田舎と都会と趣味について考えた。
約1年振りに帰省した。今住んでいる所と地元は飛行機を使わないと帰れない距離。帰省したい気持ちと裏腹にチケット支払いがいつも億劫になるが、家族や地元の友達に会いたかったし、久しぶりに地元の空気を感じたかった。地元は完全な車社会でありチェーン店も限られ、娯楽施設も特に無いが、生活する分には困らないし普段の生活から離れて一休みするには十分快適である。
あたしは地元が嫌いではない。田舎故の不便さや、人間関係の狭さ、刺激の少なさはあるが、それが生まれ育った環境だから特に気にしなかった。学生時代に容姿でいじめられたり、友達と馴染めなかったりして気まずい思いをしたことはあるが、それは過去として処理できている。どこにでも誰にでも良い部分悪い部分があるから。いじめてきた連中を大人なった今許すつもりはないし、SNSで今親しくない知人が知り合いかもで表示されても接触することはないが。
同級生の90%は高校卒業後の進路で地元を出る選択をするが、就職やUターンで地元に戻る人も一定数いる。学生時代から交流が続いてる友達の多くがUターンで地元に戻った為、帰省する度に会う機会を設けてくれる。懐かしい昔話、同級生の話を地元の言葉でやり取りするのが心地よい。
それでもずっと地元に居る選択をしないで良かったと今も昔も思っている。家と職場と友達と会うことがルーティン化している自分が想像出来る。友達と頻繁に会うと疲れてしまうから(これは自分のメンタル次第)、家と職場が占める円グラフはかなり高いと思われる。高校生まで課題と部活、たまに友達と遊ぶことで自分が構成されていた。代わり映えがないが、その時はそれで楽しかった。
地元を離れ、そこで出会った人に沢山影響された。自分の好きなことを尋ねられたら美術館・博物館巡りや映画、読書、喫茶店巡りと今では答える。その時の友人の趣味であり、自分が好きだと思えることになった。たまにジムやライブ、旅行に行ったり、自分を構成する要素がバラエティに富んで嬉しかった。
久しぶりに地元に帰って、自分の好きなことを満喫するならやはりある程度都会に住む方が良いなと感じる。映画はサブスク、読書は書店や通販、喫茶店の料理は自分で再現出来るが、色々な年代の美術品や展覧会を自給自足は難しい。
展示する側の情報は何も分からないが、地方of地方で展示をしても元が取れる収益に繋がらなかったり運搬しづらかったり、何かしら展開しにくい事情があるんだろうと思う。
地元に戻ることの戸惑いが趣味だと言うと、いい年して何を言ってるんだと思われるかもしれない。環境に応じて新たな趣味を見つける可能性もある。ただ色々なことを楽しんでた自分が霞むのが怖いだけかもしれない。大体の社会人は仕事の日は職場と家の往復だし、自分もそうであるのに何かしら理由をつけてしまう。どんな環境でも色々な事を楽しめる人間には何時になったらなれるのだろか。30年生きても悩んでる姿を学生時代の自分は予想してなかっただろうな。