本稿のねらい
2023年11月21日、法務省に設置された「起業家の負担軽減に向けた定款認証の見直しに関する検討会」(本検討会)の第2回会議が開催された。
(本稿執筆時点では第2回会議の議事録は未公開)
本検討会は、以前2回にわたり紹介した株式会社等の定款認証の見直し(認証を要する場面の縮小・廃止)に関する有識者会議である。
規制改革実施計画において、次のとおり、令和5年度中の検討・結論、遅くとも令和6年度中の定款認証の見直しの実施を迫られている。
本検討会の検討事項は次のとおりである。
定款認証の機能・意義について
定款認証の現状と課題について
起業家の負担軽減に向けた運用上・制度上の改善策について
定款認証制度の必要性・抜本的見直しについて
本検討会における検討の進め方について
その他
本検討会第1回会議では主に上記1〜4に関して自由な意見交換が行われた。
本稿では、主に本検討会第1回会議の議事録をもとに、定款認証の必要性の論証がされていないことを紹介することを目的とする。
はじめに
まず、対立構造をわかりやすくしておくことが議事録を読む上で有用と考え、定款認証の廃止ないし縮小あるいは選択制の導入に賛成する立場の委員とそれらに反対する立場(方法論は別として定款認証自体は一律で残す派)の委員に分けると次のとおりとなる(一部推測が含まれる)。
委員名簿
定款認証の廃止ないし縮小(あるいは選択制)に賛成(賛成派)
⚪ 後藤委員(会社法学者)
⚪ 関委員(新経済連盟事務局長)
⚪ 堀委員(弁護士)
定款認証の廃止ないし縮小に反対(反対派)
☓ 原田委員(行政書士)
☓ 鈴木委員(司法書士)
☓ 増田委員(全国消費生活相談員協会)
☓ 梅野委員(弁護士)
☓ 神作委員(会社法学者)
△ 佐久間座長(民法学者)
定款認証の機能・意義
(1) これまでの経緯の大筋
(前回記事の振り返り)
定款認証の機能に関する法務省の見解は次のとおりである。
法務省は、規制改革推進会議(令和4年10月から)第7回スタートアップ・イノベーションワーキング・グループでの回答(同資料6-1)以降、一貫して同様の定款認証の意義・機能を説明してきた。
しかし、これらに対しては、令和5(2023)年7月31日付けで書面議決された規制改革推進会議「法人の実質的支配者情報に関するFATF勧告への対応及び定款認証の改善による起業家の負担軽減について」の意見書(本意見書)において、次のとおり、経済界・規制改革推進会議委員から、定款認証の意義・機能に疑問が呈された。
【経済界】
定款認証の面前確認が、日本の法人設立手続の完全なワンストップ化、デジタル化の阻害要因
スタートアップの定款認証については、モデル定款とマイナンバーカードによる本人確認を活用して、デジタル完結可能な、ファストトラックの選択肢が強く要望される
令和4年度に法務省が実施した定款認証に係る公証実務に関する実態を把握するための調査の結果を見ても、公証人による面談と定款認証が必須であることを端的に示す結果は確認できず、むしろ、公証人の指摘事項を見ると、モデル定款のブラッシュアップ等で対応できるのではないか
公証人による面談、定款認証がなくても差し支えないことを示す結果が多く、モデル定款を修正・改善し、今後のモデル定款の活用方策を検討していく方法が良い
一定の定款については公証人による認証を必要とすること自体をゼロベースで見直し、不要とすることを早期に実現していただきたい
短時間の面談での実効的な人物評価や不正防止は不可能
不正防止は一律に行う事前チェックではなく、リスクの高さに応じた事後チェックで行うべき
【委員】
公証人による面前確認という手段には非常に大きな社会コストがかかっているが、他の手段が生まれ始めてきており、ゼロベースでどういうやり方が望ましいのか、制度目的を実現するために、公証人による定款認証が最適な手法であるのか、一番望ましい取るべき方法は何かを検討するべき
法務省の説明からは、デジタル臨時行政調査会で議論しているデジタル完結や自動化原則といったデジタル原則に沿った検討がなされていないように思われる
民間調査によれば、現在提供されているモデル定款を工夫して独自の内容を追加する必要がないという回答が約7割
大多数はシンプルな定款の構成であり、全ての会社形態をモデル定款でカバーする必要はなく、モデル定款の方と弁護士なども活用して独自の定款を作成する方とツートラックを設ければよい
このように、経済界からは「モデル定款」を用いたオンライン・デジタル完結(定款認証の例外)が強く要望され、定款認証の撤廃も含めたゼロベースでの検討も要望されているところであり、規制改革推進会議委員からも同様の意見が出ていた。
このような状態の中、法務省は、上記のとおり、定款認証の縮小や廃止に否定的な委員を多数招集し、規制改革推進会議での成果を台無しにしようと目論んでいるかのように見える。
(2) 本検討会第1回会議賛成派の意見
▶ 問の立て方にバイアスあり!?
もともと昭和13年の商法改正とそれに伴う昭和14年の公証人法改正により、株式会社の定款につき公証人の認証を受けなければその効力を有しないこととされた。
この点、定款認証の趣旨に関して、行政事業レビュー事務局による次のような説明がある。つまり、①定款案の文面審査を通じて事業目的等から判断して法令上違法な株式会社の設立を防止することと②公証人による面前確認を通じて発起人の意思の真正性を確保(なりすまし・名義貸しの防止)することにあるとされている。
他方で、少なくともドキュメント上は、法務省からは定款認証の機能の説明以外に趣旨の説明はなされていない。(秋のレビュー2023において口頭で法務省大臣官房審議官から説明があったに過ぎない)
【行政事業レビュー「秋のレビュー2023」法務省大臣官房審議官の説明】
昭和13年商法改正・昭和14年公証人法改正の背景には、①定款記載事項の不備、②定款の代理作成の場合における委任状の不備、③発起人による故意の定款の紛失等に起因する発起人の責任追及の困難性があり、要は無過失責任を負うべき発起人を確定するところにあった(発起人を確定するためには原始定款のみ認証されれば足りる)
公証人の面前での認証を経なければ、特に定款の代理作成の場合、最終的な代理意思の確認ができず、代理権消滅を主張される可能性がある
定款の作成や登記に関する代理権の有無は設立無効の問題と密接に関係
発起人の意思の真正性を確保することが上記②に繋がるのかもしれない。
しかし、現状も定款認証手続に代理人が就く場合、公証人と面談を行うのは代理人であり、代理意思の確認は委任状等の書面や電磁的記録により行われる以上、印鑑証明書やマイナンバーカードを用いて商業登記所が確認を行えば足りるように思われる。また、定款を商業登記所が保管すれば上記③も対処可能ではないか。
これに対して、定款作成後、定款を紛失したことにして定款を添付せず登記申請し、あえて会社設立を不成立にする者がいる可能性がある、つまり、その者が登記申請済みであるとして登記申請書を第三者に呈示のうえ資金を調達し、発起人としての責任追及を免れようとする者がいるというのが法務省の説明である。これは、このケースでは定款がどこにも保管されないため、発起人が誰なのか証明困難であることに由来する説明かと思われる。
しかし、このようなまわりくどい不法行為を行う者がいるだろうか。
仮にそのような非効率的な者がいるとして、それを会社法の事前・包括的な規制として用意する必要があるのだろうか。リテラシーの問題である。
また、2点目(代理権消滅)については民法の代理権消滅後の表見代理(同法第112条)の考え方により対処すれば足りるように思われる。
なお、表見代理では紛争を予防できないという点ではそうかもしれないが、定款認証を経たとしても紛争を起こそうと思えば当然可能である(公正証書遺言の例に思いを馳せれば明らか)。
【参考】行政事業レビュー「秋のレビュー2023」とりまとめ
▶ ゆくゆくは全廃!?
会社設立時に法務省のいう定款認証の3つの「機能」は担保すべき?
たしかに、定款としての実質を備えない不適法な定款が作成されたり、発起人のなりすましにより定款が作成されたりすることは、取引の安全性を確保するため、会社設立時に排除されることが求められる。また、実質的支配者についても、商業登記所等に申告される必要がある(レジストリアプローチ)。
しかし、法務省がいう定款認証の「機能」のうち、違法・不正な目的での会社設立を排除すること(事前規制)が会社設立時までに必要だろうか。そもそも、現行法上、違法・不正な目的での会社設立ができないという建付けになっていないのではないか(公序良俗無効!?)。定款認証を必要とした昭和13年商法改正当時の趣旨は、発起人への責任追及の確保を図る点にあり、仮に違法・不正な目的での会社設立が行われても発起人等に責任追及できればよいという思想であったのではないだろうか。
仮に会社設立時までに違法・不正な目的での会社設立を排除すること(事前規制)が必要だとしてそれをどのように排除するのだろうか。あくまで内心面であり、発起人ないしその代理人が「自白」すればわかりやすいが、通常そのようなことを望むことはできず、何らか客観的な指標が必要となるが、現状そのような指標はあるのだろうか(アンチマネロンの文脈で疑わしい取引として一般に認識されているものが参考にはなる)。
【自白した例!?】
▶ 「モデル定款」等デジタル技術の活用!?
違法性のある目的をデジタルの認証手段で排除可能!?
それはさすがに困難と思われる。
だからこそ、法務省は「不正な起業・会社設立の抑止」や「違法・不正な目的での会社設立の抑止」を前面に出してきているのではないかと思われる。
そうすると、問題の本質は、公証人による発起人ないしその代理人の面前確認であれば違法・不正な目的での会社設立を抑止できるのかという実効性の点にあることになる。
(3) 本検討会第1回会議反対派の意見
▶ 許認可行政と定款の目的の記載!?
意味不明
許認可の取得の有無や取得可能性の問題と定款の目的の記載は別問題である。定款の目的は、あくまで法人の権利能力の範囲を画するものに過ぎない(民法第34条)。
つまり、許認可等を取得する前に、許認可等が必要な事業を定款の目的に記載することは何ら問題がない(設立後に許認可等を取得することでよい)。また、許認可等が必要な事業を行うことが(ほぼ)決まっているのに定款の目的に記載がないことも何ら問題がない(設立後、許認可等の申請前に、定款変更の手続により定款の目的の記載に追加すればよい)。
▶ 実務家としての機能評価!?
機能と目的(趣旨)の違いが理解できていない
ゲートキーパー的な機能や相談・助言の機能はどういう目的で必要なのかが問われているのであって、「その機能がある」といったところで何ら意味がない。
なぜ、定款認証というプロセスが必要なのか、必要だとして、定款認証のプロセスの中で適法性のチェックや相談・助言の機能が一律、すべての発起人等株式会社の設立を意図する者に必要なのかを問うべきである。
また、実務家としての機能の評価などは聞いていない(そもそも一司法書士が法の趣旨・機能など理解して実務を行っているのか大いに疑問)。
法人格に何か幻想を抱いている!?
神作委員(後述)に似たものを感じるが、株式会社をはじめ法人は所詮Vehicleであり、器に過ぎない。同様にVehicle・器として倒産隔離機能を有する信託でも、自己信託でなければ、公証人による定款認証など不要で私人間の契約のみで設定できる。(なお、自己信託は公正証書等の作成が必要)
おそらく「社会の健全性を維持する」という発言から、法務省が挙げる「不正な起業・会社設立の抑止」や「違法・不正な目的での会社設立の抑止」を念頭に置いてのことと思われるが、果たして定款認証により社会の健全性が維持されているのだろうか。
▶ 消費者による「株式会社神話」!?
もはや意味不明過ぎて・・・どこから手を付けたらいいか・・・(呆)
法務省が頻りに言及している消費者系の意見とはこれか・・・(呆)
反対させるならもう少し事前の教育が必要・・・
▶ 案の定見えない敵と戦っている!?(リスク過大視)
少なくとも定款作成の有無や存否については商業登記所で管理可能
定款の内容をめぐる争い!?
仮にそのような争いが潜在的に起こりうるとして、定款認証の有無により顕在化の可能性に影響を与えるのだろうか。つまり、内容自体に発起人間の意見対立等がある場合、定款認証を経ても検出困難ではないだろうか。
株式会社への信頼性/信用性など本当にある!?
詐欺等犯罪を行うグループが株式会社であるか合同会社や個人であるかで騙される可能性に有意な差が生じるのだろうか。被欺罔者はグループが株式会社かどうかではなく、他の部分で騙されていることが大半ではないだろうか。
会社の設立は、人間が一人誕生するのと同じ!?
会社の設立は人間が1人誕生するのと同じとは・・・(呆)
実在しない発起人による設立!?
実在しない発起人による株式会社の設立など認めるはずはなく、発起人の実在性を公証人が面前で確認する必要はなく、マイナンバーカード等のデジタル技術で確認すれば足りる上、それは設立登記の段階でもいいのではないかという議論をしているはずである(誇大妄想!?被害妄想!?)。
第三者によるなりすまし!?
どこまでいっても防止はできない。現行制度であっても真の実質的支配者が誰かなど確認できないし、マイナンバーカード等を用いることで一定程度は防止可能だとしても完全に防止することは不可能である。所詮程度問題である。
多数の会社の設立は公証人によるチェックを要する!?
たしかにあまりに高頻度かつ多数の会社を設立することは疑わしい部類には違いない。しかし、ビジネスごとに会社を設立することには合理性がある場合も多い(税金面や社会保障面をよく考えよう)。
もし、一定の頻度(期間)において多数の株式会社の設立にリスクがあると考えるのであれば、設立登記申請の段階で形式的に弾くルール(株主提案権に個数制限を課すのと同様)で足りるのではないだろうか。
なぜ定款認証のプロセスで行うべきなのか、この発言からはまったく意味不明である。おそらく、形式的には弾けない設立登記申請を実質的な観点から弾きたいという趣旨だろうと思われるが、どういう権限でそのようなことをチェックするのだろうか(現行の定款認証でもそのような権限はないはず)。
【越権行為が疑われる例】
▶ 定款認証が株式会社設立規制の最初の第一歩!?
定款認証は株式会社設立規制の最初の第一歩かもしれないが(第一歩は定款作成だがそれは措くとして)、昭和13年商法改正により、現にそういう制度になっているだけである。昭和13年商法改正以前は定款認証は「第一歩」ではなかった。
会社法学者ですら定款認証の趣旨・目的について語らない・・・(謎)
定款に従って会社が運営されることと定款認証を要することがまったく繋がらない。定款認証を経ても、設立後直ちに定款変更が可能な点はどう捉えているのだろうか。
小括①
たしかに定款認証を残してはいけないと発言した委員はいなかった。
(なお、関委員は当初「選択制」を提案していたが、将来的には定款認証の全廃を要求した)
小括② -3つの「機能」の維持は重要!?-
法務省のいう定款認証の3つの「機能」を維持することが重要?
もちろん3つの「機能」が効果的に果たされるのであれば、それらを維持することは重要であるが、ほとんどは別の手段で代替可能であるし、また法務省が推している「不正な起業・会社設立の抑止」や「違法・不正な目的での会社設立の抑止」は効果的に果たされているのか実証されていない。
以上