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元旦のマンハッタン

「正月は時間があるんだから。(午後の)3時ごろ彼女が来てちょうど今ごろになりますとこう、チラチラあかりがいてきてね、夜のムードになるんですね。夜のムードになりますと、もうちょっと高級なイメージを与えてあげる。ニューヨークのイメージでいくんですよ、ニューヨークのイメージで。こりゃやっぱりですね、メル・トーメ。マンハッタン。これがもう、最高ですね」

「メル・トーメという人は実力というかね、テクニックじゃおそらくジャズ・ボーカルで私ゃ1位の人じゃないかと思うんですね。聴いててとてつもなく上手いし、息がまた長く続くんですよねぇ、この人。それでまぁ、出来不出来もかなりあるんでございますけど、かなりやっぱり、最高の上手いテクニック使う人なんでございますけど、どういうわけかこれ、アメリカで人気がないんですねぇ、ほとんどない。よく考えたらあの声の質がアメリカ人にはこう、ウケないような感じがするんですねぇ。やっぱりフランク・シナトラとかああいう声がアメリカ人にはもっともウケる声じゃないかと思うんですね。イマイチこの人は、実力の割には恵まれない人でね。ビデオディスクなんかで発売されたヤツをちょっと観たんですけど、えらいスゴイ会場ですけども、半分くらいしか客が入ってないんですよね(笑)。あれもちょっと気の毒な感じがしますけども(苦笑)。クリッとしたカワイイおっちゃんでございますよね。ウ~ン、ちょっと惜しい感じが。ワタシはビッグバンドをやったヤツを観たんですけどね、ビッグバンドを指揮しながら歌うんですよね。うーん、大変な人なんですけどね」(【タモリのジャズ特選 女性といるとき何を聞くか】太字部分はテープ起こしした僕です)

番組中、終始くだけた語りのタモリが、ここだけはガチにメル・トーメの実力を絶賛し、評価されない不運を嘆いている。

贔屓ひいきのアーティストというのは「なんで皆この良さが分んないんだ」と思う反面、「分かってんの、オレだけだもんね~」の優越感も相半あいなかばして存在する。ファン心理として当然だ。
それにしたってメル・トーメとマーク・マーフィーの不人気ぶりは徹底していて、「オレ、間違ってるんだろうか?」と、時には不安になろうというものだ。
両者とも、その超越技巧と天才的なひらめきは評価されながらも、「マイルスを聴け!」「ビル・エヴァンスを聴け!」みたいな熱のこもったしには至らない。
「上手いよね、それがなにか?」みたいな扱いに、これまで終始してきた気がする。

などとほざいてる僕からして、『マンハッタン』なら圧倒的にリー・ワイリーを聴いてきた。ハスキーで甘く、楷書体かいしょたいをなぞるように丁寧な歌唱に、「あージャズだぜ」ええなぁええなぁと、即座に歌の世界に入り込んでしまえる。

それはジャズ特有の「言語」を、少なくとも日常会話ができる程度に理解しているからであって、ワイリーのボーカルなどその王道と言えるためだろう。

メル・トーメの場合、ジャジーではあっても、ジャズそのものとは少し異なる「言語」表現なのかもしれない。「文法」や「使用言語」が微妙に異なり、せっかく覚えたジャズの範疇はんちゅう翻訳ほんやくしようとしても無理が生じる。マーク・マーフィー共々、そんな感覚で長らくとらえてきた。

しかしここで、「キミ、分かっとるね!」のタモリが太鼓判を押してくれたのだから、もう大丈夫だ。
今後はメル・トーメ聴いてわからん奴は、わからん方がワルいと断言してしまおう。「トーメを聴け!」

さて番組は、あと2曲もあるのか。ホントはメル・トーメ選んだタモリは偉いと書きたかっただけだし、飽きちゃったからこの辺にしとく。

4曲目はボサノバ。アストラッド・ジルベルトじゃなく、旦那のジョアン・ジルベルトで『バイアーナの心』この選曲にも一工夫、あると思う。

最後のジョージ・ベンソン『ギヴ・ミー・ザ・ナイト』は、いまだ自分とは無縁の音楽だ。タモリ言うところの秘中の秘のテクニックらしく、この曲をもってオンナの陥落は達成されたのだろう。知らんけど。

ちなみに、タモリの語りのテクニックはさすがである。そしてその語法はジャズというより、ズージャである。
メル・トーメを語るいっときだけ、ズージャ語法は本来のジャズになっていた気がする。

イラスト Atelier hanami@はなのす



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