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グチっちゃダメなの?
昨夜、いろいろ活動のお手伝いをいただいている人生の先輩と、公共施設で会合をもった。
いったん打ち合わせが終わり、お帰りかになるかと思っていたら周りをきょときょとと見回し、声を顰めて話し始める。
「実はMさんの所だけね、申し込みがないんですよ」
この方、地域の祭りに出店する各地区(部落?)の取りまとめ役で、Mさんというのはある地区の代表のことである。他の地区はちゃんと参加の申し込みがあったのに、Mさんの所だけずっと空白になっていたと言いたいらしい。
「ねー、こっちも困っちゃって、何を出店するんですかと催促したですよ。そしたら今回はナシでいいか?って、聞いてくるもんでねー」
つまり一か所そういうところがあると、他も「じゃ、ウチも」と追従しがちになり、それだと行事が成り立たなくなる。けっきょく出店することにはなったが、どうやらそうなった経緯はMさんの調整不足によるもので、地区の人たちに相談していなかったためである。
「あの人、普段から口は達者だけど肝心な時には全然動かない」それが言いたかったようだ。
別に僕にしゃべったところで、どうなるものでもない。しかし一回りも年上で、いつもなら黙って仕事をこなす方のひそひそ話を、失礼ながら肯定も否定もせず、微笑ましくさえ思いながらお聞きした。
ではこの方の行為は、悪口なのか陰口なのか単なる愚痴か、それとも批判にあたるのか。
「人を貶め、けなしたり、さげすんだりするために言うことば」なら悪口に該当するし、「本人に直接言わずに、他の人に言う悪口」なら陰口でもある。
「言っても仕方のないことをくどくど言う」なら愚痴でもあるし、「物事に検討を加えて、判定・評価する」批判的な要素もある。
いずれにせよ、聞かされる側にとって本来、楽しい話題ではない。それなのになぜ微笑ましく思えたかと言えば、滅多にそういう事を口にしない人だからというのが、まず前提にある。
周囲を見回して、誰も近くにいないのを確認してから話し始めるあたり、いかにこの手の話題に慣れていないかよく分かる。常習者なら日常会話の一部だから、そこまで用心深くならないはずだ。
その挙動が、70半ばの人に対して適切な表現じゃないかもしれないが、「かわいい」と思えたからでもある。
30年前、30歳を過ぎて初めて入った会社は、各取引先に常駐し仕事をする人たちがいた。
現場周りをすると、初対面で新人にもかかわらず、僕に本社への要求や仲間の苦情をぶつけてくる人が多くて、まず面食らう。
「本社の○○に頼んで1か月経つのに返事がない」「(その日休んでいる)○○は人の陰口ばかりたたいている(アンタもそうじゃん)」「取引先の○○に、昨日こんなこと言われた」等々。
当時はそれを愚痴や陰口とせず、ひとつの情報として捉えていた。
要するに僕はたまたま「本社」に就職したのであり、現場の声をすくい上げるのが役割と解釈したためだ。
たとえば、「○○に頼んで1か月経つのに返事がない」は明らかに本社側の不行き届きであり、文句でもいちゃもんでもない。出来ないなら出来ない、出来るなら即対応すればいいだけの話だ。
帰社し、確認した結果をその日のうちに電話で伝える。
何と言うこともない事に速やかに対応しただけで、その現場からの信頼は格段に上がったようである。
たとえば、「○○は人の陰口ばかりたたいている」なら、全員が出勤する日にミーティングを行い、個人攻撃でなく職場環境の改善を一緒に考えてはどうかと提案した。
こちらは一朝一夕には解決せず、言った本人がしり込みしたため一旦はうやむやになる。
結局は人間関係がこじれたまま、しばらく後に一人が退社することになった。
「本人に直接言わずに、他の人に言う」のが陰口なら、なんの解決にもならない。
関係者にとっても、そこに立ち会う僕にとっても、心情的に避けたい場面には違いないが、当事者同士がいるところで話し合いするのを原則に出来たことは有益だった。肩書の取れた現在も、この原則は生きている。
自分がだんだん「偉く」なっていくに従いこれを中間管理職に任せるようになるが、きちんと処理できない人間がほとんどだった。
避けたい気持ちもあったろうし、なにより片方の意見に偏ってしまうケースが多かった気がする。とくに男のリーダーに、顕著な傾向があった。
「取引先の○○に、昨日こんなこと言われた」は、今で言うパワハラだろう。30年前にそんな言葉はなく、取引先が上で、受注して仕事を「させていただく」こちらはいつも下でいなければならないという空気感が、どこの現場にもあった。
こんな事態、20代は完全お左翼の世間知らずで「権力に歯向かう」のが大好物な僕にとって、おいしくてならないネタである。
「抗議するので、具体的な事例を挙げてほしい」と迫れば、言った当人がビビってしまい(そりゃそうだ)やめてくれとなった。
だんだん角は削られ、客を相手に直接的な行動をとろうなどとは思わなくなっていったが、婉曲的な手法から相手をただす術は身に着けていった。
最初から愚痴や陰口で済ませていたら、現場の不満はたまる一方だったと思う。
全ては自分の世間知らずから生まれた行動だったと、今ならよくわかる。
(次回に続く)
イラスト Atelier hanami@はなのす