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お母さんへの手紙 冬

お母さん、すっかり寒くなりました。

私とお母さんが暮らしたお母さんの故郷は、九州とは思えないほど寒かったですね。
寒くなると、いつも思い出すのは、古い家でお母さんと過ごした冬の日々です。
冬、就寝する前には、水道の蛇口を少し緩めて水を出しておかないと、朝、水道管が凍ってしまいます。
雪もたくさん降って、学校が休校になったり、夜、お母さんと2人、銭湯に行って髪を洗って帰ると、家に着く頃には髪が少し凍りかけていたりして。
タイヤにチェーンを巻いた車が、ガチャガチャと音を立てて走る音が、いつも聞こえていましたね。
冬の日の朝、お母さんは早く起きて、ストーブに火をつけてくれていました。
私が起きる時に、部屋が寒くないように。
あの灯油の匂いと、古い木造住宅の匂いと。
なぜか、今でもそのしんしんするような寒さは、その匂いと一体となって、私の記憶の海に沈んでいます。

お母さんが倒れたのも、そんな寒い冬でしたね。
雪が、降っていました。
気分が悪いと言って、横になったお母さん。
お母さんの代わりに、私は晩御飯の寄せ鍋を作りました。お母さんが下ごしらえをしてくれていたので、私は鍋に入れて煮るだけでした。
その間にお母さんの意識は混濁し、私が呼びかけても、返事ができない状態になっていました。
私が呼んだ救急車で病院に運ばれて、そのまま入院になりました。
その辺りは、記憶がないでしょう?
病院で、家に帰るように言われて帰宅したものの、お母さんのいない家はとても寒々しく、私は心細さと不安とで、少し泣いてしまいました。
頑張らなくては。
一生懸命、自分に言い聞かせたことは覚えています。
冷たくなってしまった寄せ鍋を、食べる気にもなれず、布団を敷いて寝ました。
冬はいつも、電気こたつに足を入れられるように布団を敷き、掛け布団をこたつ布団の上から掛けて寝ていましたね。
とても暖かかったのですが、あの方法はお母さんのアイデアだったのでしょうか。
それとも寒いその地方での、やり方だったのかしら。
いつも、お母さんが敷いてくれていたように布団を敷いて、初めて1人きりで寝たその夜のことは、未だに忘れられません。
家の前の道を、ガチャガチャと車が走って行く音を聞きながら、結局朝まで眠れませんでした。
私がそんな思いでいたなんて、知らなかったでしょう、お母さん。
幸い、お母さんは回復してくれて。
退院の日は、本当に嬉しかったのを覚えています。
でも、まもなく私は、就職のためその家を出ることになりましたね。
その後は親不孝ばかり。
ごめんなさい。

夜空を見上げると、寒風の中、ひんやりとした色の月が浮かんでいます。
お母さんと暮らした子供の頃、同じような風景を銭湯帰りによく見た気がします。
長い長い年月が流れたけれど、今日の月はあの時の月と同じ何だなぁと思うと、不思議な感じですね。

今夜も冷えそうです。
暖かくして寝ます。
たまには、私の夢に遊びに来てね。
またお便りします。
おやすみなさい、お母さん。



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