砕竜ブラキディオスの「殴るための前肢」の形態形成
両生類と羊膜類(爬虫類、鳥類、哺乳類)で構成される「tetrapod(四足の脊椎動物)」は、その分類名が示す通り、一対の前肢および後肢からなる四本の肢が最大の特徴である。Tetrapodにおいて、後肢は歩行、走行、遊泳による移動のために利用されることがほとんどである一方、前肢は、それのみならず、被食者や天敵への攻撃、飛翔、物を掴むなど後肢と比べ多様な行動に用いられる。
非常に珍しいことに、モンハンシリーズでは、自身の前肢を「殴打」のためにのみ用いる種が存在する。砕竜ブラキディオスである。
ブラキディオス前肢の外部形態がグローブ状になっていることは、すでに多くのモンハンプレーヤーから周知されているであろう。では、ブラキディオス前肢の骨格形態はいかなるものだろうか。以下では、公式から刊行されている「モンスター生態図鑑」を参考に作成された本種の前肢骨形態を、複数の系統のそれと比較する。
以上より、ブラキディオスの前肢は、その外部形態のみならず、内部の骨形態まで特殊化していることが分かる。例えば、海中遊泳を行うウミガメ、クジラ、アシカなどがもつヒレ状の肢を解剖してみると、内部には我々ヒトと同じように5本の指骨が備わっている。指の数が5本から減少している系統として、奇蹄類(ウマやサイなど)や鳥類が挙げられるが、これらの系統でも、手根骨や指骨の数はブラキディオスほど顕著に減少していない。このことから、ブラキディオスの前肢形成には、他の羊膜類にはみられない骨形成を抑制する機構がはたらいている可能性がある。
以下では、ブラキディオス前肢の形成パターンを予想し、現生の5本の指をもつ羊膜類系統のそれと比較する。
以上より、ブラキディオスの前肢形成では、肢骨形成を促進する構造であるAER(図内ピンク色)が早期に消失するとともに、骨形成を抑制する遺伝子Bmp7(図内緑色)が第3指骨の形成領域以外の領域に発現することで、短小な手根骨と第3指の中手骨および指骨のみが形成されてくるのかもしれない。
現実世界においても、脊椎動物の四肢形成メカニズムの解明に向けた研究は、発生学分野における大きなトピックである。進化学分野においても、どのようにしてtetrapodの四肢が進化したのかについて、盛んに研究が行われている。
これまでに人類が培った四肢についての形態、発生および進化学的知見を用いて、ブラキディオスの四肢形成を考察したが、いかがだったであろうか。ブラキディオスのような前肢をもつ種が現実世界に出現しない限り、本考察が解明されることは未来永劫無いであろう。しかし、本種のような生物が出現する可能性もゼロではないかもしれないので、本稿が数千年、数万年後の誰かの役に立てば幸いである。人類がそれほど先の未来まで生きながらえているかは不明だが・・・。
【引用文献】
[1]. Hofmann C, Luo G, Balling R, Karsenty G. (1996) Analysis of limb patterning in BMP-7-deficient mice. Dev Genet 1, 43-50.
[2]. Tsuji K, Cox K, Harfe BD, Rosen V, et al. (2006) Genetic Analysis of the Roles of BMP2, BMP4, and BMP7 in Limb Patterning and Skeletogenesis. PLoS Genet 2, e216.
[3]. Choi KS, Lee C, Maatouk DM, Harfe BD (2012) Bmp2, Bmp4 and Bmp7 Are Co-Required in the Mouse AER for Normal Digit Patterning but Not Limb Outgrowth. PLoS One 7, e37826.