【短編小説】「蛾の話」第三話
【悪の使い! セルラ!】【セルラ・人類滅亡へのカウントダウン!】【緊急! セルラ最新情報!】【セルラは人工兵器!?】【削除覚語! セルラの隠された真実!】
思わず「マジか」とぼくは声が出てしまった。
いわゆるフェイク動画といわれるものばかりが検索に引っかかった。黒に白文字、黄や赤で恐怖をあおったサムネイル。出典元不明な写真やデータを横に研究者と名のった外国人が深刻な表情でセルラの危険性を語り日本語の字幕がながれていた。
それをまたどこかの医者や教授が繰り返し解説している。くわしく見なくてもはじまりと終わりとコメント欄を見れば動画の内容は大体わかってしまう。
それによるとセルラの毒性はりんぷんに大量にふくまれているらしい。
セルラのりんぷんはかつてないほどの細かい粒子でヒトのからだのあらゆるところに入り込む。風邪のような症状、アレルギーなどのごく軽度のものから、とくに脳や心臓に関与すると突然の不調、突然死などを引き起こす。脳に入り込んだひとは人格の変化を起こすこともあり家庭不和・家庭崩壊などにもセルラのりんぷんが原因だったということもすくなくない。これを知るひとたちはまだごくわずかである。etc.
「この動画と出会ったあなたは偶然ではない。あなたは選ばれし人間です。あなたの使命をすみやかに遂行せよ。われわれのような真実を知る者はいつの世も迫害されてきた。しかし、いま! 真実を知るあなたの仲間はここにたくさんいます! 皆さん! わたしのあとにつづいてください! わたしはじぶんの命をかけて発信をしています!」
と、どこかの助教授がスマホのなかで涙ながらに語っていた……。
たしかに歴史的にも使命感から行動を起こした人間がたくさんのひとを救ったことは多い。そしてそこからおおきな問題が見つかることもよくある。渦中のときに真実なんかわからない。だけどセルラやこの類のものはどちらでもない。信じるも信じないもあなた次第、だ。
はあ……。セルラより動画の毒気にあてられたぼくは念のため『セルラ 画像』でも調べてみた。作り物からそこらへんで見かけるスズメガまでがセルラにされていた。
でもたぶん正木さんが見ている動画はさっきの岐阜の柴原とかいう助教授のものだ。調べると専攻は仏分科、フランス文学者とある。やはり虫の専門家でもなんでもない。
『【無料配布】まずはセルラの脅威からあなたの町を守りましょう! 町の自治会長にこのビラを回覧版でまわしてもらってください。真実に気づく人間がひとりでも増えるように!』概要欄の文言のしたにビラの画像とその助教授のメールアドレスがあった。
”自治会長”に回覧版をまわすようにと具体的にいっていたのは柴原助教授しかいなかった。なんで自治会長? ああそうか。居住の長い主婦に向けての発信だったらうなずける──寂しい高齢者狙いに思えてしまうぼくも悪の使いと呼ばれそうだけど。
正木さんって意外と素直なひとなんだなとぼくの見る目がかわった。
つづく