【独禁法】日本プロフェッショナル野球組織(NPB)に対する警告と選手契約交渉にかかる非弁行為
本稿のねらい
2024年9月19日、公正取引委員会は、日本プロフェッショナル野球組織(NPB)に対し独占禁止法(独禁法)第8条第4号に違反する行為(本件行為)を行っていたものとして警告を行った(本件警告)。
本件警告の対象となった本件行為は次のようなものであった。
なお、NPBは、公正取引委員会の調査を受けた後、2024年9月2日には本件行為を取りやめる旨の決定をしたとのことである。
ここで重要な点は、上記①と②はそれぞれ本件警告の対象となっているということである。つまり、本件警告は、1人の選手代理人としての弁護士が複数の選手の代理人として選任されないことのみではなく(上記②)、そもそも選手代理人に選任可能な資格を弁護士法における弁護士に限っていること(上記①)も含め、問題視したのである。この点は、下図のとおり、弁護士ではない「βを代理人に選任したいのに⋯」に表現されている。
本件行為の根拠となっていたのは、「選手契約における代理人による交渉を求める日本プロ野球選手会の要望を受け」(NPBウェブサイト)、2000年11月に定められた申し合わせ(本件ルール)である。
本件ルール及び本件行為の問題点については、日本プロ野球選手会から問題提起・改善提言がされており(同「代理人交渉を巡る問題点について」)、本件警告は本件ルール及び本件行為が時代や社会情勢の変化に適合せず形骸化したものになりつつあった中で行われたものである。(本件警告の対象となった本件行為はいずれも当該問題提起で問題視されていたものである。)
なお、公正取引委員会がNPBの独自ルールに介入する例は今回が初めてではなく、いわゆる「田沢ルール」に関して2020年にも取引の共同拒絶(独禁法第8条第5号、一般指定第1項第1号)の疑いが審査が開始されたが、NPBが自主的に改善措置を講じたため警告までは進まなかった。
本件ルールは、NPBによれば、次の3つの事情に基づき決定されたものとされており(NPBウェブサイト)、本稿は、特に1点目の選手契約交渉の代理人による活動業務と弁護士法第72条(非弁行為)との関係について概説することを目的とする。(2点目と3点目はこじつけでしかない)
各球団と選手との選手契約交渉の代理業務の多くが、弁護士法72条で非弁護士による取扱い等が禁止された法律事務にあたる
弁護士であれば弁護士倫理に基づき選手の適正な利益の確保が期待できる
一人の代理人が複数の選手の契約交渉にあたった場合、代理人が担当する選手同士の利害が相反するなどの弊害が生じるおそれがある
ただし、弁護士法第72条(非弁行為)について検討するためには、前提として、プロ野球球団と選手の間に締結される選手契約の性質や当該選手契約の「契約更改」の性質など基礎的なことを確認する必要がある。
そこで、まずは選手契約の性質や「契約更改」の性質などを確認し、その次に選手契約交渉の代理人による活動業務が弁護士法第72条(非弁行為)に抵触するのかどうかを見ていくことにする。
なお、仮に選手契約交渉の代理人による活動業務が弁護士法第72条(非弁行為)の構成要件に該当するのだとすれば、公正取引委員会による本件警告を受けたからといって、直ちに選手契約交渉の代理人による活動業務が正当化されるわけではなく、別途正当化根拠を整理する必要がある点に留意が必要である。(日本プロ野球選手会が定める「公認選手代理人規約」(選手代理人規約)がその鍵となるか)
選手契約
1. サマリ
球団と選手の間に締結される選手契約については、セントラル野球連盟・当該構成球団(セ・リーグ球団)及びパシフィック野球連盟・当該構成球団(パ・リーグ球団)にて締結され、一般社団法人日本野球機構(日本野球機構)の内部組織として構成される日本プロフェッショナル野球組織(NPB)に関する「日本プロフェッショナル野球協約」(NPB協約)を参照する必要がある
NPB協約によれば球団と選手の間に締結される選手契約の内容は「統一様式契約書」(統一契約書)による必要がある
球団と選手の間において定める必要がある事項は「参稼報酬」とされるいわゆる年俸の金額(統一契約書第3条、NPB協約第87条)と特約条項(NPB協約第47条)のみである
契約更新時に参稼報酬につき合意に達しない場合、球団又は選手はコミッショナーに対し調停を求めることができる(NPB協約第94条、統一契約書第32条)
選手契約は雇用契約(employment)ではなく委託契約(service)の一種(請負契約)であり、選手は労働基準法における「労働者」(同法第9条)には該当しないが労働組合法における「労働者」(同法第3条)には該当するとされている
シーズン後に行われる「契約更改」は、民法的な意味における「契約の更改」(同法第513条)とはまったく別概念であり、単なる選手契約の更新(renewal)を意味する(NPB協約第49条、統一契約書第31条)
※NPB協約は日本プロ野球選手会が公表している2022年度版に従う
※統一契約書は日本プロ野球選手会が公表している2018年度版に従う
2. 日本プロフェッショナル野球協約(NPB協約)
NPBは日本野球機構の内部組織として、同機構の理事会の下に設けられており(日本野球機構定款第41条第1項)、NPBの組織・運営等に関しては「別に定める規程」、すなわちNPB協約によることになっている(同条第3項)。
NPB協約における選手契約に関する部分は、「第8章 選手契約」、「第9章 保留選手」、「第10章 復帰手続」、「第11章 選手数の制限」、「第12章 参稼報酬の限界」、「第13章 選手契約の譲渡」、「第14章 選抜会議」、「第15章 新人選手の採用」、「第22章 フリーエージェント」の合計9章に規定されているが、本稿との関係で参照されるべきは第8章、第9章及び第12章である。
なお、独禁法との関係でいえば第13章の選手契約の譲渡や選手による移籍の制限も論点となるが、本稿では触れないこととする。
【参考】独禁法と移籍制限
スポーツ事業分野における移籍制限ルールに関する独占禁止法上の考え方について:https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2019/jun/190617_files/190617.pdf
人材と競争政策に関する検討会 報告書:https://www.jftc.go.jp/cprc/conference/index_files/180215jinzai01.pdf
NPB協約第8章及び第12章の内容を抜粋すると次のとおりとなる。
球団と選手の間に締結される選手契約の内容(条項)は、実行委員会が定める統一契約書による(第45条・第46条)
//いわゆる附合契約の一種
統一契約書の条項は契約当事者の合意によっても変更できないが、NPB協約及び統一契約書の条項に反しない範囲内で、統一契約書に特約条項を記入することは可能(第47条)
NPB協約に反する特約条項及び統一契約書に記入されていない特約条項は無効(第48条)
球団は、NPB協約の保留条項(※おそらく第9章の条項を指すと思われる)に基づき契約を保留された選手との間で、保留期間中に次年度の選手契約を締結する交渉権を有する(第49条)
選手契約を締結した球団はコミッショナーに統一契約書を提出し、当該年度の選手契約の承認を申請しなければならず(第52条第1項)、コミッショナーが選手契約を承認した場合は契約承認番号を登録し、当該選手が当該球団の支配下選手になったことを公示する(同条第3項)
支配下選手の公示手続が完了した時点で選手契約の効力が発生する(第53条)
選手契約が無条件で解除された場合又は保留期間中に球団の保有権が喪失・放棄された場合、当該選手又は球団のいずれかの申請又はNPBの職権により、コミッショナーが自由契約選手として公示した後、いずれかの球団とも自由に選手契約を締結することができる(第58条)
NPB規約に違反して締結された選手契約は無効とする(第65条第1項)
球団は、選手に対し、稼働期間中の参稼報酬を支払うものとし、統一契約書に表示される参稼報酬の対象となる期間は毎年2月1日から11月30日までの10か月間である(第87条第1項)
次年度に選手契約が締結(更新)される場合、当該選手の当該年度の参稼報酬の金額から25%を超えて減額されることはない(ただし、当該年度の参稼報酬が1億円を超える場合は40%まで減額可能)(第92条)
参稼期間中に選手契約が譲渡された場合でも参稼報酬額は変更されない(第93条)
次年度の選手契約締結(更新)のため契約保留された選手又は当該選手を契約保留した球団は、次年度の契約条件のうち、参稼報酬の金額に関して合意に達しない場合、コミッショナーに対し参稼報酬調停を求める申請書を提出できる(第94条)
調停が開始される場合、参稼報酬年額部分のみ空白とした統一契約書が参稼報酬調停委員会に提出され、その時点で、当該選手は参稼報酬のみ未定の選手契約を締結した選手とみなされる(第96条)
NPB協約は、セントラル野球連盟・当該構成球団及びパシフィック野球連盟・当該構成球団の間で締結されるものであり、選手に直接適用されるものではない。しかし、選手が球団との間で締結する選手契約にかかる統一契約書において、球団のみならず選手もNPB協約の内容を了承し従うことに同意することになるため(統一契約書第29条)、NPB協約が選手に対しても直接的に影響力を有することになる。
上記抜粋のとおり、選手契約の締結に際しては、選手は、原則として、参稼報酬以外の選手契約の内容・条件について変更する権利・権能を有しておらず、また次年度の選手契約を更新する権利も有していない。
他方、球団は、選手と次年度の選手契約を締結するかどうか、締結するとして参稼報酬をいくらにするか優先交渉するための一方的な保留権を有している。
保留権に関するNPB協約第9章の内容を抜粋すると次のとおりとなる。
球団は、毎年11月30日以前にコミッショナーに対して、当該年度の支配下選手のうち次年度選手契約締結の権利を保留する契約保留選手にかかる全保留選手名簿を提出する(第66条第1項)
コミッショナーは、毎年12月1日以前に、球団から提出された全保留選手名簿を点検し、毎年12月2日に公示する(2023年度の例)(第67条第1項)
保留球団は、全保留選手名簿に記載のある契約保留選手に対し、保留権を有する(第68条第1項)
全保留選手は、保留球団以外の国内外の球団と選手契約に関する交渉を行うなどすべての野球活動が禁止される(同条第2項)
支配下選手のうち契約保留選手名簿に記載がない者にかかる選手契約は無条件解除されたものとみなされ、コミッショナーが毎年12月2日に自由契約選手として公示する(第69条)
保留選手に対する保留が全保留選手名簿の公示の年度の翌年1月10日以後に及ぶ場合、1月10日から保留期間の終了又は参稼報酬調停申請の日までの経過日数につき、当該選手の前年度の参稼報酬の1/365の25%を1日分として(日割計算)、契約保留手当が1か月ごとに支払われる(第71条)
保留球団は、保留選手が他の球団から契約交渉を受け又は契約を締結し、そのために保留球団との公式交渉を拒否する疑いがある場合、他の球団及び当該保留選手を相手とし、コミッショナーへ提訴できる(第73条第1項)
保留権侵害の事実が確認された場合、コミッショナーは当該侵害球団及び選手に対して制裁金を科し、かつ、当該球団と当該選手の間の選手契約を禁止する(第73条第2項)
契約保留が全保留選手名簿の公示の年度の翌々年1月9日まで継続された場合、当該選手は資格停止選手となる
球団が保留選手の保留権を喪失し又は放棄した場合、契約保留期間は終了する(第74条第2項)
3. 統一様式契約書(統一契約書)
上記2.のとおり、統一契約書はNPBの実行委員会により策定・改定される選手契約の約款である。
統一契約書において選手契約の性質・参稼報酬・契約更新について定められている条項は次のとおりであり、NPB協約に定められている内容と同様である。
選手契約の性質:選手がプロフェッショナル野球選手として特殊技能による稼働を球団のために行うことを内容とする(第2条)
//雇用契約ではなく請負契約であることが表現されているらしい
参稼報酬:球団は選手の2月1日から11月30日までの稼働に対する参稼報酬を支払う(第3条)
報酬不変:契約譲渡によっても参稼報酬は変更されない(第22条)
紛争解決手段:球団と選手は、その間における紛争の最終処理を、コミッショナーに一任することを承諾し、NPB協約の規定に従い、提訴しなければならないことを承認する(第30条)
//NPB協約「第20章 提訴」によればあらゆる紛争はコミッショナー裁定となる(第188条参照)
契約更新:球団が選手との間で次年度の選手契約の締結(更新)を希望する場合、契約を更新することができ、NPB協約が定める手続により翌年1月9日まで保留権を有する(第31条)
参稼報酬調停:選手と球団が、次年度の契約条件のうち参稼報酬の金額に関して合意に達しない場合、参稼報酬に関し、コミッショナーに対し、NPB協約による調停を求めることができる(第32条)
効力発生:コミッショナーの承認により選手契約の効力が発生する(第34条)
弁護士法第72条(非弁行為)
1. 弁護士法第72条の要件と論点
弁護士法第72条(非弁行為)の要件は、次の6つに分けられる。
主 体:弁護士又は弁護士法人でない者の行為であること
目 的:報酬を得る目的で行われる行為であること
行為①:訴訟事件その他一般の法律事件に関する行為であること
行為②:鑑定・和解その他の法律事務を取り扱う行為であること
態 様:業として行う行為であること
他人性:他人の法律事務に関する行為であること
本件ルール及び本件行為によれば、選手契約交渉の代理人(エージェント)は弁護士法における弁護士に限定されていたため、要件1.に該当することはない。なお、外国弁護士による法律事務の取扱い等に関する法律における外国法事務弁護士については弁護士法第72条の適用が除外されるため(同条但書、外国弁護士による法律事務の取扱い等に関する法律第8条)、外国法事務弁護士も弁護士法における弁護士同様、要件1.を含む弁護士法第72条が問題となることはない。
他方、本件警告が行われる過程で本件ルールが撤廃され、本件行為が取りやめられたことにより、弁護士法における弁護士又は外国法事務弁護士以外の者が選手契約交渉を行う代理人となる可能性がある。また、日本プロ野球選手会が定める選手代理人規約によれば、下記③ないし⑤のように、弁護士法における弁護士又は外国法事務弁護士のほかにも「選手代理人」たる資格を有する者が存在する(選手代理人規約第2条)。
①弁護士法における弁護士
②外国弁護士による法律事務の取扱いに関する特措法(※現「外国弁護士による法律事務の取扱い等に関する法律」)における外国法事務弁護士
③米国大リーグ選手会規約に基づきエージェントとして登録された者のうちGeneral Certificationを得ている者
④選手との間で選手の一般的活動に関連するマネジメント業務に関する継続的な契約を締結している者(法人/団体も可)
⑤日本プロ野球選手会が実施する選手代理人資格検定試験に合格した者(法人/団体不可)
上記③ないし⑤の中には、弁護士や法律を学んだことがある者がいる可能性があるが(米国においては一定数いるらしい)、少なくとも弁護士若しくは弁護士法人又は外国法事務弁護士以外であれば、要件1.に該当する。
また、選手契約交渉等の選手代理人業務が有償で提供される限りにおいて報酬目的も認められ要件2.に該当し、通常、選手代理人業務の提供は反復継続して行われるものであり「業」として提供されると認められ要件5.にも該当する。
さらに、選手契約交渉にかかる選手契約は選手代理人自身に関するものではなく、選手に関するものであり要件6.にも該当する。
そのため、選手代理人業務を行う者が弁護士又は弁護士法人以外の者である場合、訴訟事件その他一般の法律事件に関して(要件3.)、鑑定・和解その他の法律事務を取り扱うもの(要件4.)と認められると、非弁行為の構成要件を充足してしまうことになる。
したがって、論点は、選手契約に関して球団と交渉を行う場面に事件性が認められるか否か、仮に事件性が認められるとして、選手契約に関して球団と交渉を行うことが法律事務に当たると認められるか否かである。(基本的には概ねこの2点が論点となる。)
【参考】AI契約書レビューと弁護士法の関係に関する記事
もし、事件性が肯定され、かつ、選手契約交渉が法律事務の取扱いであることになれば、正当業務行為等の違法性阻却事由が認められない限り、本件警告にかかる公正取引委員会の措置によっても、本件ルールのうち、下記①はなお活きることになる。
2. 事件性
弁護士法第72条の「訴訟事件⋯その他一般の法律事件」の解釈については、2023年8月に公表された法務省「AI等を用いた契約書等関連業務支援サービスの提供と弁護士法第72条との関係について」(法務省の考え方)が参考になる(なお、ここで指摘されていることは従前どおりの解釈であり、特に目新しいことはない。)。
【参考】事件性必要性 vs 事件性不要説
司法制度改革推進本部:法曹制度検討会(第24回)議事録(黒川発言)
「法律事件」については、「法律上の権利義務に関し争いや疑義があり、又は新たな権利義務関係の発生する案件をいう」とされており、選手契約の更新に関する交渉は、次年度の新たな参稼報酬という権利義務を発生させる案件にほかならないため、選手契約交渉も「法律事件」に該当するように思われる。
この点、上記最決平成22年7月20日の事例は、弁護士資格等がない者らが、ビルの所有者から委託を受けて、そのビルの賃借人らと交渉して賃貸借契約を合意解除した上で各室を明け渡させるなどの業務を行ったものであり、既に存在する賃貸借契約を終了させ、それに伴う立退料等の支払義務を発生させるなど、「交渉によって、法律上の権利義務関係を変更し、新たな権利義務関係を設定することを内容とする本件業務は、その性質上、争訟ないし紛議の生じるおそれの高い」ものといえ、「弁護士法72条に例示されている事件と同視し得る程度に法律上の権利義務関係に問題があり、争訟ないし紛議の生じるおそれのある案件であって、同条にいう『その他一般の法律事件』に該当する」と判断された(上記最決平成22年7月20日の原審(東京高判平成21年10月21日))。
上記最決平成22年7月20日は、上記東京高判平成21年10月21日の「交渉によって、法律上の権利義務関係を変更し、新たな権利義務関係を設定することを内容とする本件業務は、その性質上、争訟ないし紛議の生じるおそれの高い」という部分を敷衍して、「その業務が、立ち退き合意の成否等をめぐって交渉において解決しなければならない法的紛議が生ずることがほぼ不可避である案件に係るものであって、弁護士法72条にいう『その他一般の法律事件』に関するものというべき」と指摘しており、両判断は、いずれも個別具体的な事情に基づき、争いや疑義が具体化又は顕在化するおそれのある案件、つまり争訟ないし紛議の生じるおそれのある案件に事件性を認めるものと理解できる。
上記法務省の考え方においても「『事件性』については、個別の事案ごとに、契約の目的、契約当事者の関係、契約に至る経緯やその背景事情等諸般の事情を考慮して判断されるべき」とされており、上記最決平成22年7月20日や東京高判平成21年10月21日を踏襲するものと考えられる。
そこで選手契約交渉について考えると、当該交渉が開始されるのは球団が選手との間で次年度の選手契約の締結(更新)を希望する場合に保留権を行使し、全保留選手名簿をコミッショナーに提出するときに限られる。つまり、選手契約が更新されることは選手にとって何ら必然ではなく、保留権が放棄されるなど契約が更新されないことも想定される(NPB協約第74条第2項参照)。
この点、賃貸借契約の期間内において合意解除の交渉が開始されるのとは大きく異なる(賃貸借契約の期間内において賃借人は賃貸目的物件を借りる権利を有するし、借地借家法における正当事由なく更新拒絶されない権利も有する)。
また、保留期間中において、参稼報酬の額について合意に達しない場合にはコミッショナーへの調停申立てが想定されているものの、選手契約交渉において常に参稼報酬の額について法的紛議が生じるとは思われず、あくまでその抽象的な可能性があるにとどまる。
そのため、選手契約交渉については、一般的には、争いや疑義が具体化又は顕在化するおそれのある案件、つまり争訟ないし紛議の生じるおそれのある案件とはいえず、事件性が認められるとはいえない、つまり弁護士法第72条の「その他一般の法律事件」に関するものとはいえないと考えられる。
ただし、例年参稼報酬の額について球団側と交渉が激化するなど、選手契約交渉において参稼報酬の額について紛争が顕在化する特殊な事情があるようなケースにおいては、争いや疑義が具体化又は顕在化するおそれのある案件、つまり争訟ないし紛議の生じるおそれのある案件といえ、事件性が肯定される可能性がある。
また、参稼報酬の額について合意に達せず、コミッショナーへの調停申立て又は提訴を行う段階においては、NPB協約上は当該選手は参稼報酬のみ未定の選手契約を締結したとみなされるとしても、参稼報酬の額につき調停等の法的紛議が生じているものと考えられ、弁護士法第72条の「その他一般の法律事件」に関する案件となると思われる。
3. 法律事務の取扱い
弁護士法第72条の「鑑定…その他の法律事務」の解釈についても、法務省の考え方が参考になる(なお、事件性同様、ここで指摘されていることは従前どおりの解釈であり、特に目新しいことはない。)。
選手契約交渉のように、参稼報酬の額に関する交渉は、それにより選手契約の内容を確定させ更新させることに繋がることから、「法律上の効果を発生、変更等する事項の処理」、すなわち「その他の法律事務」の取扱いであると考えられる。(事件性が認められる限りにおいてだが)
なお、参稼報酬の額について合意に達せず、コミッショナーへの調停申立て又は提訴を行う段階における、さらなる球団との交渉や調停等の手続代理などは、当然に法律事務の取扱いに該当すると考えられる。
4. 正当業務行為等違法性阻却事由
上記最決平成22年7月20日や法務省の考え方に従えば、弁護士又は弁護士法人以外の選手代理人が、事件性が認められる状況において、球団との交渉や調停等の手続代理などを行う場合(=法律事務の取扱い)、上記1.で示したすべての要件を満たすことになり、非弁行為の構成要件を充足する。
しかし、構成要件には該当しても、正当業務行為として違法性が阻却されれば、犯罪は成立しないことになる(刑法第35条)。
類似の案件について、下記のとおり、形式的には構成要件に該当するとしても、弁護士法第73条が防止する弊害(主として弁護士でない者が、権利の譲渡を受けることによって、みだりに訴訟を誘発したり、紛議を助長したりするほか、同法第72条本文の禁止を潜脱する行為をして、国民の法律生活上の利益に対する弊害)が生じるおそれがなく、社会的経済的に正当な業務の範囲内にあると認められる場合、同法第73条に違反するものではないと解するのが相当とされている。
上記最判平成14年1月22日は民事事件であり、刑法第35条の正当業務行為による違法性阻却である旨は明示されていないが、同判決の解説である判例時報1775号46頁によれば、「法73条は刑罰法規であり、本判決の説示する場合には、正当な業務行為(刑法35条)として違法性が阻却されるとの位置付けになると思われる。本判決は、法73条の要件に当たる行為であっても、違法とはいえない場合があることを明示したもの」とあるようである(司法制度改革推進本部事務局法曹制度検討会(第24回議事録参照))。
現在の選手代理人規約は2023年7月19日に改定されたものであるが、少なくとも、米国大リーグ選手会規約に基づきエージェントとして登録された者のうちGeneral Certificationを得ている者や日本プロ野球選手会が実施する選手代理人資格検定試験に合格した者については、2000年代から選手代理人として活動することが社会的に許容されてきた。少なくとも表面的には、弁護士以外の選手代理人による選手契約交渉において問題が顕在化したことはないと思われる。
なお、選手代理人規約には、欠格事由も定められており(同第3条)、潜在的に利益相反構造にある者(同条第5号)や、類型的にみだりに訴訟を誘発するなど国民の法律生活上の利益に対する弊害が生ずるおそれがある者(同条第1号、第2号、第4号及び第6号)は選手代理人となる資格を有しない。
上記最大判昭和46年7月14日や上記最判平成14年1月22日の考え方によれば、米国大リーグ選手会規約に基づきエージェントとして登録された者のうちGeneral Certificationを得ている者や日本プロ野球選手会が実施する選手代理人資格検定試験に合格した者で、欠格事由に該当しない者による選手契約交渉は、弁護士法第72条の趣旨を没却しない正当な業務行為と考えられ、仮に事件性が認められる状況であっても、違法性が阻却されるものと思われる。
他方、2023年の選手代理人規約の改定により追加された、選手との間で選手の一般的活動に関連するマネジメント業務に関する継続的な契約を締結している者(同第2条第4号)については、法人も許容されているところであり、少なくとも我が国においては歴史が浅いこともあり、当該者による選手契約交渉が常に弁護士法第72条の趣旨を没却しない正当な業務行為といえるかは悩ましい。
そのため、マネジメント業務提供者については、事件性が認められる又は認められる可能性がある案件における選手契約交渉は避けるべきであると考える。
【参考】選手代理人規約の制改定履歴
①弁護士
②日本プロ野球選手会が実施する選手代理人資格検定試験に合格した者(法人/団体不可)
①弁護士
②米国大リーグ選手会規約に基づきエージェントとして登録された者(②追加)
③日本プロ野球選手会が実施する選手代理人資格検定試験に合格した者(法人/団体不可)
①弁護士
②米国大リーグ選手会規約に基づきエージェントとして登録された者のうちGeneral Certificationを得ている者(太字部分追加)
③日本プロ野球選手会が実施する選手代理人資格検定試験に合格した者(法人/団体不可)
2019年12月5日改定時:
①弁護士
②外国法事務弁護士(②追加)
③米国大リーグ選手会規約に基づきエージェントとして登録された者のうちGeneral Certificationを得ている者
④日本プロ野球選手会が実施する選手代理人資格検定試験に合格した者(法人/団体不可)
2023年7月19日改定時:現行(上記1. ①ないし⑤)
以上
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