【小説】映るすべてのもの #13
大人から見れば高校2年生とはきっとたのしい時期に映るだろう。
中学生のような子ども扱いもされず、だけどまだ子どもでもある時期。
来年になればおいたてられて進路をきめなければいけなくなる。
その進路も中学生の高校進学という選択ではなくおおきく人生に影響する選択をいきなりせまられる。
あこがれの職業があったり、家によっては目指す道はもうきまってる子もいるだろうが大抵は「なんとなく」という子も多そうだ。
大学、専門学校、就職。
なりたいものがない子は時期にせまられ、イメージもできないまま次の道をえらばなければいけない。
はじめてつきつけられる人生のかけらを真摯に受けとりたくとも情緒も時間もまってはくれない。高校生でなくなるための逆らえない圧が大人への準備をすすめてくる。
その現実をあたまで理解できていても、どこか他人事になってしまうのが高校2年生という刹那だ。
「ねえ加藤さん、ふたば公園にいってみない?」
このところ笑顔のふえた里穂が瑠衣の顔をのぞきこんだ。
ふたば公園とは学校から10分とかからない瑠衣のマンションと高校のあいだにある公園だった。
家から近いことも瑠衣がいまの高校にした決め手のひとつだった。
ふだんは高校の門からでると里穂と瑠衣の家は逆方向になるので、かえり道が一緒になるということはなかった。
「いつも家によってもらってたけど、ふたば公園のこと思いだしちゃったの」
「ふたば公園? なつかしいな。ここらへんの子は小学生のころよく遊んでたよね」
「あんなひろい公園ってなかなかないでしょ。ボール遊びやバドミントンしてもじゅうぶんな広さがあって、いまもかわってないのかなって」
「わたし毎日とおってるけどそういや気にしたことなかったなあ。……灯台もと暗し!」
「灯台もと暗し?」
たのしげな声をだして目をまるく見ひらいた里穂が両手をくちもとにふんわりとそえた。もうすこし手の角度が外にひらけば登山での「ヤッホー」のかたちになりそうなのがおしい。
「よかったら今日のかえりジュースでも買ってよってみない?」
「いいね!」
「決まり! ね!」
*
いつしか無意識の景色にかわっていた『ふたば公園』は記憶のままだった。
「あのベンチもおんなじだ! いこ!」
里穂が缶ジュースをもった右手のひとさし指を木製のベンチへむける。
ふたば公園のはしにある木製のベンチには田舎のバス停のように木製でできた屋根がついていた。
夕暮れ前の日ざしがつよくななめにはいるこの時間にもベンチにはやさしい陰に守られていた。
公園の木々も周囲の芝生もあいかわらずきちんと手入れがされていて学校からかえった小学生がボールあそびをしている。小学生をとおまきにながめながら瑠衣と里穂はベンチに鞄をおき腰をかけた。
「ベンチ、こんなにちいさかったっけ」こころより言葉がさきにでた。
瑠衣のからだの言葉に「ねえ」と返事をかえした里穂もふたば公園にかたりかけているみたいだった。
安堵と不思議な気持ちがいりまじる。
”なつかしい”がこんなに近くにあるものだとしった。
アイスミルクティーと炭酸入りのオレンジジュース。
自動販売機でのみものをえらぶのもそういえばひさしぶりだった。
ふたりのおちつかない腰は5分ほどでベンチになじんだ。里穂がぽつぽつと話しだす。
テニス部だった中学生のころ、女子の先輩からいやがらせをうけて人間不信のようになっていたこと。そのささいなきっかけはテニス部のキャプテンに告白されたことからはじまったそうだ。
「急に先輩たちの態度がかわったほうがショックでね。あれが恋だったのかさえわからないの」
アイスミルクティーを飲んでいた瑠衣は目で「きいてるよ」の合図をおくった。
それは瑠衣のほうを見ていない里穂も了解してるようだった。
「テニスしてるときだけはいろいろわすれられる時間だったんだけどね。テニス部の先輩だけじゃなくて、しらない先輩によびだされたりして……あーあのときはつらかった!」
オレンジジュースをくっとのんで「ああ、おいしい」と炭酸のようにすっきりした声をあげた。
「たいへんだったんだ、としかいえないけどたいへんだったね」
このところ里穂のなかで、なにかがかわったことに気づいていた瑠衣は気をまわさず言葉をつむぐだけにした。
里穂のすっきりした声が心地よかった。
「だからね、わたし高校になってイメチェンしてみたの」
「なるほどなあ……」
「またポニーテールにしてもいいと思う?」
「なんでわたしにきくの!」ふいをつかれて瑠衣は笑ってしまった。
「ポニーテールにあってたよ」ともいいながら。
『ねこに小判』以上に当たり前なことをいってるじぶんにもおかしさがこみあげる。だめだ。瑠衣はゲラだった。しかもツボというやつはじぶんにもわからないところで急に発動する。ひっひっと声がもれだした。もうこれは瑠衣にもだれにもとめられないのだ。
「また『あざとい』とかいわれちゃったら……ちょっと! 加藤さん!」
ここでまじめをかぶせてくるのもいまの瑠衣には反則わざだ。ヒー。
ひーっひっひっひっひっ「ごめん」となんとかいえたがやっぱりだめだった。ヒー。
「ちょっと……ふふっわたしがなんかバカみたいじゃない……ふふっあはは!」
ゲラは感染力がたかいのだ。里穂にもうつってしまった。
アハハ! ひーひっひひひ、クックック、アハハ、ひとしきり笑いあった。
もうなにがおかしいのかわからないが理屈じゃないのだ。
「あーおかしいったら」里穂ははみでた涙を指でぬぐいながらまだつづけようとしている。
ゲラの余韻とシリアスのアンバランスはもはや芸術だった。
「前ね、加藤さんにおばあちゃんの話してから、なんだかスッキリしちゃったの(※参照:映#6)」
「そっかあ」
「だからね、わたしいまポニーテールしたいの! わたしポニーテールがすきなんだ」
「いいんじゃない?」
「あざといっていわれても、もういいの」
「上田かおるにもいいかえせるんだから大丈夫だよ」
「上田さんね、上田さんにはわるいけど最近もうどうでもよくなっちゃって」
里穂はオレンジジュースの最後をのみほした。
ポンポーン、コロコロコロ。
「すみませーん!」
ボール遊びをしていた小学生のボールが里穂の足元にころがってきた。
「いくよー!」バレーのレシーブのかっこうで里穂が小学生の女の子たちへボールをかえした。
”わ!”ボールをかえされた女の子たちの表情がはなやいだ。
「ねえ、加藤さん、写真撮ろ!」里穂が鞄からスマホをとりだした。
「うん!」瑠衣と里穂、ふたりそろってせーの!でピース。うつりを気にするのがいま最上級にダサいことをふたり意識してこころからニカッと笑う。
瞬間でおさめられた瑠衣と里穂の写真はこころから笑っていた。
レアポケモンよりもきっとレアな写真がとれた。
瑠衣のちょっとしもぶくれも里穂のおびえのないすがたも里穂のスマホにしっかりとおさめられていた。
いつかの未来にしかわからないけれど、ふたりにとって思春期、最高の映りかもしれなかった。