特商法:チャットを利用した勧誘規制!?(省庁間で仲間割れ!?)
本稿のねらい
内閣府に設置されている消費者委員会(消費者庁及び消費者委員会設置法第6条第1項)は、SNS等デジタルツールの浸透とともに増加しているSNS関連の消費者被害に早急に対応するため、部会(消費者委員会令第1条第1項)として「デジタル化に伴う消費者問題ワーキング・グループ」(以下「本WG」という)を設置し、2022(令和4)年8月に「デジタル化に伴う消費者問題ワーキング・グループ報告書」(以下「2022年8月報告書」という)を公表している。
2022年8月報告書において、「通信販売ではあるが、積極的な勧誘がなされる類型については、SNSのメッセージによる勧誘と電話による勧誘の類似性を念頭に置きつつ、勧誘規制等を検討することが必要である」と指摘されている点を踏まえ、2023年1月、本WGの活動が再開された。
2023年7月20日、本WGの第15回会議(以下「本WG第15回」という)が開催され、「デジタル化に伴う消費者問題ワーキング・グループ報告書 (チャットを利用した勧誘の規制等の在り方について)(案) 」(以下「本報告書案」という)について議論された。
目下多くのB2C企業がLINE等のチャットツールを用いて広告・勧誘をしているとのことであり、現状の運用にも影響がある可能性が高い。
そこで、本稿では、2022年8月報告書の内容を踏まえながら、本報告書案の内容を概説する。なお、本稿執筆時点では本WG第15回の議事録が公開されていないため、本報告書案がどうなるのかはまだ定かではないことあらかじめ留意願いたい。
2022年8月報告書におけるトピックス
(1) 概要
2022年8月報告書、つまり本WGの第1回から第9回までのトピックスは、次のとおり。
本稿では、本報告書案と関連し得る1点目「販売業者等からのSNSのメッセージによる勧誘」について深掘りする。
(2) 販売業者等からのSNSのメッセージによる勧誘
ここで問題となっているケースは次のようなケースである。
2022年8月報告書では、特に特定商取引法(以下「特商法」という)の規制との関係で、どの販売類型に当てはまるのか、どのような規制が適用されるのか、そして現行の法制度上の課題について検討されている。
販売類型
規制内容
特商法上、通信販売については、次の5つの行為規制が課されているが、そのうち1から3は広告規制であり、勧誘規制は設けられていない。
広告時の法定事項表示義務(特商法第11条)
誇大広告等の禁止(特商法第12条)
未承諾者に対する電子メール・FAX送信による広告の禁止(特商法第12条の3〜第12条の5)
申込書面又は申込画面における法定事項表示義務(特商法第12条の6)
前払式通信販売における承諾等法定事項通知義務(特商法第13条)
広告規制の趣旨は次のように説明されている。
このように、元々、通信販売において事業者側の行為としては広告のみであることから、通信販売に関する主たる規制は、広告規制である。
この「広告」の概念については、次のとおり説明されている。
加えて、「電子メールにより広告をする場合は、電子メールの本文及び本文中でURLを表示することにより紹介しているサイト(リンク先)を一体として広告とみなす」とされていることから(消費者庁次長・経済産業省商務・サービス審議官「特定商取引に関する法律等の施行について」(令和4年6月22日付け通達)22頁)、SNSのメッセージについても、URLを表示すること等により紹介しているサイト(リンク先)を一体として表示することは、「特定電子メール」(特定電子メールの送信の適正化等に関する法律第2条第2号)と同様に考えられ、通信販売についての「広告」に該当し得ると考えられている(2022年8月報告書20−21頁)。
したがって、SNSのメッセージによる勧誘において、通信販売の広告規制を適用することは不可能ではない。
他方で、広告規制違反のサンクションとしては、指示・公表(特商法第14条)や業務停止(同法第15条)がありうるが、契約解除(クーリングオフ)や取消しは認められておらず実効性を欠く。
現行法制度上の課題
上記のとおり、通信販売の類型には、電話勧誘販売や訪問販売と異なり、勧誘規制が設けられていない。
そこで、SNSのメッセージによる勧誘について、勧誘規制が設けられている「電話勧誘販売」(特商法第2条第3項)として規制することが可能かどうかが問題となる。
消費者委員会としては、次のように、SNSのメッセージによる勧誘は電話勧誘販売に近い性質をもつものの、SNSのメッセージによる勧誘特有の事情もあるため、通信販売の中で特別な類型と位置づけるか、電話勧誘販売として位置づけるかはともかく、「場面ごとに整理の上、勧誘規制等の内容を検討することが必要」としている。
2022年8月報告書の上記箇所を受け、本WGは2023年1月から検討を再開している。
本報告書案
(1) 規制対象案
言葉の問題:「チャット」か「メッセージ」か
2022年8月報告書ではSNSのメッセージによる勧誘をいかに規制するか(あるいはしないか)が議論されていたが、本報告書案ではチャットを利用した勧誘が規制対象案とされている。
その理由については、本報告書案では次のように説明されているが、正直何を言っているのかわからない。
まず、「SNSの」という文言を外したのは、必ずしもSNSのチャット(メッセージ)に限らないという意味で、そのとおりだろうと思われる。
また、下記図のとおり、SNSの中にも種類があり、投稿機能型にもDM機能があり、それはメッセージ機能型のチャット機能と同等の機能であるから、「チャット機能のアプリケーション」に限定されないことも肯ける。
他方で、「メッセージ」を「チャット」に置き換えた説明にはまったくなっていない。
思うに、「メッセージ」を「チャット」に置き換えたのは、「チャット」というシステムや仕組みの中で、利用者同士がやり取りするものが「メッセージ」であり、電話勧誘販売規制との比較において、「電話」(仕組み)と「会話」(やり取りの対象)の関係に即して整理し直したためであろうか。
と思ったら、本WG第10回の議事録を見ると、次のように説明されていた。
(筆者の説明のほうが合理的ではなかろうか…)
規制対象行為
規制対象となっている行為は、チャット勧誘とチャット勧誘販売である。
<規制対象行為の定義>
本報告書案における「チャット勧誘」と「チャット勧誘販売」の定義は次のとおりである。
<チャットとは>
ここで、「チャット」とは何かが問題となるが、本報告書案では、他の法令も引きながら整理されている。重要な点を要約・箇条書きにして紹介する(本報告書案12−14頁)。
システム上の定義は、同じプラットフォーム上でIDを利用し、利用者間でネットワークを介してリアルタイムにメッセージを交換すること
一般的な定義は、「はなれた場所にいる人同士がリアルタイムに短い文章のメッセージを送り合うことで、会話のようなやり取りを行うこと」
ストーカー規制法第2条第2項第1号の「その他のその受信をする者を特定して情報を伝達するために用いられる電気通信」は、その解釈通達において、「LINEやFacebook等のSNSメッセージ機能等を利用した電気通信がこれに該当」するとされている(同4頁)
電気通信事業法施行規則第22条の2の10第1項第2号において、「電話又はこれに類する双方向の通信」との用例、仲裁法第13条第2項において、「当事者が交換した書簡又は電報(ファクシミリ装置その他の隔地者間の通信手段で文字による通信内容の記録が受信者に提供されるものを用いて送信されたものを含む。)」との用例がそれぞれ見られる
これを受けて、本報告書案では、「チャット」について次のように定義されており、SNS等のチャット機能アプリケーションを利用したもののほか、SMS、ウェブ会議システムやオンラインゲーム上のやり取りも含むとされている(本報告書案13頁脚注17)
ここでは、電子メールがチャットから除外されている。
「電子メール」として想定されているのは、プロバイダとの契約によるEメールやYahoo!メール又はGmailといったウェブメールサービス(SMTPを用いた通信方式)のみであり、SMSは電子メールには含まれない(本報告書案13頁脚注16)。
これは、電子メールは電子上の「手紙」であり「会話」ではなく、いわゆるチャットの特徴と比較して、①即応性・即時性がないこと、②送信メッセージを編集・削除できないこと、③相手方が読んだかどうか確認できないことから、特徴的にチャットと異なっているためだと思われるが本報告書案中に明言はない。(SMSはこの①〜③を満たす?)
チャットの定義に関しては、次の2つの意見がある。
1 消費者庁取引対策課
2 本WG委員
<勧誘の定義>
「勧誘」の定義は、電話勧誘販売の定義条項(特商法第2条第3項)における「勧誘」同様(消費者庁「特定商取引に関する法律・解説(平成28年版)第1節定義」15頁)、(販売業者等が顧客の)「契約締結の意思の形成に影響を与える行為」とされている。
<私見>
チャット勧誘販売の定義の仕方については、電話勧誘販売とはやや趣が異なる。
電話勧誘販売は、「電話勧誘行為」による、顧客からの契約の申込みを郵便等により受けること、又は郵便等により契約を締結することであるが(特商法第2条第3項)、チャット勧誘販売は「チャットを利用した勧誘行為により取引を行うもの」とあっさりしている。
これは、チャット勧誘販売の出口は常に通信販売ではなく、チャット勧誘から入って訪問販売や電話勧誘販売に至りうることを踏まえての定義かと思ったが(下図参照)、そもそもチャット勧誘の定義中に「通信販売において」という限定があった。
しかし、チャット勧誘の定義中に「通信販売において」という限定を付すことはいかがなものだろうか。
本WG第10回以降は、あくまでチャットを利用した勧誘は電話による勧誘と同等であるとしてチャット勧誘販売を電話勧誘販売とパラレルに考えてきたはずである。
電話勧誘販売は、入口は電話による勧誘だが、出口はまさに通信販売であり(特商法第2条第2項参照)、それとチャット勧誘販売をパラレルに考えるのであれば、入口がチャットによる勧誘であり、出口の部分を通信販売とすべきではないだろうか。
つまり、チャット勧誘販売の定義は次のようにすべきではないだろうか。
「販売業者又は役務提供事業者が、(①)チャットを開始し又は(②)政令で定める方法によりチャットを開始させ、そのチャットにおいて行う売買契約又は役務提供契約の締結についての勧誘(以下「チャット勧誘行為」という。)により、その相手方(以下「チャット勧誘顧客」という。)から当該売買契約の申込みを郵便等により受け、若しくはチャット勧誘顧客と当該売買契約を郵便等により締結して行う商品若しくは特定権利の販売又はチャット勧誘顧客から当該役務提供契約の申込みを郵便等により受け、若しくはチャット勧誘顧客と当該役務提供契約を郵便等により締結して行う役務の提供をいう。」
この定義中の①が本報告書案18頁の【類型①】に、②が同【類型②】に相当する(この類型については後述する)。
その上で、通信販売の定義(特商法第2条第2項)から電話勧誘販売によるものだけでなくチャット勧誘販売も除外すべきである。
なお、消費者庁としては、チャットを利用した勧誘による販売と電話勧誘販売を「実質的に同一視することは適切ではない」とするが、その根拠として、消費者委員会はそれらの類似点ばかりに着目して相違点を見ていないことを挙げている(本WG第15回【資料2−2】1頁)。消費者庁がいう相違点とは次のようなものだが、果たして相違点といえるほどのものだろうか…というより類似点を補強する形ではないか。むしろギャグではないかと思うのは筆者だけだろうか。
即時の応答は義務ではないこと ⇦電話も同じでは?
ブロックや関係解除機能があること ⇦着信拒否は?
相手との通信を双方が任意に切断できること ⇦電話も同じでは?
再び望まない相手から接触されない設定が可能であること ⇦ 同上
規制対象案の類型
本報告書案では、チャットを利用した勧誘を類型①〜③に分類した上で、【類型③】は不意打ち性がない単なる通信販売として除外されている。したがって、本報告書案の規制対象か対象外かのメルクマールは、「不意打ち性」の有無である。
【類型①】
事業者からチャットを利用した勧誘を開始するケース
【類型②】
ウェブページ等により勧誘の対象となる商品等の販売目的を告げずに、消費者にチャットを開始させるケース
【類型③】
ウェブページ等により勧誘の対象となる商品等の販売目的を告げ、消費者にチャットを開始させるケース
規制の対象か否かを分けるメルクマールは、上記のとおり、不意打ち性の有無であるが、同じような経過をたどりつつ規制対象かどうかが異なる【類型②】と【類型③】の差異は、勧誘対象となる商品等の販売目的を表示しているか否かであり、販売目的の表示性やその立証責任が今後大きな運用上の論点となろう。
(この点は電話勧誘販売に関しても議論があり、【類型②】のようなケースでは「電話をかけた段階では予期していない勧誘を不意打ち的に受けるという意味においては事業者が電話をかけるものと大差はなく」とされている(消費者庁「特定商取引に関する法律・解説(平成28年版)第1節定義」14頁))
なお、【類型③】には「勧誘」ではなく「説明」の範疇に属するものもあり(例えば単なる通信販売の方法を教えるなどの購入補助)、それらを勧誘の類型に入れた上で除外することはナンセンスではある。
かくして、規制対象案の類型は、【類型①】と【類型②】のみである。
これは、電話勧誘販売の「電話をかけ又は政令で定める方法により電話をかけさせ、その電話において行う売買契約又は役務提供契約の締結についての勧誘」とパラレルであり、いずれも不意打ち性がある類型である。
この点、【類型③】は「チャットを利用した通信販売の規範として作用する面がある」という意見もあったとのことであり(本WG第14回【資料1】14頁※本WG第13回における消費者庁取引対策課の指摘(本WG第13回議事録24頁))「まともな事業者」は【類型③】のように運用しなければならないことになる。
なお、本WG第14回で議論された報告書案(本WG第14回【資料1】14頁)には、いわゆる技術中立性を考慮してか、次のとおり、チャット以外のデジタルツールであっても、チャットと同様の特徴を持つものは包括的に規制対象とするとされていたが、本報告書案では削除され、上記のとおり、不意打ち性のある類型のみが規制対象とされている。
この点は、本WGの委員らの意見としては抜け穴を防ぐためにも広く包括的に規制をかけたいという希望がありながら、消費者庁取引対策課らの明確な定義が必要という意見に押された形であろう。(消費者庁取引対策課らはEUの消費者権利指令などの包括的な規制をどう捉えるのだろうか…これでは「骨抜き」あるいは「ザル法」といわれてもやむを得ないように思われる)
(2) 規制方法
規制方法としては、2つの案が併記されており、すなわち①現行の通信販売の中に規制を設ける方法と②通信販売から切り出した上で規制を設ける方法が考えられている。
個人的には、この2つの案から選べといわれれば、現行の特商法の体系※に鑑み当然②を選ぶが、むしろ大局的に考えて、通信販売や電話勧誘販売とかチャット勧誘販売とか謎の類型を設けるのではなく、行為の特徴や性質に応じた共通の規制(リスクベースアプローチ)をかけるべく、EUの消費者権利指令のように包括的な規制をかけるのがベストではないかと考える。
※特商法においては、通信販売と電話勧誘販売は、消費者が契約を締結する方法として「郵便等」を用いる点で共通しているが、電話での勧誘行為の有無で区別されており、通信販売から電話勧誘販売が除外されている(同法第2条第2項)。このように、出口は通信販売でも入口が別という場合に、特商法は規制を区別しているのであって、チャット勧誘による通信販売も通信販売から除外されるのがあるべき姿だろうと思われるためである。
(3) 勧誘規制の内容
本報告書案では、国民生活センター受付の事例から抽出される次のような問題点に対応すべく、チャット勧誘規制の内容として大きく3点提案されている。
事業者名・販売目的等の明示
禁止行為等の創設
民事ルールの創設
1 勧誘に先立つ事業者名・販売目的等の明示
2 禁止行為等の創設
3 民事ルールの創設
(4) 消費者庁の反対
上記(3)の各々の規制案のスライド画像で触れてきたように、本報告書案の規制案に対して、消費者庁は反対の立場であり、「新たな規制の導入の必要性・許容性の議論のいずれも欠く」と主張している(本WG第15回【資料2−2】1頁)。
規制案1と2については、既存の通信販売における広告規制では対応できないことが具体的に示されていないとのことであり、規制案3については、チャット利用の勧誘による販売と電話勧誘販売とを実質的に同一視するべきではないとのことである。
しかし、規制案3に対するコメントがギャグなのは上記のとおりである。消費者庁が指摘する相違点はすべて類似点である。むしろ相違点を探す方が難しい。
また、規制案1と2対するコメントは、エビデンスベースドな行政を志向する点で極めて真っ当な意見ではあるが、そもそも隔地者間における勧誘規制が電話勧誘販売一本である結果、チャット勧誘という抜け道が悪用されていることは国民生活センターの事例からも伺えるし、(消費者庁は否定するが)チャット利用の勧誘による販売は電話勧誘販売と何ら異なるところがない以上、規制しない選択肢がないように思われる。仮に、事前規制については広告規制で対応可能だとしても、事後規制として不足していることは否めない以上、少なくとも、規制案3は導入すべきではなかろうか。
残された課題
本報告書案では触れられていない次の点について簡単に触れて本稿を終わりにする。
チャットを利用した勧誘による販売に関して登場するキャラクターは、悪徳業者・勧誘者・被勧誘者(消費者)の3者だけではない。
仕組み上、このように、上記3者に加えて、チャットサービス事業者、決済代行業者(PSP)、アクワイアラの3者がいるため、少なくとも6者以上が関与していることになる。
本報告書において規制対象となるのは悪徳業者と勧誘者の2者のみであるが、本来的には、悪徳業者にクレジットカードの決済を認める立場にあるアクワイアラやその委託先である決済代行業者(PSP)や、チャットサービスを悪徳業者にも被勧誘者にも提供するプラットフォーマーでもあるチャットサービス事業者にも一定の規制が課されてもおかしくはない。
なお、本報告書案では終ぞ触れられる気配がないが、本WGにおける弁護士の委員や参考人は口を揃えて、チャットサービス事業者への悪徳業者に関する情報開示請求を認めるよう主張していた。(プラットフォーム事業者は「通信の秘密」を盾に弁護士会照会(弁護士法第23条の2)を始めとする情報開示請求に応じない)
外堀を埋めるような形での規制も一案だと思われるが…結末やいかに。
以上
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