強く弱い漢 豹子頭 林冲『水滸伝1』 著者 北方謙三
1導入
最初に読んだときは24,25歳のときでした。
当時、私は今の職に就く前のフリーター状態でした。
これから自分はどうなっていくのかを、ぼんやりと不安だったことだけは覚えています。
そんなときに全巻を一気読みしたのが、この北方謙三氏の水滸伝でした。
2ChatGPTによる概要
北方謙三の『水滸伝』第1巻は、中国の宋代を舞台にした大河小説で、物語は梁山泊を中心とする義賊たちの結集と成長を描いています。オリジナルの『水滸伝』は、宋江を中心とする108人の英雄が集まり、官僚の腐敗や不正に立ち向かう姿を描いたものですが、北方謙三の『水滸伝』は、これを再解釈し、登場人物の内面や葛藤に焦点を当てた人間ドラマとして描かれています。
物語の始まり
第1巻では、主要な登場人物の背景が詳しく描かれます。物語は、次第に腐敗する宋朝の支配下で、各地で不正や不平等が蔓延している状況から始まります。豪傑たちが正義を貫くために梁山泊に集まる過程が描かれ、彼らがどのようにして義賊としての道を歩み始めたかが語られます。
主な登場人物
林冲(りんちゅう): 武芸に優れた男で、冤罪により追われる身となり、梁山泊に身を寄せることになります。
魯智深(ろちしん): 暴力を振るうことを厭わない豪放な僧侶で、己の正義を貫こうとする男です。
物語の展開
第1巻では、各キャラクターの個別の物語が描かれ、彼らが梁山泊に集結するための道筋が示されます。物語は、義賊としての自覚と、腐敗した体制に対する反発から彼らが集まり、力を合わせることの重要性が強調されます。北方謙三の『水滸伝』は、原作とは異なる解釈や新たな要素が加えられており、より現代的な視点での人物描写やストーリー展開が特徴です。
3問と答
(1)問
人間の生き方。
何を成すか。
どう在るか。
(2)答
どうしても巻き込まれる大きな不運の流れの中で、苦境に立たされた時でも、易きに流れるのでなく、譲れない部分を守ることができるかどうか。
ということが、【豹子頭】林冲という男の物語で語られています。
林冲という不屈の男の心理的な変化が1巻の肝です。
ネタばれになりますが、以下がその変化です。
1 境遇の変化
軍の槍術の師範という地位の高い役職から、冤罪により罪人として投獄される。
2 妻への気持の変化
自分から好いて結婚したわけではない。
自分にはもっと大切なこと(大義)があるのだと思い込み、自分を愛してくれている妻の存在を、ないがしろにしていた。
しかし罪人となった林冲を健気に慕い続け、壮絶な凌辱にも耐え、林冲を救おうとしてくれた。
愛してなどいなかったはずの妻が、凄惨な最期を迎え、二度と会えない人となったときに初めて林冲は、妻の存在の大きさに気づく。
もう遅いのに。
そして、妻への思いは日を追うごとに大きくなり、本当は自分は妻を愛していたのだと気づく。
そうです。会えなくなってから気づくのです。
3 人間に対する気持ちの変化
妻を失った失意の中で林冲は、流刑の地で安道全という優秀な医者と出会います。
優秀な医者をスカウトするために安道全に近づいたはずが、いつしか安道全から、林冲は友だと言われ、自分の任務とは別の感情でこの安道全という医師を救うために命を賭ける。
以上のような流れが、物語として語られていきます。
【豹子頭】林冲は、水滸伝という登場人物がかなり多い物語の中でも、 五指に入る強者です。
ですが武術や戦闘力の強さに秀でた者が、ただ活躍するだけではなく、 人間的に未熟な部分を見せながら、困難に挑んで成長していく姿が描かれ ています。
いつしか感情移入して応援している。
いつか林冲の個人的な目的でもある復讐を果たしてほしいと切に願います。結果はすでに知っているのですが、そこにもまたドラマがあり、泣けます。
4ビフォー 気づき アフター
(1)ビフォー(読前)
どう生きるか。
などと大きなことを書きましたが、単純に自分が応援できる登場人物が、生きいきと活躍する物語を読む楽しみをくれる素晴らしい作品です。
知ってはいましたが、20年ぶりに再読して、人生経験が増えた分だけ、物語から受け取れる情報量が増えた気がします。
読むスピードは落ちましたが。
私は、若い頃の読書だけが自分を向上させるのに役立つのだと考えてきました。どこかで、十代のころにあまり読書家でなかった自分にコンプレックスを持っていた部分もありました。
ですが、こうやって時を経て、同じ物語を再読して、当時はわからなかった含蓄を味わうことも、一種の読書の楽しみ方なのではないか思えてきました。
(2)気づき(読中)
もしも林冲が、ただ武術に秀でた戦闘マシーンのような登場人物であったなら、感情移入の度合いは半減どころか、逆に安っぽさを感じていたでしょう。
不遇と人間味、弱さと変化があるから、いつしか林冲という存在に命が宿り、まるで我が身のように、悲しみや怒りの感情に思いを重ねていきました。
林冲が調子に乗った権力者を、なんなく返り討ちにして倒すシーンでは、完全に自分も林冲の立場になって、とても気持ちよく読めました。
どちらかと言うと現実の私は、調子に乗って林冲に打ち倒される小役人のようなポジションなのが少し悲しいですが。
著者である北方謙三氏は文体についてもかなりこだわりが強い方です。
地の文は、状況の説明と感情の起伏が混ざり合って、テンポよく淡々と物語が進みます。
なにしろ長い歴史譚ですから。
各登場人物の感情に寄り添っており、すぐに感情移入できます。
そして会話文がまた凄い。
その登場人物でしか語れない人間味のある言葉であふれています。
安直な状況説明の会話は一切なく、驚くような切り返しに、はっとさせられると同時に、どんな説明文よりもダイレクトに状況が脳に反映されます。
こうして自分の文章で書き記してみると再認識できますが、北方謙三という作家の文体は
状況説明
感情表現
会話文
を立体パズルのように複雑に組み上げて相乗効果でエンタメ要素を膨らませ、同時にこれ以上削ると、物語が理解できないという本当に極限まで文章を削ぎ落としています。
棒倒しで、砂を全部かき出しても、棒だけがまだ絶妙なバランスで残って立っているような状態です。
あまりうまくない比喩ですね。
(3)アフター(読後)
本書が私に与える影響としてまず第一にやる気がでます。
そしてお酒が飲みたくなります。
本書で描かれる物語と現代では、時代も違いますし、置かれた境遇もそこまでひどいものではありませんが(だって無実の罪で簡単に殺されてしまう世界観とかですから)、それでも不遇な状況に置かれた人間が、懸命に生きている姿には胸を打たれます。
人生という長い単位で見て
自分が何を成したいのか
どういう人間でありたいか
それこそ人それぞれでしょう。
本書のその答が書いてあるわけでもありません。
しかしこの物語は、多くの人が交わる長い話です。
その中で、英雄とされる者、英雄とはされないが懸命に生きる者、多くの人が交わって、少しずつ歴史の趨勢が傾いていきます。
私のイメージとしては、スケルトンの腕時計です。
幾重にも重なった大小の歯車が、複雑に重なって時計の針を進めます。
スケルトンなせいで文字盤は読みにくいですが、この構造が水滸伝に似ていると思います。
歯車の一つとして動いていた一個人の動きは、しっかり噛み合えば、他の歯車にも動きが伝わっていくように、人との縁がつながることで、多くのことが回っていくのです。
英雄とされる人物は、単に戦闘能力が強い、というだけではありません。
人を導く器を持つ者、人に希望を与える者、最高の医師、心に傷を負った者を再生させる者、腐敗した組織を再興しようとする者、資金を用意する者、などなど多くの登場人物が、自分の人生の中で、自分を活かしながら戦います。
そして死んでいきます。
5ちなみに
同時期に『銀河戦国群雄伝ライ』という漫画を一気読みしました。
小学生のころにアニメで見た記憶があったのですが、漫画では初めて読みましたが、スペースオペラと三国志と日本の甲冑が混ざり合った不思議な作品ですが、栄枯盛衰を描いたとても面白い作品でした。
まだまだ面白い物語はいっぱいあるのだと再確認しました。
長生きして、一作品でも多く読んでみたいので、少しだけお酒の量は控えてみようと思います。
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