
得したつもりが損してる?
以下のような2つの選択肢が提示された場合、あなたはAとB、どちらを選ぶだろうか。
(質問1)
A:何もせずに100万円が受け取れる
B:コインを投げて、表が出たら200万円受け取れるが、裏が出たら何も受け取れない
(質問2)
あなたは今、200万円の借金を抱えている。その前提で以下の2つの選択肢が提示された場合、どちらを選ぶか?
A:何もせずに100万円の借金が免除され、残りの借金は100万円となる
B:コインを投げて表が出たら200万円の借金が免除されるが、裏が出たら何も受け取れない
実は前提条件がつく以外、質問1と質問2の選択肢の内容はまったく同じだ。
選択肢がAなら、確実に100万円分のメリットを享受できる。
選択肢がBなら、50%の確率で200万円分のメリットを享受できるが、50%の確率で何のメリットも得られない。
(質問1)の場合、ほとんどの人は確実に100万円が受け取れる、Aを選ぶといわれている。
ところが「借金を抱えている」という前提がつくことで、(質問2)では多くの人が、Bを選ぶことが分かっている。
上記のようにものの捉え方一つで、人々の意思決定は大きく変わってしまう。
この非合理な意思決定を説明するのが、「行動心理学」の中でも特に有名な、「プロスペクト理論」と呼ばれるものだ。
プロスペクト(prospect)は、「期待、見込み」という意味を持つ。
つまりプロスペクト理論とは、「不確実性を伴う状況において、ある事象が生じる確率やそこから得られる損得が分かっている場合に、どのような意思決定を行うか」を表す理論だ。
先ほどの(質問1)と(質問2)のような、不合理な判断が生じる理由を解き明かす理論といえる。
プロスペクト理論は行動経済学における代表的な理論であり、各種の実験から得られた事実をもとにした、いわば現場主義のセオリーだ。
投資家の意思決定を現実的に説明した点や、心理学やファイナンスを組み合わせた新しい経済学の分野であった点などから、プロスペクト理論を提唱したダニエル・カーネマン氏は2002年、ノーベル経済学賞を受賞している。
プロスペクト理論を読み解いていくと、人間には下記の心理傾向をもつのが分かる。
人は「得をすること」以上に、「損をすること」を恐れる傾向がある。
利益と損失が同額の場合、利益を得たときの喜びより損失を出したときの苦しみのほうが上回る。これを「損失回避性」と呼ぶ。
プロスペクト理論では、「実際に得られる価値」と「主観的な価値」の違いに注目し、この違いを「価値関数」で表すことに成功した。
横軸を「利益と損失(実際価値)」、縦軸を「満足と不満(主観価値)」とした場合、「利益を得た喜び」のグラフは傾きが小さく、「損失を出した苦しみ」のグラフは傾きが大きい。

例えば、千円の利益を獲得した場合の喜びが「+10」ならば、千円の損失をこうむったときの苦しみは「-20」になるといったイメージだ。
人は「得に対する喜び」よりも「損を被った際の痛み」を大きく感じる。
「〇〇が欲しい」などの欲望があってもすぐに行動を起こそうとはしないが、「〇〇を失う」リスクを感じると、それを防ぐための行動はすぐにでも起こす。
個人の性格や置かれた環境、社会の慣習、国民性などによっても差があるものの、一般的にはリスクを負ってでも利益を狙う行動は、起こしにくいとされている。
マーケティングシーンにおいて損失回避の法則は、販売促進の手法として多く活用されている。
「モノを買う」人は購入した後のこと(未来)にまで、思いを巡らせる。
そこから、買えば”損”になるかもしれないという懸念も生まれる。そこで販売促進では、以下のような心理誘導をかける。
たとえば、有名な宝くじのコピーのエピソードだ。
(A)あなたもきっと当選者になれる
(B)あなたはすでに当選者かもしれない
AのコピーをBに変更したところ、大幅に売り上げが伸びた。
(A)のように得を求めるものよりも、(B)のようにすでにあるチャンスや利益を逃してしまうかもしれないという、失うリスクを感じさせるほうが行動を起こしやすい。
消費者に不満や不利益(損)がある状態を想定し、「この商品やサービスを利用すれば、その損が解消できますよ」とアピールする。たとえば、
「誰もが逃れられない老化などの損失を回避する商品やサービス」
「ターゲットに対していま現在、損失があると気付かせるメッセージ」
「定期購入者への永続割引き」
などだ。
商品やサービスを使わなかった場合のデメリット(損)や、購入者の特典が限定であることなどをアピールする。
「今だけの特別価格、購入特典」
「今しか買えない数量限定、期間限定販売」
「ポイントなどの特典の権利失効」
いま買わなきゃ損ですよー、というわけだ。
購入した時に満足できなかったり、失敗すること(損)を恐れる気持ちを払拭できるようにする。
「品質保証の返金システム」
「無料のお試し期間」
「初回限定価格」
買っても損はさせません!
テレビの通販番組をご覧の皆さん。当てはまるもの、ありまくりじゃないですか?
考えてみれば買う側が「お得な商品」って、売る側にとっては「損な商品」ってことですもんね。高い広告費を使ってまで、自社に「損な商品」を売るもんなのかな。
(次回に続く)
イラスト Atelier hanami@はなのす