本稿のねらい
前回の記事において、2021年3月31日から2022年3月15日まで約1年間にわたり、法務省に設置された「刑事手続における情報通信技術の活用に関する検討会」(本検討会)における「電子令状」や「電磁的記録提供命令」(本検討対象)に関する議論やその報告書について、簡単にまとめた。
本稿では、本稿執筆時点で第12回会議(2023年9月15日開催)まで開催され取りまとめに向けたたたき台について議論が続けられている法制審議会刑事法(情報通信技術関係)部会(本部会)における本検討対象の議論について説明することにする。なお、本稿執筆時点では、本部会第11回会議と第12回会議の議事録は公開されていない。
少し長くなってしまったため、分ければよかったと反省している。
電子令状の執行・呈示
電子令状の執行・呈示に関する記載は、上図【検討項目(1)関係】の③である(赤枠)。
具体的には、次のような検討課題が挙げられていた。
(1)令状の呈示
現行法において、処分を受ける者に対して令状を示さなければならないこととされている趣旨は何か
電子的に発付された令状を執行する場合において、前記の趣旨に照らし、処分を受ける者に対して当該令状を示すに当たりどのような方法によることが必要となるか
電子的に発付された令状の執行についても、緊急執行(刑事訴訟法第73条第3項等)の規律を設けるか
┃ 令状呈示の趣旨
┃ 電子令状の呈示方法/写しの交付等の要否
令状を被処分者に見せることにより手続の公正を担保しようとする特殊性があるとのことだが、果たして、令状の何を見せれば公正性が担保されるのだろうか。そもそも、ここでいう手続の公正性とはなんだろうか。
いずれにせよ、実際に権限のある裁判官が発付した令状であるかどうかを被処分者が確認する術はないことから(裁判所に問い合わせたとて教えてくれないだろう)、この点は令状呈示の時点では問題とならない。
強制処分の着手に際して被処分者に何を呈示すればいいのかは、被処分者は令状の呈示に際して何を考えるのかと言い換えてもいいかもしれない。
この点、令状を呈示されることにより、被処分者としては、第一に強制処分の着手を受忍するのか否かの選択に迫られ、第二に仮に強制処分の着手は受忍せざるを得ないとしてもその対象や範囲等については目を光らせ、場合によっては不服申立てを行うことを検討することになる。このように、令状呈示による被処分者の心理は少なくとも二段階に分かれるように思われる。
一般に、被処分者が捜査機関による強制処分の着手を受忍するのは、令状に表示される裁判官の記名や押印に対する信用/権威ではなく、令状を呈示する捜査機関は裁判官が発付していない「ニセ令状」を呈示して強制処分を行うことはないだろうという捜査機関への信用ではないか。
また、仮に「ニセ令状」ではないかと疑ったとして、その時点で被処分者側に当該令状を争う手段は事実上存在せず、強制処分の着手自体は甘受せざるを得ないと思われる。
問題はその先で、強制処分の着手はやむを得ないとして、実際に行われた強制処分と令状に記載・記録された内容が整合するのかどうか、ここを確認できなければ令状呈示の趣旨である不服申立ての機会など画餅に終わる。
佐久間委員の発言の前段はそのとおりである。繰り返しだが、被処分者が令状の写しの交付を受けたからといって、その令状の真正性を確認する術はない。しかし、その前段の発言と後段の発言は論理必然ではない(「そうであるとすれば」では繋がらない)。
呈示された令状の真正性(上記第一段階)と不服申立ての機会を実質的に保障すること(上記第二段階)を一緒くたに考えているための誤解があると思われる。(もとをただせば、本検討会での河津委員や本部会での久保委員が「真正な令状」という意味不明な論点を持ち出したことに起因するのだが)
結局、令状呈示の趣旨は、不服申立ての機会を確保することにはなく、あくまでセレモニー的な意味合いであり、一定の信用に値する捜査機関が、裁判官が発付したという令状なるものを持参しているということは、強制処分を甘受すること自体はやむを得ないことを納得させるための儀式である。
その意味で、実質的には、令状が呈示されるだけでは意味がなく、またその令状に「裁判官の記名や印影らしき赤い丸」など施して体裁だけ整えても儀式に儀式を重ねるだけで何ら意味がなく、被処分者の不服申立ての機会は保障されない。この被処分者の不服申立ての機会を実質的に保障するために、令状の写しの交付又は写しを取ることを許容することが必須と考える。
┃ 電子令状の緊急執行
(2)処分を受けた者等に交付することとされている書類の交付方法
電磁的記録提供命令
電子令状の執行・呈示に関する記載は、上図【検討項目(2)関係】の④⑤である(赤枠)。
具体的には、次のような検討課題が挙げられていた。
(1)処分の性質・法的効果
┃ 現行法にて認められている他の強制処分との対比
┃ 電磁的記録提供命令の法的効果
たしかに、電磁的記録提供命令は、有体物の差押え(占有移転)とは無縁であり、その意味で「情報の提出命令」であり、「有体物の提出命令」である刑訴法第99条第3項の提出命令と類似するといえば類似する。
しかし、刑訴法第99条第3項は、現行法上、裁判所の強制処分としてのみ許容されているところ(同条項は同法第222条により捜査機関の活動に準用されていないことによる)、仮に提出命令と同等の効力をもつ電磁的記録提供命令を創設することは、現行法の建付けにそぐわない可能性がある(本部会第3回会議議事録19-20頁〔酒巻部会長発言〕)。
これを検討するためには、そもそも現行の刑訴法第99条第3項の提出命令がなぜ裁判所の処分としてのみ許容されているのかを解明する必要があろう。
これは、この提出命令の効果の問題であると思われる。つまり、この提出命令は、たしかに被処分者に対し、裁判所に対して当該命令の対象となった有体物を提出させる(公法上の)義務を負わせるものであるが、被処分者がそれに応じなくとも罰則等は定められておらず、その場合には別途差押え等(刑訴法第99条第1項・第2項)の強制処分を行う必要がある。
捜査機関は、官公署や民間企業に対して捜査関係事項照会(刑訴法第197条第2項)により報告を求めることができ、これにより裁判所の提出命令と同等の効果を得ることができている。
下記(2)で触れることだが、現在検討されている電磁的記録提供命令の効果として、現行の提出命令程度の効果でよいのだとすれば意義が乏しい(既に捜査関係事項照会で可能である)。
そうだとすれば、電磁的記録提供命令は、たしかに効果としては現行の提出命令と似通ったところはあるにせよ、それとは別の制度として、つまり実効性が担保される形での強制処分として導入されることになろう。その場合、同じように、記録命令付差押えについても実効性が担保される制度を導入するのが論理的である。
(酒巻部会長はこういった回答を求めていたように思われる)
(2)強制処分としての実効性をより一層担保するための方策
┃ 間接強制肯定説
賛成するが、であれば、記録命令付差押えについても同様に制裁を設ける事が必要であると考える。(外国では記録命令付差押えに相当する "production Order" への違反に対しては罰則等があり得るとのこと)
【参考】サイバー犯罪条約の解説
サイバー刑事法研究会報告書
「欧州評議会サイバー犯罪条約と我が国の対応について」
┃ 間接強制否定説
①〜③全てに共通することだが、上記成瀬幹事発言のとおり、記録命令付差押えに関して、当該処分に被処分者が従わない場合の制裁を設けない理由は、あくまで協力的な事業者が被処分者となることが想定されているためである。
被処分者(事業者)が記録命令付差押えに従わない場合、最悪のケースとして、実効性がどこまであるかは別にして、当該被処分者が事業の用に供しているサーバー(記録媒体)自体が差し押さえの対象となる(刑訴法第99条第1項・第2項)。そのサーバー自体が差押えられるとすれば、当然、そこに記録されている被疑者等に関するデータを捜査機関や裁判所が閲覧可能となる(①)。それが供述的な性格を持とうが持つまいが関係ない(②)。ただし、命令に対する不服申立ては抗告又は準抗告として準備されている(③)。これが現行法における原則である。
いうなれば、記録命令付差押えは、(記録媒体を特定する必要がない点では捜査機関・裁判所の便宜に資するが)あくまで原則に対する例外的に、事業者側の便宜を図り、ひいては当該事件に関係のない国民・市民のための制度という要素が強いと考える。
事業者としては、たった1人のよくわからない個人のために多数人が利用するサーバー自体を停止させることは通常せず、法的な根拠がある記録命令付差押えがあれば、それに応じるのがリーズナブルである。
そのため、基本的に記録命令付差押えや今回創設が検討されている電磁的記録提供命令について、事業者が拒否することは考えづらいところではあるものの、実際に拒否された場合、原則に戻りサーバー自体の差押えを行うことが可能かという問題に立ち返らざるを得ない。
個人データの越境移転にかかる制約(個人情報保護法第28条)や安全管理措置の一環として公表が必要である(同法第32条第1項第4号、同法施行令第10条第1号、ガイドライン通則編10-7)など、(クラウド含め)サーバーを海外に置く事業者がどの程度いるかは不明であるが、仮にサーバーを海外に置く事業者が一定数あり、かつ、その事業者が管理する電磁的記録が頻繁に必要になるのであれば、サーバー自体の差押えは困難であろう(「国際捜査共助」?)
なお、②の部分、つまり特に被疑者も電磁的記録提供命令の対象となるとすれば憲法第38条第1項との抵触の可能性があるとの点だが、たしかに被疑者に不利な情報の提供を間接強制等の制裁により強制される点では問題になり得るものの、この制度は被疑者に新たな供述を強制するわけではなく、過去の情報について提供を命ずるものである。仮にこれが憲法第38条第1項に抵触するとなれば、被疑者の手元にある手紙、メールやチャットについても現物や電磁的記録を差し押さえることができないが、憲法第35条との関係でいえば、明らかに失当であろう。強制の程度の観点でいえば、憲法第35条が認める直接強制の方が強いのだから。
とはいえ、仮に電磁的記録提供命令の対象者に被疑者を含むとしても、基本的に一般人に対してこの命令を発する意義は乏しく、そのような運用がされることはないように思われる。その意味では、久保委員の提案のとおり、被疑者・被告人は対象から法定除外してしまうのが手っ取り早い。
仮に、電磁的記録提供命令の制度が施行された後、この命令でも通信事業者等が開示を拒否するような場合に、被疑者等データの本人に対してこの命令を行い、それをもって本人から通信事業者に対し捜査機関等への開示の同意がなされるような運用も、もしかしたら有用かもしれないが。
┃ Column 通話履歴については通信傍受法に準じたルールを!?
本部会第7回会議において、久保委員が突如として、通話履歴については通信傍受法の規律に寄せた検討が必要であると主張し始めた。
果たしてそうなのだろうか。
本当のところはわからないが、LINEヤフー株式会社(旧LINE株式会社)が公表している "Transparency Report" によれば、裁判官が発付した令状に対しては通話履歴も含む情報を期間等により制限をかけながらも開示に応じているとのことである。これは総務省の「電気通信事業における個人情報等の保護に関するガイドライン 解説(令和5年5月18日版)」「5-1-2「通信履歴の提供」(201頁)とも整合的である。
なお、情報の内容に着目した制度は既に存在しており、それが記録命令付差押えである。つまり、刑訴法第99条の2は「裁判所は、必要があるときは、記録命令付差押え(電磁的記録を保管する者その他電磁的記録を利用する権限を有する者に命じて必要な電磁的記録を記録媒体に記録させ、又は印刷させた上、当該記録媒体を差し押さえることをいう。以下同じ。)をすることができる。」と規定しており、証拠としての必要性はまさに情報の内容に着目して判断されることになる。だからこそ、記録命令付差押状には「記録させ若しくは印刷させるべき電磁的記録」が特定・記載されることになっている(同法第107条第1項)。
ちなみに、通信傍受法との関係では、次のようなやり取りが繰り広げられていた。。(いやはや)
ごもっともな反論だろうと思われるが、これに対しては、次のような再反論(?)が返ってきていた。
クラウドとは何か理解した上での発言だろうか。クラウドだろうが昔ながらのメールボックス(メールサーバー)やリモートストレージサーバーであっても、もちろん容量の差こそあれ、被疑事実に無関係な「膨大な情報」が含まれ得る。だからこそ、上記のとおり、記録命令付差押えは、サーバーは特定しないものの、「記録させ若しくは印刷させるべき電磁的記録」を特定した上で記録命令付差押状に記載されることになっている(刑訴法第107条第1項)。
もちろん、一定期間(◯年◯月◯日から△年△月△日まで)の通話履歴や通信履歴という特定も可能であることから、その意味では被疑事実と無関係な情報も含まれる。しかし、それは刑訴法第99条第1項によりサーバー自体を差し押える原則形においても同じである。サーバー自体を差し押えている以上、むしろより広範に情報を閲覧等可能である。久保委員の論法(?)からいえば、むしろサーバー自体の差押えこそ包括的な差押えが行われ得るのだから、通信傍受法に寄せた検討が必要となるのではなかろうか。
なぜ、記録命令付差押えや電磁的記録提供命令のみが槍玉に上がるのか理解に苦しむ(思い付きで話すべきではなく、繰り返すが、弁護士委員は「ご経験」のみ話していれば結構)。
(3) 電磁的記録提供命令に対する不服申立て
本部会第7回会議にて配布の資料(配布資料11)において、電磁的記録提供命令を受けた被処分者に対し、次のような不服申立ての手段を用意することが提案された。
これに対しては、特段の異論なく、このような不服申立ての手段を用意すべきであることで一致していた。
電磁的記録提供命令が押収に関する命令であることからすれば、当然であろう。
取りまとめに向けたたたき台(諮問事項「一」関係)
(1) 電子令状の執行・呈示
今のところ、やはり令状の写しの交付や写しを取ることについては規律化される見込みはなさそうである(残念)。
(2) 電磁的記録提供命令
┃ 電磁的記録提供命令
電磁的記録提供命令本体については、次のような規律が提案された。
※ここでは捜査機関によるものを紹介するが裁判所が行うものもほぼ同旨
ここでいう「証拠電磁的記録」とは「証拠となる電磁的記録と思料するもの」を意味する(取りまとめに向けたたたき台(諮問事項「一」関係)10頁)。
よくわからないのは、証拠電磁的記録の提供の方法として2つ提案されているうちの2つ目、つまり「記録媒体に記録させ若しくは移転させて当該記録媒体を提出させる方法」である。これは記録命令付差押えと同義になるように思われるところ、記録命令付差押えと統合させる趣旨だろうか。
┃ 秘密保持命令
この秘密保持命令については、現行法でも保全要請にかかる秘密保持要請として類似の制度が存在している。
刑訴法第197条第3項の保全要請は、あくまで任意処分(任意捜査)であり、この要請に事業者が応じなくとも罰則等は用意されていない。
この保全要請の趣旨は、通信履歴は短期間で消去される場合が多いとされており、令状の発付を待つと上書きされるなど過去の情報が散逸する可能性が高まることから、保全の必要性が大きい点にある。
保全の必要性が大きいことと秘密保持を要請することは論理必然には繋がらない。つまり、仮に、保全要請を受けた事業者が、当該通信履歴にかかる本人に対し、保全要請を受けた旨を伝えたとしても、当該通信履歴は事業者のもとに残る可能性が高いためである。(保有個人データの削除請求の要件もクリアしないだろうから、事業者が当該本人の便宜を図り、通信履歴を削除してあげるような稀有なケースのみが問題となるに過ぎない)
では何のための秘密保持要請かといえば、単に、保全要請が行われるような場面は、捜査のフェーズでいば初期であり、未だ密行性が高いとされており、捜査機関が動いていること自体、被疑者等には伏せておきたいという捜査機関の事情である。
この点、以前の記事でも触れたように、多くのプラットフォーマーと呼ばれる事業者は、捜査機関から開示要請等があった場合には、原則として本人に通知するというポリシーを出している。
例外的に、法令により本人に対する通知が禁止される場合は、秘密とするという運用のようである。
そうだとすれば、仮に上記のような秘密保持命令の制度ができれば、法令により本人に対する通知を禁止することになる以上、各社とも本人に対する通知はしない(できない)ことになる。
これをどう考えるかだが、元々、プラットフォーマー各社は、透明性を高める趣旨で本人に対する通知を行っていたと思われ、つまり自主的にというか積極的に本人に対する通知を行うインセンティブがあったというよりは、それをしないことによる負の影響を危惧して本人に対する通知を行っているものと思われ、そうであるとすれば、法令により本人に対して通知しなくてよいという免罪符を得ることになる以上、特段異論はないものと思われる。
以上