条第2項)ことは上記のとおり。
なお、キャンセル不可として、準委任契約の報酬を返還しないことは、既に役務提供があった部分(民法第648条第3項)やキャンセルされた当事者に生じた損害(同法第651条第2項等)を補填するためであれば相殺等の構成により正当化できるが、その損害も事業者に通常生じる「平均的な損害を超える」ものを違約金等として設定した場合は、消費者契約法第9条第1項第1号に抵触し得る。(この点は踏み込まないが「平均的な損害」に関しては別に記事を書く予定)
以上