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キル【秋ピリカ2024参加】



今しがたの情交に女は男の頬を愛しく撫でた。
布団の中で同じ温度を保つ肌に触れながら男は目で合図をし「もう行かないと」と体の中にある女の熱を除外するように布団から出て身支度を始める。
「もう少しだけいて欲しい」声になるかならないかの吐息のようなものに男は蓋をするように「また来るからね」と呟く。
男はこの時間が苦手だった。ただの情事とは言えない何かが男を蝕み始め、戻るに戻れないぬかるみにハマっていった。本当はこのままこの場所に居続けたい衝動に駆られるのを抑えながら、いやそれを払いのけるようにもう一人の女の元へと帰った。

「ただいま」何もなかったかのように男は声を掛ける。もう一人の女は何も知らない振りをして「おかえりなさい」と返す。チラリと目線が男の指を見つめる。
(その指で何をしてきたの?)女は心で問いかける。そんなことも気づかず男は寝床につく。風呂にも入らず、他の女の温もりと愛液を体に纏わらせたまま、もう一人の女の熱を払いのけるようにそのまま眠りにつく。


「もうあなたは必要ないの」
男の頭にこの言葉がエンドレスで流れている。必要ない、必要ない、必要ない。あれだけ男の頬を愛しく撫でた女も、いつの日も男の帰りを受け止めてくれていた女もどちらも同じような言葉を言って去っていった。

痛いでしょ‥
あなたも感じるの
ゆっくりゆっくりね
何故って?
あの時感じなかったじゃない
私の痛みを感じなかったじゃない
時間をかけてアジワイタイデショ
私はもうたっぷりアジワッタノ
言ったでしょ
わかる時がくるって
それは
ゆっくりゆっくりと
身体を巡っていくの
これでゆっくり眠れるわ
あなたも愛を知ったから

走馬灯のように聞こえる二人の女の声は、男の心を切り付ける。紙で指を切った時のように初めは痛みを感じなかったのに、心にゆっくりと温かな血が溢れ出す。
視界に映るアスファルトの黒を線香花火のような雨がピタピタと打ち付けて、そこだけ眺めていると小さく跳ね上がるしぶきが笑っているかのようだ。一人になった今、肌を切る風に少しだけ秋の気配を感じ男は思いきり息を吸い、ため息と共に最後の感情を吐き切った。
「痛みってこうなのか‥」



(887文字)🦂



ピリカさん、ピリカ企画運営の皆様
おつかれさまです。
また久しぶりに参加させていただきます。
よろしくお願い致します。


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