本稿のねらい
法務省に設置された法制審議会刑事法(情報通信技術関係)部会(本部会)も大詰めに差し掛かっているものと思われ、本稿では、本部会において検討されている事項、特に諮問事項「一」に関するもののうち、「電子令状」や「電磁的記録提供命令」と呼称されているもの(本検討対象)について紹介する。
民間企業において法務業務に従事している担当者にとって影響があるものと考えられるためである。
その前段として、2021年3月31日から2022年3月15日まで約1年間にわたり、法務省に設置された「刑事手続における情報通信技術の活用に関する検討会」(本検討会)での本検討対象に関する議論やその報告書について、簡単にまとめておく。
【参考】
刑事手続における情報通信技術の活用に関する検討会
上記のとおり、2021年3月31日から2022年3月15日まで約1年間にわたり、法務省に設置された「刑事手続における情報通信技術の活用に関する検討会」(本検討会)による議論が行われた。
本検討会の趣旨は次のとおりである。
本検討会での論点は次のとおりであり、このうち「1 書類の電子データ化、発受のオンライン化」の「(2) 令状の請求・発付・執行」や「(3) 電子データの証拠収集」が本検討対象である。
本検討会において、主に本検討対象に関して議論されていたのは、第2回会議、第6回会議、第9回会議であった。
本検討対象につき重要と思われる部分をピックアップして簡単に紹介する。
(1) 電子令状
┃ 必要性:電子令状を創設する目的
┃ 許容性:憲法第33条や第35条の令状主義との関係
憲法第33条は「何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない」と規定し、また同法第35条は「何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第33条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ」と規定しており、特段令状の媒体へのこだわりは見受けられない。
後段の要件論については紙の令状による場合でも同じく問題となるのであり、あまり意味をなさない。
┃ 検討課題①:電子呈示された令状の真正性の確認?
そもそも一般的な国民・市民がオンラインで令状の呈示を受けるというのはどういう場面なのだろう。
少なくとも、逮捕・勾留、有体物又は場所の捜索又は差押えに関しては、強制処分のためには、当然、警察や検察等捜査機関による対面・現場での対応が必要となるはずであり(遠隔でロボットやドローン等による身体拘束や捜索差押えはまだできなかろう)、あえてオンラインで令状を呈示する必要性はない。
この点、本検討会で紹介されている外国の例(資料33 諸外国における情報通信技術の活用に関する法制・運用の概要【暫定版・更新版】)によれば、電子令状の制度を持つ国においても、フランスを除き、令状の呈示・執行は紙媒体で行っているのが現状とのことであり、現場に行くのにわざわざ、故障・充電切れ・電波障害等の隘路が多いタブレット端末での呈示にこだわる必要はまったくないのであって、一般的な国民・市民への令状の呈示は紙の印刷物で行われることになろうかと思われる。
なお、一般的な国民・市民へのタブレット端末での呈示は、例えば、被疑者宅前での見張り等や(半ば強引な)職務質問を継続しながら、電子令状の発付(発行)と同時に逮捕等強制処分に踏み切ることを可能にするくらいでしか役に立たないように思われる。
オンラインで令状を呈示することが有用なのは、上記本検討会第2回会議重松委員発言のような「通信事業者からの通信履歴の差押えといった場面を考えますと、差押許可状をオンラインにより送付し、必要なデータをオンラインにより返信してもらう」場合、つまり差押えの対象が有体物ではなく無体物(データ)であるような場合である。
これを一般的な国民・市民を相手に行うことは皆無といっていいだろう。
このような令状執行の運用を行う必要性が高い部類の事業者を洗い出し、捜査機関や裁判所のシステムへの登録を促し、そのシステム内の通知により電子的に令状を呈示することにより、当該令状の真正性を担保できるように思われる。
仮にこのようなシステムとすることができれば、有効期間が満了した令状については呈示(通知)をできないよう設計するなどし、有効期間切れの令状が濫用されるおそれも払拭できるように思われる。
┃ 検討課題②:令状の写しの交付又は電子令状のデータの送信の必要性等
あるいは、河津委員の懸念は、電子令状を捜査機関がタブレット端末等に表示させる場合に、押印等がないことから一般的な国民・市民が令状の真正性を確認できないという事態を指しているのかもしれない。
何を言っているのかわからないが、現状も捜査機関から紙の令状の呈示を受けるといってもざっと見る程度の猶予しか与えられず、当然写しも取れず、押印等の真正性についても印鑑照合などできない以上、令状の真正性など何ら確認できていないのである。
令状の押印さえあればあたかも常に真正な令状であるかのように考えているようだが、印章などいくらでも偽造は可能であること、また上記のように印影の真正性など被処分者が確認できるはずもないことから、押印の有無により令状の真正性は何も変わらない。
それがタブレット端末等で電子的に呈示されたからといって、現状と何ら変わらない(今に始まった問題ではない)。
被処分者にとって令状が呈示されるのみで手元に何も残らず、後日証拠開示等により令状の内容を確認できる被疑者や被告人と異なり、単なる第三者で捜索や差押えを受ける被処分者には後日令状の内容を確認する機会がなく、不服申立ての機会が事実上剥奪されていることについては、現時点でも問題なのである。
押収目録や捜索証明書によりどのように争えばいいのだろうか。
仮に押収目録や捜索証明書に令状記載の事項と同様のことが記載されているのであれば、むしろ令状の写しの交付を拒む必要性はまったくない。
被処分者としては、違法な処分を受けたと考えれば、後々、国家賠償請求等により捜査機関を訴える可能性もあるのであって、真に被処分者の"人権"に配慮するつもりがあるならば、少なくとも令状の写しの交付くらいは必要である。
仮に電子令状の通知が行われるようになれば、少なくともこの点では一歩前進・改善といえるだろう。
┃ 検討課題③:電子令状の「返還」?
(2) 電磁的記録提供命令
本検討会第2回会議時点では「電磁的記録提供命令」という呼称はされていなかったが、次のような趣旨で創設が検討されていた(「電磁的記録提供命令」という呼称がされ始めたのは本検討会第6回会議である)。
┃ 必要性:現行法での対応の困難性・無駄の発生性
必要性については、捜査機関側の必要性ももちろん、事業者側の必要性も十分理解できるところである。無体物であるデータを、わざわざ一旦有体物(媒体)に移す必要性などない。移す過程でデータの欠損等が生じる可能性もあるし、また事業者としても有体物(媒体)を自己のシステムに繋ぐことのリスクがある以上、可能な限り避けたいと考えているのではないだろうか。
また、わざわざ事業所等に捜査機関が来訪することにより、事業者にとっては、捜査機関への対応コストが生じる(捜査機関はそれが仕事だからいいが事業者にとってはいい迷惑である)ことに加え、仮に捜査機関が来訪したことが知れると風評被害が生じかねないのであり、可能な限り、捜査機関が事業所に来訪しなくて済むような制度とすべきである。
まさにこのとおりである。
┃ 許容性:新たな処分を設けることが許容されるか
このように、現行法にて認められており、かつ、違憲の疑義がないと思われる記録命令付差押えという強制処分から、「差押え」に関する部分を除外する強制処分の創設が検討されているのであり、基本的に、記録命令付差押えよりも被処分者の被侵害利益は小さいはずである。
┃ 検討課題①:原データとの同一性の担保?
何を言っているのかわからないが(何で弁護士ってこうアレなんだろうか…お得意の経験だけ話していればいいのに)、原データとの同一性の担保が問題となる場面は、記録命令付差押えの場面でも同じである。
証拠として「作成・更新・アクセス・印刷等の日時や変更の履歴、作成者や最終更新者などを示す情報」が必要なら、必ずしも原データと一緒くたでなくとも別の資料として提供を求めることで足りるではないか。
仮に何らか意図的な改ざん等の行為が事業者側にあれば、それに対して制裁を科すなどしてリスクコントロールを行うことで足りると思われる。
後段、つまり証拠収集後、公判廷に提出されるまで同一性の担保することは捜査機関内の管理の問題であり、事業者の知ったことではない。
┃ 検討課題②:対象データの特定?
┃ 検討課題③:実効性確保?
(3) 報告書
┃ 電子令状の執行・呈示
このように、電子令状の執行・呈示は、電子令状にかかる電子データを紙に印刷し、あるいは当該電子データをタブレット端末等に表示させる方法で行うことが提案されている。
そして、電子令状の写しの交付については、必要説と不要説が併記され、今後の議論?とされた(「刑事手続における情報通信技術の活用に関する検討会」取りまとめ報告書11-12頁)。
┃ 電子データの証拠収集
この電子データの証拠収集については、第9回会議以降の会議においては特段異論等が出されず、結局、第2回会議と第6回会議で議論されたとおりの内容で報告書が作成された。
この報告書の内容を踏まえて、現在取りまとめに向かっている法制審議会刑事法(情報通信技術関係)部会で議論されており、次回、法制審議会での議論を紹介することにする。
以上