消費者契約と抵触法:国際消費者取引に対する適格消費者団体による差止請求(Agodaと埼玉消費者被害をなくす会の訴訟を題材にして)
本稿のねらい
2023年12月6日、消費者保護法上の適格消費者団体である「埼玉消費者被害をなくす会」がAgoda Company Pte. Ltd. (Agoda社)とAgoda International Japan株式会社(Agoda Japan社)に対して、Agoda社の「アゴダプラットフォームおよび予約に関する利用規約」(本利用規約※英語版が正文であり日本語版は参考訳)には同法第8条第1項第1号・第3号、第10条に違反する条項があるとして、同法第12条に基づく差止請求訴訟(本差止請求訴訟)をさいたま地方裁判所に提起したと発表し、それに関連する記事も多く出された。
【埼玉消費者被害をなくす会による発表】訴状等が掲載されている
【埼玉消費者被害をなくす会による発表】41条書面等が掲載されている
【新聞記事】大したことは何も書かれていない
新聞記事で読んだ際には、特に抵触法、つまり①準拠法選択・②国際裁判管轄・③外国判決承認執行を包括する「国際私法」のうち、特に①②の観点で違和感を覚えた。(忘れないうちにメモをした)
この点に関し、我が国の消費者契約法や同法により認められている差止請求の趣旨、つまり「少額でありながら高度な法的問題を孕む紛争が拡散的に多発するという消費者取引の特性に鑑み、同種紛争の未然防止・拡大防止を図って消費者の利益を擁護することを目的」(消費者庁「逐条解説(令和5年9月)第3章差止請求(第12条〜第47条)第1節」201頁)に照らし、本差止請求訴訟を適法とすることを否定するつもりはない。
単に、現行の抵触法に照らせば、個々の消費者がAgoda社に対し一定の請求を行うのであればともかく、適格消費者団体がAgoda社に対し我が国の裁判所において差止請求を行うことが果たしてできるのか、明文化されていないため気になっているのである。
そこで、本稿では、特に本差止請求訴訟に関して、①準拠法選択・②国際裁判管轄について紹介する。
【問題点】
①準拠法選択については、仮に当事者間で準拠法が選択されていても(法の適用に関する通則法第7条)、「日本法上の特に強行性の強い重要な強行法規」、つまり「日本の国家利益や社会政策の実現に関わるような重要な強行法規は、必ず日本で適用する必要があることによる不文の法理」があり、上記差止請求の趣旨に照らせば「消費者契約法12条以下の適格消費者団体による差し止め請求も絶対的強行法規と考えて良い」(消費者法の現状を検証し将来の在り方を考える有識者懇談会第5回会議議事録5頁〔西谷祐子教授発言〕)との立場を採れば、本利用規約G.34.10に、本利用規約やそれに関連する一切の紛争の準拠法はシンガポール法と定められているとしても、なお我が国の消費者契約法第12条が適用されると考えることになる。
そのため、①準拠法選択については、消費者契約法第12条以下の適格消費者団体による差止請求が絶対的強行法規かどうか、仮に絶対的強行法規だとして法の適用に関する通則法との関係で「不文の法理」として認めていいのかどうか(明文が必要ではないか)が論点となる。
②国際裁判管轄については、民事訴訟法第3条の4は明らかに消費者個人の事業者に対する訴えを対象にしており適格消費者団体のような事業者は対象外である。また、消費者契約法第43条は土地管轄を定めるが、国際裁判管轄については触れていない。
そこで、②国際裁判管轄については、明文にはないが消費者契約法第12条以下の適格消費者団体による差止請求につき我が国の裁判所に訴訟提起できるかどうか、仮に我が国の裁判所に訴訟提起できるとして、それはどの裁判所かが論点となる。
前提:Agoda社のビジネスと本利用規約の理解
まずAgoda社のビジネスや本利用規約の構造について理解する必要があると思われる。
筆者がAgoda社のウェブサイトや本利用規約を読む限りにおいて、同社は旅行者(消費者/事業者)と旅行関係業者(ホテル/旅館、航空会社等)を繋ぐプラットフォームを提供するいわゆるOTA(Online Travel Agency)である。
この業態は、我が国の旅行業法第2条にいう「旅行業」には該当しない。
ただし、もっぱらウェブサイト上での適切な表示を促す趣旨で、観光庁がOTA向けのガイドラインである「オンライン旅行取引の表示等に関するガイドライン(OTAガイドライン)」を策定している。
【参考】やや古い資料だが
下図は、筆者がAgoda社の本利用規約を読んで整理したAgoda社・旅行者・旅行サプライヤーの契約関係である。
このように、Agoda社のプラットフォームを利用した契約関係は、少なくとも3つ存在し、すなわち、①旅行者に当たる「お客様/ユーザー」とAgoda社の間に成立する同社のプラットフォーム利用契約、②旅行関係業者(ホテル/旅館、航空会社等)に当たる「旅行サプライヤー」とAgoda社の間に成立する広告や決済代行等を主な内容とする業務委託契約、③Agoda社のプラットフォームを通じて成立する旅行者と旅行関係業者の間のサービス提供契約である。
この構造自体は珍しいものではなく、他のプラットフォーム、つまりAmazonや楽天のようなショッピング型のプラットフォームでも同様である。
他方、Agoda社のプラットフォーム(もっといえばOTAによるプラットフォーム)においては、プラットフォーム業者に過ぎないはずの同社に確定した予約(契約)のキャンセル権が付与される点に特殊性がある。
【参考】本利用規約の基本的な用語の整理
消費者契約の準拠法選択の問題
(1) 契約における準拠法選択
契約を含む法律行為の準拠法、つまり法律行為の成立/効力についてどの法に準拠するのかについては、当事者が選択した地の法によることになる(法の適用に関する通則法第7条)。これが原則である。
本件でいえば、少なくともAgoda社と同社のプラットフォームを利用する旅行者の関係を規律する本利用規約においてシンガポール共和国の法令が適用されるとされており、旅行者はそれに同意してプラットフォームを利用する以上、当事者が選択した地の法は、シンガポール共和国の法となる。
(2) 消費者契約における特例
消費者と事業者との間で締結される消費者契約の成立/効力については、法の適用に関する通則法第7条や第8条の原則にかかわらず、次のように準拠法が決定される。
◯ 当事者が準拠法を選択した場合
原則として法の適用に関する通則法第7条のとおり、当事者が選択した地の法が準拠法となる
ただし、当事者が選択した地の法が「消費者の常居所地法以外の法である場合」、消費者がその常居所地法中の「特定の強行規定を適用すべき旨の意思を事業者に対し表示したとき」は、当該消費者契約の成立/効力に関し当該強行規定の定める事項については、当該強行規定をも適用されることになる(法の適用に関する通則法第11条第1項)
◯ 当事者が準拠法を選択していない場合
法の適用に関する通則法第8条(当事者が準拠法を選択しなかった場合の準拠法は法律行為に最も密接な関係がある地の法とする)にかかわらず、当該消費者契約の成立/効力は、消費者の常居所地法による(法の適用に関する通則法第11条第2項)
上記のとおり、本件でいえば、少なくともAgoda社と同社のプラットフォームを利用する旅行者の関係を規律する本利用規約においてシンガポール共和国の法令が適用されるとされており、旅行者はそれに同意してプラットフォームを利用する以上、当事者が選択した地の法は、シンガポール共和国の法となる。
ただし、Agoda社のプラットフォームを利用する旅行者のうち、我が国に常居所地を有する消費者に関しては、我が国の「特定の強行規定」について援用する意思表示をすることにより、シンガポール共和国の法以外に、当該「特定の強行規定」について適用されることになる。
なお、この我が国の「特定の強行規定」の援用は、契約締結時に限り可能というわけではなく、いつでも可能とされており、そのため紛争が発生し、裁判所に提訴するタイミングで援用することができる(参考:時効の援用)。
【参考】
(3) 適格消費者団体の場合
上記のとおり、消費者契約における特例を定める法の適用に関する通則法第11条は、同法第7条の特例であるため、法律行為(特に消費者契約)の存在を前提としている。
つまり、本件でいえば、Agoda社のプラットフォームを利用した消費者である旅行者のうち我が国を常居所地とする者に関しては、法の適用に関する通則法第11条第1項のとおり、我が国の消費者契約法第8条や第10条等をも適用すべき旨を援用すれば、それらが「特定の強行規定」に該当する限りにおいて、Agoda社と当該旅行者との間の契約にもそれらの規定が適用されることになる。
しかるに、適格消費者団体の場合、当該団体自らが「消費者」となることは定義上あり得ないし、またAgoda社との間でプラットフォーム利用契約を締結することもないと思われ、当該団体とAgoda社の間に消費者契約が存在しない。
したがって、法の適用に関する通則法は、適格消費者団体が提起する消費者契約法第12条の差止請求に関して想定していない。
他方で、この事態について以前から問題視されていたところである。
おそらく、本差止請求訴訟を提起した適格消費者団体である「埼玉消費者被害をなくす会」やその代理人等は、上記西谷説を採用したものと思われる。「不文の法理」だからこそ、本差止請求訴訟における訴状において法の適用に関する通則法関係の主張が一切ないのだろう。(筆者は国際私法選択ではないが、この説は割りと一般的なのだろうか…「不文の法理」とは…)
【参考】
消費者契約の国際裁判管轄の問題
(1) 国際裁判管轄の原則
裁判管轄の問題を考える場合、まずその裁判を行う権限が我が国の裁判所にあるかどうか、つまり国際裁判管轄の問題をクリアする必要がある。一般的に考える普通裁判籍等の管轄は国際裁判管轄の問題をクリアした後の問題である。
国際裁判管轄については、原則として、人に対する訴えはその住所が我が国国内にあるとき、また法人その他の社団/財団に対する訴えはその主たる事業所/営業所が我が国国内にあるときに、我が国の裁判所が管轄を有する(民事訴訟法第3条の2第1項・第3項)。
つまり、原則は、被告の住所や主たる事業所等が我が国国内にある場合にのみ我が国の裁判所が管轄を有することになっている。
(2) 消費者契約の国際裁判管轄の特則
民事訴訟法上、上記原則に対するいくつかの例外(特則)が設けられており、消費者契約に関する訴えについても特則がある(民事訴訟法第3条の4、第3条の7第5項)。
まず、消費者契約に関して消費者が事業者に対して行う訴えについては、「訴えの提起の時又は消費者契約の締結の時における消費者の住所が日本国内にあるとき」は我が国の裁判所が管轄を有する(民事訴訟法第3条の4第1項)。
次に、国際裁判管轄に関する合意は、①事前の合意の場合は我が国の裁判所に管轄を認める合意のみ効力を有し、②事後の合意又は消費者が援用した合意のみ効力を有する(民事訴訟法第3条の7第5項)。
本件でいえば、本利用規約により事前の合意として、シンガポール共和国の裁判所にのみ提訴することが可能とされているが、これは無効であり、Agoda社との間で紛争が生じた消費者は、我が国の裁判所にも訴訟提起することが可能である。
(3) 適格消費者団体の場合
適格消費者団体が原告となり、「事業者等」(消費者契約法第12条第1項)を被告として提訴する差止請求訴訟で、当該「事業者等」の主たる事業所/営業所が我が国国内になければ、原則として、我が国の裁判所に管轄がない(民事訴訟法第3条の2第第1項・3項)。
本件では、Agoda社はシンガポール共和国にHQを有する法人であり、原則に従えば、同社に対する訴訟を我が国の裁判所に提起することはできない。
また、適格消費者団体はいうまでもなく消費者ではないため、民事訴訟法第3条の4に基づく特則も利用できない。
他方で、適格消費者団体は、民事訴訟法第3条の3第5号により、我が国において事業を行う国外の事業者に対する訴訟を我が国の裁判所に提起することができるとする見解がある。
この民事訴訟法第3条の3第5号の適用を認めるためには、被告となるべき「事業者等」が「日本において事業を行う者」に該当する必要がある。
この点、民事訴訟法第3条の3は平成23年民事訴訟法改正により新設された規定であるが、その改正事項を議論・検討していた法制審議会国際裁判管轄法制部会において、「外国会社が日本の事業者との間で国内の営業所を介することなくウェブサイトなどを通じて直接行う取引」は「その日本における業務に関するもの」と認められるとされていた(法制審議会国際裁判管轄法制部会第2回会議【配布資料8】14頁)。
本件適格消費者団体における訴訟提起の場合と文脈は異なるものの、ウェブサイト経由で我が国に向けた事業を行う場合も「日本において事業を行う」場合に含めて考えることに違和感はない。ウェブサイト経由での我が国に向けた事業とは、日本語で記載されていること、コールセンター等の窓口を日本語対応させること、日本円で決済可能であることなどを総合的に判断することになる。
逆の例であるがGDPRの"offering"や"targeting"や、あるいは資金決済法により「外国暗号資産交換業者」に対し禁止される我が国国内にある者への「勧誘」につきセーフハーバーとして用意されている「取引防止措置等」(金融庁「事務ガイドライン第三分冊:金融会社関係」「16. 暗号資産交換業者関係」80頁)をを想起すれば理解は容易であると思われる。
Agoda社の場合、日本からのウェブサイトアクセスに対しては日本語表記をデフォルトとしていると思われ、決済は日本円で行うことになっており、またチャットBotであるが「アゴダカスタマーサポート」は日本語表記されていることから、ウェブサイト経由で我が国に向けた事業を行っている、つまり「日本において事業を行う」に該当すると考えられる。
なお、Agoda社の我が国国内の旅行者の問い合わせ窓口は、Agoda Japan社が指定されている。
そして、本差止請求訴訟は、Agoda社の我が国における事業に関する本利用規約に関係するものであるから、民事訴訟法第3条の3第5号の要件を満たすと考えられる。
その上で、消費者契約法上の差止請求訴訟においては民事訴訟法第5条の適用は排除されており(消費者契約法第43条第1項)、同法第12条の「事業者等の行為」があった地を管轄する裁判所にも訴訟提起できるとされているが(同法第43条第2項第1号)、それは一体どこだろうか。
少なくとも消費者契約法第12条第3項の「不特定かつ多数の消費者との間で第8条から第10条までに規定する消費者契約の条項(中略)を含む消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示」が行われる地はAgoda社のHQがあるシンガポール共和国である。
また、普通裁判籍は、原則として被告の所在地を管轄する裁判所にあり(民事訴訟法第4条第1項)、外国の社団/財団に対してはその主たる事業所/営業所、又は主たる事業所/営業所がないときは代表者その他の主たる業務担当者の住所を管轄する裁判所にあるとされているが(同条第5項)、Agoda社の所在地はシンガポール共和国であるし、我が国国内に主たる事業所/営業所はなく(多分)、上記Agoda Japan社は単なる問い合わせ窓口でありプラットフォームに関する業務を担っているとは思われず、したがって主たる業務担当者も我が国国内にはいないと思われる。
そのため、我が国に国際裁判管轄が認められるとしても、我が国のどの裁判所に管轄が認められるのか不明である。
本来的には、外国会社が我が国において取引を継続して行う場合、我が国における代表者(自然人)を定め、代表者を定めてから3週間以内にその住所地の登記を行う必要がある(会社法第817条第1項、第933条第1項第1号)。
ひょっとすると、Agoda社の登記には代表者としてAgoda Japan社の代表者やその他我が国国内に住所を持つ自然人が指定されており、かつ、その者の住所が埼玉県内(さいたま地方裁判所管轄内)にあるのかもしれないが、登記までは取得してないので不明である。
以上