規制改革(スタートアップ・イノベーションWG):法人設立手続のデジタル完結→公証人の定款認証撤廃!?

2023(令和5)年6月21日、規制改革推進会議のスタートアップ・イノベーションワーキング・グループ(本稿では「スタートアップ・イノベーションWG」という。)の第14回会議(本稿では単に「第14回会議」という。)が開催された。

本稿執筆時点(2023年6月30日)では議事録が掲示されていないため議論の詳細は不明だが、議題は次の2点であり、おそらく、2022(令和4)年11月11日に開催されたスタートアップ・イノベーションWG第2回会議の議題の2番目「スタートアップに関する制度(定款認証の実務に関する実態調査)」や2022(令和4)年4月14日に開催されたスタートアップ・イノベーションWG第7回会議(本稿では単に「第7回会議」という。)の議題の「スタートアップに関する制度(法人設立手続のデジタル完結等)」で議論された公証人の定款認証の必要性の延長にあるものと考えられる。

  1. 法人の実質的支配者情報の把握に関するFATF勧告への対応

  2. 定款認証に係る公証実務に関する実態を把握するための調査の結果

本稿では、直接第14回会議について触れることはせず(議事録が掲示され次第紹介する予定)、公証人の定款認証の現況第7回会議の議題のうち特に公証人の定款認証の必要性、2023(令和5)年6月の規制改革推進に関する答申の内容について触れようと思う。

公証人の定款認証の現況


公証人の認証を必要とする原始定款

会社法や一般社団法人及び一般財団法人に関する法律その他関係法令において、株式会社、一般社団法人及び一般財団法人その他関係法令に定められた法人は、その原始定款につき、公証人の認証を受けなければならないと定められている(会社法第30条、一般社団法人及び一般財団法人に関する法律第13条)。

日本公証人連合会ウェブサイト

公証人の認証を必要としない原始定款

他方、同じ会社法に規定されている会社でも合同会社等の持分会社の原始定款は、公証人の認証が必要とはされていない。

日本公証人連合会ウェブサイト

法人設立ワンストップ化・デジタル完結を阻害

現時点ではデジタル庁が管轄している「法人設立ワンストップサービス」を用いることで、基本的には法人設立に必要な事項(設立登記申請、国税・地方税関係、社会保険・雇用保険・健康保険関係その他の届出等)をオンラインで、かつ、「ワンストップ」にて対応することが可能となった。

第7回会議資料3

しかし、その中でも公証人の定款認証は、省令改正により2019(平成31)年3月29日から必要な添付書面がすべてオンラインにて提出された場合は対面での面談ではなくテレビ電話等によるオンライン面談が可能となり、また省令改正により2020(令和2)年5月11日から嘱託人の申立てがあり公証人が相当と認める場合は必要な添付書面がオンラインにて提出されていなくてもテレビ電話等によるオンライン面談が可能となるなど、一定の進歩はあったものの、依然、公証人と面談を行う必要があり、「ワンストップ」で法人設立が完結するとは言い難い状況となっている。

公証人の定款認証による弊害

一般社団法人日本経済団体連合会(経団連)の意見

公証人による定款認証が必要となることで、設立手続の完全ワンストップ化を阻害するとともに、設立コストを押し上げ(書面・押印を求められる、認証のために設立が遅れる等の課題も)

第7回会議資料1

公証人の方のアポ入れで、何日までにアポが入りませんと言われると、機動的に会社が設立できない

第7回会議議事録32頁

瀧専門委員の意見

エンジェル投資の現場で、払い戻されてもう一回やってくださいと依頼されたことは確かにあって、感覚的によく分からないことが起きるということはあります。付随して申し上げると、新しくベンチャー企業をつくるときは大体、サイドビジネスとか、みんなで週末に集まって、それではいこうとなるのですけれども、そうなってから、結構その場で早く法人をつくって次に行きたいからとやっているときに、1回、その日程をお預けしなくてはいけないことも看過しづらいです。

意思決定上、出資や法人化はお金を払い込む理由や、契約をまく必要があるからで、その場ですぐ広告を打ちたいとか、家賃を払いたいとか、そういうニーズがあるタイミングなのですね。

なので、経済活動の発生と、公証役場でのアポがずれて発生することは、最初の動き出しをすごく阻害するものだと思いますし、多分、企業は1年目に2割ぐらい廃業すると思うのですけれども、その廃業のほとんどは多分最初の数週間で決まったりすると思うのですよね。そこは課題かと思います。

第7回会議議事録32-33頁

第7回会議の議論の状況


第7回会議では、公証人の定款認証の必要性以外にも各省庁にまたがる多数の論点が示されていたが、法務省関係の公証人の定款認証の必要性と厚生労働省関係の社会保険・雇用保険・労働保険の一部につき目視や実地の必要性以外は概ねデジタル完結に前向きであった(厚生労働省関係の論点は、別途2022(令和4)年4月26日開催のスタートアップ・イノベーションWG第9回会議で議題となった)。

ここでは、法務省関係の公証人の定款認証の必要性に関する議論の状況を概観する。

公証人の定款認証の必要性に関する論点

法務省関係の論点は、公証人による定款認証の必要性であり、それは次の4点に分かれる。

  1. 定款認証の機能・必要性

  2. 原始定款とその他の定款における認証の有無の合理的な理由

  3. 「モデル原始定款」を活用した株式会社への特例の可否

  4. 公証人の面前確認の必要性

1 定款認証の機能・必要性

法務省が掲げる定款認証の機能・必要性は次の3点であり(法務省論点回答3-①)、そのため法務省としては「定款認証は必要な制度である」と考えているとのこと(第7回会議議事録11頁)。

  1. 定款の存否、定款の記載内容全体について明確性を確保し、会社法等の関係法令違反の有無を確認することで、定款や法人格の存立にまつわる紛争を予防する機能

  2. 定款作成の意思の真正性を確保し、不正な起業・会社設立を抑止する機能(公証人法26条、62条の6第4項により、公証人は、法令違反や無効な定款について認証を与えることができないため)

  3. マネー・ロンダリング対策の観点から、定款認証の際に実質的支配者となるべき者の把握を行う(公証人法施行規則第13条の4)

(法務省論点回答3-①を筆者が少し編集)

しかし、これらの機能・必要性については、次のような批判もあり、少なくとも上記2の機能は公証人の権限逸脱の批判を免れないし、上記3の機能は後付けであり定款認証の際に公証人に担わせるべき類のものではないと思われる。

<上記1の機能に対する批判>

  • 現行の定款認証の手続を必要とする理由になっていない

  • モデル原始定款の活用可能性を否定できない

  • 少なくとも、公証人の面前での確認は不要

<上記2の機能に対する批判>

  • 意思の真正性、つまり作成名義の真正性はマイナンバーカードにより確保することが可能ではないか(これに対しては法務省審議官も可能と認めている〔第7回会議議事録18頁〕)

  • 代理嘱託の場合に発起人本人の意思を確認することは困難ではないか

  • 定款認証に関する公証人法第62条の3第4項において、私署認証に関する同法第60条を経由して同法第26条が準用されているが、会社の設立の無効原因は設立手続に重大な瑕疵があることとされており、設立目的が公序良俗に反することがこの無効原因に該当するか疑問であるし、公序良俗に反する目的で会社が設立されることをこの条文をもって阻止すべきか又は阻止できるのかは甚だ疑問である

  • 定款認証の趣旨は、原始定款が真正に作成され、かつ、その内容が適法であることを確保する点にあるとされており、公証人の役割は、例えば、絶対的記載事項に欠缺がある原始定款を排除する程度にとどまるのではないか

  • そもそも設立と定款認証は別の手続であって、会社設立が公序良俗に反し無効だとしても、それを定款認証にて止める根拠はないはずであり、公証人が定款認証の手続において公序良俗に反するおそれがあるとして定款認証を拒絶することは権限逸脱である

  • 合同会社を始めとした持分会社の公序良俗に反する目的での設立は止めようがないため実効性に疑問がある

公証人法第26条
公証人ハ法令ニ違反シタル事項、無効ノ法律行為及行為能力ノ制限ニ因リテ取消スコトヲ得ヘキ法律行為ニ付証書ヲ作成スルコトヲ得ス

<上記3の機能に対する批判>

  • 実質的支配者の把握機能は、省令改正により2018(平成30)年11月30日から開始された比較的新しい機能である

  • それまで長い歴史を持つ公証人の定款認証にはなかったはずであり、これを持ち出すのは後出しである

  • また実質的支配者の把握については公証人のみが行うに適しているわけではないはずである

  • 合同会社を始めとした持分会社の実質的支配者はチェックできないため実効性に疑問がある

2 原始定款と定款変更における認証の有無の合理的な理由

法務省は、この点につき、次の論点回答のとおり、仮に定款作成や定款変更の手続に瑕疵があったときの効果・影響を考慮し、原始定款には定款認証を設けるが、定款変更には定款認証を設けないことに理由があるとする。

会社設立後の定款変更について法令違反等がある場合は、定款を変更する旨の株主総会決議の効力が争われ得るにとどまり、法人格自体が否定されるような効果を生ずることはありません。

他方、原始定款については、定款変更の場合と異なり、会社の設立無効や会社不存在等の法人格の発生自体が否定されるという深刻な効果が生ずるおそれがあることから、公証人による認証を必須としています。

法務省論点回答3-①

これ自体に異論はないが、仮に原始定款に記載すると公証人の定款認証で弾かれそうな内容を記載したいという場合、まずは差し障りのない原始定款にて定款認証をクリアし、設立後直ちに定款変更を行えば足りる。

特殊な任意的記載事項を定款に記載したい場合、原始定款には記載せず、設立後に定款変更により記載する例もあるとのことである。

この場合、チェックしている対象は、あくまで原始定款の内容、つまり絶対的記載事項や任意的記載事項であり、設立の目的が公序良俗に反する云々はまったく関係がない。

3 「モデル原始定款」を活用した株式会社への特例の可否

法務省としては、次の論点回答のとおり、仮に「モデル原始定款」を活用した株式会社についてのみ特別扱いを行うことに合理的な説明がつけられるとしても、定款認証を不要とすることにより発起人の実在性や作成名義の真正性確認機能実質的支配者の把握機能が失われることから、依然、定款認証は必要とのこと。

事前に審査し、「認証」した定款のモデルの範囲内であれば、会社法の規定との適合性を確保することは理論的に不可能ではないとも考えられます。

他方で、会社法は、定款自治を広く認めており、会社の機関設計や株主の権利内容等の会社の基本となるルールに関し、極めて多岐にわたる選択肢が存在しています。これは柔軟な設計を可能にすることで起業をする者の創意工夫によってそのニーズに合致する会社を設立することを許容することが望ましいとの配慮によるものであると考えられます。

しかし、ある特定の定款のモデルに基づくもののみ定款認証を撤廃するなどの規制緩和をするという取扱いをした場合には、創意工夫の余地を狭めることとなり、多数の選択肢が認められている中でなぜその選択肢のみ法律上特別の扱いをするのかについて、合理的な説明をすることが困難であると考えられます。

また、株式会社の設立においては、発起人の存在が不可欠であり、発起人の権限や責任が法定されているところ、定款認証の手続の過程で、発起人の実在や発起人の意思に基づいて定款が作成されたことを厳格な手続の下で確認しています(この点は、設立登記手続では確認されません。)。

加えて、上記3-①のとおり、公証人による定款認証に際しては、会社法等で求められる要件を満たしているかどうかだけでなく、設立行為が不正なものでないかどうかについても審査しており、マネーロンダリング対策の観点からの取組も講じられているところです。 仮に、一定の類型の株式会社について、定款認証を省略又は簡略化することとした場合には、このような機能が失われることとなるため、定款認証は必要であると考えております。

法務省論点回答3-②

しかし、この論点回答には大きく3つの欠陥があると考える。

  1. 「定款自治」の意味を履き違えている

  2. 発起人の実在性確認と作成名義の真正性の確認はマイナンバーカードにて十分代替できる点

  3. マネロン対策としての実質的支配者の把握機能を公証人に担わせることが所与の前提となってしまっている点である。

1つめの「定款自治」の意味を履き違えている点については、後藤専門委員の発言に詳しいため引用する。 

(法務省論点回答3-②に関し)
正直に言って、何を言っているのか意味が分かりません。
定款自治は、会社が好きなようにやれる範囲を広げましょうということであって、定款は創意工夫を凝らして複雑なものにしなければいけないということでは全くありません。スピーディーに会社を立ち上げたい場合、特に最初は1人でやるのであれば、複雑な定款などはそもそも要らないわけです。そういうときに、シンプルな定款をオフ・ザ・ラックで使えるというのも、それも立派な定款自治の範疇です。定款自治という言葉を、法務省さんは自分の都合のいいように使っているのではないかという思いを禁じ得ません。

また、モデル定款的なものを作ることが、なぜ合理的に説明することが困難なのかも、理解できません。公証人による認証を維持するということを大前提として考えればそうなのかもしれないのですけれども、問題が少ない簡単な定款については手続を軽くしますということと、いろいろ考えてテーラーメイドの定款を作る場合には、それ自体は良いのだけれども、複雑さゆえに問題もあるかもしれないので、ちゃんと審査しますよということ。合理的な規制をそれぞれについて設けているだけであって、国が片方を優遇しているということにはならないと感じました。もしそういう印象を持たれてしまうかもしれないという御不安があるのであれば、こういう制度を立ち上げるときのプレスリリースでしっかりと説明されればよいだけの話ではないかという気がいたします。

第7回会議議事録28-29頁

2点目と3点目は上記「1 定款認証の機能・必要性」の批判と重複するためここでは省略する。

4 公証人の面前確認の必要性 

法務省は、次の論点回答及び第7回会議での発言のとおり、作成名義の真正性の確保と不正な目的での株式会社設立の防止を面前確認の趣旨・目的として挙げている。

公証人の面前確認は、直接のやりとりを通じて、定款が作成名義人である発起人本人がその意思に基づいて作成したものであることを確認するという重要な意義を有しています。

また、このことは、代理嘱託による場合であっても同様であると考えております。 すなわち、代理嘱託による場合には、公証人の代理人に対する面前確認に際して、代理人が作成したことの真正性に加えて、委任者から委任を受けていることや、その委任内容等についての委任者の真意を、代理人との直接のやりとりによって確認しております。 そして、その際、顔の見える双方向の手続であることから、本人確認や意思確認がより確実になり、なりすまし防止の効果を高めるという意義も有しており、直接の口頭でのやりとりにおいて起業の目的などについても確認がされることになるため、不正な意図をもって起業しようとする者に対する心理的な抑止効果も生じ得るものとなっています。

法務省論点回答3-③

法人はまさに法律によって法人格を付与され権利義務の主体とされるものでございますので、それが不正な目的で利用されないようにそこをいかに担保するかというところが問題であろうと考えているところでございます。

そういった観点から見た場合に、例えば、詐欺犯罪を目的としたものや不当な投資勧誘などを主目的で法人を設立する、あるいは、マネーロンダリングなどもそういうことになりますけれども、そういったものについて、例えば、発起人の名義が偽造されている場合はまさに作成名義の真正の問題になりますけれども、そうではなくて、例えば、脅迫等の不正な手段を用いて発起人にさせられている場合、あるいは、犯罪をしようとしている者から一定の報酬をもらうなどして発起人として名義貸しをしている、あるいは、暴力団関係者が発起人となっているものについては、作成名義自体は真正なわけですが、不正な目的で会社の設立がされるおそれがあるところでございますので、我々は面前での確認が電子署名等よりも作成名義の真正を担保する上で優れているということを申し上げているわけではなくて、今言った不正な企業の設立を予防する観点で、そういった兆候が見られる場合には関係者から事情聴取をするなどして、そういった問題がないかどうかを確認するというところに意義があるものと考えているところでございます。

第7回会議議事録17頁

しかし、前述の批判等と重複するが、次のような欠陥があると考える。

  • 脅迫等を行っている者が代理人となっている場合は防止不可ではないか

  • 株式会社と一般社団法人・財団その他関係法令で定められた一部の法人に対してのみその原始定款の定款認証があり、合同会社等持分会社には定款認証がないが、不正防止に足りるのか

  • そもそも定款認証と設立の不正性をリンクさせていること自体よくわからない

  • 会社法その他関係法令との関係で不法・違法な定款は認証できない(公証人法第62条の3第4項、第60条、第26条)のは理解できるが、なぜ一足飛びに設立の問題まで公証人が関与するのか/関与できるのか

規制改革推進に関する答申における扱い

2023(令和5)年6月1日の規制改革推進に関する答申では、次のとおり実施・措置を行うことが定められている。なお、評価・検討・結論は2023年度中、必要な措置は遅くとも2024年度中とされている。

法務省は、令和4年度に実施された定款認証に係る公証実務に関する実態を把握するための調査について、その結果を分析し、定款認証が果たすべき機能・役割について評価を加えるとともに、その結果に基づいて、定款認証の改善に向けて、デジタル完結・自動化原則などのデジタル原則を踏まえた上で、面前での確認の在り方の見直しを含め、起業家の負担を軽減する方策を検討し、結論を得た上で、必要な措置を講ずるとともに、定款認証に係るサービスの改善や利用者の満足度向上にもつなげる。

規制改革推進に関する答申(令和5年6月1日)13-14頁

ここでいう実態を把握するための調査は、2022(令和4)年11月11日に開催されたスタートアップ・イノベーションWG第2回会議の議題の2番目「スタートアップに関する制度(定款認証の実務に関する実態調査)」にて議論された実態調査である。

そこでは、2022年12月頃から2023年4月頃まで調査を行うことが想定されていた。

資料5
資料5
資料5

第14回会議の資料2-1を見ると、実態調査は2023年1月16日から同年3月31日まで、すべての定款認証事件を対象に公証人と利用者(発起人・専門資格者)からアンケートをとったようである。

詳細は資料2-2にあるようだが非公開とされているため、第14回会議の議事録が掲示されてから紹介することとしたい。

以上


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