気になるマイルス
昨日、フォロー頂いているお一人からコメントが寄せられ、マイルス・デイビスについて書かれていた。
そういえばマイルス、聴いてないなぁ。
というより、ジャズ自体あまり聴いていない。異常な暑さの続く今年の夏に、睡眠導入剤替わりに流すとき以外は、音楽全般聴こうという気になれなかった。
それが最近、夜になって少し気温が下がり、外部から「マイルス」なんてキーワードが届いたりすると、どこか謎めいたままでいるこの人の音楽に接したくなる。
そうなのだ。マイルスは昔も今も、自分の中で立ち位置の定まらないミュージシャンのままなのだ。
これが他の人物であれば、いまさら聴かなくていいやと意識の中で切り捨ててしまう場合がほとんどだ。
なんでも知りたい、聴いてみたいと思ったのは20代までで、それ以降は限られたものに繰り返し接するだけで、満ち足りてしまう。
何かをわかったつもりになったわけじゃない。知らぬまま人生が終わっても悔いはなく、何かがきっかけで出会い心動かされても、さらにその先まで行きたいと思わなくなっただけだ。
その意味で、マイルスは特殊な存在になる。いつまで経っても切り捨てられず、無関心のままでもいられない。
好き嫌いでいくと、「嫌いじゃないけど」くらいな感じか。アコースティックの時代は別として、「好き」と断言できる存在では決してない。
「嫌い」とも言い切れないのは、次代を切り拓く革新性や、人を見抜き育てることへのとびぬけた能力、他の追随を許さぬ強烈な個性を持った音ゆえである。
聴けば素直に「すごい」と感じる。ただ肚にストンと落ちることがなく、どこか消化不良のモヤモヤ感が付きまとうのだ。
たぶん以前にも書いたのだけれど、僕にとってマイルスと言えば『バグス・グルーヴ(Bags' Groove)』だ。
それも、マイルスをいろいろ知った上でこのアルバムが気に入ったと言うわけじゃなく、ある事情からこればかり聴いていた時期があって、完全に刷り込まれてしまった結果に過ぎない。
20代は仲間内でジャズ喫茶と自然食品屋をやっていて、週に3度、大磯から片道3時間近くかかる武蔵村山という処まで、仕入れに行っていた。
カーラジオのみのポンコツ・ワンボックスカーで、何しろ雨が降ると止まったりする”ヴィンテージ”ものである。ワイパーが作動しなくなり、窓から手を伸ばし手動で雨を切ったこともある。
3台乗り換えたが、その歴史を語るだけでも結構な量になる。死にそうになった経験だって、一度ならずある。
仲間の一人が、粗大ごみ置き場にあったカーステレオを拾ってきた。当時(40年前)は捨てる方も拾う方も適当で、分別ごみの概念もなければ、持ち帰るペナルティに考えが及ぶこともなく、ときどき見に行くと掘り出し物に出会うことが何度かあった。
回収する役所もいい加減で、ゴミがたまるまでは何週間でも放置されていたから、新しい出物がないかチェックだけは怠らない。
所有者にとって無価値でも、こちらにとってお宝となる落差がかなりあった時代だ。今ならすべて、メルカリなどで立派な「商品」として出店できる品々だろう。
あるときはCECのレコードプレイヤーを見つけ、動かなきゃ元に戻せばいいやくらいな気持ちで持ち帰った。
ベルトを交換して、鳴らした時の感動が忘れられない。
すでにダイレクトドライブが主流になっていた時代、ここまで音楽的に違うものかと、ベルトドライブの威力に驚嘆した。のちにCECはベルトドライブCDプレイヤーという意味不明な製品まで出すが、音楽の表現力から言って、素晴らしいメーカーだったのは間違いない。
あるときは『ケイの凄春』全巻が置かれていて、迷わず拾って持ち帰った。
なにしろ原作が小池一夫、作画が小島剛夕という『子連れ狼』のコンビである。「わしらは永遠に不滅の父と子なり」の拝一刀のセリフなど、いまもって号泣せずにおれない極めて熱量の高い不朽の名作だ。
つまらないはずもなく、むさぼり読んだ。ここまで壮絶な(大げさな)男女の愛を描いたコミックは、空前絶後であると今も思う。
そこには拝一刀と大五郎の父子に代わり、ケイと可憐の「永遠に不滅の男と女」が描かれていた。宿命とは、ときに神をも凌駕するのである。
拾ってきたカーステを自宅のスピーカーに繋げてみると、ちゃんとカセットテープが作動し、音が出る。
さっそく軽のワンボックスカーにセットし、平塚のダイクマで購入した怪しいメーカーの格安小型スピーカーを、ダッシュボード両脇に両面テープで固定した。この時から、僕だけの贅沢なオーディオ空間が生まれたわけである。
僕がいたジャズ喫茶に、マイルスはほとんどなかった。誰かからもらった『ジャック・ジョンソン(jack johnson)』など数枚の日本盤があるだけで、聴きたがる人間がいないから、店でかけるのは遠慮することになる。
店においてのマイルスは、かつてジャズ「も」演っていた人くらいの扱いで、異端の存在だったのだ。
むしろジャニスやジミヘン、ルー・リードなど、丸ごとロックな音楽の方を頻繁にかけていたくらいだ。
聴けない環境にいると、逆に聴きたくなるのが人情だ。
自分で購入した安いOJC(Original Jazz Classics)盤の『バグス・グルーヴ』をカセットにダビングし、移動する車の中で繰り返し聴くようになる。片道3時間の長旅を週に3回、ある時期はこればかり流し続けたのだ。
僕にとって再生回数の最も多いジャズのアルバムは、『バグス・グルーヴ』になった。
(次回に続く)
イラスト Atelier hanami@はなのす
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