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【ショートショート】「秋物語」
「もう、行っちゃうの」
草原に吹いたひとすじの風が少女の鼻さきをかすめ、くすぐった。
「うん」
まるめた背中の内がわで、荷物をまとめながらタムはいう。
「さわがしくなった場所は、ぼくに似合わないんだ」
「みんなタムをまってたんだよ」
「そう」
「キンモクセイさんだってタムがくるようにって、一生けんめいオレンジの花を咲かせて祈ってた」
少女のほおにかかった巻き毛がゆれた。
「知ってるよ、風からきいた」
「……ナツくんがね、おれが熱くなりすぎたせいじゃないかって」
「ナツのせいじゃない、時代だよ」
なにをいってもタムは行ってしまう。
それをわかっていながら少女はつづけずにいられなかった。
「タムがいなくなっちゃいそうだから、フユーさんがあわてて……」
「フユーがつめたさを抱えてかけつけてたのは、ぼくも見たよ」
「ハルくんも『あいつ人気あるのにな』って」
荷物をまとめたタムは腰をうかせた。
マントのすそを手ではらい、つばのひろいみどりの帽子を深くかぶりなおしていった。
「ぼくには関係ないからね」
少女はタムを見あげ、ふたりは見つめあったかたちになった。
まわりの枯れかけた夏草だけが、少女の気持ちそのままのようにさわさわとそよいだ。
タムと一緒にいたかった。
また少女のいいたいこともそれだけだった。
「おっと」
麻の袋からちいさな枝が落ちてタムがあせった声をだした。
背の高い草が集まっているところにころがった、手のひらにおさまりそうな枯れた枝。
タムがまえかがみにしゃがみこんで草をかきわけた。
少女もかがみこんで目をこらした。
「あった、あった」
立ちあがったタムは笑いながらその枝を口にあてた。
「これがないと、ぼくじゃないからね」
タムよりすこしおくれて少女も笑った。
「……タム、こんどはいつ会えるの?」
「さあね」
タムのマントがひらりと半円をかいた。
背を向けてあるきだしたタムのすがたがとび色の目に映しだされる。
少女はその場で立ちつくしていた。
あの木の笛を拾いあげたとき、一瞬タムのくちびるが少女のひたいにかすかにふれた。
タムのすがたがどんどん遠くなり夕日ににじんで、タムは夕日になった。
”ピュイ”
少女の耳もとで木の笛の音が聴こえた。