またまた弁護士法:債権管理・債権回収に係るクラウドサービス(グレーゾーン解消制度)
本稿のねらい
2023年8月31日、「債権管理のためのシステムの提供」に関して、グレーゾーン解消制度の回答(本回答)が公表された(経済産業省ウェブサイト)。
ここでの論点が弁護士法と債権管理回収業に関する特別措置法(いわゆるサービサー法)の2点(厳密には弁護士法のみでいいのだが)であったこともあり、法務省による回答であった。
結論としては、いずれの論点についても、基本的には弁護士法やサービサー法に抵触しないとの回答であった。
詳細は後述のとおりだが、本回答の前提となる照会書(本照会書)に記載のサービス内容であれば、弁護士法やサービサー法に該当しないことは明白である。
そこで、本稿では、本回答や本照会書の内容というよりは、そもそも、なぜこの程度の論点でグレーゾーン解消制度を利用したのか検討してみたい。
なお、以前の記事にて、弁護士法関係のグレーゾーン解消制度やグレーゾーン解消制度を含む事業者単位での規制改革に資する制度を紹介している。
グレーゾーン解消制度
(1) グレーゾーン解消制度の根拠
グレーゾーン解消制度の根拠は、産業競争力強化法第7条にある。
グレーゾーン解消制度の照会書(様式/記入例)に次のような文章があるのもこのためである。
(2) グレーゾーン解消制度の要件
上記根拠法である産業競争力強化法第7条第1項によれば、グレーゾーン解消制度の要件は、次の3点である。
「新技術等実証」又は「新事業活動」を実施しようとする者であること
「新技術等実証」又は「新事業活動」やこれに関連する事業活動(「新事業活動等」)を実施しようとすること
新事業活動等につき規制する法令の解釈や適用の有無につき確認を求めること
3点目は単なる事実行為であり論点はないことから、実質的には、1点目・2点目が論点となり、いずれも、「新技術等実証」か「新事業活動」であることが論点となることがわかる。
ちなみに、産業競争力強化法第7条第1項でいう「主務省令で定めるところにより」とは、産業競争力強化法に基づく新技術等実証及び新事業活動に関する規制の特例措置の整備等及び規制改革の推進に関する命令第4条第1項様式第八(新技術等実証)又は様式第九(新事業活動)により照会書を提出しなければならないことをいっているだけである。
新技術等実証
「新技術等実証」とは、次のいずれにも該当するものをいうとされている(産業競争力強化法第2条第3項)。
多くの場合、規制のサンドボックス制度(新技術等実証制度)(産業競争力強化法第8条の2)において参照されることになる。
新事業活動
「新事業活動」とは、次のものをいう(産業競争力強化法第2条第4項)。
ここでいう主務省令とは、産業競争力強化法に基づく新技術等実証及び新事業活動に関する規制の特例措置の整備等及び規制改革の推進に関する命令のことであり、同第2条が「新事業活動」について定義している。
このとおり、新事業活動というためには、商品やサービスの開発や生産・提供などにおいて新たな事業活動であることに加え、それを通じて生産性の向上又は新たな需要開拓が見込まれることが必要となる。
「新事業活動」は、新事業特例制度(産業競争力強化法第9条)において参照されることもあるが、多くの場合、グレーゾーン解消制度(同法第7条)において参照される。
本照会書も、「様式第九(第4条関係)」とあるように、新事業活動としてグレーゾーン解消制度を使っている。
本照会書・本回答
(1) 本照会書
本照会書において検討対象となるサービス(本サービス)の内容
いまいちよくわからないが、下図のとおりかと思われる。
本サービスの基本部分は、債権管理・債権回収のシステムである。
本サービスが「新事業活動」である理由は、次のように説明されている。
生産性の向上なのか新たな需要の開拓が見込まれるのか、どちらを意識して書いたのかはよくわからないが、コストを削減できる点で「新たな需要の開拓」、アナログ管理をデジタル化する点で「生産性の向上」だろうか(もう少し要件を意識して書くとわかりやすいし、想いも伝わりやすいと思う)。
本サービスの流れ
本照会書2−3頁によれば、次のような流れとなるようである(下記では本照会書の内容をだいぶ要約したり補足したりしている)。
顧客との間で債権管理システム・サービスの利用契約を締結する
顧客に対し債権管理システムの ID / PW 等ログイン情報を付与し、同システムを提供する
顧客は、顧客の基幹システムを経由し、又は手動で、債権管理システムに債権基本データをアップロードする
顧客は、債権管理システムにアップロードしたデータを同システム上で閲覧・削除・更新できる
顧客は、自身のサービスの顧客(債務者)に対し請求通知や支払遅延時の通知を行い、その通知の期間・頻度・通知文の文言は、顧客が設定・閲覧・変更できる(「通知ルール」)
顧客は、通知文を自由に設定できるが、Googleスプレッドシート等の形式で用意された一般的な通知文の雛形(全ての顧客に対し同一内容を提供)を利用することもできる(雛形を利用するかどうか、利用するとしてそのまま利用するか一部をアレンジして利用するかはすべて顧客が選択する)
雛形には、債権基本データから氏名・債権額・支払期限日(年月日)・支払先銀行口座情報等の債務者ごとに異なる情報を通知文に反映するためのコードが含まれている
通知文の文言内のコードの設定に問題がありシステム上エラーとなる場合であって、当該エラーの通知を受けた顧客からの個別の依頼を受けて、当該エラーの原因を除去する目的で、当該エラー部分のコードを書き換えるとき、当該エラー部分を顧客の依頼する情報で上書きすることにより依頼を受けた内容を機械的に反映する方法で修正するとき、誤字・脱字・数字の打ち間違いといった通知文の形式上の誤記について、顧客からの個別の修正の依頼があった場合に、当該依頼を受けた内容を機械的に反映する方法で修正するときを除き、それ以外の場合において、顧客の通知文の文言の変更や校正に関わることはない
顧客から、個々の通知に関し、その状況に応じた雛形の修正の要望があった場合、これを行わない
顧客は、債権管理システム上で個別の債権について、債務者とのやりとりの内容や債権情報に関する補足(ステータス、請求履歴、交渉履歴等)を追加・付与し、 通知ルールに反映させることができる
顧客が選択、設定した通知ルールに基づき、顧客は、債権管理システム、更には債権管理システムに接続する外部通信システム・ツール(電話・メール・SMS・ アプリ内プッシュ通知)を経由し、自動で債務者に対して通知・連絡等を行う
通知文の送信元は原則として、顧客の管理する電話番号又は送信アドレス等であり、通知文の名義も顧客名義となる
債務者に債務に関する通知がなされるのは、顧客が通知設定をした場合だけであり、通知設定をしない場合にはその送付はされない
債務者は、顧客から受領した通知・連絡に基づいて、顧客に対して支払 いを行い、債務の弁済を実行する
弁護士法との関係でいえば、重要なのは上記No.8とNo.9(No.13も入れてもいいかもしれない)である。
弁護士法要件等については以前の記事を参照のこと。
(2) 本回答
本回答は、2つに場面を分けている。1つは、本サービスの通知文の雛形のデータを顧客に提供する部分を除く部分、もう1つは、本サービスの通知文の雛形を顧客に提供する部分である。なお、サービサー法はどうでもいい。
つまり、法務省としては、通知文の雛形のデータを顧客提供するかどうかを気にしたということである。
① 雛形を提供する部分以外の部分について
まさにこのとおりと考えられ、このくらいの議論は従来幾度となくなされてきた。これを突き詰めると、そもそも電話・FAX・メール・郵便等の各種伝達手段やデータを管理し運用しているOSや各種ソフトウェアですら非弁行為の疑いありとなるのであるが、常識的にあり得ないし、弁護士法第72条の趣旨や定義に照らして、これらが同条に抵触しないのは明らかである。
通常の弁護士等専門家であれば、一瞬で回答できてもおかしくなく、意見書を書けと言われれば何ら問題なく書ける範囲である。(なぜグレーゾーン解消制度で確認しなければならなかったのか謎である)
② 雛形を提供する部分について
このあたりは、2023年8月1日付けで法務省が公表した「AI等を用いた契約書等関連業務支援サービスの提供と弁護士法第72条との関係について」(ガイドライン)を気にしたのだろう。
形式的には「雛形」といいつつ、個別具体的な案件ごとにその内容をサービス提供者側で修正・変更できるような仕組みだとすれば、それは実質的には「雛形」ではなく、「雛形」を使った法的アドバイスであり、したがって弁護士法第72条にいう「法律事務」である。(なお、仮に「法律事務」に該当しても前提として事件性、つまり「法律事件」に該当する状況でなければ同条には抵触しない)
この点は、上記ガイドラインを読めば一目瞭然であるし、そもそも法律事務の定義や通説的な解釈からも当然の帰結である。
なお、雛形をサービス利用者に提供するサービスは、過去にも法務省が回答しており、個別具体的な取引の内容にかかわらず雛形として利用できるようにしておく限りにおいては「法律事務」に該当せず弁護士法に抵触しない。
本照会書の日付が2023年8月10日であり、ガイドラインが公表されて10日近く後であることを踏まえても、やはりなぜグレーゾーン解消制度が利用されなければならなかったのか謎である。
以上のように、本照会書の論点は、いずれも解決済みの内容であり、その意味で何ら「グレーゾーン」ではないし、また本回答の内容が新しい視点を提供してくれる(た)わけでもなく、結局、なぜグレーゾーン解消制度が利用されたのか不明である。
依頼してもらえれば意見書を書いたのに…
以上
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?