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「忘れっぽい詩の神」 #青ブラ文学部


失礼します。
私は床屋を営んでいる者です。
折り入って本日は聞いてほしいことがあるのです。
ここだけの話ですが我が国の君主の耳はロバの耳なのです。
口外したら私の命はないと……。
でも、もう、私の口は耐えられそうにありません。
え? もちろん先代にならって穴に向かって叫んでもみましたとも!
でもねえ「王さまの耳は代々かわいいロバの耳なんすよ~」なんて私の場合、いつ口走ってしまうか。なんといっても床屋は雑談の場ですからね。私の口がツルッとすべったら一家皆殺しとのこと……。ですので毎日ヒヤヒヤしながら生活をしておりまして日々生きた心地がしないのです。


恐れ入ります。
僕は小さなころに大失態をしました。
そのころは子どもでしたし生かされたのですけど、いまは王宮に務めております。だけど僕はまた失態を犯してしまいそうです。
パレードのたび、裸の王さまに見えないマントをつける茶番……。
ゴホン! いや、もとい! 大役をあずかってる身だと重々承知しております。
ハッキリいうとバカには見えないマントをうやうやしくかかげる日常に罪悪感がこみ上げるのです。仕事だと割りきればいいのですが、どちらにしろ百歩ゆずってバカに見えない衣装ならばバカが王さまを見るとマッパに見えるのでは? と思うんですよね……。
とくに最近気にされている肥満気味のおなかなどが丸見えになってしまいます。おまけに庶民はバカだ、バカだと日頃からおっしゃっている王さまはその辺りはどうお考えなのか。
千歩ゆずって僕も馬鹿だとしましょう……。
昔、王さまは裸だと叫んだ僕は幼かった。
いまなら「バカは王さまだ」そういいたいのです。


——「うむ」
詩神(ししん)は白髭をなでながらゆっくりとうなずき、ふたりに向かっていった。
「すてきな詩を聴かせてくれてありがとう。しかと聴かせてもらったぞ」

「詩?」ふたりの声がそろった。

「ええと、この話は懺悔に近いのです。詩神さま」床屋がいった。
「僕なんか悪口です……。詩神さま」王の使いもいった。

「なんの! 詩は経験、というではないか。それにワシの特技『忘れっぽい』がこんなふうに役立つ時代もくるとはな」

カカカッと詩神は高らかに笑い
「忘れてしまえば他言無用などという文字はワシの辞書には存在せぬのだ」
とガッツポーズを決めた。

床屋と王の使いは手をとり合って喜んだ。
「噂はほんとうだったんだ!」
「懺悔室よりやっぱり詩神さまだよな!」

「ありがとうございます!」
「これでまた明日からがんばれます!」

「……うむ、がんばるがよい!(?)」

床屋と王の使いを見送ったはしから詩神はふたりの顔も肩書きも懺悔の内容も忘れていた。しかし、ふたりの声と苦悩だけが記憶に残ったことは詩神の秘密だった。この物語を読んだそこのお前たちよ。このことは他言無用である。無用であるぞ。



山根あきらさん、いつもありがとうございます。
企画に参加させていただきます。




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